アットウィキロゴ

終わりのミックスフルコース-04

――…………――

――………ン!――

 声が聞こえる……。

――……ン、ちょ……シン……って!――

 誰かが、俺の名前を呼んでいる……?
 誰だ……?

「――シン!!」
「!?」

 その瞬間、目を開けたシン・アスカの視界いっぱいに、見慣れた仲間の顔が飛び込んできた。

「……ルナ?」
「もう……やっと起きた、シン?」

 寝起きのためか焦点の定まらない瞳を揺らしながら、視界を占領する相手の呟くシンに、ルナと呼ばれた赤い髪の少女――ルナマリア・ホークが呆れたように吐息を零す。

「合同任務のミーティング、とっくに始まってるのよ? 皆待ってるんだから、早く準備しなさいよね」
「あ……いっけね!」

 ルナマリアの言葉を聞き、シンは慌ててベッドから跳ね起きた。
 ミーティングの時間まで軽い仮眠をとるだけのつもりだったのだが、どうもうっかり寝過してしまっていたらしい。
 椅子の背もたれに引っ掛けていた上着を急いで羽織り、デスクの上に積み上げた書類の山を抱えて部屋の出口へ急ぐ。
 その忙しない様子を眺めながら、ルナマリアは再び息を吐く。

「もう……しっかりしてよね? シン。
 ――あんたはあたし達の隊長なんだから」

 ルナマリアの叱咤の声に、シンの足が一瞬止まる。
 隊長……ああ、そうだ。
 今の俺はルナマリア達の――〝アスカ隊〟の隊長なのだ。

 袖も通さず、マントのように肩に羽織っただけのZAFTの軍服は、まるで雪のような純白に染め抜かれている。
 かつての自分やルナマリアに与えられた赤服が〝エリート〟の証ならば、白はそのエリート達をも束ねる〝キャプテン〟の色彩だった。
 そしてキャプテンには――〝白〟を纏う者には、相応の役目と責任もある。

「――ああ、解ってるよ」

 そう言って肩越しにルナマリアを一瞥し、シンは再び歩を進める。
 室内に無機質に響くシンの靴音に合わせて、軍服の白い袖が振り子のようにゆらゆらと左右に揺れていた。

 ――C.E.77、〝メサイア戦役〟から三年の月日が経とうとしていた。
 戦争は終わり、世界は平和に……なっていない。





「げっ……!」

 ブリーフィングルームに足を踏み入れた瞬間、シンは思わず呻き声を上げた。
 室内の(真面目にミーティングに集合していた)隊員達が、遅れて現れた二人の上官を一斉に振り返る。
 それほど広いとは言えない室内にひしめくのは、目が痛くなる程鮮やかな赤服、緑服、黒服。

 そして――、

「非道いな……遅刻して漸く来たと思ったら、人の顔を見るなりいきなりそれ?」
「……ヤマト隊長」

 ブリーフィングルームの最奥で苦笑する、まるで雪のように穢れなき純白が、一人。
 キラ・ヤマト――現在のプラントの指導者〝ラクス・クライン〟の親衛隊長を務め、また二度に渡る大規模な戦争を終結に導いた〝英雄〟の一人。
 そしてシン・アスカが個人的にこの世で〝二番目〟に苦手とする男が、まるで王族のように優雅な佇まいで、そこにいた。

「合同任務って、あんたの隊とでしたっけ?」

 嫌そうな顔で尋ねるシンに、キラは柔和に微笑するだけで何も語ろうとしない。
 代わりに、シンの傍らに控えるルナマリアが口を開いた。

「初めはジュール隊と組む予定だったけど、あんたがグースカ寝てる間に色々と事情が変わったのよ」
「事情って――」

 不服そうに声を上げるシンを制するように、成り行きを見守っていたキラがその時口を開いた。

「そのことについてもこれから説明するから……取り敢えずミーティング、再開して良いかな?」

 そう言って困ったように笑うキラ背後には、如何とも名状し難い、まるでオーラのような黒い何かがたゆたっていた。

「えーと……キラさん、怒ってます?」
「ん、何に?」

 今すぐ回れ右をして逃げ出したい衝動を自制しながら尋ねるルナマリアに、キラは爽やかな笑みを湛えて小首を傾げる。
 うわぁ、この人めっちゃ怒ってるよ……引き攣る顔の筋肉を自覚しながら、ルナマリアは傍のシンの首根っこを掴んで席へ急ぐ。
 普段は穏やかなこの青年が、しかし怒った時にはそれはもう怖ろしいことを、ルナマリアはよく知っていた。

