「アニメぇ?」
「ええ、アニメです」
素っ頓狂な声を上げるシンに、訳の分からない状況に頭を抱える早苗が疲れたような声で返してくる。
怪訝な顔をしながらホットミルクをチビチビと舐めるように飲む魔理沙はアニメと言う単語がよく分からなかったのか首を傾げていて。
―――アリスの家に上がった少女達はシンがいれるミルクとお茶をまずは飲んで冷えた体を温めた。
そして落ち着いてから早苗が訥々と語った言葉を端的にまとめると。
「シン・アスカ」と言う人間は昔外の世界で放映されていた「機動戦士ガンダムSEED DESTINY」なるロボットアニメの
登場人物だ、ということらしい。
しばらくあまりの訳の分からない状況に頭を抱えていたシンだったが、やがて顔を上げると早苗に質問をする。
「そのアニメが実在するって証明できるか?」
「え、ええ。家の方に諏訪子様が買ってたDVDが」
「ディーブイディー? ………ああ、そんな記憶媒体もあったっけな。そっか、あるのか………うーん」
眉をしかめて考え込むシン、そんなシンの肩をちょいちょいと叩く魔理沙。
「ん、どした?」
「いや、その。この流れで言うのもなんだが………あにめ、ってなんだ? 聞いたことないんだが」
ああ、と少し気の抜けた返事をしてしまう。確かにテレビすらないこの幻想郷でアニメなんて言葉を知っている方が珍しいだろう。
早苗もそのことに気付いたのかどう説明しようかと迷っているようだ。少し考えてシンは口を開く。
「紙芝居ってあるよな、あれを超豪華にしたようなもの、って言えば分かりやすいかな」
「ふーん。分かったような分からんような………んで、お前はそのアニメとやらの登場人物、と」
何度か頷くとぴたりと静止する、そしてシンを指差して。
「え、お前実在してないのか!?」
「さっきまで触ってただろ!? でもま、そういうことになるよな………うーん、流石に驚いたなあ」
参った参ったと頭をかきながら暢気そうに呟くシンを見て早苗は肩をがっくりと落とす。
口調とは裏腹に明らかに驚いていないし参ってもいないことがさっぱり理解できない。
「いや、もっと驚くべきじゃないでしょうか。なんでまたそんな落ち着いてるんですか?」
「充分驚いてるさ、驚いちゃいるけど………ちゃんとこうして俺の意思があるわけだしね」
頭をかいていた手でぽん、と後頭部を、そこに大事なものがあるかのように軽く叩く。
なんでもなさそうな、落ち着き払った態度で顔に浮かぶ物は太平楽な表情。
「俺が今まで生きてきて感じたことや思い出がちゃんと俺の中にあるってんなら、別にアニメだろうがなんだろうがどうだっていいよ」
「………なんかすっぱり割り切ってるんですね。もっと動揺してもいいんじゃないでしょうか」
「動揺してなにか変るんならいくらでも動揺するけどね」
ひょい、と軽く肩をすくめる。どんなに不条理で理解しがたいことであっても受け入れて認めなければどこにも進めない。
そのことは、メサイア攻防戦終結後にキラの手を握った時に理解している。
本心を言えば全て納得できたわけではないが、だからと言って今から思い返しても振り払う気になんてなれなかった。
敵であったはずの自分に手を差しのばしてくれたのが嬉しかった、それもある、認める。
だがそれ以上に、あの時振り払ってしまったら、敵である存在とは分かりあえないと認めてしまうみたいで。
ステラとは分かりあうことが出来たということすらも嘘になってしまいそう、それが嫌でたまらなかった。
だから、彼の手を握ったのだ。少しでも前に進むために。過去の自分を受け入れるために。
そんな益体もないことを考えていると、魔理沙が話は終わったのかとばかりに口を挟んできた。
「にしても、随分あっさり信じたな。早苗がウソついてるかも、って考えないのか?」
「それ本人目の前にして言うことじゃないですよね?」
「まあそれも考えたけど、流石にここまで信憑性が無いと逆に信用できるかなって」
ウソをつくときにはある程度の真実を含めるものだ、その方がよりリアリティがある嘘になる。
