咲夜が真正面から投げつけたナイフ。その速さはシンの目でも十分にとらえられるほどに「遅い」ものだった。
余裕すら持って切り払うことができる、だが。
「正面……いや!?」
「後ろ、仕掛けられてる!」
デスティニーの言葉に弾かれたように正面に飛ぶ。向かってくるナイフを手で掴むと同時に背後で金属が木に突き刺さる小気味良い音が。
正面のナイフを切り払っていたなら脳天に何本ものナイフが刺さっていたことだろう。
振り向くことなく咲夜に向かってナイフを投げ返す、この距離ならば外さない。
「う?」
はずなのに。
咲夜がいない、と視覚情報に伝わると同時に感じる肩の重み。首を巡らすと肩の上で逆立ちをする咲夜が。僅かに遅れて投げ返したナイフが壁に刺さる音。
フラッシュエッジで切りかかる、だが軽々と避けられる。シンも当てられるとは思っていない、まず咲夜を肩からどかしたかった。
着地の衝撃で胸が弾んだが、もうそこに目を奪われる余裕はシンにはない。
「オイ何ガン見してるんだクソ童貞」
気がしたのは当人だけだったらしい。
気まずそうに頭をかき、頭を切り替える。呑気に鼻歌を歌いながら床に刺さったナイフを回収する咲夜を睨みつける。
全てのナイフを拾い終えた咲夜が顔を上げる。シンの射殺すような視線を真っ向から受けるが、まったく意に介すことなく瀟洒に肩をすくめた。
「どうかしたの、そんな怖い顔して。大人も泣くわよ、その顔じゃ」
「誰のせいですかっ。つーか………またえらい余裕ですね」
シンの言葉に、咲夜は唇の端だけを持ち上げて、ふふんとでも言いたげな笑みを浮かべる。
しかし、その笑みは当然ともいえる。
実際、彼女が余裕を見せている理由などシンが一番分かっているのだ。
咲夜がパッドを外してからこっち、シンは一度も咲夜に攻撃を当てていない。
いや、確実に当たる、避けようがない状況下は何度も作り出している。しかしその状況でビームライフルを放ったにも関わらずビームは宙を切り、咲夜がいつ移動したのか、背後や足元、或いは先ほどのように肩に乗って微笑むのみ。
フラッシュエッジにしても同じことだ、切りかかった瞬間にいなくなる。そんな無駄な攻撃を繰り返す合間に投げつけられたナイフ―――そのナイフも、咲夜が目の前にいるのに背後から迫ってくるという理不尽なもの―――で、シンの皮膚は徐々に切り裂かれていっている。
刺さったものは一本もないため、出血こそ表皮に僅かに滲む程度のものがほとんどだが傷の数が多く、結果的にほぼ全身が血まみれの状態となっている。それに、深い傷だって――流石に主要な血管は傷ついてはいないが――ないわけじゃない。服も所々千切れて血で染まった赤い肌が見え隠れしている。動きを止めないためにも脚だけは守っているためほとんど無傷だが、そこ以外は瘡蓋ができる間も無いほどに血で濡れている。
顔もまたしかり、だ。飛び散った血がこびり付いて髪は固まり、汗を拭ったときにべったりと頬や額に血がついて、シンの目つきと歯をむき出しにした表情と相まって気の弱い者は見ただけで卒倒してしまいそうな凶悪さを醸し出していた。
しかし、そんなシンを見ても咲夜は怯えることもなく瀟洒な笑みを浮かべるだけ。
「でも……すごくいい格好よ。うん、鎖で縛って足舐めさせたい」
「褒められてる気がしねぇ!?」
「何を言っているのだね、立派な褒め言葉じゃないか」
したり顔でのたまうデスティニーをジト目で睨む。が、当のデスティニーはどこ吹く風といった様子で動じることも無く。
結局、何も言い返せずにただ息をつく。もっとも、どくんどくんとうるさい位に耳の中に響いている心臓の音も関係しているのだが。
………この程度の動きで息が切れるようなやわな鍛え方はしていない。息苦しさは失血によるものだ。肌に付いた一つ一つの傷は小さく細かなものだが、なにぶん数が多いのだ、自然出血の量も増してくる。それが激しく動き回る戦闘中なら尚のことである。
ふう、ふうと荒い息を吐いている自分に気付き、深く息を吸い、吐く。しかし息苦しさは変わることは無い。だとしたら相応の失血を起こしているということに他ならない。経験的には0、5リットル程の失血だと感じるが。
(ま、ず、い、な? デスティニー、正確な失血量は分かるか?)
(ン………映像から割り出したから完全に正確じゃないが、大体300ミリリットルだね。即失血死などということは無いだろうが、少々不味いかもしれんね)
なるほど、と一人ごち、
「当てにならんなぁ俺の経験」
それぐらいしか当てにできるものが無い、というのが一番問題な気もするが。頭を振って弱気になる心に喝を入れる。元より技術など未熟なのだ、その上心まで弱気になっては勝てる勝負などあるわけがない。
フラッシュエッジを握りなおし、再び咲夜を強く見据える。どうやって瞬間移動を行っているのかはもういい、推測はデスティニーに任せる。それに分かったところでどの道対処のしようがないだろうという直感がある。
この失血だ、内臓や脳で泣くとも下手な場所に刺されば、いやひょっとしたら下手な場所に刺さらなくても小さな血管を切られただけでもそのまま失血死となる可能性が濃厚。そんな結末を避けるには極力出血が少ない部位にナイフを上手く突き刺すのみ。
(出来なきゃ?)
