「なーなー、ぐずぐずしてないで早くドア開けようぜ」
「なんでそんなに偉そうなのよ、あんたも侵入者でしょうが」
魔理沙にせっつかれ美鈴はうっとおしそうに手を振る。
ふぅ、と息を吐いて気を引き締める。八汰乃に視線を送り、互いに頷き合うとドアノブに手をかけてゆっくりと回した。
隙間から八汰乃が首を伸ばし、すぐに引っ込める。
「とりあえず、近くには来ていないようです。どうしますか美鈴様?」
「うーん、しょうがないし開けちゃおうか。八汰乃ちゃんはパチュリー様をお願いね」
「承知しました」
一々心配することじゃないでしょうに。そう呟きながら肩をすくめるパチュリー。
そんなパチュリーを見て魔理沙は不満そうな声を上げる。
「なんだよ中国、私の心配はしてくれないのか?」
「盗人猛々しいって言葉知ってる?」
「質問に質問で返すもんじゃないぜ」
「あっそ、じゃあ言ってあげる。自分の身は自分で守りなさい!」
にべもない美鈴の言葉に大袈裟に舌打ちをする。
もちろん魔理沙だって心配してほしかったわけではない、いつものごとくの冗談だ。
「ンむ、一応僕がいるってことを忘れちゃいないかね」
「お、なんだデスティニー、お前が守ってくれるのか?」
「まあそんなところだね………というより、君を見捨てて帰ったりしたらご主人様に怒られてしまうからね、心せまいからあのヘッポコ」
「コントはともかく、開けるみたいよ」
パチュリーの言葉につられてドアのほうに視線を移す。
ゆっくりと開かれるドア、少しずつ見えていく廊下の風景。そして見えたのは。
吹っ飛んでいく黒い何か。
「………は? なんだ今の」
魔理沙のツッコミももっともである、この部屋にいる全員が同じ感想を抱いたのだから。
吹っ飛んで行った方をしばらく見ていたが、やがてパチュリーがぽつりと呟く。
「あ、あのドア大図書館のドアだわ」
その言葉と同時にシンが扉から再び吹っ飛びながら叩きだされた。
大図書館から伸びる黒いストッキングを履いた脚、その持ち主は。
「あら、こぁじゃない。いつも元気ねー」
「ああっ、パチュリー様! な、なんか全身黒ずくめの怪しすぎる変質者が! 絶対ヤバいですよこいつ絶対なんか人を2、3桁単位で殺ってますよそういう目ですよこいつ!!」
「……いつも元気ねー」
「説明をめんどくさがるな紫モヤシ、一応あれ僕の主人だ」
そう言いつつ足でシンを突っつくデスティニーからは主人への忠誠心はまったく見えないのだが。
やがて身体を震わせシンが顔を起こす。キョロキョロと視線を動かし。
「まったく、お前ときたら……なにをどうやったらこんな面白行動をとれるのか魔理沙さんに話してみな?」
「後でなっ」
「後でって、あのなー。今できることは今しといた方がいいんだぜ? さー、チャキチャキ話し「よっと」ゅぇ?」
魔理沙が何か言っていたが構わずに抱きかかえる。完全に硬直して意味のない言葉を発する魔理沙。
「わ、わ、わ、わ、わ」
「よし、と。デスティニー、帰るぞ!」
「あン? なんだね唐突に……」
「というわけで、すいません帰らせてもらいます!」
「聞けよ人の話を」
パチュリーと美鈴に向かって下げた頭をデスティニーに叩かれる。何をするんだという抗議の視線を向けるがデスティニーはどこ吹く風と言った調子で肩をすくめただけ。
怒鳴りつけてやろうかと口を開くが、思い直し閉じる。今は言い争っている場合でもない。
もう一度パチュリー達に頭を下げておいた。
「忙しない人ですねー。もうちょっとのんびりしたっていいと思いますよ?」
「そりゃ無理です、のんびりしてたら死んじゃうんで!」
「貴方マグロの親戚か何か? 落ち着きなさいな」
「そうね、落ち着くべきよ」
「そういう訳にも……ッ!?」
隣から唐突にかけられた言葉に心臓が跳ねそうになる。確かにいなかったはずだ、確かに撒いたはず。先ほどまではいなかったはずなのに。
しかし、事実として「いる」のだ。ならばやることは一つ。声の主―――咲夜に対してフラッシュエッジで斬りかか
「うぇ!?」
「う、おおおぉぉッッ!?」