 上司を文字通り引き摺る部下……上下関係が完全に逆転しているその光景を、しかし咎める者はこの場には誰もいない。
 ――というか、いつものことなので誰も気にしない。




 三年前――C.E.74、五月。
 ユニウスセブンの落下をきっかけに勃発した二度目の戦争は、メサイア基地の陥落と当時のプラント最高評議会議長ギルバート・デュランダルの死亡により終結した。
 同年六月、プラントとオーブ連合首長国との間に停戦条約が締結、ラクス・クラインやカガリ・ユラ・アスハなどの若き指導者の下で世界は復興の道を歩み始めた。

 戦争は終わった、だが世界は未だに平和とは程遠い。
 世界を裏から管理してきた秘密結社〝ロゴス〟の壊滅による経済の混乱、横行するテロや海賊行為……例を挙げればきりが無い。
 そして不均衡のしわ寄せは、全て力を持たない弱者に向けられる。
 戦争が終わっても「戦い」は終わらない、「敵」は一向にいなくならない。

 しかしそのおかげで――「戦い」が無くならないから、「敵」がいなくならないから、シン達軍人は生きていけるのだが。

 今回アスカ隊に与えられた任務は、軍縮の影響で閉鎖された北米大陸中央部の軍事施設、スペリオル元基地を拠点に近頃活発な活動が目立つ、とあるテロ組織の壊滅である。
 その思想から旧〝ブルーコスモス〟の流れを汲むと思われるこの組織は、主に大西洋連合の元軍人で構成され、モビルスーツなどの兵器も多数保有しているという。
 中には比較的新型の機体も複数確認され、その辺りから連合と何らかの繋がりがあるのではと考えられる……が、そういう邪推を巡らせるのはシン達の仕事ではない。
 シン達軍人の為すべき役目は「敵」の殲滅、それ以上でもそれ以下でもないのだ。
 ただ、「その範囲」で……気になることはある。

「――やっぱり解りませんね、ヤマト隊長」

 粛々と進む作戦会議の最中、キラの説明を遮るようにシンが挙手、席から起立しながら口を開いた。
 その瞬間、ブリーフィングルームは水を打ったように静まり返る。

「今回の任務、何であんたが出てくる必要があるんですか? いや、そもそもこの任務自体、複数の隊が合同で行う程の重要性を俺は感じない。
 更に言えば、親衛隊の仕事はプラント本国の防衛でしょう、反乱分子の鎮圧は管轄外だ。余計な仕事に首を突っ込む程、あんた達は暇なんですか?」

 暗に「自分達だけで十分だ」と主張するシンに、非難と困惑を織り交ぜたような一同の視線が集中する。
 シンの発言に小さく頷き、キラは手元のパネルを操作、スクリーンに映像を表示した。

「二十数時間前、スペリオル元基地を連合のテロ制圧部隊が強襲したんだ。これはその時の映像」

 キラの説明と共に画面に大きく映し出されたのは、目標らしき軍事施設と空中を飛び交う無数のモビルスーツ。
 そして地の底から姿を現わした、巨大な、余りにも巨大な――、



 瞬間、画面を焼き尽くす閃光と共に、映像は終わった。



「――戦略装脚兵装要塞、通称〝デストロイ〟。ベルリンを焦土に変えた超大型モビルスーツ、前大戦の負の遺産……って、これは余計だったかな?」

 重苦しい沈黙に包まれたブリーフィングルームに、キラの声だけが淡々と響く。

「アスカ隊長の言う通り、ただのテロ組織の掃討に複数の部隊を投入してる程ZAFTも暇じゃない。
 だけど〝デストロイ〟は一機いるだけで大きな脅威だ、野放しにしておけば酷い被害が出てしまう」
「……そのための、この無茶な編成ですか? 最小限の戦力で最大限の成果を挙げるために」

 神妙な表情で問うシンに、キラも無言で首肯した。
 過去の大戦において〝デストロイ〟と交戦経験があり、尚且つ現在まで生き残ったパイロットはごく僅かである。
 シンとキラ、そしてルナマリアの三人は、その「ごく僅か」に生き残った〝デストロイ〟との交戦経験者だった。

 またシンとキラはプラントが誇るトップエースであり、それぞれが率いる部隊も精鋭揃いである。
 そのため普段から多忙を極める両部隊であるのだが、シンの指摘する通り、管轄が違うためこの二部隊が合同で任務に当たるなど本来ならばあり得ない。
 しかし今回、その無茶が押し通された。
 それだけ司令部も今回の件を重要視しているということだろうか、それはシンには分からない。

