<事務所・休憩室にて>
――生きてるのが不思議なくらいだった。
「大丈夫かい? シン」
「プロデューサー……まぁなんとか」
上半身だけ起き上がる。先ほどの逃走劇で酷使しすぎた足には何枚か湿布が貼られていた。
……あの後、半ば狂乱じみた状態で逃回ったのだが、どこをどう走ったのかも分からないうちに
いつの間にかテーマパークの外まで逃げ切っていた。
それからロケバスに乗って事務所まで戻ったのだが、到着と同時に足から骨が抜けたように崩れ
落ちたのだった。すでに感覚がない状態だったのでよくここまで持ったもんだと自分で感心する。
(いや、やっぱ鈍ってるよな……)
アカデミーでの訓練を思い出す。この程度のことなら疲れないまではないにしろここまで後に響くようなダメージを残すようなことはなかった。
……この世界に来て数ヶ月、プライベートの時間もなかなか取れないほど多忙な日々ではある
が、軍人として鍛えられた身体には物足りない環境だった。
(こんなんじゃ、もし元の世界に戻れたとしてもみんなに笑われるな)
苦笑しながらそう思ったところで、無性に物悲しさを感じた。
元の世界への望郷の念、だけではない。いつかここを離れなければならないのが想像以上に寂しかった。
「ったく、情けない」
「いやいや、よくそこまで動けたもんだよ。俺じゃ多分無理だった」
……そういう意味で言ったのではないが、それでもこちらを気遣ってくれているのは少しありがたかった。
――ガチャリ
「失礼します……あ、シン」
「真か、足は平気なのか?」
「うん、もう大丈夫。思ったより酷くなかったし」
「そっか……ってこれじゃさっきと立場逆だな」
ははは、と軽く笑うが真の表情は晴れなかった。
――マズイなぁこの空気。
「ゴメン……」
「いいって、礼が欲しかったわけでもないし気にもしてない」
言ってしまってから突き放すような口調になっていたことに気付いた。嫌な沈黙が部屋に漂っている。
そんな空気を払拭するようにプロデューサーの口が開かれた。
「ま、今日は相当疲れただろうし、二人とも明日はオフでいいよ」
「え? いいんですか?」
「今日社長と話し合ってね、最近みんな働きづめだから順番で休みを与えようってことになったんだ」
……確かにここのところみんな売れ始めて忙しい日々が続いていたが、しかし、
「あまり気にすることはないよ、マネージャーは君だけじゃないしね。真もそれでいいかい?」
その言葉につられて真の方へと視線が動く。しばし悩んでいたが、意を決したように顔が上げられる。
「分かりました。カンペキな仕事をするためには万全な状態でいなきゃならないですよね」
「そういうこと、シンもそれでいいな?」
「……なんか外堀を埋められた感じがしますけど、まぁそういうことなら」
「決定だな。まぁ久々の休日だし、二人でどこかに出かけるなりするといいよ」
突然の言葉に呆気に取られたが、すぐに気を取り直す。
「プロデューサー、そういう冗談はやめてくださいよ」
なぁ真、と振り返るが反応はなく呆然としたままだった。
「……真?」
「え? あ、あぁ! そういう冗談はよしてくださいよ、プロデューサー!」
「いや、それさっき俺が言ったから」
一応突っ込んでみる。何故かうぅ……と呻いていた。
――ガチャリ。
「し、失礼します。プロデューサーいますか?」
「あれ? 雪歩?」
「真ちゃんに……し、シンさん、お疲れ様です」
真に対しては嬉しそうに、こちらに対しては少し緊張した表情が向けられた。
雪歩とは顔合わせの時以来あまり仕事で組むこともなかったせいか、他のアイドルたちと比べて
まだどこかよそよそしい態度が残ったままだった。
「お疲れさま、雪歩。こんなに遅くまで残ってるなんて珍しいね」
「う、うん。オーディション近いから」
会話には混ざらずにプロでユーサーとともに談笑する真と雪歩を眺める。