ったはずが、目の前にいるのは真後ろにいたはずの小悪魔。その彼女が驚愕の顔でシンを見ていた。振りおろしてしまったフラッシュエッジの軌跡を無理やり曲げるため身体を思い切り捻じるのと同時に顔と後頭部と腹に衝撃が。
美鈴にハイキックを喰らい、デスティニーがボディブロー、八汰乃が顔面を殴りぬいたのだと気付いたのはフラッシュエッジが手から離れてからだった。
「まったくもう……血迷っちゃだめですよ?」
「スイマセン美鈴さん、助かりました?」
めっ、とでも言いたげに人差し指を立てた美鈴に小悪魔が頷いている。
くらくらと頭が揺れて考えがまとまらず、二度、三度と頭を振って何度か瞬きをして。
「何を考えているんだ馬鹿野郎、小悪魔は関係がないだろうが!」
八汰乃の一喝でようやく頭の中がクリアになった。
もう一度頭を振り、周りを見渡す。魔理沙とデスティニーは驚いた顔を、パチュリーは呆れたような顔を、八汰乃は憮然とした顔を、咲夜は……パチュリーの隣で腕を組んでいる。
本気で意味が分からない。確かに自分は咲夜を確認して斬りかかったはずなのだが。
緊張を解かずにフラッシュエッジを拾い、構えなおす。小悪魔には危ない目に合わせてしまって悪いとは思うのだが、下手に咲夜から目を離すわけにもいかない。
「わざわざ、人質を取りに来たってわけですか?」
シンの言葉に、咲夜はパチパチと目を瞬かせ。
「え、なに。私、白黒を人質に取るの?」
心底不思議そうな顔で魔理沙に聞いてきた。
一瞬の間があって。
「はぁ!? いやだって、アンタさっき、人質に取る」
「のもやぶさかじゃないっては言ったわね。人質に取るって言ったかしら? 何時何分何秒? 地球が何回回った時?」
まるで子供のへ理屈のような咲夜の言葉。しかしそんなへ理屈にも関わらずシンの思考は停止してしまう。
先ほどまで何と言われようと降ろすまいと決めていた魔理沙がじたばたと暴れながら降ろせと言ってきても素直に降ろしてしまうほど。
きっかり三秒停止し、ようやく再起動しなんとか言葉を捻じり出す。
「…………え? あの、じゃあ俺が廊下走り回ったりすっ転んだりした意味は?」
ぽん、と肩を叩かれる。振りかえると肩にデスティニーが腰かけていた。
甘く蕩けるような笑顔で、彼女は。
「バーカ……あ、ちょ、コラ、止めたまえ、指で押さえるな潰れる! 潰れてしまう! 主に僕の豊満な胸が」
「いや豊満も何もないだろお前には」
「キサマそこに直れ修正してやる!?」
がっくりと床に倒れ伏してしまう。別に貧血でも疲れたわけでもない、ただ純粋にそうしたかった、それだけだ。
泣いてなぞいない。いないったらいない。
「俺の………俺の苦労は……………」
「無駄だったわね。御苦労さま」
咲夜の言葉がトドメとなり、べしゃりと完全に顔までつけてしまった。あー、だの、うー、だのと言った呻きが聞こえてくる。
その姿は、非常にダメ人間っぽかった。気の毒そうな顔を浮かべる美鈴がちらりと視界の端に映ってさらに気分が落ち込んで来る。
「ウツダシノウ」
そう言い残し、窓を開いて窓枠に手をかけ身を乗り出し。
そのまま、暗い暗い、夜の闇の中へと―――――
「逃がさん」
「チッ」
姿を消せず、咲夜に捕まってしまった。
「まったくもう………確かに白黒は人質にとらないけど、だからって貴方を逃がすつもりは無いのよ?」
「そこをなんとかレミリアさんに頼んでくださいよ」
「しないわよ。私はね」
意味を理解できず、一瞬固まってしまう。咲夜はそんなシンに構わずパチュリーに向かってぺこりと頭を下げる。
「よろしいですか、パチュリー様?」
「んー。まあいいわ、そいつ面白いし。大体、レミィは大袈裟なのよ。大方そいつをなめてかかったら恥かかされたってとこでしょ」
そんなことで一々客人をゼノサイドしていたらカリスマも何もあったものではない。
「ただでさえレミィ、カリスマないのに。もういい加減カリスマが最安値を割るわよ……もう割ってたかしら?」
「コメントは差し控えさせていただきます」