 分かる必要も、ない。





 シン・アスカがキラ・ヤマトへ抱く感情は、それはもう複雑極まりないものがあった。
 家族を殺し、護ると誓った人を殺し、親友や尊敬する議長をも殺した〝フリーダム〟のパイロット、自分から全てを奪ったあの男は憎んでも憎みきれない。
 しかし実際に会って話した生身のキラは、どこまでもお人好しで、どこかぼーっとしていて、あと鈍感で……別の意味で、憎めなかった。
 おまけにスーパーだか何だか知らないが、二度の戦争では数々の伝説を残す程の活躍を見せ、隊長職の激務にもあっさりと順応した完璧超人。
 しかも軍人として正規の訓練を受けていないにも関わらず、である。

 一体どうやってつき合えば良いのか、教えてくれる奴がいたら是非とも教えて欲しかった。

 もっともシンの私怨を除外すれば、前線での活動を主任務とするアスカ隊と、ラクス・クラインの護衛とプラント本国の防衛を担当するヤマト隊との接点は皆無に近しい。
 そう、二人の接点など殆ど無い筈なのだが、共通の知人(シンにとっての元上司、キラにとっての幼馴染)の紹介で知り合って以来、プライベートの交流が惰性的に続いている。
 共通項であったアスラン・ザラはオ―ブ軍に正式に移籍し、結果的にキラを押しつけられる形となったシンは、〝あの時〟の邂逅に元上司の陰謀を感じずにはいられなかった。

 三年前のオ―ブ・オノゴロ島、岬に建てられた慰霊碑の前で、シンはキラに引き合わされた。
 いきなり「〝フリーダム〟のパイロットだ」とアスランから紹介されて戸惑うシンに、キラは笑って手を差し伸べた。
 幾ら吹き飛ばされても自分達はまた花を植える、と。
 だから一緒に戦おう、とも。
 そう言って差し出されたキラの右手を、シンは迷いながらも握り返した。
 だからシンは、ここにいる。
 あの時の選択が正しかったのかどうかは今のシンには分からないが、たとえ間違いだったとしても、シンは過去を悔むつもりは無い。
 もう二度と、後悔はしないと決めたから。

 ――と、まるで現実逃避でもするように過去の思い出に浸りながら、シンはハンガーに格納されるモビルスーツをぼんやりと眺めていた。

 ミーティングの結果、デストロイ――というかテロ組織のモビルスーツは全てシンとキラの二人が相手をすることになった。
 その隙にルナマリアを中心とした別働隊が敵の拠点に突入、中のテロリストを一網打尽にするというのが今回の作戦である。

「君も無茶な作戦を考えたね、シン」
「これが一番効率的で、尚且つ上の連中が喜ぶやり方でしょう?」

 いつの間に格納庫にやって来たのか、背後で苦笑いを浮かべながら口を開くキラに、シンは振り返ることなく淡々と答えた。
 シンの返答に、キラも「まぁね」と肩を竦める。

 部下達の手前、会議中に口に出すことはなかったが、実のところ〝デストロイ〟が一機程度ならばシンやルナマリアだけでどうにでもなる。
 寧ろ人手不足が深刻な今のZAFTならば、アスカ隊単独での任務完遂を求めるだろう。
 にも関わらず、司令部は任務の助っ人にヤマト隊を派遣し、しかも「両隊長はモビルスーツで出撃せよ」という特命まで下った。
 恐らく上層部が望んでいるのは示威行為、圧倒的な〝力〟を見せつけて交渉を有利に進めることだろう。
 それが地球との外交に使われるか、或いは旧ザラ派やデュランダル派などの非クライン派勢力相手に利用されるか、もしくはその両方か――それはシンには分からない。

 たが一度命令を受けたならば、上が期待する以上の働きをしてみせるのが軍人の義務である。
 自分が戦うことを望まれているのならば、徹底的に薙ぎ払ってやろうではないか。
 そしてそのためには、周りを飛ぶ〝仲間〟の存在は邪魔であると言わざるを得ない。
 だから取り払った、全力で暴れて味方を墜とすような真似はしたくなかったから。

 それはキラにも同じことが言える。
 キラの専用機である〝ストライクフリーダム〟は火力・機動性共に史上最強と謳われる高性能モビルスーツである。
 それ故に親衛隊で――否、ZAFTで〝ストライクフリーダム〟と連携出来るパイロットは存在しない。
 ただ一人、シン・アスカを除いて。