ここまでリアリティなんて知ったことかとばかりの突拍子もない、さらに嘘をつく意味のない情報なら逆に信用できるというもの。
「そういうもんか?」
「そういうもん」
とはいえ、流石にこの幻想郷でなければ早苗の言葉を信じる気にはなれなかっただろうが。
まず自分の常識から疑った方が早いということをいい加減シンも学んでいる。
どうにか話がまとまったことをシンは感じ、少し疑問に感じたことを軽く口にする。
「ところで、なんなんだよその、がんだむって。頑張る、駄目、無駄の略か?」
「い、いや違いますよなんですかそのネガティブな略称は」
「私が思うに、ガンボーイフリーダムの略と見た!」
「いや絶対違いますよそんな珍妙な名前! ほら、デスティニーガンダムのOSの頭文字を縦読みすればガンダムって呼べるでしょ?」
「ああ、言われてみれば………」
納得はしたが、正直なところシンはデスティニーのことをガンダムと呼ぶ気はまったくない。
シンにとってデスティニーはどこまでいってもデスティニーであり、ガンダムなどと変な名前を付けて欲しくないと言うのが本音だ。
とはいえわざわざ口にする気はない。早苗にとってそのガンダムと言う名前は思い入れがあるのだろう、口にして不快にさせるのもいい気分はしない。
「ちなみに、そのアニメで俺の役目は?」
「……………………主人公? のような、脇役のような? 私にもさっぱり分かりません、本当になんだったんですかあなた」
「いや俺に聞かれても………しかし主人公か。そのアニメ作った奴も馬鹿だねー、俺主人公にしても面白くないだろうに」
「本人に言われたらおしまいでしょうね………なんですかこの無茶苦茶な状況」
「今さらだろ。ま、なんにしてもなんで俺やデスティニーのことを知ってたのか納得がいったよ」
「それはなによりです………あの、ところで。私、軍事機密とかそういうことを知っちゃってるわけなんですが」
知ってるな、と頷くシンにテヘっとばかりに舌をペロッと出して軽く、出来るだけ軽くなるように聞く。
「秘密を知られたからには生かして返すわけにはいかないな、なーんて展開は、無いですよね」
「秘密を知られたからには生かして返すわけにはいかないな」
「ちょっとぉ!?」
「冗談だよ。話聞く限りじゃ別にヤバそうな情報は漏れてないみたいだからな、むしろ一般人でも知ってるレベルのことばっかりだ」
ラクスの意向で、軍事施設はそれが要塞であっても極力内部を公開するようにしている。マスメディアからの取材にも答えて全世界に報道させるという徹底ぶりだ。
通常ならば確実に敵から攻め込まれるであろうことだが、ラクスのネームバリューがそうはさせなかった。
つまり、こういうことである。ラクス様は情報を包み隠さず教えてくれているのに他がしないのは不公平ではないか。
はっきり言って軍、というよりも連合、プラントどちらの上層部も先の大戦の影響で国民からの不信が非常に大きい。
だからこそ国民にそっぽを向かれるわけにもいかないのか、渋々ながらだろうが連合も軍事施設の一般公開を行っている。
どちらも保有戦力を明らかにしたからこそ下手に討って出ることもできない、途方もなく無茶苦茶な手だがそれが功を奏し連合とプラントの関係はどうにか保たれている。
ラクスはある程度戦乱の影響が落ち着いたらまた公開する情報を制限するつもりらしいが、それまでは続けるということでもある。
なんにしてもラクスだからこそできる無茶苦茶な政策である、シンからしてみれば心臓に悪いことこの上ない。
………まあ、一般人からの受けはよくなったので善し悪しだとは思うのだが。
核動力のMSを使っての被災地域への電力供給やMSで荒廃した都市の復興の支援などで地球圏からの信頼をプラントは大分取り戻すことはできた。
それを考えれば本当によくやっているのだろう、あの爆発する直前の火薬庫のような状況からよく建て直せたものである。
「ま、なんにしてもそういうことだからさ。そんなに心配することはないよ」
軽く笑って、何か教えてくれたお礼でもするべきかと考える。料理でも振る舞おうかと考えるが、何かしっくりとこない。