「おう、いえーす。とっても分かりやすいコメントね、流石レミィ。ノンカリスマの星」
「ええと……?」
話に着いていけず、思わず額に手をやってしまうシン。
そんなシンを見て咲夜は呆れたように肩をすくめる。
「まあ、流石に死んだ生きただとどっかの腋がうるさいもの。適当にこき使われるなり土下座なり何でもして謝っておきなさい。それでお嬢様は気がすむでしょうし」
「いいんですか?」
「よくないの?」
ぶるぶると首を横に振る。せっかく拾った命をわざわざ投げ捨てるようなことはできないししたくもない。
満足げに咲夜が頷く。その姿を見て、ようやく緊張が解けた。
「いやホントよかったよかった……一時はどうなる事かと」
「ええ。それでいいのよ………お嬢様は」
何か今、言葉の端に不穏なものが混じったような。
「………え、ええと。謝るだけでいいんですよね?」
「ええ、そうよ。お嬢様にはね」
「…………」
ものすごく嫌そうに顔を歪めるシン。
それも当然だ、咲夜の言葉を解釈すれば。
「ようは、あれですか? アンタとまた戦えって」
「あら、意外と理解が早いわね。もっとウスラ……げふんげふん」
「バカですか? マヌケですか? それともトンカチですか?」
ジト目で睨みつけるが、当の咲夜はどこ吹く風といった様子で瀟洒に笑う。
改めて自分の苦手なタイプだと思う。こういったマイペースさがどこかラクスを彷彿とさせるからだろうか。
(そういやあの人も一応年上だったっけか。妙に年上って実感湧かん人だったなぁ)
威厳が無いわけではなかったのだが。何ともとらえどころのない人だという印象が強くてそれ以外の印象がどうにもボケてきてしまう。
生真面目で余裕がなかったりするのもなんとも苦手だが、咲夜やラクスのようなとらえどころのない人物も、それとはまた別の苦手意識を持ってしまっている。
考えを切り替えるために一度息をついて、視線で咲夜に続きを促す。
「あそこまでナイフが当たらないってのもちょっとプライドに障るのよね。そういうわけだから、付き合ってくれるかしら?」
「ヤダ……って言っても、ダメなんですよね?」
「そりゃあもちろん」
じゃあ初めから聞くなよ。そう言いたい気持ちをぐっと堪えてどうすべきか考える。
断ったところで聞く耳は持ってくれないだろう。逃げようにも彼女が見せる謎の高速移動がある以上それも困難。
結局のところ、咲夜に付き合うしかないということ。仕方がないのでせめてもの妥協案を提示しなくては。
「ナイフが、一本身体に刺さったらそれで終わり。この条件でなら、いいですけど」
「うーん。一本かぁ」
「ええ。手に持って切りつけてくるとかは無しですよ、アンタは投げる、俺は避ける。これ以上死にそうな目に合うのはごめんですからね」
「むぅ。そんなことしないわよ。言ったでしょ、プライドの問題だって」
「呑んでくれるんですね?」
仕方がないわね。その言葉を聞き内心でガッツポーズをとる。これであとは適当に彼女が投げてきたナイフを腕にでも当てればいい。
危険なことには変わりは無いが、あのナイフの長さなら急所に当たらない限り適切な止血を行えば命を落とすことも無い。
「話はまとまったかしら?」
パチュリーの言葉に咲夜が頷く。咲夜にならってシンもまた頷く。本心では納得はしていないが、何の考えも無く命を危険にさらすよりはマシである。
……もっとも、昼過ぎのジンとの戦いではほとんど何も考えずに命を危険にさらしていたということはシンの頭からはすっかり抜けおちているのだが。
他人がかからない限りそうそうシンがやる気をだすことはないのである。
「そ。じゃあ私はレミィの部屋に行ってるから、後は若い二人でごゆっくりと。美鈴、八汰乃。貴女達も来なさいな」
美鈴は素直にうなずいたが、八汰乃はシンとパチュリーを何度か交互に見て、それから不承不承といった様子だが結局頷いた。
そんな八汰乃をシンは意外そうに見ていたが、思い出したように手を叩く。
「あ、そうだアルバ。さっきお前が言ってた嫁とかなんだけどさ」