 皮肉な話だった……戦争中は互いに憎み合い、幾度となく刃を交えて殺し合った宿敵同士が、今や唯一背中を預けて飛べる〝仲間〟となっているのだから。

「……僕達は、何をやっているんだろうね」

 格納庫に整然と並ぶモビルスーツを見上げながら、キラが自嘲するように口を開いた。

「戦争が終わって三年が経つけど、未だ戦いは終わらない。僕達は何を手に入れたのか、本当は何が欲しいのか。
 僕達は花を植えているのか、逆に吹き飛ばしているのか。それすらも分からないで、ただ我武者羅に戦っている」
「……何が言いたいんです?」

 苛立ったような声と共に振り返るシンに、キラは哀しそうに嗤いながら言葉を続ける。

「デュランダル議長が最期に言ってたんだ。混迷する世界を避ける道を、しかし誰も選ばない。人は忘れ、繰り返すって。
 僕達は――僕は『明日』を望んで、戦う道を選んだ。変わらない毎日は嫌だったから、『明日』は変わるって信じてたから。
 それは僕のわがままだったのかな、傲慢だったのかな。時々自分が怖くなるんだ、あの時の選択は正しかったのかなって」

「――甘えるなよ、キラ」

 硬い声音に、キラは弾かれたように面を上げる。
 気がつけば、シンの真紅の双眸がキラを真正面から見据えていた。

「〝デスティニー・プラン〟を――戦いの無い世界を否定したあんたが、俺から全てを奪ったあんたが、今更議長を肯定するのは俺が許さない。
 戦うって決めたなら、最後まで戦い抜け。それが正しいとか、間違ってるとか、そんなのは関係ない。今更迷ったり逃げたりするのは、卑怯だ」
「シン……」

 突き放すようなシンの科白に、キラは動揺したように目を見開き……そして自嘲するような笑みを浮かべて小さく吐息を零した。

「そっか、そうだね……ごめん、ちょっと甘えてた」
「解れば、いい」

 素直に謝るキラにぶっきらぼうな言葉を返し、シンはばつが悪そうに顔を背けた。

「その代わり……」
「え?」

 顔を背けたままぼそぼそと何かを口にするシンに、キラは怪訝そうに首を傾げる。

「――その代わり、あんたが戦い続ける限り、あんたが花を植えるのをやめない限り、俺があんたを護ってやる」
「――っ!」

 今度ははっきりと聞こえたシンの科白に、キラは思わず息を呑む。

 格納庫で向かい合う二人の青年を、二体の鋼鉄の巨人が見下ろしていた。
 片方は青い翼を背中に生やした白い刃金の天使――キラの愛機、〝ストライクフリーダム〟。
 そしてもう片方、背中に大剣を背負うもう一体のモビルスーツは……赤かった。
 頭部から爪先まで、まるで血のような真紅で染め上げられている。

〝インフィニットジャスティス・トゥーソード〟――それがシンの今の機体の名前だった。
 アスランが軍を除隊し、乗機である〝インフィニットジャスティス〟がZAFTに返還される際、彼は愛機の次の搭乗者にシンを指名した。
 その願いを受け入れ、ZAFTは〝ジャスティス〟を大幅改修して完成したのが、この〝トゥーソード〟である。
 両腕はかつての愛機〝デスティニー〟のものに換装され、背部リフタ―左右には対艦刀を装備、他にも随所に改修を施されている。
 かつてのアスランの愛機は、今や完全にシンの〝相棒〟となっていた。

「あんたは花を植え続けろ、花畑は俺が護る。俺と〝ジャスティス〟が、あんたを護るから」
「――心強いよ」

 決意に満ちたシンの言葉に、キラも覚悟を決めたように頷いた。

 三年前、後に〝メサイア戦役〟と呼ばれる最終決戦で、シンはアスランの駆る〝ジャスティス〟に敗れた。
 その時、シンと〝デスティニー〟は謎の光に包まれ――ることもなく、〝デスティニー〟は月面に墜落。
 シンはルナマリアに救助され、戦闘終了後にアスランに回収された。

 もしもあの時、違う世界に飛んでしまったら……そんな夢を、見ることがある。

 ――紋章機を駆る銀河の天使になり、宇宙の平和のために戦う夢を見た。
 ――時空管理局の魔導師となり、次元世界の平和のために戦う夢を見た。
 ――人間掃討軍の幹部として、獣人を率いて地上の人間と戦う夢を見た。
 ――救世主候補の仲間と共に、根の国を脅かす〝破滅〟と戦う夢を見た。

 様々な自分でない自分の夢を見た、色々な〝自分の可能性〟を夢に見た。
 しかし所詮それは夢に過ぎない、現実のシンはここにいるのだから。

 この世界で、生きているのだから。

『明日』を探して、戦い続けているのだから……。



 ――そんな、夢を見た。



――To be continued...

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2009年07月28日 14:34
ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。