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サモンナイトクロス-02


 冷たい……というよりは乾いた静寂が、場を支配していた。
 シンはただ痴呆のように茫然としてベッドの上――よく見ればこれもコズミック・イラの技術体系とは違う――に座っている。
 どうしようもなく、目の前の少女を観察する。
 そもそも、この少女は細かく観察すると奇妙な姿だった。妙に青白い肌をしているし、肌の一部は明らかに有機物ではない。シンの知識の中で例えるなら……サイボーグかアンドロイド、といったところになるのだろうか。
「申し遅れましたが、私は医療看護用自動人形(フラーゼン)のクノンと申します。本来ならばアルディラ様に仕えている身ですが、現在アルディラ様はこちらにいらっしゃいませんので」
 シンがじろじろと見ていたせいだろうか。求めていたわけでもないのに、少女――クノンはそう告げてくる。
 ともあれ、名乗られたら名乗り返すのが礼儀であろう。シンは後頭部を掻きながら右手を差し出し、
「あ、ああ。俺はシン。シン・アスカ。シンでいいよ」
「はい、分かりました。シン様」
 ……クノンは、差し出したシンの右手を握ってくる様子もない。行き場のなくなった右手に空しいものを感じながら、シンは手を引っ込めた。
(とりあえず……信用はできるかな)
 シンはそう判断を下す。非常に機械的で融通が利かなそうではあるが、その分嘘を吐いてくる可能性も低い。
 そうと決まれば、情報を収集するのにうってつけと言えた。主観性の薄い情報は貴重だ。
「あのさ、俺がこの世界に召喚されたって話だけど……」
 段々と、言葉が尻すぼみになる。自分がどれだけ馬鹿なことを言っているのか、とシンは内心で気恥ずかしさを覚えていた。
 それに対し、クノンは平然と答えてくる。
「あなたのいた世界がどういった世界かは知りませんが、この世界は〝リィンバウム〟と呼ばれています。この世界では召喚術が発達しているのです」
「はあ」
 シンは気のない返事をした。まあ、このくらいなら分からないこともない。シン達の〝地球〟という言葉に相当するのがその〝リィンバウム〟なのだろう。
 そして、召喚術が発達している……
「あれ? じゃあ、その召喚したものってどうするんだ?」
 ふと、シンは生まれた疑問を投げかけた。召喚術とやらを使える人間がどれだけいるかは知らないが、もしも召喚したものを元に戻せないのなら今頃この世界は召喚獣でありふれているのではないか。
「召喚した際、術者は召喚獣と誓約を行います。細かい説明は省きますが、その制約の条件は〝元の世界に戻すこと〟です」
「なんだ、じゃあ召喚したものを元に戻せるんじゃないか。なら俺も――」
「できません」
 きっぱりと。安堵しかけたシンに、クノンは無情とも言える宣告をした。
「なんでだよ!」
「召喚獣を送還できるのは、召喚した術者だけだからです」
 さも当然のごとく、彼女は言った。訳が分からず、シンは眉根を寄せる。
 そんなシンを知ってか知らずか、クノンが続けてくる。
「召喚師と何らかの理由で別離、もしくは召喚師が死亡した場合、送還されていない召喚獣は二度と元の世界へと還れません。そういった召喚獣を〝はぐれ〟と呼びます」
 唐突に。何の脈絡もなく、シンは悟った。
 ――要するに。
「その……俺も〝はぐれ〟ってこと?」
「細かい事情は省きますが、そういうことです」
 言葉にならない衝撃に、シンがぐらりと頭を揺らした。そのまま、ベッドに倒れこむ。
「それでは、失礼します。何かご入り用があればお呼びください」
 クノンは律儀にぺこりと頭を下げて、シンのいる部屋から出て行った。