死ぬ。
いつものことだ、100%生き残れる戦いなんてあるわけがない。確率が高いか低いか、違いなんてそうあるものじゃない。大体どんなに勝算が高くても死ぬ時には死ぬ、1%の死にたまたまブチ当たった新兵やベテランを散々見てきた。
だから、せめて最善だけは尽くさなくては。やれるだけのことはやらなければ死んだって死にきれない。少なくとも、シンは死にたいわけでもないのだし。
(い、く、ぜ、デスティニー)
息を吸って、咲夜に切りかかるべく思い切り床を蹴る。加速はほとんどできていないがそれでも時速40㎞の疾走で一気に距離を詰める。何本と投げつけられるナイフを全て避け、切り払い、投げ返す。
射程に入った咲夜に向けてフラッシュエッジを振りぬくが、そこに咲夜はもういない。前にはいない、ならば考えられるのは後ろか―――
「―――上かぁっ!!」
叫ぶと同時に顔を上げる。予測通りいた。天井に二本の足で立ち、スカートがめくれないよう手で押さえた姿で。その姿までは予想できなかったが、とにかくいる。
シンが迷わずに上を見たことに驚いているのか、両手にナイフを持ったまま唇が少し開いている。
そのまま脚に力を込めて思い切り床を蹴って咲夜に肉薄、勢いに乗ったままフラッシュエッジを振るい。
だが、いない。すぐ目の前にいたはずの咲夜が一瞬で消えている。さっきと同じ瞬間移動、それ自体は予測できている。問題はどこへ移動したかだ。
(う、し、ろ………じゃあなくて!)
後ろをとってもメリットが薄い、このまま自然落下するだけでもナイフを避けられるのだから。それならば。
確信を持って下を見ようとし、同時に耳に響くデスティニーの声。
「下ぁっ!!」
もとい、大声怒鳴り声。
「耳元で怒鳴るなっ!」
怒鳴り返して、改めて真下に視線を移す。やはり、いた。だが今度は驚いた顔はそのままにナイフを振りかぶっている。
手からナイフが投げつけられる。しかし完全に視界に捉えた状況下だ、落ち着いてフラッシュエッジで切り払う。
そして、またいない。だが予測済み、攻撃が通用しなかったら距離を開けるのはもはや定石中の定石。体勢が崩れて前のめりになるが、構うことなく長射程砲を宣言、左手に実体化させ、一気に砲身を展開。
(デスティニー、射線軸合わせ頼む!)
(この体勢で長射程砲かね、バランス崩すぞ!?)
(いいからやる!)
心で怒鳴ると同時に聞こえてくるデスティニーの舌打ち、そして頭の中に相対座標が数値として認識。数値からすると大体10メートル程か。
もう頭は完全に床の方を向いている、腕を数度振って重心をずらし、なんとか身体全体を床と平行になるよう動かす。
そして、撃つ。反動でぐるりと身体が反転し天井の方を向いてしまう。当然当たったかどうかなんて確認できるはずもない。
だが、もう一度撃つ。もはや咲夜の姿を捉えているわけでもない、脚と砲身が平行になっている無茶な撃ち方。結果、再び体が反転することにより体勢が整う。
―――この長射程砲、実のところデスティニーの兵装の中で最も汎用性に富むのだ。今行ったように機体のバランスを攻撃と同時にとることは高出力の長射程砲だからこそ出来る芸当だ(最も設計者はこんな使い方は想定していないだろうが)。
それ以外でも出力を絞って速射性を高めることでビームライフルと同様に扱うことも出来るし、収束率を下げれば近距離での目くらましにも使える。片手で十分扱える重量のため、アロンダイトのように未使用時にデッドウェイトになることもない。
どうしてもその大きさ故取り回しではビームライフルに一歩劣るが、それでも非常に有用な兵装なのだ。
事実、デスティニーは欠陥機だと結論付けているMS工学者ですらもこの長射程砲には一定の評価を下している―――その整った体勢で、咲夜にナイフを投げる隙を与えないために一度二度と長射程砲をさらに撃つ。体勢は崩れない、むしろ撃ち込む度に安定していく。
三発撃った時点で、体勢が完全に整った。今度は、データだけではなく咲夜をしっかりと目で捉えている。
(いけるかっ?)
勝負を仕掛けるべき状況。失敗するのかもしれないという不安は。
「いけよォッ!!」
自分の叫びで打ち消す。
砲身を右手で握り、左手でトリガーを引く。今までは引いたらすぐに放していたが、今度は引き続ける。同時に、線状の光を放つ長射程砲を力づくで動かす。
結果。ビームは廊下を「薙ぎ払う」。
「むぅ、ん!」
右へ、左へとゆっくりと振る。地上でなら狙い撃ちされる危険もあったが、空中でなら自由落下に加え重心移動だけでもある程度ナイフを避けられるためビームを咲夜に当てることを重点的に考えられる。
砲身を握っている右手がじゅうじゅうと焼ける音がしているが、特に問題は無い。別に骨まで溶かすほどの熱量でもないのだ、一々気にしている余裕はない。
やがて、何度も左右に動かしながら床に降りてから咲夜の姿が消えていることに気付いた。間違いなく再度の瞬間移動、この状況でベストの位置は―――
顔だけ後ろを向く。やはりいた。構えたナイフは十数本、距離は。
(―――馬鹿にしてっ!)