少し考えているうちにロボットアニメと言う言葉が心に引っ掛かり、ふと思いついたことがあった。
「そういえば早苗、もしかしてだけどロボットって好きか?」
「え? う、うーん、まあそりゃ大好きですよ、女の子らしくないとは思いますが」
「そんな気にするものでもないだろ、女性のメカニックなんて珍しくもないし………あのさ、デスティニーなんだけど」
「乗ってみるか?」
「……………え?」
シンにとっては何気なく斬りだした言葉、しかしその言葉に早苗は身を乗り出してすごい勢いで食いついてきた。
「え、え、えええぇぇぇ!? いいいい、いいんですか乗っていいんですか乗っちゃっていいんですかー!?」
「ちょ、落ち着いてくれ顔近いぞ!?」
泣きそうな顔で後ろから魔理沙が離れろとばかりに引っ張っているが、あまり効果はなさそうだ。
鼻息も荒く興奮していた早苗だったが、涙目になっている魔理沙に気付くと少し落ち着いたのか咳払いをして椅子に掛け直す。
しかしそわそわと落ち着きなく体を動かしていていつまた体を乗り出してくるか分かったものではない。
「あの。ほ、本当にいいんでしょうか、デスティニーガンダムに乗っちゃって」
「ん、構わないよ。ていうか、霊夢も一回乗せたことあるしな」
「そういえば霊夢もそんなこと言ってたな………というか、乗せるっていうより変わる、じゃないのかあれって」
「いいんだよ、細かいことは。んで、どうだ早苗、乗りたくないなら別に」
「乗ります! 是非乗らせて下さい!」
言い終わるよりも早く返事をする早苗に苦笑しながら窓の外をちらりと見る。
まだ掃除が終わらないのか、それとも向かっている最中なのか自身の相棒の姿はまだ見えない。
とはいえ今は好都合だ。自分以外を乗せるのをデスティニーは嫌がる。
デスティニーには悪いが今のうちに準備をして置いて後はなし崩し的に早苗を乗せてしまおう。
「それじゃ、寒いけど外に出ようか。ちょっと部屋の中じゃ狭いからな」
「…………なにしとんのかね君は」
「アロンダイト、チェック…………おお、デスティニーか。いや何って、割と見ての通り、っと、チェック完了」
地面に散らばっているスペルカードから実体化させたデスティニーの兵装、それを面白そうに突っついている魔理沙、空から降りてきたデスティニーの姿に驚いている早苗。
そしてスペルカードを早苗にあてがっているシン。彼女以外が見れば見ても何が何だか分からないこの状況。
だがそんな状況に、デスティニーは深くため息をつく、シンがやろうとしていることを察したからこその溜め息だ。
言いたいことは多々あるのだろうが、初対面となる早苗にまずは視線を移した。
「やあ、初めましてお譲さん?」
「あ、どうも初めまして……え、あれ、シンさんが二人?」
「いや違う違う、よく見てくれよ、ほら俺は赤でこいつは緑、目の色が違うだろ?」
「え? ………あ、ホントだ」
「うむ、ついでに言えば僕には胸があるのだよ、ばいんばいんのが」
「黙れ、お前に胸なんてまったくないだろ」
一切の感情を削ぎ落としたような暗い目をしながらシンは冷徹にバッサリと言って捨てる、そこに優しさは微塵もない。
ちょっとは容赦してやれよ、と魔理沙は思うがフォローのしようがないほどデスティニーは胸が無いのだから如何ともしがたい。
「というか、だ。デスティニー、その服装はどうにかならないのか?」
「懐かしいなーそれ。前まで霊夢が着てたやつじゃないか」
魔理沙の言う通り、デスティニーが着ている巫女服は霖之助が今の霊夢の服を作るまで着ていた腋の出ていないものだ。
すっかりあの腋巫女衣装が長くなって魔理沙にとっては少し懐かしくもあるもの、それをデスティニーは着ていた。
「何か不味いかね?」
「俺に女装趣味があると言う噂が最近立っててな」
「………寄らないでくれないかこの変態」
「間違いなくお前のせいだよ!?」
「何を言うっ、確かに僕と君は顔が似ているが、だが僕には君にはないものがあるではないか、そう、ばいんばいんの胸が!!」
「ない!! ンなもんないッ!!!