「……仲がいいですね、あの二人」
「ん? あぁ、二人とも同じ日にここに入ってきたからね。一緒にレッスン受けたり、励ましあったりしてきた間柄だからかな」
へぇ、と再び目を二人に向ける。意外だと思ったがよくよく考えればそうでもないような気がしてきた。
男勝りだが小心者なところもある真と、気が弱いが意外と頑張り屋な雪歩、相反しているようで実はお互いに足りないところを補っているのかもしれない。
「今度のオーディションって、どうなんですか?」
ふと、勝手に言葉が漏れていた。
「正直、かなり不安だよ。意地の悪い審査員がいるので有名なとこだからね」
でもそれでも受けさせなければならない立場なんだ、とプロデューサーは言った。
「……そうですか」
なんとなく気付いていた。雪歩は他のアイドルたちと比べると少しばかり人気の上がり幅がよくない。
実力もあり、レッスンの量はむしろ多いほうなのだが、本番慣れしていないことが災いして失敗してしまうことが多いのだ。
「結局、俺たちって見守ることまでしかできないんですよね」
どんなに手を尽くしたとしてもステージに立つのは彼女たちであることに変わりはない。自分が
代わって何ができるというわけではないが、そのことが悔しいと思ったことは一度や二度ではない。
「そう落ち込むことはないさ。見守ることしかできないなら、最後まで見守ることが俺たちの仕事だ」
自信を湛えた目でプロデューサーは言い切った。
「例え彼女たちが転んでも手を伸ばして支えるのが俺たちの役目だ、違うかい?」
「……そうですね」
視線を戻すと二人がこちらに近づいてきた。
「あの、プロデューサー。明日のレッスンの確認をしたいんですけど」
「ん、分かった。じゃあ場所を変えようか」
そう言ってプロデューサーはこちらに意味深な目線を送りながら出口に向かっていった。
「それじゃあ二人とも、また今度に……」
「うん! 頑張れ、雪歩!」
「じゃあな、あ~雪歩」
「は、はい……なんですか?」
――そこまで警戒されると結構ショックなんだが。
「いや、辛い事があったらいつでも力になるっていうか……え~と違うな、とにかく、その」
うまく言葉にできないのがもどかしい。
「が、頑張れ?」
――なんで疑問形なんだ俺……
「……シン、それさっきボクが言ったから」
真の冷静な突っ込みが痛かった。
「えっと……あ、ありがとうございます」
雪歩ははにかんだ笑顔が返し、そのままお辞儀をして部屋を出て行った。
「シンは明日の予定とか決まってる?」
「いや、唐突に出来た休みだし……真は何か当てがあるのか?」
「当てというか、雪歩のレッスンに付き合おうと思って」
……おい。
「それじゃ休日にならないじゃないか」
「いいんだ、それで。雪歩は歌が主体だから派手に動くことはしないし」
「……友達思いなんだな」
どこか羨ましいという気持ちすら覚えるほどに真剣な真の表情に思わずそんな言葉を口にしていた。
「友達思いというか、みんなで掴みたいんだ。自分たちで掴める、最高の未来を」
――自他ともに認めるトップアイドル。
そしてそれを支えるのが自分達の役目。
「……まったく、休日返上だな」
そんなことを聞いて休んでいられるはずがない。
「え?」
「俺も明日レッスンに付き合うよ。まぁ何ができるってわけでもないけど」
真がその言葉を理解するのにしばらく時間がかかったようだったが、やがて満面の笑みが浮かんだ。
「そんなことないよ! ほら、素人の意見も必要だし」
「……いや確かに俺は音楽とかそういうのはからっきしだけどさ」
その後慌ててフォローにならないフォローを聞かされたが多少傷付いたので割愛する。
余談だが翌日完治を待たずに歩き回ったせいで結局ダメージが悪化してしまった。
……彼女たち(アイドル)に混ざってトレーニングすることを検討したい。
最終更新:2008年07月11日 20:01