「パパ?」
幼女から何気なく放たれたその一言。
それが発せられた次の瞬間、場の空気が硬直した。
後世にミネルヴァ城謁見事件として末永く語り継がれる事になるこの日の出来事は、
当事者達の事前の予想を大きく裏切りつつ、早くも第二幕に移ろうとしていた。
時が止まったような空気の中、黒髪赤瞳の男、シン・アスカもまた硬直している。
誰もが先ほど幼女が何気なくいった言葉に身動きが取れなくなっているようだった。
張り詰めた空気の中、最初に動いたのはルナマリアだった。
「パ、パパ・・・・・・?」
赤髪癖毛の少女は唇を震わせながら、どこか虚ろな表情でこちらを向いた。
「ル、ルナ?」
その様子にシンは心なし気圧され、やや引きつった顔をして少女の名を呼ぶ。
しかし、ルナはそんなシンの様子に気がついているのかいないのか、
彼と先程の幼女の顔をそれぞれ交互にゆっくりと見渡した後、
やおらその両眼に強烈な光を宿し、そのまま一気にシンに近づいてまくし立てた。
「ち、ちょっとシン! パ、パパって何よ、パパって!」
「お、おい、落ち着けよ、ルナ。」
「これが落ち着けるわけないでしょう!
婚約どころか、もう既に既成事実まであるなんて、あんたは一体全体どんな神経してるのよ!」
「だから落ち着けって!あの子と俺の年を良く比べてみろよ!」
言われてルナは彼と先程の幼女の顔をそれぞれ交互に見渡した後、不意に何かに気がついたように息を呑んだ。
「そう、そうなんだ。」
「わかっただろ? ルナ。」
安堵の気持ちと共に発せられたシンの問いかけは、次の瞬間におけるルナの戦慄したような声で打ち消される。
「シンは今16歳、あの子はその見た目から考えるとあんたが遅くとも12歳の時に作った子供って事になるじゃない!
どんだけ人生先走って生きてんのよ、あんた!
大人の階段を早く昇りすぎよ!」
「どうしてそういう発想になるんだよ、ルナアアア!」
放たれたルナの言葉にシンはたまらず叫んだ。
しかし、その叫びは不意にルナの手で胸倉を掴みあげられた事で中断させられる。
掴みあげられた襟元がシンの首を圧迫し、呼吸と発声を妨害する中、ルナの言葉が堰を切ったように流れ出る。
「ええ、ええ。そうよね、そうよね。『あんな事』ってこんな事よね!
子供の一人もこさえてれば、そりゃ忘れようにも忘れられ無いわよね!」
だから違う、とシンは反論しようとするものの、発声器官を圧迫された現状がそれを許さない。
がっくんがっくんとルナに襟元を揺さぶられ、シンが心無し絶息の危険を感じていると、隣からレイの声が響いた。
「落ち着け、ルナマリア。冷静に考えてみろ。」
ルナをたしなめるレイの静かな声に、シンが事態沈静の期待を込めて苦しい息の中から視線を投げかけると、
レイはその視線に「わかっている」とでも言うように頷きを返した。
さすがはレイだ、とシンは金髪長毛の男の更なる言葉を期待する。
その期待に答えるようにレイの口が開いた。
「ルナ、わかってやれ。シンだって健全な男だ。一時の熱情に流されてしまう事だってあるだろう。」
おいいいいいい、とシンは胸中で絶叫する。
シンがこの金髪長毛の親友が時として天然が入るのを忘れていた自分を叱責していると、
レイの言葉によって一層火に油を注がれたらしいルナマリアの声が響く。
「わ・か・ん・な・い・わ・よ! わかるわけないでしょうがあああ!」
ルナの叫びと共にシンの身体はがっくんがっくんと一層強く揺すられ、その足元は何度か地面から空中に浮き上がった。
一方、なのは達はその光景を少し離れたところから為す術無く見守っている。
それは今の事態の張本人(?)ともいえそうな金髪ロングの幼女、ヴィヴィオもまた同様であった。
後に彼女はこの時の事を振り返り、この時子供心に
―――この国大丈夫かな―――
と思った事を述懐している。
そんな幼女の感想とは別に現在の事態は止まる事無く未来に向かって進行していた。
不意にルナがシンを揺さぶるのをやめ、その襟首から手を離した。
ドスン、という落下音を響かせながらシンの身が座席に再び落ちつく。
それを見てルナは大きく息を吐き、やがてシンから身を翻して向き直った。
声も無く佇む二人の女王と一人の幼女の方向へと。
「ル、ルナ?」
ルナの様子に只ならぬ空気を感じ取ったシンが背中に問いかける。
しかし、当の本人は振り返るそぶりも見せず、代わりに言葉を紡いだ。
「ええ、ええ。わかったわよ。もうやってしまった以上は仕方ないわよね・・・・・・。」
「お、おい。」
諦観を表すような言葉とは裏腹にルナの気配は重みを増し、
その足取りはゆっくりゆっくりと二人の女王達との距離を詰めていく。
「仕方ないのよ、こうなってしまった以上は。」
そういってルナは足を止める。その場所はシンからも2女王からも大体等距離にあたる地点だった。
そこでシンと2女王を隔てる壁のように立ちはだかりつつ、ルナは口を開く。
「ええ、こうなったからには全てを無かった事にするしか無いわ!
中立が国定たる鳳皇圏としては二女王陛下に即刻お立ち退き頂き、
隠し子の件も含めて知らぬ存ぜぬを決め込むしか無いのよ! シン! それでいいわね!」
「おい、ルナ!」
「腹を決めなさい、シン! ここで選択を間違えれば国家が滅ぶのよ!