びくりと身体を震わせる八汰乃。シンは知らないが、先ほどまで醜態を晒していたのだ、魔理沙は思わず気の毒そうな目で見てしまう。
そんな八汰乃をちょっとだけ不思議そうに見、苦笑いを浮かべて続ける。
「あのさ」
「い、いや違うんだあれは私であって私でなく私ではなく私は私は私は言った覚えは私はそういう言ってなななななな」
「次から、ああいう冗談は無しにしてくれよ?」
完全にバグった反応をしていた八汰乃の動きがぴたりと止まる。ぽかんとあいたままの口が少々間抜けで。
やがて、ギギギと錆びた音を立てそうなほどにゆっくりとシンと視線を合わせる。
「いやほら、俺馬鹿だしさ。そういうこと言われると勘違いするかもだしな……まあ、あんまりからかうのはよしてくれよ、な?」
ぱくぱくと、何か言おうと口を開くがあまりの展開に声も出せない。八汰乃はシンと同じ困ったような顔を浮かべてはいる、いるが。
何故困った顔を浮かべているのかに関しては全くもって同じではない。
シンはからかわれたことへの困惑、八汰乃は告白をスルーされたことへのというかコイツ頭が悪いのかというか何この斜め上すぎる展開というか何言ってやがるてめぇというかもう何というか。
そんな様々なシンへのツッコミしか湧いてこない。だが。
「は…………はっは。ま、まったく、男子たるもの冗談に一々うろたえるものじゃないものな。す、少しはやるじゃないかははははハハハハハハハハ…………はぁ」
ここでそんなツッコミを入れたら、じゃあ嫁云々は何だったんだというツッコミが待っている。
それならばもうこのまま流してしまうしかない。この際何がどうやるんだという心の声は全力で無視する。
望んでいた展開だ、悲しむことは無い。喜ばなければ。
「八汰乃ちゃんかわいそう……」
「ホント、ハイレベルな馬鹿とはデス子もよく言ったものね」
「まあこれでこそシンと言う気もするがね。後デス子いうなモヤシ」
周囲の勝手放題な言葉も気にしてはいけない。
ふよふよと浮かびながら、とことこと廊下を進むパチュリーの後へと続いていく。
美鈴に軽く頭を下げられたのでシンも下げ返す。
「じゃあ咲夜さん。あんまり無茶しないでくださいね? やられることは絶対無いとは思いますけど」
「あらま、信頼されてるわね私ってば。これが愛」
「いやぁ多分気のせいですよ(スコッ せめて頭以外を狙って下さいよぅ」
「これが愛」
「一方通行ですよそれ!?」
「そんなことよりパチュリー様を置いてっていいのかしら?」
咲夜の言葉に、美鈴は今にも廊下を曲がりそうなパチュリーと腕を組んで瀟洒な笑顔を浮かべる咲夜との間で視線をさまよわせ。
やがて諦めたのかがっくりと肩を落としてとぼとぼと廊下を歩いて行った。
背中に満ち溢れる悲哀は、きっと気のせいではないはずだ。
「さって。私はどうしようかね。お前と咲夜を見てるってのもなんか心惹かれるものがあるぜ」
「パチュリーさんについてけばいいだろ、だいたい見てて面白いもんじゃないよ」
「そうか?」
「昼の戦い、面白かったか?」
言葉に詰まり、顔が引きつる魔理沙の肩に手をかけそのまま身体ごとパチュリー達が歩いて行った方へと向かせる。
何度か文句を言おうと口を開くが上手く言葉にできず、結局溜め息を一つついて。
ぺちんとナイフで裂かれ、血が流れている方の頬を叩かれる。何するんだと怒ろうとし、頬の違和感を感じ止まる。手で触れた感触は。
「絆創膏?」
「………無茶はするんじゃないぜ」
そう言い残して廊下を進んでいった。
ぽりぽりと頬をかいていたが、やがて満足そうに見送るシン。その瞳が我関せずと言った様子で浮かぶデスティニーに止まる。
「お前はー、あー………」
「ん? 来てほしいなら来いと言いたまえよ」
そう言われるが、シンは不満そうに眉をしかめる。
この捻くれ者に対して来いと言っても素直に来るとは思えないからだ。とはいえ、彼女がいることで自身の弱所をフォローできるのもまた事実。
「じゃあ………来い」
「うむ、来るよ」
頷き、肩に乗られた。
予想外な反応に思わず目を丸くしてデスティニーを凝視してしまう。
そんなシンを見て。
