「うおおおおおおッ!」
シンの怒号と共に、対艦刀〝エクスカリバー〟を刺突の形に構えた〝インパルス〟が〝フリーダム〟に向けて突進する。
〝フリーダム〟は後退をかけようとしているが、避けることは叶わないだろう。背部のウイングは、今までのシンの攻撃で破壊されている。
この状況まで追い込んだのは、まさにシンの狙い通りだった。レイと共に幾十、幾百も繰り返したシミュレーションの成果。
伝説の〝フリーダム〟を今、シンの執念が捉えたのだ。
一撃必殺の念を込め、〝エクスカリバー〟をシンは突き出す。同時に〝フリーダム〟もサーベルを振るったが、それは〝インパルス〟の頭部を裂いたのみ。
そして、〝エクスカリバー〟は――フリーダムの胴部、フェイズシフトの装甲に覆われたそこに深々とめり込んだ。
(やった!)
その瞬間、シンは胸中で歓喜の声を上げる。
遂に討った。幾度も戦場を掻き回し、ハイネが死ぬ遠因を作り上げ、ステラを殺した〝フリーダム〟を……彼は討ったのだ。
その手応えが――幻覚ではあろうが――腕に伝わってくる。
次の瞬間。
その場で、見る者すべての網膜を灼くかのような爆発が起きた。
その日は、特にどうといったことのない日だった。とはいえ、この島で過ごす日常というのはそういったものがもっとも望ましい。
誰もが、変化とも思えないような変化を続け……そして、それを誰も気づかない。それが島民たちの望みであり、悲願でもあった。
だから、突如としてその空間が歪んだところで、クノンはさして驚きも抱かなかった。
空間歪曲は、召喚の前触れだ。召喚術のありふれたこの世界では取り立てて珍しいものでもないし、更に言えばこの島は物理的にも魔術的にも不安定である。だから、いつどこで召喚が起きても不思議ではない。
もしもそれが危険なものであるなら、彼女の主なり誰なりを呼べばいい。この〝ラトリクス〟には強力な兵器が多数存在する。生半可な召喚獣では暴れまわることすら不可能だろう。
空間の歪みが大きくなる。そして眩い光を放ち――歪んだ空間は、元に戻る。現れたものは特に何をするでもなく、その場にどさりと落ちた。
そこで初めてクノンは疑問を抱いた。
黒髪で、奇妙な服を着ている。最初は人型の召喚獣かとも思ったが、角もなければ身体が透けているということも、更に言えば機械的な部分もない。至って普通の人間である。シルターンなどには普通の人間がいるが、服装から見るに違う気もする。
どうしたものか。クノンは僅かな間思考したが、取りあえず気を失っている少年を起こすことにした。
抱き起こし、ぺちぺちと頬を叩いてみる。反応はない。
呼吸や脈拍は正常であるから、何か決定的な問題があるということもないだろう。ただの衰弱か。
仕方なく……彼女はその膂力で以て少年を担ぎあげ、リペアセンターへと運ぶことにした。
――暗闇の中に、シンは一人佇んでいた。
ここはどこだろうか。周囲を見渡せど、あるのは漆黒の空間のみだ。
……ひどく、冷たい。
「シン……」
不意に。小さく、彼を呼ぶ声がした。そちらを振り返ると、そこには見知った姿が浮かんでいる。
柔らかな金髪と、紅い目。ステラだった。兵器として育てられ、記憶を弄られ、そして〝フリーダム〟によって殺された哀れな少女。
そうだ。自分は〝フリーダム〟を――
「ステラ! やったんだよ、俺! 君の仇を討ったんだ!」
歓喜に任せて、シンは勢いよくまくしたてた。ここがどこだとか、どうしてステラがここにいるのかとかはどうでもよかった。
ただ、ステラに報告したかった。憎い仇は討ったのだと。自分はやるべきことをやったのだ、と……
だが、ステラの表情は暗い。それに気付いて、シンはふと不安に襲われた。
「どうしたんだ、ステラ――」
「シン……」
ステラは暗い表情で……今にも泣き出しそうな表情で、シンに向かって呟く。
「シン……守るって……」
シンははっとなった。
そうだ。シンは彼女を守ると約束した。けれど、守れなかった。だから〝フリーダム〟を憎んだ。そして、倒した。
けれど、もうステラが帰ってくることはない。無邪気に笑うことも、踊ることもない……
そう思うと、先ほどまでの歓喜が嘘のように空虚な気分になった。
(何を喜んでいたんだ、俺は……?)
喜ぶべきことなど何もない。確かに〝フリーダム〟を討った。ステラの仇を討った。だが、それでどうしたというのだ? あるのはただの自己満足に過ぎない。
急激に、ステラの姿が遠ざかっていく。慌ててシンは手を伸ばしたが、それが彼女の姿に届くことはなかった。
「ステラッ!」
ばっと跳ね起きたシンは、そのまま中空に手を突き出すようにした。
その先に、柔らかな――しかしどこか奇妙な感触を覚える。
「……え?」
シンは背筋を這う違和感に周囲を見渡した。
先ほどの暗い空間も、ステラも、何もない。あるのは機械類に覆われた部屋と――彼の手が掴んでいる、小ぶりな胸……
(……胸?)
そろそろと……シンは、自らの手から視線を上へと移行した。
そこには、黒髪の少女の顔がひとつ。
「うわぁっ!? ご、ごめん!」
「お目覚めですか?」
慌てて手を離し謝るシンとは対照的に、少女は何ら感情を移さない瞳で話しかけてくる。
「あ、ああ」
「そうですか」
それだけを少女は告げると、それっきり黙ってしまう。
「………………」
「………………」
しばし間の抜けた睨み合いを続けていたが……シンは降参して、声をかけることにした。
「……ここは、どこなんだ? 俺はどうして……」
「ここは機界集落〝ラトリクス〟です。あなたは召喚されて倒れましたので、私がここに運びました」
抑揚のない口調で、正確に少女は答える。そこにはシンに対して嘘を告げようとする態度など微塵もない。
だが、シンにとってみれば彼女の言っていることは一片たりとて理解できるものではなかった。
(……ラトリクス? それに召喚って……?)
まったくもって意味が分からない。いや、単語レベルであれば分からないこともない。召喚。何かを呼び出すこと。シンも昔、ゲームでそういった能力を持ったキャラクターがいたのを覚えている。が、それは所詮フィクションである。現実ではない。
シンは、少女の表情を見つめた。やはり、嘘や冗談を言っている様子はない。
頭痛がした。こめかみを押さえながら、シンは再び尋ねる。
「……すまない。そのラトリクスとか、召喚ってのは何なんだ?」
「まあ、大体予想はついていましたが」
あっさりと少女は言った。
「〝ラトリクス〟は我々機界の住人が住む、この島の一角です。あなたは恐らく別の世界からリィンバウムに……正確にはこの島に召喚されたものと思われます」
彼女が何を言っているのか。しばらく、理解できなかった。
しかし、理解を拒むほどにその言葉は冗長でも難解でもない。子供でも理解できてしまう言葉だった。
だからこそ、じわじわとシンの意識はそれを理解し始め――数秒後、思わず彼は叫んでいた。
「はぁ!?」
最終更新:2008年06月17日 16:13