すぐ鼻先。手を伸ばせば掴みかかれるほどの近距離に咲夜はいる。身体を捻じって投げつけられたナイフをよけながら心中で歯噛みする。
長射程砲から右手を離す。高熱で皮膚がべろりと剥がれたが、痛みは歯を食いしばって我慢する。そのまま肉が剥き出しになった掌にフラッシュエッジを握り、振り抜く。
しかし後ろに跳ばれ、フラッシュエッジは服を掠めただけ。咲夜からすればまた避けただけ、だがシンにとっては崩しの起点になり得る足がかりとなる。
(下がる……避ける? 瞬間移動をしない……いや、連続では出来ないのか? なら、次は何秒後………使わせる、か)
動きに合わせる形で右手に握っていたフラッシュエッジを投げつけ―――状況に応じて兵装を切り替えなければまともに戦えないデスティニーでは放棄と攻撃を兼ねることのできるビームブーメランとは相性が噛み合っている―――ビームライフルを右手に、長射程砲のグリップを左手で握る。
壁に突き刺さるフラッシュエッジを横目に長射程砲の出力を絞り、ビームライフル並みの速射性に落とし込む。同時にCIWSを起動、ロックを全て咲夜に合わせて全砲門を開放、一気に撃ち込んでいく。
その攻撃に咲夜は横に跳ぶ。―――まだ、消えてはいない。顔を咲夜が跳んだ方に向けてから身体の向きを変える。少しでも咲夜を追い込むため、向きを変える合間にもビームは発射し続ける。
(消えてからこれで………4秒!)
逃げる咲夜を追うように撃ち込む。ナイフを投げ返してこないところを見る限りでは避けることに専念しているよう。
(避けたけりゃあ、5、あの瞬間移動を、6、使わないと、7、避けようが、はち、っ!?)
消えた。それを認識すると同時に前に倒れこむ勢いで身を屈める。ぢっ、という音と共に髪が一房落ち、壁にナイフが小気味良い音を立てて突き刺さっていくのが見えた。
床を蹴って距離をとり、壁に突き刺さったフラッシュエッジを回収。その間にも思考を回し続ける。
(再利用まで8秒……なわきゃないだろうな、情報は誤魔化してくるだろうさ。けどま、撃ち込んですぐは消えなかった、よ、な。ってえことは……ことは?)
少なくとも再利用まで5秒程かかるということは確定。なら後は、その5秒をどう作り出し、どう利用するか。
何度もは使えない手だ、不意をつけるのは一度が限界だろう。ならばその一度はどう使うべきか。
(大体は……なんとなく、勝ちの目が見えては来たな。いけない………ことも、ない、な………やれるか?)
少なくとも、現状では思いついたこと以上の手があるとも思えない。勝算としては「薄い」手ではあるが、いまさら気にしたところでどうにもなるまい。第一、勝ち目が薄いのはいつものことだ、今より酷い状況だって珍しいわけじゃない。
一番酷かったのは、やはりあれだろうか。旧ザラ派の基地に潜入したはいいが部下が全員離反し、ルナマリアを基地の外で待機させたため完全に敵陣のド真ん中で孤立した一件。
とりあえず、話したら全員から「それはひょっとしてギャグで言っているのか!?」と聞き返されたことはいい思い出である。というか、自分でも冗談にしか聞こえない。まあ始末の悪いことにもっと冗談としか思えない話もあるのだが。
(あんときゃ走馬灯何回見たっけっかなー。つーかホントよく生きてるよな俺)
思わず遠い目になりそうになったが、現在の状況を思い出して留まる。
廊下に向かって駆ける、このエントランスでは考え付いた勝ちの目は使えない。何としてでもまずは廊下に向かわなくては。
目指すべきはレミリアの部屋の前。たどり着くのも困難だろうが、着いても確実に勝てるとはいえないというまるで博打のようなこの状況。だが考え付いた目以上の手が打てるわけでもない。
(―――やってやる、さ。大丈夫、やれる。廊下にはさっきはたどり着けたんだ、今度もまるっきり違うってわけじゃないだろ? 大丈夫だ………やれる!)
自分を鼓舞し、強引にだが覚悟を完了させる。覚悟があるだけで何もかもできるとは思わない、だが覚悟が無くては最初の一歩は踏み出せない。
はあ、と熱のこもった息を吐き出す。今頃になってきて感じ始めた右掌の痛みは歯を食いしばることで耐える。本音を言えば蹲ってしまいたいほどに痛むが、目の前の危機に集中することで神経を誤魔化す。
(いけるな? ………いくぞっ、気、張、れ、よ――――!)