きっぱりと断言するシンに怒りで引きつった顔を浮かべるデスティニー。胸が無いのは嘘偽りない事実なので魔理沙もフォローの言葉が思い浮かばない。
そんな二人を困惑した目で交互に見ていた早苗だったが、結局空から降りてきた彼女がなんなのか分からずに困った声を上げる。
「あの~、結局そちらの方はどちら様なのでしょうか。さっぱりわからないんですが」
「ああ……こいつはデスティニーだよ」
デスティニー、と言われても早苗の中に思いつくのはあの明らかに悪役ヅラしたガンダムである。
目の前の性格と胸以外は美少女と言っていい少女とは全く結びつかない。
顔にそんな思いが出ていたのか、軽く笑ってシンは言葉を続ける。
「正確に言えばデスティニーの付喪神、だな。正直ここまで性格がねじくれてるとは思わなかった………!」
「ほっといてくれたまえ、君も一々喧嘩を売るのは止めて欲しいものだが」
面白くなさそうに鼻を鳴らしたデスティニーだったが、気もすんだのか早苗に対して片唇を持ち上げるように笑いかける。
「まあ、なんにしてもそういうことだよ。僕はデスティニー、今後ともよろしく」
こちらこそよろしくお願いします、そういいぺこりと頭を下げる。
軽く手を振ってこたえたデスティニーだったが、すぐに地面に散らばっている兵装に目を移して少し眉をしかめた。
「…………僕は遊園地のアトラクションか何かかね」
「そう気にするなって、早苗へのお礼だよお礼。後でお前にも話すけど、面白いこと教えてくれたからな」
気楽そうに笑うシン、しかしデスティニーからしてみればそんな気楽にはなれない。
シンがやろうとしていることを察したのかすさまじく不機嫌な顔になっている、そのデスティニーの顔を見て早苗は慌てて口を開く。
「あ、あの、やっぱり乗るのって不味いんでしょうか?」
「いや、全然。ラクスさんのの意向でMSに一般人を乗せることもあるからね」
これもまたラクスが考案した一般大衆に対するアピールの一環である。
確かに戦争の道具として扱われることの多いMSではあるが、ジャンク屋ギルドを初めとする作業用としての扱いこそが元来MSの用途のはずであった。
ラクスはMSをそこに立ち戻らせたいという考えがあるらしく、実際戦争以外にMSを馴染ませるために復興にMSを用いている。
ゆくゆくは一般人でも作業用として扱えるようMSを普及させるつもりで、一般人を軍人の監修ありとはいえ操縦させるのもそのための布石と言ったところか。
軍人としての意見を一切無視するのならそこまで悪くはない、というのがシンの意見だ。
現在はともかく、オーブで戦乱に巻き込まれる以前の自分だったらきっと大喜びで乗りたがったと思う、実際子供からの受けも中々である。
シン個人としてもデスティニーを戦いのためだけに使うのは少しもったいないとも感じている。
せっかく人間と遜色ない動きが出来るのだ、することは戦争だけじゃない。その内鍬を持たせて畑でも耕せれば、と言うことを冗談交じりにルナマリアに漏らしたこともある。
まだ戦争の影は消えそうにない、今はまだ戦いばかりだ、銃を持たせるしかないだろう。だが、それが終わったのなら鍬を持たせるのも悪くないと言うのがシンの本心だ。
もっとも、それはシンの本心であり、デスティニーの本懐とは別なのだが。
「君は平気なのかい、自分の機体を好き勝手に弄られて」
「大丈夫だろ、OSの初期状態で乗せるしどうせ乗り終わったら乗る前の状態に戻すからな。別に俺に不都合はないじゃないか」
「そういう問題では………!」
声を荒げそうになったデスティニーだったが、申し訳なさそうに目を伏せる早苗に気付くと押し黙り、しばし沈黙。
やがて、ふぅっと息をつくと苦笑しながら早苗の肩を叩く。
「ああ、すまんね。君が悪いわけではないよ、僕自身のちょっとしたこだわりと」
ちらりとシンに目線を向け。
「頓着が無さ過ぎる僕のご主人が馬鹿だって話さ」
「はいはい、どうせ馬鹿だよ………で、どうする? お前がどうしても嫌だっていうんなら」
「馬鹿を言っては困るね。決めるのは君だ、僕じゃあない。君が決めたことを覆すことなんて出来やしないよ………申し訳ない、ごねてしまって」
