「貴方、少し頭冷やそうか。」
なのはが杖を前に構え、
「そうだね、頭冷やそう。」
フェイトが肩に杖を立てかけて続ける。
それが戦闘開始の合図となった。
先程から噴火寸前だったルナマリアの精神的な山脈は、
その言葉に触発されて一気にフランストレーションを爆発させる。
「やれるもんなら―――」
赤毛短髪の少女は、言葉と共に機敏な動作で手にしたビーム・ライフルを再びなのは達に向けて構える。
「やってみなさいよ!」
言い終えると同時に銃口から緑色の光が解き放たれた。
しかし、その前になのはが既に動いている。
舞踊の如き軽やかな動きで緑光の筋から身を外したなのはが、
そのまま突き出した杖に赤紫色の輝きをまとわせつつ床を蹴る。
「言われなくても―――そのつもりなの!」
なのはの声と共に杖から赤紫色の閃光が筋となって空間を駆け抜け、ルナへと向かう。
「くっ!」
呻きと共にルナが片手に持った盾でその閃光を受け止めるが、その鉄塊の如き衝撃に思わず彼女はたたらを踏んだ。
衝撃が消え、盾を正面から外したルナは視界の先に標的たる栗毛の女王が消えている事に驚愕する。
どこに、とルナが胸中で呟く間、不意に背筋を冷たい感覚が走る。
それが彼女を反射的にその場から右へと跳躍させた。
それとほぼ同時に、ルナがいた場所より左8時の方向から猛禽の如くなのはが襲来し、
彼女が風切音と共に振り下ろした杖は、先ほどルナがいた空間を正確に切り裂いていた。
「よくかわしたね。」
口元に軽い微笑を漂わせつつ、なのははそう賞賛する間にもすぐさま床を蹴って赤紫の光をまとわせた杖で切りかかる。
まだ体勢を整え終わらないルナは反射的にビーム・ライフルでその攻撃を受け止めるが、
無機質な音と共に瞬時に弾き飛ばされた。
しかし、ルナはその一瞬を利用して後ろに跳んでいる。
すぐさまなのはも床を蹴って追撃にかかるが、ルナにとってはその一瞬で十分だった。
「あんまり調子に乗ってんじゃないわよ!」
言葉と共にルナの身を包む甲冑が輝きを放つ。
次の瞬間にはその甲冑は再びその形状を変えていた。
白の兜、腰装甲、腕部と脚部はそのままに、胸甲と肩甲、そして関節部位は鮮やかな真紅に彩られたものへと変わり、
背後からはVの字を描くように赤色のシルエットが展開している。
そして彼女の両手には先ほどのビーム・ライフルとは違い、
片刃に淡い赤の光を纏わせた二本のロングソードが左右それぞれに握られていた。
インパルス・フォームの近接戦闘形態「ソード・タイプ」である。
実を言うと射撃があまり得意ではないルナマリアにとっては、こちらのほうが好ましい戦闘形態ではあった。
「接近戦がお好みだっていうんなら、こっちだって相応しいおもてなしをしてあげるわよ!」
ルナは二本の長剣の柄の部分を合体させ、自身の身長すら上回る一つの巨大な上下刃の得物と為し、そのままなのはに向かって切りかかる。
全身を使って振りぬかれたようなルナの巨剣は、まるで大きく大気を巻き取るかのようにして空を薙ぎ、なのはの体を両断せんとした。
「くっ!」
不意な間合いの変化になのはは呻きの声をあげつつ、すぐさま後方に下がって巨剣の斬撃をかわす。
「甘いわよ!」
一撃を外されたものの、ルナはすぐさま追撃して距離を詰め、刃をかえして2撃目を放つ。
その時だった。
「なのは!」
不意に朗々たる声が、ルナが目指すなのはの更なる背後から響いた。
その声を聞くや、なのはすぐさま身を翻し、ルナと逆方向に向かって大きく跳躍する。
それにより、ルナの第二撃目はまたもむなしく虚空を薙ぐ。
「戦闘中に背後を見せるなんて、いい度胸してるじゃない!」
ルナが狩人の如き視線で跳躍するなのはの背中を見据えた。
一旦大幅に跳躍した以上、しかも背後を見せている状況では着地して体勢を立て直す為に数瞬の間を必要とする。
その間を与えず、このまま追撃して着地した瞬間に一気に決める。
ルナはそのように必勝の算段を立て、己の脚に力を込めて踏み出す。
その時、なのはが跳躍した事で不意に開けた前方の風景に金色の輝きを見つけた時、彼女は己の算段が画餅であった事を悟った。
黒の法衣服を身に纏い、金の長髪をなびかせた女神の如き美貌の主は、
その手に横向きに持った杖の先端から身の丈すら上回る巨大な金色の輝く刃を発生させ、
必殺の気迫をその身と顔に漲らせつつ、対すべき相手を見据えている。
「フェイト女王!」
ルナが警戒と共にその名を呼ぶと、同時にフェイトがこちらに向かって床を蹴った。
「このっ!」
ルナが上下双刃の長剣を、迫り来るフェイトに向けて大きく横薙ぎに切り払う。
ルナのその斬撃に対し、フェイトはその身を独楽の如く回し、裂帛の気合と共に金色の大刀を薙ぎつけた。
二つの斬撃の威力がぶつかり合い、その衝撃が音となって周囲に響く。
「くっ……!」
「くぅ……!」
手に伝わる衝撃にルナとフェイトがそれぞれ呻きの声をあげ、一瞬の間、