心中で吠えるのと同時に床を思い切り蹴ってレミリアの部屋に通じる廊下に跳びこんでゆく。だが咲夜にとってもそれは避けたい状況だろう、自然と飛んでくるナイフの量が一気に増加する。
「あら、そっちは行き止まりよ? 行くだけ無駄よ無駄無駄」
「行き止まりって、俺の人生を行き止まらせるんでしょ!?」
「うーん、結構上手いこと言うのね。ご褒美にナイフ十本あげましょう」
「ンなもんいるかよぉッ!」
言葉通りに十本のナイフが投げつけられてきた。ソリドゥス・フルゴールで弾くが、一本危うく足を掠めていった。
集中しているが、それでもまだ足りないということなのか。………さらに集中力を高める。あのナイフのように鋭く細く、意識を尖らせる。
もっとだ、もっと、もっと、もっともっともっともっともっともっともっと。もっと集中すれば、きっとあのときのように。
「…………っ」
だが、何も起こらない。もう極限まで集中しているにもかかわらず、あの種が弾けるようなイメージが頭の中に湧き出てこない。
……別段、昨今気付いた話ではない。自分の中から、種が弾けるようなあの感覚―――キラ達は「SEED」と呼んでいた。最もマルキオという男からの伝聞らしいが―――が失われていると気付いたのはメサイア攻防戦の数ヵ月後。
ブルーコスモスの過激派が持ち出したデストロイとの戦っている際に、いくら集中してもSEEDが発動しなかった時だ。正直、気付いた時には敵の前にもかかわらず一瞬愕然とした。SEED抜きでは大して反応が早いわけでもない自分はこれからどう闘えと言うのか。
デストロイを破壊してから真っ先にキラ達に相談したが、キラ達もSEEDが何なのかははっきりとは分かっていないらしく、何故唐突に使えなくなったのかは今に至っても分からずじまい。
最早今となっては発動した状態がどのような感覚だったかもおぼろげで、いっそ懐かしさを感じる程。
だが、結果論ではあるがそれが逆に良かったのだろう。必死になって何が出来るのか何を出来なければならないか。出来ないことはどうすればカバーすることが出来るのか出来ることはどうすればもっと伸ばすことが出来るのか。
思考を回し続けて敵の動きを予測し、シュミレーションを幾度も幾度も重ねて判断力を培い、様々な教本や兵法書を読み込んで知識を蓄え、どんな状況でも十全に思考と肉体を動かせるよう身体を鍛え上げ、自分の思考を正確に反映した操縦が出来るよう訓練を重ね。
どれもSEEDがあった時には満足に行っていたとは言い難いことだった。あえて言うならフリーダムをインパルスで落とす、その時ぐらいしか徹底させなかったこと。いや、SEEDに目覚める前は徹底するとまでは行かなくとも予測も判断も知識も修練も行っていたのだ。だがSEEDが強力すぎた、あの強烈な反応速度では生半可な戦略で「なくとも」あって無しが如し、自然頼りがちになってしまう。
だからこそ、逆にSEEDが無くなって良かったともいえるのだ。あんな強烈すぎる力でぶつかってもアスランには勝てなかったのだ、それならばSEEDの反応速度とは真逆の強さ―――予測と判断を鍛え上げた方がアスランを超える可能性があるというもの。
故に、シンにSEEDはもう必要が無い力であるとも言える。言えるのだ。言えるのだが。
それでも、あの力を求めてしまうのは人の業なのだろうか。
(動きが鈍っている! 使えもしない力に頼るもんじゃあないだろう!)
デスティニーの怒鳴り声に思考を切り替える。確かにデスティニーの言う通りではある、今になって再びSEEDが発動するなど都合のいいことが起こるはずがない。もうSEEDは自分から失われたと考えるほかにないのだ。
それを心のどこかで認めたがらないのは――――結局のところ、シン・アスカは弱い人間だから、ということなのだろうけれど。
(そう言うんならお前もきっちりアラート鳴らせってんだよ!)
(やってはいるがね……どうにも奇妙なんだよ)
(あん?)
(速度と位置に補正をかけて割り出すとな、あのおっぱいお化け……まったく同じ時間にナイフを投げていることがあるんだよ)
(………偶然の可能性は?)
(まあ、真っ当ではありえないだろうね。なにせ、正反対の方向から飛んで来たものもあるのだし)
思考の最中にもナイフを投げつけられる。首と腹を狙ったものだけフラッシュエッジで弾き、残りはCIWSで叩き落としていく。
今のもそうだったのかとデスティニーに視線を向ける。声を出さずに首を縦に一度振っただけ。YESかNOかだけを伝える簡単な動き。
(ただの高速移動じゃあないのか、ン………いや、いい。どの道やることは変わらないな。お前は情報からあの人の能力を推測していけ、俺の考えに不都合があるんなら修正案を)
(了解。しかしだね……特に不都合があるとは思えないんだがね、君の場合)
(かいかぶるなよ、ただ慎重にやってるだけだろ)
武器が分からなければ大砲の筒先だと思え。動きが分からなければ光速で動いていると仮定する。未知の相手に対してはシンが常日頃心がけていることである。相手の過小評価だけは避けなければならない。
本来なら過剰評価も避けるべきなのだが、そこまでの習熟はまだ成っていない。
(なんにしたって、きっちり避けて)
壁を駆けあがって天井に張り付き、思い切り天井を蹴って投げつけられたナイフを避け。
(きっちり防いで)
避けきれなかった分のナイフはフラッシュエッジで切り払いつつ、実体盾で防ぎ。
(きっちり、当ててくさ!)