「不細工な面だな………待て、その物騒な若さを納めるんだ! まあ君は若くないけど」
「あーあーいつものお前で安心したよそのまま胸が抉れてしまえ!」
二人のコントを見て咲夜がコロコロと笑う。
恥ずかしそうに目を伏せるシンに向かってぺろっと舌を出すデスティニー。
「こいつは………で、どうするんですか咲夜さん?」
「ん。ここじゃ狭いわね………エントランスに行きましょ、ついてきて」
「ええ、分かりました………の、前に」
小悪魔に向けて頭を下げる。
「ごめんな、悪かっ「ヒィ犯されるッ!?」…………」
「いちいち落ち込むな、うっとおしい」
「ソダネ………ああと、怖い思いさせてすまない。本当に、ごめん」
もう一度頭を下げる。どんな状況だったにしろ、八汰乃の言う通り無関係な彼女に対して斬りかかったのだ。
殴られるのも罵倒されるのも当然だとシンは思う。そんなことをする連中が許せないと思っているのに、自分が「そんな連中」と同じことをするなど笑い話にもならない。
覚悟を決め、歯を食いしばってから頭を上げると。
「っていねぇ!?」
「ああ、小悪魔なら怖がって逃げたわよ」
「…………なあデスティニー。俺、そんなに目つき悪い?」
「ううむ、悪いというか…………プッ」
「どういう意味だキサマ」
再びにらみ合うシンとデスティニー、しかし咲夜の手を叩く音に一緒に振り向く。
「仲いいのね。じゃ改めて、ついてきて頂戴な」
「………改めて見ると。ホント広いんですねこのお屋敷」
エントランスをぐるりと見渡してシンが感心した声を上げる。外から見た限りではここまで広いとは思わなかったのだが。
自分の目見当も当てにならないと内心で落ち込んでしまう。CEにいる頃は割と正確だったのだがここまで違うと自信を無くす。
そんなシンの心情を知ってか知らずか、咲夜は自分のことのように嬉しそうにあまり起伏のない胸を張る。
「あのムラサキモヤシが何かしてるような気もするんだがね………にしても、気が乗らない」
「はぁ? なんだよそれ……何が不満なんだよ」
「うむ、あのメイドの胸を見てみろ」
起伏のない―――まあそれでもデスティニーよりは遥かにマシ―――胸。
まさに貧乳の鑑。よく言えばスレンダーなのだろうが、そんなもの知ったことか貧乳は貧乳だ」
「オイ声漏れてるぞ童貞………まあそういうことさ」
「同類相哀れむって奴か。でも………うーん?」
首をかしげる。どうにも彼女の胸には妙な違和感を感じるのだ。
違和感なぞ微塵も無く否定材料のまったく見当たらないデスティニーの貧乳とは違って。
「まあ気にしても仕方ないか……つーか? 気乗りしないんならなんでついてくるかねお前」
「うん? そりゃあ僕が君の道具だからだよ。使われることこそが道具の本分さ、だからいちいち僕を戦いに巻き込みたくないなどと言うなよ。第一、戦いなら僕は君と共にいるものだろう?」
デスティニーの言い草に言いたいこと―――デスティニーを道具などと思っていない、一己の人格を持った存在だと認識している―――もある。
しかし彼女の言葉に喜んでいる自分がいることも事実である。いるのが当たり前。
まったくもってその通り。デスティニーだったからこそ、CEで戦い抜くことができたのだ。デスティニーもまた、パイロットが自分だったからこそ性能を引き出すことができたと自惚れでなく思っている。
「そうか。じゃあ……頼む」
「了解、だ」
短く言葉を交わす。例え姿形が変わっても慣れ親しんだ相棒同士だ、大した違いではない。
そんな二人のやりとりを咲夜は満足そうに見ていた。
「うんうん、いい感じね二人とも。それでこそ、よ」
そう、それでこそ―――全力を出す価値がある。
組んでいた腕をだらりと下げ、脱力させる。指を曲げ、伸ばし、閉じて開ける。
そんな柔軟のようなことをして、服の隙間から胸に右手を突っ込んだ。
もぞもぞと胸の間で蠢く手。やがて引き抜かれた手に握られていたものは。
肌色の柔らかそうな―――パッド。衣服の形、否、女性に限っては胸の大きさを偽るために使われる存在。