 ――これが、ざっと一時間ほど前の話である。

ふらふらと。これ以上ないほどに頼りない足取りで、シンはいずことも知れぬ場所を歩いていた。
 その表情には覇気がない。生気すらない。普段が意気に満ち溢れているだけに、それがなくなると途端に貧相に見えてくる。
 もっとも、それも仕方のないことだろうが。
 嬉しいことがあった。悲しいこともあった。死にそうな場面で奇跡のような幸運に出会ったこともある。
 そのすべてが水泡に帰した。もう、シンは元の世界には戻れない……
 これから、この世界でどうしていけばいいのだろう。あの世界をさておいて、この世界で平穏に暮らすのか。
 悪くはないのかもしれない。少なくとも、誰も自分を責めることはできない……が、それを皮肉と感じる内は受け入れられそうにもない。
「……あれ?」
 ばったりと、シンは足を止めた。
 考え事をしていたせいだろうか。とりあえず外の空気を吸おうとしたはずが、いつの間にやら見覚えのない景色に変わっている。
 白い砂浜。寄せては返す波。無意味なまでに輝く太陽を反射してきらめく海。そして、その向こうに見える水平線……
 さーっと、今度はシンの顔から血の色さえ失せてくる。
「迷っ……た……?」
 まずい。知らない土地で遭難する危険性は、アカデミーで叩き込まれている。そこで生き抜く方法も。
 しかし、それはあくまでシンのいた世界に適用される教訓だ。この世界で通用するかは分からないし、何よりろくな装備もない。
 そこらの人間が相手であれば負ける気はしないが、もしもこの近辺に、熊か何かがいたら。いや、もしかしたらもっと危険な何かかもしれない。
 などと膨らむだけ膨らむ想像に、シンが身震いしていると――
「下がりなさいっ! 一人を相手にそんなにたくさんで、恥ずかしくないの!?」
 声が響いた。言葉からすれば怒声ではあるが、響きはむしろ悲鳴のそれに近い。
 シンは思わずそちらに目をやり――その光景に、思わず硬直した。
 ひとりの少女が、そこにいた。年の頃は十歳ほど。いかにも勝気そうに吊り上った目と長い金髪、被った大きな赤い帽子が特徴的である。
 何か赤い、丸いものを庇うように抱えて、周囲に群がる〝もの〟に対して威嚇的な視線を向けている。
 それは、なんというのか……ゲル状の何かだった。昔やったゲームなどではそれこそ〝スライム〟などと名付けられていたモンスターにそっくりである。
(ああ、本当にここ、そういう世界なんだ……)
 理解していたものの、そういった現実を実際に突きつけられるのは辛い。シンは一瞬座り込んで現実から逃避したくなったが、そういうわけにもいくまい。

「やめろッ!」
 叫んで、シンは少女の前に躍り出た。そのまま庇うように、手を広げる。
「あ、あなたは……?」
 少女が眼を丸くしてシンを見やる。どう言ったものか。シンは迷ったが、とにかく叫んだ。
「君は俺が守るから! だから、安心しろ!」
 半ば自棄的ではあったが、心底からの言葉であった。
 もう二度と、自分の目の前で弱い存在が理不尽に死ぬのは許さない。妹の携帯に、シンはそう誓ったのだから。
 そして、うねうねと近づいてくるゲル状の物体を睨み据える。
 武器はない。銃もナイフも、自らが命を預けていた〝インパルス〟もない。それでも戦わなくてはならない。
 シンは拳を固めた。ゲル状の相手に、物理的な打撃は通用するのだろうか。やや疑問には思ったが、やるしかないのだ。
 周囲にさっと目を走らせる。数は三体。いったいどんな能力を持っているかはまったく不明だが……
 などと考えていると、突如としてスライム(仮)の一体が動いた。それも、予想よりも遙かに俊敏な動きで。
「うおっ!?」
 飛びかかってきたスライムを間一髪で避ける。
「このっ!」
 避けざまに拳を叩きこむ。しかしそれはスライムの外観通りの感触――要するにゼリーの塊に手を突っ込んだような手応えしか残らず、明らかにダメージはない。
 おまけに、拳を引きはがすことができない為にシンの次動作が数秒遅れた。
 その隙を逃さず、スライムの一体がシンに飛びかかってくる。
 衝撃。シンの身体は予想外のスライムの力に、軽々と吹っ飛ばされていた。そのまま強かに背中を打ちつける。
「弱ッ!?」
 視界の外から、シンの不甲斐無さに少女が思わず突っ込んでくる。
(しょうがないだろ、この状況……)
 内心で言葉を返すも、予想外にダメージは大きい。こちらからの攻撃は通さないくせに不公平だ、とシンは文句を言いたかったが声が出ない。
 意識が遠くなってきた。気絶してはいけない、と念じるものの意志とは別に身体が意識を閉ざそうとしている。
 己の無力さに歯噛みしながら……シンの意識は、闇に落ちた。