着地と同時にビームライフルを連射、廊下を駆け抜けながらも身体を捻じって後ろを向いて撃ち続ける。咲夜の服を僅かに焦がしただけに終わっているが、今はそれでいい。
まだ布石にもならない繋ぎの状況なのだから、手の内を明かさずに進めていくだけでいい。
今は、それだけでいい。
(何を、企んでるの、か、し、ら、ね)
心の中で咲夜は訝しむ。この黒黒はレミリアの部屋に行こうとしている、それ自体は分かる。問題は何のために行くのか、だ。
レミリアを人質に―――あり得ない。この男が人質を取ることを是とするか否かはこの際どうだっていい、そもそもレミリアを人質に取るなど不可能なのだ。
人質とは双方――この場合なら咲夜とシン――よりも弱い存在を使わなくてはならない。ではレミリアは咲夜やシンより弱いか?
無論、否だ。少なくとも咲夜より遥かに強い。例え咲夜の時間を操る程度の能力をフルに活用しても弾幕ごっこではない、真っ当な決闘では咲夜の勝ちは絶対にあり得ないと言いきれるほどに。
(この黒黒なら………無理でしょうね。確かにあなたの先読みはとんでも無いわよ、私だって勝てやしない。ひょっとしたらお嬢様よりも上かもしれないわね? で、も、ね)
それが何だと言うのだ。相手の攻撃を完全に読める蟻がいたとしても、たった一匹で象に勝てるものか。動きを読んで一撃一撃当てていったところで所詮はちっぽけな一撃、その内に押し潰されるだけだ。
美鈴やパチュリーにしたって同じことだ、自分の領分で限定するならレミリア以上の二人。美鈴を人質に取ったなら全身の血管と内臓を破裂させられ、パチュリーならば木に水分を吸い取られて水で溺死させられるかに終わるだけ。
ではアルバ・チェリーブロッサム・八汰乃・加賀見・ゴールドシャイン・暁なら? ………無理だろう、彼女は惚れた男が人質などということを行うのを是とはしまい。説教か、最悪自分の舌を噛み切って自決するだろう。
小悪魔やメイド妖精―――論外、お話しにならないレベルで愚か。人質はある程度重要な立場にいる存在を取ってこそだ、死んでも一日で生き返るような連中相手に命を慮ってやる必要は無し。人質に取った瞬間人質ごとナイフを突き立て、小悪魔なりメイド妖精なりには後日謝ればいいだけのことだ。
結局、人質は無意味。ならばなぜレミリアの部屋を目指すのか。
(広い空間じゃナイフを避け辛いから? 違う、わね。何度かナイフの跳弾はやってるもの、狭い空間ではそっちの方が怖いはずよ)
シンの考えを読み切れない。何の意味も無く向かうはずもない。推測――シン・アスカの強さは予測と判断に支えられている――が正しければ、行動の一つ一つには意味がある。意味を持たせているはずだ。
逆に言えば、思考を重ねていけば目的も自ずと理解できる、理解できるのだが。
(読みにくい、わね。少なくとも人質は無い、それに戦いやすさを求めてるわけでもない)
じゃあ後は? 停止した時間の中で咲夜は思考を回し続ける。時間を止めるのはこういうときには圧倒的なアドバンテージとなる。
ナイフを投げつけながらも思考は止めない、目的を推測し続ける。
(なら……罠? 私を罠にはめる。それこそ無理よね、この私の時間を操る程度の能力をもってすれば罠なんて簡単に抜け出せ)
止まる。自らがとった行動を思い返し、自分ならば起こった現象に対しどう反応しどう結論付けるかを考え。
仮定が一つ、立つ。
(この男は……私の能力に「気付いていない」という可能性があるッ! だれがどう考えたってこの考え方は馬鹿馬鹿しいッ、ありえないって笑われてしまいそうな可能性! だけれど………この男には私の能力が時間を操ることだと気付けるだけの、推測するための根拠が無いッ!!)
その考え方を間違いと言い切るには根拠が薄い。だがしかし、咲夜の時間を操る程度の能力に気が付いているのなら―――例え気付かれても咲夜の世界を破ることは不可能と咲夜には確固たる自信があるが―――わざわざレミリアの部屋に向かうなど無駄な行動でしかない。
本当に気付いているのならベストの場所は外。暗闇に乗じ、音を立てずに闇討ちで意識を刈り取るのが一番勝ち目の多い手。
そうしないのなら、能力に気付いていないか勘違いしているかのどちらかでしかない。
(気付いていないのに、ここまでやれる………部下に欲しくなってくるわね、妖精メイドをダース単位で交換しても惜しくは無いと私は考え始めているッ)
しかし、現実は無常である。
今更この黒黒がレミリアに忠誠を誓うとは思えない、何より咲夜のプライドに障って仕方がない。
結論は即時の屈服。鎖で縛り、膝を折らせ、這い蹲らせ、靴を舐めさせる。
(うん、個人的に飼おう。それぐらいならいいわよね。いい男には鎖がよく似合うのよね)
そんなことを考えていたら、シンが腰だめに構えていた長射程砲から光線が撃ち込まれてきた。なんとなくシンの顔が青くなっているのは貧血のためかなにかの悪寒のためか。
しかし、碌に狙いの付けていない攻撃だ、ひらりひらりと時間を操るまでも無くなんなくかわせる。
だがシンも当てられるとは思ってはいないのだろう、ビームライフルも連射することで小規模な弾幕を張っていく。
(寄らそうとしない……け、ど。無駄よ無駄無駄。この咲夜の世界ではそんな眠っちまいそうな小細工は居眠りをする美鈴以上に役に立たないってことを頭に叩き込んであげるッ!)
