<ライブ>
都内某所のテーマパーク、
子供連れの家族らで賑わう遊園地の一角は、いつもとは異なる喧騒に包まれていた。
「……ってか多いな、普通に」
ステージの脇から客席の様子を窺う。少なくともこの位置からでは空席は見当たらない。
ほぼ満員満席、こちらとしては嬉しい限りの盛況っぷりだが妙に気になる点が一つ。
「何か男女比偏りすぎてないか……?」
目を凝らしてみても男の姿はほとんど見当たらない。視界を埋め尽くすのは女性客が大半だった。
(いやでも、まさかなぁ……)
今日の主賓の性別を考えればこの客層の歪みようは異常だ。いや女性ファンが多いということ自体は知っていたのだが。
「シン、こっちの準備はできたよ」
その声に振り返るとライブの衣装に着替えた――フェイクライダーという名前らしい――美少年、
ではなく少女が一人。
――菊地真
凛々しい容姿と立ち居振る舞いから早い段階で女性ファンの人気を得た実力派アイドル。
反面、現段階では男性ファンの反応が芳しくない状態だがP曰く「時間の問題」とのこと。
将来有望とされるアイドルの一人である。
「客席どうなってる?」
「え? あぁ盛況といえば盛況だけど……」
「ホントに!?……う」
と喜色満面でこちらに並んで客席を覗き込むが、次の瞬間には複雑そうな表情に変わっていた。
「え~と、さ」
どう声をかければいいか、と思ったがすぐに真剣な顔でこちらに向き直っていた。
「分かってる。まだまだ売れてるってわけじゃないから、今いるファンを大事にしないと」
「真……」
「それに前よりも男の人は増えてるし、へへー」
――強がりってわけじゃないみたいだな。
本当に嬉しそうに笑う姿を見て心配は杞憂だったのだと悟った。
「……そろそろ時間だな」
「よーし、頑張るぞー! あっと、その前に」
そう言いながら真はこちらに拳を向けてきた。
「え? 何?」
「何って……あ、そっか。シンはやったことなかったんだっけ。ボク、ライブとかする前には
こうやって拳をガツーンってやって気合入れてるんだ」
メチャクチャ体育会系だった。
「……まぁいいけど。え~と、こうか?」
「そう、そのまま拳を突き合わせて……ダーン!!」
ガツンと思いのほか力強い衝撃が拳に伝わってくる。
――なるほど、これは確かに気合が入る。
「へへっ、それじゃ行ってくる!」
ステージに向かって駆け出していく。真が姿を見せた瞬間に客席から黄色い声援が湧き上がった。
「みんな、来てくれてありがとう! 今日は時間が許す限り、あなた方に尽くします!」
その第一声とともにさらに客席からの声が大きくなった。
「それじゃあ最初はこの曲から、『エージェント夜を往く』!」
―-こうして始まったライブは、文句なしの成功をもって終わりを迎えた。
「――で、なんでこんなことになってるんだろうなぁ」
「そんなことボクに聞かれても……」
ライブが終わったテーマパークを真と駆け回っていた。
――いや、正確に言えば逃げ回っていた。
「っていうか絶対おかしいだろこの状況! なんでこんなに用意周到なんだよあの連中!?」
「だ、だからそれを聞くなら向こうに聞いてってば!」
走りながら後ろを振り返る。相変わらず20メートルほど離れて目にハートマークでも浮かんでるような女の集団が、こちらに向かって突撃してきていた。
ライブが終わってシンと真は遅めの昼食でも食べて事務所に戻ろうとステージを後にしたのだが、それからすぐに真のファンと思しき集団に囲まれた。 なんとか包囲網から抜け出せたものの、その後もしつこく追いかけてくる連中に、薄ら寒いものを覚えながらテーマパークから出ようとしたのだが、一般客の出入り口も関係者用の出入り口も待ち伏せされていて実質閉じ込められた状態で今に至る、という流れである。
――何が恐ろしいかって完全に女だけなのが恐ろしい。
「えぇいクソッ! どこから出ればいいんだよコレは!?」
「話し合って落ち着かせる、とかできないかな?」
「……後ろ見てみろ、飢えた獣の目してるから(百合的な意味で)」
「うぅ、そんなぁ……」
恐る恐る後ろを振り返る真だったが、その瞳が一瞬にして見開かれた。
「え? えぇ!? 嘘!?」
「どうした真!?」
「あ、あの人たち……何人か見たことあるような」
は? と傍らの真に目を向けると何かを数えるように指折りしながら呟いていた。
「えっと確か、ナンパされて無理矢理連れて行かれそうになってた娘に不良に絡まれてた娘、
あと落し物して困ってた娘……多分ほかにも何人か」
「……まさか、それ全員助けたとか?」
「う、うん」
――何この男前。なんか真のファンに女性が多いのが分かったような気がする。
「って感心してる場合じゃないな、早いとこ逃げないと」
「でもどうやって……うわっ!?」
「真!?」
足を止めて振り返ると真が地面に倒れていた。どうやら何かにつまづいたらしい。
「大丈夫か?」
「な、なんとか……つっ」
立ち上がろうとした真の顔が歪む。
「どうした!? 痛むのか!?」
「う、ん……ちょっと、捻ったかも」
……ライブであれだけ踊った後でこれだけ走りまわされたのだ、無理もない。
「ってマズイ、このままじゃ捕まる! 真、なんとか立てないか!?」
「ち、ちょっと無理かも……シン、ボクのことはいいから一人でも」
「馬鹿、そんなことできるか! じっとしてろ!」
「え? ってうわっ!?」
真を両腕で抱え上げる――無意識での行為だったが所謂お姫様だっこで――。思ったほど負担にはならなかったものの、急いでここを離れなければ……
――ゾクリ、と背筋に突き刺さるような視線を感じた。
「え……?」
思わず後ろを振り返る。目にハートマークでも浮かべてそうな集団は一変し、殺意を宿らせた瞳を向けていた。
……シンに対して。
「嘘だろぉ!?」
慌てて駆け出す。死ぬ、捕まったらマジで殺されかねない。
「し、シン……!?」
「喋るな! 舌噛むぞ!」
走る、走る、走る。脇目も振らずにじたすら前に向かって走る。
植え込みを越え、柵を跳び越し、コーヒーカップが回る中を駆け抜ける。
「ッ、これで!」
どうだ、と振り返る。文句なしに振り切った
――と思っていた、が、
「って、増えてるーーーーーーっ!?」
その数は先ほどまでのおよそ二倍。いつの間に集まったのだろうか、その誰もがシンを殺気を込めた目で睨みつけていた。
「だぁ~クソったれ!! こうなったらトコトンまでやってやる! しっかり掴まってろ真!」
「は、はいっ!」
足に力を込めて全力で地面を蹴り続ける。
――陽が傾き、夕闇が辺りを支配するまでこの果てない鬼ごっこは続いた……
~続く~
最終更新:2008年07月11日 20:01