「いや………兵装のチェックは終わったから後は電装系だな、頼めるか?」
軽く片手を上げてからシンが差し出したスペルカードを受け取り、機能のフィッティングのため早苗にかざす。
先ほどまでシンが行っていた兵装関係の合わせとは違いデスティニーが行うのは電装、駆動系といったデスティニー本体を司る物。
シンでもそれらのフィッティングは行えないことはないのだが、やはりデスティニー本人が行った方が効率がいい。
「ああそうだ、OSの設定はどうするね?」
「どうするもこうするも………プリセットしかないだろ、現行の奴じゃどう考えても早苗じゃ動かせないし」
「………彼女じゃなくても無理だと思うのだが?」
現在のデスティニーのOSはプリセット、というよりも初出撃時のOSとはまったく別の代物と言っても過言ではない。
少しでも動きを洗練させるためにバーニアのミリ単位での砲口習性から指先の動作に至るまでシンの手がかかっており、徹底的に自分に合わせて仕上がっている。
自分向けにOSに癖を徹底的に付けてしまうため自分以外では歩くことすらままならない代物となってしまうのだ。
大なり小なりパイロットはそういった傾向はあるがここまで徹底しているのはシンぐらいのものだろう。
頼むからシューフィッターにだけはならないでくれ、と教官から肩を掴まれて言われたことも今となってはいい思い出である。
何にしても、もし自分以外が登場した際のために癖がまったく付いていないOSもデスティニーには組み込まれているのだ。
今回はそれを使う、シンも言っているように最新状態のデスティニーのOSではまず早苗がすっ転んでしまうだろう。
なにしろキラやサーペントテールのリーダーを以てして「操縦だけなら自分でも出来るが使いこなすのは不可能」と断言されてしまう代物なのだから。
「早苗、もう少し待っててくれよ。多分後1分ぐらいだろうから」
「結構かかるんですね………もっとこう、ぱぱぱっ、って感じじゃないといざって時不味い気がするんですが」
「んー、まあなあ。1秒足らずで終わるのもあるんだけど」
ただしアロンダイト長射程砲その他諸々を身体にブッ刺したりブッ放すことになるのだが。
「もうすぐだから我慢してくれよ」
「いえ、わがまま言ってごめんなさい……ワクワクしてると時間が過ぎるのって長く感じますねえ」
「あー私も分かるぜ、まだかなーまだかなーって思って待ってると長いのに忙しい時はあっという間だよな」
「ホントだよな、苛々するって程じゃないんだけど待ち遠しくてそわそわしたりなあ」
そんな益体の無いことを話している間にもデスティニーの合わせは進んでいき。
目を閉じていたデスティニーがスペルカードを早苗から離し。
「最終チェック………システム、オールグリーン。うん、いいよ、準備完了だ」
目を開いてシンに告げる。その言葉を受けてシンはデスティニーの手からスペルカードを抜き取って懐にしまう。
「ン、よし、と。じゃあ早苗、今から始めるから、そこを動かないでくれよ」
「は、はいっ」
「いい返事だ。それじゃあ………デスティニーを開始する」
シンの言葉と同時にデスティニーが早苗に重なるように透けていき、直後にぱきん、と硬質な音を立てて金属片が早苗の周囲に浮かび上がる。
その音は止むことなく断続的に聞こえ続け同時に金属片もどんどんと数を増していき早苗の驚いた顔から身体まで覆い隠していく。
最早完全に早苗の姿が金属片に隠されると、金属片は集束するようにその幅を縮めていき早苗の身体に触れてしまいそう。
早苗が金属の硬く、だが熱い感触を感じた瞬間、ばきんと金属が砕けるような音と共に一気にその金属片からMSを形成していく。
深い青の胴体から延びる暗白色のがっちりとしたアスリートのような筋肉を思わせる造形の腕と脚。
胴体と同じ青色の肩部装甲にマウントされたビームブーメランフラッシュエッジⅡ。
朱と黒から構成される鳥類の骨格、或いは悪魔のようなウイングスラスター、そこに備え付けられた水色の対艦刀アロンダイト、緑色の大型長射程ビーム砲。
そして最も特徴的な目もとに紅いラインが走る多面さを感じさせる頭部。
ZGMF-X42S、デスティニーガンダムが祀られる風の人間東風谷早苗の意思を携えそこに立っていた。