時間を一秒だけ消し飛ばす。その消し飛ばされた時間で起こった「過程」は全て消滅しただ「結果」だけが残る。そう、残るのはビームが咲夜を通過したという「結果」だけ。
その結果にシンは一瞬眉を寄せるが、意に介した様子もなく廊下を駆け抜けながらまたビームライフルと長距離砲で弾幕を張っていく。
(ふん? 能力の見当はついてなくても、連続使用はできないってことは見抜いてるっぽいわね。無駄ではあるとは思うけど………注意しておきましょ)
パチュリー曰く、時間を操る程度の能力は吸血鬼や二重人格といった特殊な肉体や精神、そんな特殊性があっても再使用までには数呼吸おく必要があり、肉体や精神はまっとうな人間である咲夜ではどうしても制限が厳しくなるらしい。
事実、時間を停止しても咲夜は相手にナイフを直接突き立てることはできない。相手の時間までも完全に止まっているためだ。
訓練次第では相手に対して直接的な打撃等を加えることもできるのかもしれないが、そこまでの域にはまだ咲夜は達していない。もう少しだ、という自負が咲夜にはあるが、少なくとも現状では無理。
時間を消し飛ばすのにしたってそう。たった一秒しか消し飛ばせない。時間の加減速も日常的になら問題ないのが、戦闘という非日常では行動に組み込むこともできない。強力無比な時間を操る程度の能力だが、相応の制限はあるのだ。
―――もっとも、その制限をもってしてもなお、人間の中では最強格の能力なのだが。
(ン―――お嬢様の部屋。見えてきたけど………けどもうお終いよッ!)
辿り着くと同時にシンの右手には水色をした物体が握られていた。相当重いのか、右側に身体が流れそうなのを抑えているのが見えてとれる。
わざわざこの状況で出すぐらいだ、それがシンの切り札なのだろうと咲夜は推測する。
(何、かしらね。あのグリップにあれは……鍔? それに真ん中の白いのは、切先? ってことは、あれは剣、大剣なの? 折り畳み式の大剣なんてそんなもの何の役に立つって言うのよ、馬鹿じゃないのかしらあれ作った奴! でも、不安要素は残さないッ、出した以上は弾かせてもらうわよッ)
ただでさえ傷や失血があるというのに、それに加えて重さで満足に動けていない隙だらけのシンに向けてナイフを投げつける。
右手の大剣―――アロンダイトで弾こうとするが、左手に長距離砲を持ったままの片手ではやはり無理があったのか、ナイフを防いだは良いもののアロンダイトは展開することもなく呆気なく右手から弾き飛ばされてしまう。
赤い目でアロンダイトを追うが、もう遅い。
(無駄よ、今更その大剣で何が出来るってわけじゃない! さあ、時間停止よッ!)
一瞬―――時間が止まるのに一瞬というのもおかしいが、とにかく一瞬――――世界が色を失う。
再び世界に色がついたとき、そこに存在している全ては時間を止めている。撒き上がった埃は空中で氷ついたかのように動かず、窓の外で風に揺られていた木々は枝をしならせたまま静止し、紛れ込んだ羽虫は羽ばたいていないにも関わらず空中に縫い止められたかのように動きを止める。
それはシンとその肩に乗っていたデスティニーも例外ではない。シンはアロンダイトに目を向けたままピクリともせず、デスティニーは瞬きをしようとしていたのか目が半開きのまま。
そんな全てが停止した世界の中で、ただ唯一咲夜だけが動く。動くことが出来る。
(何をしようが、もう無駄よ無駄)
ナイフをシンの背中に向けて投げつける。
(無駄無駄)
さらに、まとめて七本を。
「無駄無駄無駄」
腹に一本、足に三本、頭に二本。
「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄」
十本、二十本とシンを囲むナイフが見る見る間に増えていく。
「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ァッ!」
一本も減ることなく、ただ増えていくナイフは再び時間が動き出したとき一斉にシンに襲い掛かるのだ。
「無駄 無駄 無駄 無駄 無駄」
力強く投げられたナイフ、ただ放っただけといったナイフ。
「無駄アァ―――ッッッ!!!」
そして、骨をも突き通しそうな程の強さで額に投げられたナイフ。
投げつけられたナイフの数は実に三十本以上、それが全てシンの周りを囲んでいる。もしシン以外がこの状況に至れば絶望に身をよじってしまう状況。そしてこの光景が見えていたのなら、例えシンであっても考えるのを止めたくなるようなこの光景。
その状況、光景で。仁王立ちで腕を組み、突き出ていた胸がさらに強調される格好で、咲夜はぽつりと呟いた。