まるで接着されたかのように二つの刃が押し付けあいしのぎあう。
そんな硬直が起きた次の瞬間には、双方は身を離しあい、若干の距離を取って対峙する。
そして双方による驟雨の如き斬撃の打ち合いが展開された。
フェイトが振り下ろせば、ルナが弾き、ルナが薙ぎ払えばフェイトが打ち払う。
二人の打ち合いはいつ果てる事無く続いていく。
先程フェイトの後ろ側に着地していたなのはは、
熾烈な接近戦に対して介入するタイミングを掴めずに後方から静観し、
一方でルナの後ろにもレイが控え、いざとなった時は2対2に持ち込めるように備えている。
かくして謁見の間の中央において、拮抗して二人の熾烈な打ち合いが続けられる。
しかし、そんな戦いにもやがて終幕がもたらされようとしていた。
「二人とも、もうやめろ―――!」
不意に鋭い声が上空より響き渡る。その声はルナにとってはよく聞きなれたものだった。
何度目かの鍔迫り合いを続けていたルナとフェイトが、思わず上空を見上げると、
そこには巨大な赤い光の翼を展開させた戦天使がいた。
白のフェイスオープンの兜、トリコロールカラーで全身を色づけた壮麗な甲冑、
そして背面に展開する赤い羽根から放出されている巨大な光の翼、
それこそが黒髪赤眼の皇子の機動戦闘衣、デスティニー・フォーム。
それを身に纏ったシンが、ロングブレード「アロンダイト」を大上段に構え、
そのまま急降下と共に破城槌の如く振り下ろし、
鍔迫り合いを続けるルナとフェイトの二人の得物を地面に叩き落した。
「あっ!」
「えっ!」
思わず声をあげるルナとフェイト。
そこにシンの鋭い声が響く。
「いい加減にしろよ、あんた達! 皆がこんなところで争ってどうするんだよ!」
「で、でも、あたしはシンの事を想って……」
しかし抗弁しようとするルナの言葉をさえぎり、シンの更なる声が続く。
「だったらもうこんな事やめてくれ! 俺はルナが傷つくところも、なのはさんやフェイトさんが傷つく所も見たくないんだ!」
強い意志を赤き瞳に輝かせ、シンはまっすぐにルナの瞳を見据えながら言い切った。
その言葉と視線にルナは見えざるひたむきな感情の矢に、
自身の精神をストレートに打ちぬかれるような感覚を覚えつつ、もごもごとうまく回らない口を虚しく動かした。
「(こいつは本当にどうしてこうなのよ―――!)」
心なし胸を高鳴らせながら、ルナは心中で絶叫する。
この黒髪赤眼の男が何気なく、他人の精神の深奥を打ち抜いてしまう様を何度も見てきた事だった。
今だって本人にとってみれば深い意味などなく、素直な心を吐露したに過ぎないのだろう。
しかしそうとわかっていても、胸のうちは早鐘を打ち続け、頬は心なし熱くなっていく。
それらを懸命に抑えつつ、視線を周囲に回してみれば、なのはやフェイトもほのかに頬を赤らめつつ、どこか所在無げに視線を泳がせている。
「わかったわよ……。」
ルナはシンに対して小さく呟くようにして応じる。
「うん、シン君がそういうなら……。」
「わかったよ……シン。」
ルナに続いてなのはもフェイトもシンの言葉を受け入れた。
それを聞いて愁眉を開いた目の前の黒髪赤眼の男を見やりつつ、
完敗ね、とこれまでに何度も思ってきたのと同様にルナは現実を受け入れた。
その時、不意に入り口のほうから若い女の声が響いた。
「みなさん、お取り込み中申し訳ありません。」
ルナが振り向いてみると、そこには緑色の従者服を着込んだ、
薄い色調の金髪を短めにまとめ、切れ長のシャープな視線が特徴的な、
年の頃なら20程の落ち着いた若い女性が、手になにやら書状らしきものを持って佇んでいる。
「あんたは?」
一同の疑問を代表するかのように、シンがその女性に対して問いかけると、
薄金髪ショートの女性は優雅に一礼をして口を開いた。
「申し送れました。私はアビー・ウィンザー。現鳳皇ギルバート・デュランダル様より、
皇子様に対して書状と口上を預かって参りました。」
「何かあったのかよ?」
アビーと名乗った女性の言葉に、期するものがあるのか、心なし緊迫した表情でシンが問い返す。
それを傍らで見守るルナとて、いくらかの予想が無いわけではない。願わくば外れて欲しい予想ではあったが。
そしてもたらされた答えは案の定、彼女の期待を盛大に裏切るものであった。
「はい。詳しくは書状に。しかし端的に申し上げますれば、ついに動き出した八神王国の動向と今回の件に関しての対処についてです。」
淡々とアビーが述べ終わると共に、その場にいた一同に少なからぬ驚愕の波紋が走りだす。
先程北方圏を制圧した現パラレル・グラウンドにおける最強の大国八神王国。それを統べる夜天の王八神はやては、
更なる覇権の拡大に向けて次なるステップへと移ろうとしていた。
黒髪赤眼の皇子とそれを取り巻く者達は、いまだその激流に対し、己の道を手探りで模索していかざるを得なかった。
最終更新:2011年10月24日 02:05