「あの、大丈夫ですか?」
 真上からの呼び声と、後頭部に感じる柔らかな感触に、シンは目を覚ました。
 瞼を薄く開くと、心配そうに彼の顔を覗き込む女性と目が合う。女性はシンの目が開いたことに安堵してか、にっこりと微笑んだ。
 逆光で顔は判然としないが、赤い髪の色が眼に付く。
「ルナ……」
 思わずそう呟いてしまったのは、望郷の念からだろうか。シンには分からなかった。そんなシンの呟きを耳にしてか、女性はきょとんとした様子で首を傾げる。
「ルナ?」
「あ、いや……」
(何を言っているんだ、俺は……)
 胸中で自嘲しつつ、シンは頭を横に向けた。同時に、自分の頭が何の上に乗っているのか気付く。女性の太腿だった。それも生肌の上。
 慌てて、シンは視線を真上に戻す。頬が紅潮しているのが分かった。
(いや確かにステラの胸も柔らかかったけどこれはこれでまた別の柔らかさがって、何考えてるんだ俺――)
 などとシンが悶々としていると、
「何鼻の下伸ばしてるのよっ!」
 怒号と共に、シンの顔面に小さい靴底がめり込んだ。
 痛みに声すら上げられず、シンは顔を両手で押える。鼻血は出ているが、不思議と鼻は折れていない。
「な、何するんだよっ!?」
 思わず起き上がって抗議するシンを、靴底をめり込ませた張本人――先ほど襲われていた少女の吊り上がった目が迎撃する。
「ふんっ。みっともない顔を矯正して差し上げたんです」
 シンの眼光に少女は臆することもなく、尊大な態度を崩すこともない。さすがに頭に来て、シンは唸った。そんなシンを、女性が押しとどめる。
「ま、まあまあ、ふたりとも落ち着いてください」
「……思いっきり落ち着いてる」
 明らかに落ち付いていない様子で、シンは答えた。その際に、判別し辛かった女性の顔がはっきりと見える。
 年は、シンより幾つか上だろう。背中まで伸びた赤い髪と頭に被った白い大きな帽子が特徴的な、全体的に柔らかい風貌の女性である。
 よくよく見れば、ルナマリアなどとはこれっぽっちも似ていない。姿も、雰囲気も、何もかも。
 そういえば、とシンは周囲を見渡した。先ほど少女を襲っていたスライムの姿は見当たらない。そのシンの視線に気付いてか、少女が刺々しく口を開いた。
「それなら、その人が倒してくれました。あっさりと」
 皮肉たっぷりにそう告げる少女の態度がまたしても頭に来たが、今度はシンは耐えた。
「い、いえ、たまたまですよ。この剣があったから……」
 と、女性は近くの岩場に立てかけてあった剣をシンに見せた。
 シンは剣など詳しくない――というか見たこともないが、そんな彼の目から見ても奇妙な剣であった。
 剣のサイズとしては大きい方だろう。刀身だけで一メートル以上ある。それを眼前の女性が軽々と持っていることも不思議だったが、もっと目を引いたのは剣の装飾というか、材質である。
 何でできているかは知らないが、簡潔に言えば……翡翠の宝石を固めて剣にしたような、そんな剣だった。
「へえ。あんた、凄い剣士なんだな」
「いえ、そういうわけでも……」
 感心したようにシンが頷くと、アティは照れたように頬を掻く。
 そんなやり取りをしていると、背後から益々もって嫌味な声が聞こえてきた。