「そして、時は動き出す」
その言葉と同時に全ての時間が動き始める。止まっていたナイフが動き出し、アロンダイトに目を向けていたシンが周囲のナイフに目を見開く。
眼前のナイフをCIWSで撃ち落とすが、当然それだけで全てのナイフを迎撃できるはずもない。背中に向かうナイフを跳ねてかろうじて避けつつ両手にソリドゥス・フルゴールを展開し防ぐが、完全に避けきれずにとうとう脛が大きく裂けてしまう。
「ぐ……う、お、あああぁぁあっ!!」
痛みを吠えることで誤魔化そうとするが、それで全て誤魔化せるでもなく僅かに体勢が崩れる。
ようやく出来た決定的な隙、それを咲夜は見逃さない。ナイフをソリドゥス・フルゴールに向けて投げつける。
ソリドゥス・フルゴールをよけて投げてもどうせ防がれる、それならばあえて防がせる。確かにナイフではソリドゥス・フルゴールを貫くことはできないだろう、しかし、だ。
「―――っ、体勢立て直し、すっ転ぶぞ!」
「言われんでもーっ!!」
叫び、下がることで大量のナイフで崩されたバランスをどうにか直す。その行動で咲夜は自分の考えに確信を持つ。これならばさらにナイフを投げつければ完全に崩せる、崩れた瞬間こそが自分の勝利の時。
「無駄よ無駄ァッ!! 貴方はチェスで言うところのチェックメイトに入ったのよッ!!」
「うるさいんだよ犬風情がっ、自分の考えに酔ってろ!!」
右手に持ったビームライフルで撃ち返しつつも、シンももはや余裕はかなぐり捨てているのか咲夜に対する言葉が段々と荒くなってきている。
そんな態度が咲夜にはむしろ愛らしく映る、その態度は同時にシンがそれだけ追い詰められたということの裏返しでもあるのだから。
長射程砲の引き金をカチリ、と引いた。だが、なにも出ない。カチカチと何度か引いたがやはり何も出ない。咲夜にもはっきりと分かるほどの弾切れ。舌打ちと共にビームライフルの連射速度を上げていく。
投げる。防ぐ。そんな一方的な攻防は長くは続かない。ソリドゥス・フルゴールで防ぐシンがナイフの勢いを殺しきれずにぐらりと身体を揺らす。
体勢を立て直す時間は与えない、一気にまとめて五本のナイフを投げる。かわすことのできない攻撃、当然防ぐ。防いだことで―――とうとう体勢は倒れる一歩手前、完全に崩れた。
(とったわよッ、これが正真正銘最後の時間停止ッッ!)
すでに再利用までの時間、六秒は経過している。つまり、時間を止めるのは再利用「可能」ということ。
シンが長射程砲の砲身を明後日の方向に向けているのが気にはなったが、どの道最早何をしようと同じこと。
「ザ・ワールドッ、時は止まるッ!!!」
この時間停止内で方をつければ、策略もなにもありはしないのだから。
ここまで本当によくやったと褒める気持ちを込めて、シンの顎をするりと撫でてあげた。手に付いたシンの血をぺろりと舐める。
しっかりと血の味を堪能して、ナイフを手に持つ。狙いは腹だ、そこならば死にはせずとも失血で気を失うだろう。後は部屋に連れ帰り自分好みに調教してからレミリアに土下座なりなんなりさせればいい。
ナイフを構え―――何の気なし、ほんの少しだけシンが長射程砲をどこに向けているか目で追った。別に深い意味があったわけでもない、ただ少しだけ気になっただけの何気ない行動。目で追い。
「―――う?」
戦慄。その砲口はレミリアの部屋に向けられていた。顔がこわばり歯噛みする。ナイフを投げずに、長射程砲と部屋の間に割り込んで身体を盾とする。
気付けなかった? いや違う、シンが気付かせなかったのだ。あの「あと一歩で仕留められる」状況で相手から意識を逸らせるような人間はいない。目の前のシンだって出来やしないだろう、出来るやつがいるのならそいつの精神こそが人外だ。
(初めから……これが狙いだったの!?)
咲夜が真っ先に否定した人質がシンの狙い。だが人質の対象が咲夜の予想の完全に外。人質に取ったのは。
(私、自身ッ!)
より正確に言うのなら、咲夜の忠誠心。レミリアの部屋に向けている長射程砲は弾切れを起こしている―――今から思い返せばそれもこのための布石、弾切れを起こしていることをわざと咲夜に気付かせたのだろう―――のだから放っておいても問題ない、そう考えるのはレミリアと何の関係の無い者だけ。
引き金など、引かせられるものか。咲夜の忠誠心は、例え攻撃でなくともレミリアに弓引くような行動を許せはしない。だからやらねばならないことは真っ先にこの男を絶命させること。
なのだが。
(違う……無理よ、この男は心臓を止めても脳をかき回しても必ず引き金を引くわ! 私にそう思わせるだけの「凄み」があるッ!)