男にとってはただひたすら憎く、その存在を使う女性を信じることは不可能。そうシンが信じている「それ」。
そのパッドを抜き取った咲夜の胸は、胸は、胸は――――
メイド服を大きく突き上げていた。
それはいかなる奇術か。パッドを外すことにより咲夜の貧乳が美鈴もかくやという巨乳へと超越進化を。
恐らくサイズは美鈴と同等、いや、肉感的なふっくらとした体つきの美鈴と比べほっそりとした体つきの咲夜の方がカップ的には上であろう。
シンの目をもって分析した結果は98のI。美鈴の美巨乳に対して咲夜のは爆乳といったところか。
「ふう………これで少しは動きやすくなったわね」
「だったら、最初からそうしてればよかったんじゃないですか?」
別に巨乳を見たかったわけではない、純粋な疑問だ。
他意は無い。あるわけない。あ る わ け な い 。
「メイドは優雅で瀟洒であるべし。巨乳は瀟洒じゃないわ」
「納得しかねます、巨乳は優雅ですし瀟洒です」
真顔で言いきるシン。もっと大きなツッコミどころ(なんでパッド外したら胸が大きくなるんだとか大きくなったら逆に動き辛いんじゃとかそもそも物理的におかしいだろなど)には全く気付いていない。
と、先ほどから黙ったままのデスティニーに視線を向ける。彼女は―――
「―――――」
声も出せずに、ただ絶望の表情を浮かべていた。信じていたはずのものがガラガラと音を立てて崩れ落ちる瞬間、人はこんな顔をするのだろう。
真っ白になって燃え尽きているデスティニーを不思議そうに見つめる。
なぜ自分の相棒はこれほどまでに素晴らしいものを目の当たりにしてこうも絶望しているのか。シンにはまったく理解できない。
「さて。それじゃあ存分に楽しみましょうか」
「うーん、個人的にはやっぱり戦いたくは」
「戦え……戦え………戦え…………!」
怨嗟に満ちたデスティニーの声。知らない人が聞いたら悪霊の呻き声と思うであろう声を聞き、シンは困ったような顔を浮かべる。
「いやだから、俺は戦いたくは」
「戦え滅ぼせ巨乳は敵だ! 敵だ、敵だ敵だ敵だっ、敵だッ!!」
「別に巨乳とか関係なく戦いたくな」
「裏切ったなッ、僕の気持を裏切ったんだッッッ」
「だから、ちょ、俺の話を」
「おおオオヲヲヲォォおおお、憎い……憎いッ。巨乳が憎いっ、あの脂肪球が憎い憎い憎い憎いィィィィッ! ジェラララ…………ジェラララララララ!!」
「えーと、なんか相棒がヒートアップしてるんで。俺も頑張ってみます」
「ええ、そう、そうねぇ……ええ………望んでたのに、何なのかしらこの微妙な気分は」
「ラララララーーーーイッ!! おおお、膨れ上がるこの思いィィィイイ、今にも新たな何かに芽生えてしまうゥゥウゥウウウっ!! ジェボラララララーーーイイッッツッ!!!!!」
何とも言えない空気を醸し出すデスティニーが見守る中、シンはフラッシュエッジを、咲夜はナイフを構え。
「フハハハハッハー! ジェラシーソウル、インストール! 今こそ放て、必殺のファイナルアタックッッ」
「いったん正気に戻れお前!」
「そうだな、正気をもってあの巨乳を駆逐せねば!!」
「大体あってるけど何か間違ってないか!?」
そんな二人の言葉を切っ掛けに、ナイフの風切り音がエントランスに響いた―――
ごろごろごろー……ドーン♪
ごろごろごろごろー……ドッカーン♪
うふふ、ちょっとぶつかっただけで解けちゃうなんて………パチュリー、もうちょっと結界は丈夫にしようよ、解き甲斐ないなぁもう。
ま、お姉さまの結界よりはよくできてるんだろうけどさ。
にしても………うん、いいにおい。男の人のにおいってこんなんなんだー。
この野生っぽいにおいからすると……うん、男の人の血の色はきっと緑よ。
むむむ、じゃあ内臓はどうかな。やっぱり緑? それともピンク、もしかして黄色?
確かめましょう、そうしましょ。しっかりきっかり引きずり出せばそれでいいよね。
なんにしてもスターボウブレイクで手足をもいでからかな?
うふふ。楽しみー。
最終更新:2011年01月25日 16:50