「………ン、もう動いてもいいぞ早苗」
シンの言葉に、だが早苗―――デスティニーは緑色のカメラアイで自分の姿を眺めるばかりで動こうとはしない。
何度も何度も全身を舐めるように眺めていたデスティニーだったが、自身の姿をようやく頭で理解したのか呻くような声を上げ。
『す…………………すごいです!! すごいです、私今、デスティニーガンダムに乗ってます!!』
その声もすぐに興奮しきった声に変っていった。手足をぱたぱたと動かし、それだけでは飽き足らないのかぴょんぴょんと跳び跳ねて喜びを全身で表現している。
………もっとも、デスティニーの400kg近い重量のためぴょんぴょんと可愛らしい表現ではなくズドンズドンともはや轟音に近いのだが。
しばらくはしゃいでいたデスティニーだったが、やがてシンの方を向くと駆け寄ってきて。
『ありがとうございますシンさん! すっごいですこれ!!』
「喜んでくれて何よりだよ。しかしその姿……バージョンは1.5か。デスティニー、調子はどうだ?」
「ン、至って良好だよ。OSが1.5系列の機能に対応していないこと以外は特に問題はないね」
『ばーじょん? いってんご? 何のことなのでしょうか』
シンとデスティニーの言っていることがよく分からずに思ったことをつい口にする。
興奮していて気付かなかったが、よくよく見てみればアニメで見ていたデスティニーガンダムとは細部が異なっていて。
ビームライフルをマウントしている後腰部は少し巨大化し、腕や脚が人間の筋肉を模した曲線を主体とした構造となっている。
それに、OSの文字の中に少し気になる物があった。
『なんだろ、これ。ん………ぱわーしりんだー?』
「まああんまり気にすることはないよ、どうせ今は関係ないし。それより、空に上がってみたらどうだ、森の中じゃ狭いだろ」
『あ、はい! それじゃあデスティニーさん、サポートはお願いします!』
「言われずとも。不味そうなことは止めるからね」
楽しそうな早苗の声、しかしその声とは対照的に先ほどからあまり興味がなさそうな魔理沙が少し気になり声をかける。
「詰まんなさそうだな、魔理沙」
「まあなー。あんまり興味は分かんぜ、別にデスティニーが嫌いってことはないけど」
「ふうん………ロボット見てもカッコいいとか思ったりしないか?」
「あんまり。ていうか、私は、その、お前の方が」
カッコいいと思う。そう言ったのだが、その言葉はデスティニーがスラスターを稼働させた音にかき消されてシンには届かなかった。
「……空気読まんやっちゃ」
『え、何か不味いことしちゃいましたか?』
「べっつにー。じゃ、空の飛行、楽しんでこいよ」
『はいっ、それじゃあいってきます!』
ウイングスラスターを展開させ、メインと脚部スラスターと向きを同期させる。
ごう、とエネルギーが噴き出す音と共に機体が上昇。身体が引っ張られるような感覚を覚えるが、しかしスラスターを止めるつもりはない。
機体の端々に木の枝が引っ掛かるがものともせず枝を折りながら上昇を続け、木の葉を弾き飛ばしながら遥か上空へと舞い踊る。
シンや魔理沙が豆粒ほどの大きさに見えるほどの高み、しかし早苗の心には不安はなく、むしろ胸が高鳴るような高揚感に満ちていた。
自分の風を操り風に乗る飛行とは違う、風をその身で切りながら駆けてゆく飛翔。
動力部やスラスターからの騒音で快適さでは比べるべくもないが、だが、その巨大な力を手にしたかの如き爽快感といったら―――!
上空から幻想郷を見回す、モニター越しに見るその風景はただ空を飛ぶだけでは味わえないもので。
何故、と以前だったなら思っていた。わざわざ口にする必要なんてないではないかと考えていた。だが、乗ってみて初めて分かる。
言わずにはいられないのだ、例え行うことがどれほど心望まぬことなのだとしても、この高揚感が言わせるのだ。
ドキドキと踊る胸を隠し切れずに、昂る心を「あの」言葉として声に出す。
「東風谷早苗、デスティニーガンダム! いきます!」
広げた鋼の翼から噴き出す光の残滓が、秋の蒼穹に羽のように舞い踊っていた―――
最終更新:2012年04月23日 11:56