第一話 スレ違い宇宙
――ここはプラント……アカデミー……地獄の学び舎だ――
アカデミーの昼休みは戦争だ。育ち盛りの若者は牛馬の様に食べ、エネルギーを蓄積させて成長の糧とする。
仲の良い仲間と歓談し、束の間の安らぎを得る事が出来る数少ない時間でもあるから、学食は喧騒に包まれる。
――こんなに青い海が、二人をここに誘ったの――
校内放送で軽快なアイドルポップスが流れている。
我等が主人公シン・アスカは安くて量はあるけど味はイマイチなAセットをガツガツと食べている。
「ねえ、シン。この曲良く流れてるんだけど、知ってる?」
最近ウエスト回りが気になってダイエット中のルナマリアがバナナの皮を剥きながらシンに尋ねた。
シンはオーブ出身で、先の戦争で家族を失いプラントに亡命して来たのだ。
見ず知らずの土地で独りぼっちのシンが可哀相だから、ルナマリアはシンの事を気に掛けている。
少しでも心の傷を癒す事が出来ればと、他愛の無い話題であっても声を掛けるのがルナマリアの日課だ。
大抵の場合、シンは素っ気無いけれど、ひねた仏頂面がはにかむと可愛いのよね、などとルナマリアは思う。
「……アイドル最終兵器、小暮由佳の ライト アンド シャドウ だろ? 知ってるか?父親が作曲家で母親が脚本家なんだぜ?」
シンはどうでも良い様な蘊蓄を付け足すとキンキンに冷えた麦茶を一息に飲み干す。
「シンってアイドル好きだったりするの?ひょっとしてラクス様とかも好き?」
ルナマリアはちょっと意外だなと思いつつ尋ねる。
今度カラオケに誘ってみようかな、私ってば歌は結構上手いのよ……などと考えつつシンに視線を移す。
「……冗談。俺はあんなピンク嫌だね。……馬鹿じゃあるまいし」
シンは眉間に縦皺を作って嫌悪感を露にしながら掃き捨てる。
それはちょっと言い過ぎなんじゃない?とルナマリアが注意したその時――。
「……ピンクの髪馬鹿にすんなよ? オメー“成沢 みかん”ちゃん上等か?だったらいつでも喧嘩買ってやんゾ!?」
シンの背後に、こめかみに青筋を浮かばせながら怒りに震えたヨウランが現れた。
「ああ!?なんか臭えと思ったら“ロリコン”のヨウランさんのお出ましか?」
シンは鼻を摘んでヨウランに対して犬を追い払う様に手を振る。
いきなりな展開にルナマリアは戸惑ってしまいどうする事も出来ない。
「ちょっと待てや。“debutの田中久美”ちゃん派の俺はロリコンで良いけどよ……。ヨウランみてーなペド公と一緒にされたらトサカにくんゾ…… “ボクゥ”!?」
ロリコンという言葉に反応したヴィーノが全身から怒気を発しながら近寄ってくる。
三人は火花を散らす様にガンを付け合い、互いに威嚇しあっている。
一触即発の雰囲気が周囲を支配し、空気が殺気を帯びて粘着質なものになる。
ルナマリアは固唾を飲み込むばかりであったが、意を決して三人に言葉をかける。
「“debut”だったら伊藤亜紀が良くない? ほら、髪の毛の色が私と同じ赤だしね?」
ルナマリアのややうわずった声が響くと、三人はルナマリアを見て苦笑し、鼻で笑いルナマリアを侮蔑する。
「聞いたか?“伊藤”だってよ。俺、伊藤のファンを初めて見たぜ」
「赤い髪ねえ……。どっちかって言うとルナは“アホ毛”だぜ?」
「やめろよお前ら……ルナだって生きてんだからよ。“イジメ”は良くねーぜ?」
三人の言葉にルナマリアは喋る事も出来ずに金魚の様に口をパクパクする。
「お前ら、行こうぜ。此所にいると生理が移っちまうぞ」
「アホ毛で受診するのは毒電波じゃなくてFM-FUJIにしとけよ?」
「レディオイズム金曜DJ“佐藤ドミンゴ”最高だぞ!? バカヤロウ!」
更に続く三人の嘲笑に、とうとうルナマリアは堪忍袋の緒が切れた。
「……アンタ達……一辺死んでみる?」
怒りに我を忘れたルナマリアの暴走は、後に伝説になったとかならなかったとか。
本日の女難:全治一週間の軽傷byルナマリア
第二話 逆襲のルナマリア
我等が主人公シン・アスカは焦躁としていた。汚かった自室が綺麗になっていたからだ。
部屋を掃除したのはルナマリアである。
ほんのちょっとの時間でピカピカにするなんて何処の超少女明日香だよ、などと思ってしまうがアスカはシンだ。
掃除してくれたのは非常に有り難いのだけれども、やっぱりそこは男の子。
人に見せる事の出来ない秘密が沢山あるのだ。
ルナマリアはシンの胸の内を知ってか知らずか鼻歌混じりで上機嫌だ。
シンは深呼吸をして揺れる心を落ち着かせ様と試みるが、ルナマリアの言葉に邪魔をされてそれは果たせない。
「……シン、ベッドの下に裸の女の子があられもないポーズをしていた本があったけど……?」
シンの表情は堅くなる。心臓が激しく鼓動を打つ。
「え!? そ、それは……。ヨウランに預かってくれって頼まれたんだよ……」
シンは掠れたうわずった声で答える事しか出来ない。
そして目を泳がせて棒の様に立って、冷や汗やら油汗を流し始める。
ルナマリアはそんなシンを舐める様に見つめ、唇を歪めて満足した様な微笑みを浮かべる。
「洗濯物も沢山あったからやっといてあげたわよ?」
「あ、ああ……。ありがとう、ルナ」
シンが溜め息と共にお礼の言葉を口にすると、ルナマリアはシンに近寄り悪戯っぽい笑みを浮かべて瞳を覗き込む。
笑ってはいるが、猛禽の様な気を放っているルナマリアを見てシンは生唾を飲み込む。
「“ありがとうございます、ルナマリアさん”でしょ?」
ルナマリアの迫力に負けてシンはルナマリアの言葉どおりにお礼を言い直す。
「パンツが黄ばんでたから洗濯に手間取っちゃたわ。やっぱりシンも男の子なのね」
ルナマリアは優しい声で言葉を投げ付け、生温かい視線をシンに送るとシンの部屋を出て行った。
去って行くルナマリアを見送りもせず、シンはその場に膝から崩れ落ちて頭を抱えこんだ。
ルナマリアを怒らせてはいけない。
シンはその言葉を胸にしっかりと刻み込む事しか出来なかった。
「忘れてた。ゴミ箱にテッシュのゴミが沢山あったから捨てといてあげたからね?」
振り向くとニコニコと笑うルナマリアがドアから顔を覗かせていた――。
……多分、明日からアカデミーの笑い者だ。
本日の女難:測定不能の精神的ダメージ
最終更新:2008年07月11日 03:30