「それよりも、あなた何者? この島の住人なの?」
「………………」
 シンは答えない。別に他意があって答えないわけではない。答えられないのだ。
 この島の住人か、と聞かれれば――ノーだ。そもそもこの島どころか、この世界の住人ですらない。
 さて、どう答えたものか。シンが逡巡していると、少女はそれを別の意味に取ったらしい。声を荒らげて、
「ちょっと、人の話を――」
「待ってください、ベルフラウ」
 少女の言葉を遮り、女性はぺこりと頭を下げた。
「すみません、私はアティって言います。この子はベルフラウ。私の生徒です」
「私はまだ、あなたのことを先生とは認めていません」
 シンにとってはどうでもいいことをベルフラウが指摘する。それは当人たちの問題なのだろうと勝手に納得することにして、シンは頷いた。
「俺はシン。シン・アスカ」
「分かりました、シン君ですね」
 ……確かに年上には違いないのだろうが、君付けで呼ばれるとこそばゆい感じがする。ザフト内では呼び捨てだっただけに尚更だ。シンは慣れない感覚に、とりあえず首筋を掻いた。
「それで……あんた達は、どうして?」
「あの、私たちは嵐に遭って遭難してですね……」
「……そうなんだ」
 シンが思わず呟いた瞬間、向う脛に痛みが走った。
「痛っ! なにすんだっ!」
「こっちが真剣なのに、つまらないことを言ってるからですっ!」
 理不尽だ。シンはそう思った。決してギャグで言ったわけではない……こともなかったかもしれないが、いきなり蹴ることもないだろうと思う。
「はぁ……まったく、助けに来てくれた時はカッコよかったのに……」
 深々と嘆息して何やらぶつぶつと言っているベルフラウは無視し、シンはアティに向きなおった。
「ごめん……悪いけど、俺も似たようなもんなんだ。だから、この島のことはよく分からない」
「そうですか……」
 僅かに意気を落としたようなアティに、シンは取り繕うように続ける。
「あ、いや、でもさ、誰もいないってわけじゃないみたいなんだよ。だから、きっと無人島とかいうことはないと思う」
「あ、そうなんですか? それなら何とかなりそうですね!」
 案外とあっさり気を持ち直したアティが頷いて、それから頭上に浮かぶ太陽を見上げた。気付かなかったが、陽は既に傾きかけている。
「でも、もうすぐ日も落ちるみたいですし。島の探索は明日になってからにしません?」
「そうだな。体力のことも考えなきゃいけないし」
 多少は軍人らしく、シンは冷静な判断を下した。それからちらりと、ベルフラウの方を見やる。
 彼女はこちらの視線に気付くと明後日の方向を向きながら、
「……まあ、仕方ありませんわね」
 と、ぶっきらぼうに言ったのだった。

 静かな夜だった。月の明かりは強く、また篝火もあるために決して暗くはない。もっとも篝火を焚いたのはシンやアティでなく、たまたまベルフラウが拾ったはぐれ召喚獣――本人は〝オニビ〟などと勝手に名付けていた――が火炎を起こしたのだが。
 流石に見張りも立てずに寝るのは物騒だということで、シンは自ら見張りを買って出た。正直疲れてはいたが、こういった場面では男の出番だろう。
 シンが偶然にも持っていた、味の悪い携行食を食べる必要もなかった。近くには食用の木の実があったし、数も申し分なかった。こういったアナログな技術というものも馬鹿にしたものではない。
 煌々と燃える火をじっと眺めていると、オーブが炎に包まれた日を思い出す。
 アスハの〝中立〟という理念のためだけに犠牲になった両親と妹を……
 瞼が重く、緩くなる。目頭が熱くなったので、シンは咄嗟に上を向いた。そうしなければ、泣き出してしまいそうだった。
「ここから見る星って、奇麗ですよね」
 聞こえてきた声に、シンは視線を下に戻した。寝ていたと思っていたアティの目が、まっすぐにこちらを見ている。隣に横たわるベルフラウは、とうに寝息を立てているようだった。
「なんだ、寝てなかったのか?」
「いえ、ちょっと目が覚めただけです」
 ふうん、とシンは気のない返事をする。アティは気にした風もなく、再び夜空へと顔を向けた。
「私、時々思うんですよ。もしもあの星を間近で見られたらどんなにいいだろうな、って」
「……そんなにいいもんでもないと思うけど」
 シンは、宇宙にいた頃を思い出して呟いた。
 大概の星というのは近づけば決して奇麗ではないことが分かる。特に月など、クレーターだらけで墓場か何かにすら見えるほどだ。宇宙から見て奇麗に見えるものなど、それこそ地球くらいのものだろう。
「あはは。まるで見てきたみたいな言い方ですね」
 屈託なく笑うアティに、シンはどう言い返したものかと迷う。結局、その口から出たのは意味のない吐息だけだった。
 宇宙。プラント。共に駆け抜けた戦艦と同僚、そして愛機。シンは目を閉じて、それらの光景を思い出す。感傷的になっていることは自覚していたが、止めるだけの自制もシンは持ち合わせていなかった。
 代わりというわけでもないが、事務的な口調で告げる。
「寝れなくても、目くらいは閉じとけよ。明日はこの島を探索するんだから体力もいるし」
「はい、分かりました」
(これじゃあ、どっちが年上だか分かったもんじゃないな)
 苦笑して、シンは再び星空を見上げる。
 星は、先ほどと変わりなく瞬いていた。


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最終更新:2008年06月17日 16:14
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