絶命させても引くのなら指を切り落としたところで大差もないだろう、恐らく左手か口で引き金を引くだけのこと。
つまり完全な詰み。シンがレミリアの部屋の前まで来た時点で咲夜の「敗北」は決定していた。
そう、敗北だ。例えシンを絶命させても咲夜の心に引き金を引かれたという傷が残る。ほんの小さな引っかき傷のようなものだが、決して拭えない傷。
もしも咲夜が永い時を生きる、吸血鬼のような存在だったなら取るに足らぬちっぽけな考えだと一笑に付すだろうが、十六夜咲夜はそんな考えを思いつけないただの人間である。
腕を組んで自分の至らなさとこの男の処遇に懊悩し、やがて深い息をつく。悔い悩んだのはほんの一秒足らずのことだったが、咲夜にとっては数分とも感じられるほどの長い時間。
ナイフを縦に向けシンの胸に投げつける。その狙いは肋骨に。大して力を込めていない投擲、どんなに悪くても肋骨を貫通することは無い。これならば死ぬこともなく身体にナイフが突き刺さるだろう。
(くれてやるわ)
ぴたりとシンの胸の前で静止するナイフを見ながら心で呟く。別にシンに対して敬意を表したわけではない。自分に対する戒めだ、負けたということを心に刻んでおく。
次は必ず勝つために。
―――先のことに気を取られすぎ、咲夜は気付いていない。投げつけたナイフがシンの服の繊維をほんの僅か、僅か一本だけだが断ち切っていることに。後日、彼女はこのことを認識し世界を支配する力に目覚めるのだが、それはまた別のお話である。
「う、おぐあっ!?」
突如として胸に走る痛み。視線を下げて確認すればいつのまにやら胸にナイフが突き立っている。刃がほとんど刺さっていないところをみると肋骨に刺さり止まったのだろうが、一体いつ。
混乱しそうになる意識を叱責し、長射程砲をレミリアの部屋に合わせたまま右手のビームライフルの照準を咲夜にしっかりと合わせる。ナイフが刺さった以上これで終わりだと思考のどこかが囁くが咲夜が約束を反故にする可能性もある、第一こんな混戦の中ではナイフが刺さったことに気付いていない可能性もあるのだ、保険は必要だろう。
実際に撃つ気は一切ない、わざわざ長射程砲に弾切れを起こさせたのもそれが理由だ。撃つ気は無いが、咲夜の忠誠心なら射線上に割り込みナイフを投げるだろうという算段。その投げたナイフを腕で受けて終わりにするつもりだったのだが、まさか胸に当たり且つ無事でいられるとは。
「………ン」
咲夜が何もせず、ただ腕を胸の前で組んで佇んでいるのを見てようやくビームライフルと長射程砲を降ろす。座り込みたいところだが、一応我慢しておく。
聞こえてくるのは、はっ、はっ、と途切れ気味の吐息だけ。そんなシンの姿を見て咲夜がぽつりと漏らす。
「本当は気付いていたの?」
「は、何がです?」
「いえ、独り言よ。………刺さったわね、ナイフ」
胸を指で刺され、肋骨に刺さったナイフを見る。確かに刺さっている、それを咲夜が認めたということはこの勝負が終わったということ。
大きく息を吐く。安堵もあったが、それ以上に痛みによるものが大きい。結局顔から腕から足まで、出血していない箇所はどこにもない。それだけ咲夜の投擲技術が優れていることの証明でもある。
胸に刺さったナイフを握り、震えを起こさないよう細心の注意を払って抜く。
「ン、グ………は、あぁ………デスティニー、止血を。すいません咲夜さん包帯借りても?」
「構わないわよ、はいどうぞ」
突如、どう考えても持っていなかったはずの包帯を手渡す咲夜に思わず訝しむ目を向けてしまう。
「いくらなんでも持ってくるの早すぎません? どんだけ早く動いてるんですかよ」
「………あー、そういうこと、なるほどなるほど。まあいいじゃない、細かいことは」
「後でいくらでも気にすればいいだろう、相変わらず小さい人間だね君は。ほら、包帯巻くから服を脱ぎたまえ」
デスティニーの暴言にジト目で無言のツッコミを入れるが、当のデスティニーはどこ吹く風といった様子で全く気にしていない。
何か言おうかと口を開くが、結局何も言わずに閉じる。実際早いところ止血しなければならないのも事実なのだ。
もそもそと上着を脱ぎ、ズボンを捲りあげる。と、そこまでしたところで咲夜と目が合い。
「きゃー」
「棒読み無表情で言うぐらいなら言わないでいいですよ。それじゃあ頼んだぞデスティニー」
肩をすくめてシンの周りを飛びまわりながら手際よく包帯を巻いていくデスティニー。そんな二人を見ながら咲夜は顎に手をやる。
やはり能力に気付いているのか、それ以外にも色々と聞こうと思う。自分の知識欲を満たすためではなく敗北の理由を理解し、納得したいのだ。
「結局あなた、私の能力に気付いていたの? それとも気付かないで戦略を組み立てたの、どっち?」
「ん、急になんですか?」
「質問に質問で返すものじゃあないわ、話の通じないアホみたいよ」
「………まあ大体の見当はつけてますよ、物体の速度、っていうんですか? それを操れる能力でしょ?」
最終更新:2011年01月25日 17:02