二女王陛下、話はそういう事ですので大変申し訳ありませんが即刻お立ち退き頂きましょうか。」
凛とした口調でそう水を向けられた二人の女王は、ルナが発したその言葉に少しの間互いの顔を見合わせた後、なのはが一歩前に出て淡々と赤髪癖毛の少女に問いかけた。
「・・・・・・。さっきから聞いているけど、貴方はシン君の何なのかな? 恋人?」
「くッ! それが今の事態にどう関係あるのですか? なのは女王陛下。」
「大有りなの。国家の問題であるというなら、シン君の言葉も無しに貴方がそれを決めるのはおかしいの。
個人間の問題であるというなら、シン君の恋人でもフィアンセでもない貴方が決めるのはやはりおかしいの。それに・・・・・・」
「?」
不意に言葉を切ったなのはに対し、思わずルナは訝しげに眉をひそめた。
しかしなのははそんなルナの様子にも構わず、傍らにいるヴィヴィオの頭を優しく眺めつつ撫でながら続ける。
「子供にはやっぱり父親が必要なの。」
穏やかに放たれたその言葉がルナの感情に火をつけた。
「だから! それが認められないっていってるんでしょうが!」
激発させた感情のままに、ルナは彩色の施された一本の短剣を腰から引き抜き叫ぶ。
「来なさい、フォース・インパルス!」
ルナの声に答えて彩色された短剣が淡い輝きを放ち、それはやがてルナの全身を包み込む。
一瞬の後にルナの格好は直前とは大きく変化していた。
白を基調としたフェイス・オープンの兜、青色の胸甲と肩甲、白の腰装甲、
そして腕と脚を覆う白のスーツは間接部位を青の装甲が補強している。
そして赤色の靴部甲、背面には4つの赤色翼状フィルターが展開する。
さらに彼女の左手には赤色のライトシールドが装着され、右手には灰色のライフル形状の武器が収まっていた。
凛然として翼を広げた甲冑姿で佇むルナ、その様はさながら戦場に舞い降りた戦乙女(ヴァルキリー)を連想させた。
鳳皇圏が保有する特殊戦闘甲冑モビルスーツ(機動戦闘衣)、
そのうちの一つである「インパルス・フォーム」の機動形態「フォース・タイプ」。
複数の異なる形態に変化する事を特徴とする「インパルス・フォーム」のタイプ中、最も機動性に優れた形態である。
「2女王陛下、失礼ですが即刻お引取り願いましょうか。でなければ実力でもって排除させて頂くわ!」
ライフルの銃口を前方に向けつつ、ルナは朗々と宣言した。
しかし、ルナの言葉に対し言われた相手は涼しい顔をしたままだ。
「実力・・・・・・そんな事が君にできるの?」
「このっ!」
次の瞬間、ルナが持つ銃口から光の線が解き放たれた。
フォース・インパルスの基本武装の一つ「ビーム・ライフル」である。
2女王のいる前方めがけて進んだ光は、やがて炸裂音と共に砂塵を舞い上がらせた。
「ルナッ!」
鋭いレイの声が響く。
「安心して。ただの威嚇よ。」
朦々とあがる砂塵はいまだに途切れる気配を見せず、2女王の姿を隠したままだ。
「さあ、これでわかったら・・・・・・」
彼女の言葉が終わらぬうちに、前方では不意に発生したまばゆい光が周囲を照らし出し、ルナは思わず続きの言葉を飲み込んだ。
「いけないなあ、どうしちゃったのかなあ、皇子様の従者さんは。」
なのはの絶対零度を思わせる声が響く間にも砂塵は晴れていき、その姿を浮き彫りにしていく。
杖を前方に掲げたその姿には傷一つ無く、それどころか揺らいだ様子すら見受けられない。
周囲には帯電した空気がまとわりつき、その様は圧縮された力が放出先を求めてたゆたっているようだった。
「ちゃんと礼儀作法通りにやろうよ、ね、私の言う事そんなに間違っているかな?」
シンは聞いた事があった。彼女の戦場での二つ名を。
過去の思い出の懐かしさにすっかり忘れていたその呼び名が今、記憶の中で明確に思い出される。
「なのは女王が掲げるあの杖、あれこそがデバイス戦闘術の達人たる彼女の得物レイジング・ハート、人呼んで『冥王の杖』だ。」
隣からレイが声に静かな戦慄を称えつつ、シンに告げた。
その間にもなのはの周りをとりまく帯電した空気はその規模を増していく。
「でもどうしても出来ないっていうんだったら・・・・・・」
もはや誰もが彼女から受ける圧迫感から意識をそらす事が出来ないでいる中、静かに粛々となのはが言葉を続ける。
「貴方、少し頭を冷やそうか。」
言葉と共になのはは杖の先端を前方に向けて突き出すように構える。
その瞬間、一際大きく帯電した空気がその周囲を駆け巡った。
「そうだね、頭冷やそう。」
そしてなのはの隣でフェイトもまた杖を肩にもたれさせつつ、静かに述べた。
余談ではあるがこの両名はその武勇と武勲から、後世に2強の武勇の象徴としてしばしば取り上げられる事になり、
高町なのはは『冥王』フェイト・テスタロッサは『閃光王』とそれぞれ呼ばれる事になる。
なおフェイトは後世に便乗王と呼ばれる事も多いのだが、それはあくまでも異称である。
もっとも、この異称のほうが後世の人間には親しまれている、というのは彼女本人にとって喜ばしい事だったのかどうかはわからない。
いずれにせよ、この二人の武勇と武勲は後世において称えられ、
『なのフェイの武勲にあやかる』あるいは『冥閃の武勇に比類する』などといった形で、しばしば言葉や文章の中に登場する事になるのであった。
Yagami争乱時代において個人的武勇では屈指を誇る二人の剛勇、それが今その牙を剥こうとしていた。
最終更新:2011年08月04日 14:37