第三話 血のバレンタインデー・キッス
──かつて幾多の人命が失われた。
残された人々はその悲しみを忘れぬ様にその日を血のバレンタインデーと呼んだ──
我等が主人公シン・アスカは憂悶としていた。
バレンタインデーにも関わらず、チョコを一欠片すら貰っていないからだ。
悲劇の日といっても、そこはやっぱり思春期の男子。 チョコの一つや二つは貰えなければ男が廃る。
レイは女の子達から羨ましい程にチョコを貰って辟易としている。
ヨウランとヴィーノはどんよりとした雰囲気を発しつつ、不気味な笑みを浮かべて手招きをしている。
二人よろしく向こう側の人間になったら負けだとシンは無視をしているが、やっぱり二人は不気味で仕方がない。
頼りの綱のルナマリアは姿形も見えやしない。
このまま負け犬人生まっしぐらだけは御免だと、必ず俺の良さを解ってくれるカワイコちゃんがいる筈だと必死で自分に言い聞かせる。
時は流れて帰宅の時間、最後のチャンスは下駄箱のみだ。
シンは僅かな希望と多大なる絶望を胸に抱いてギクシャクとブリキの玩具の様に下駄箱に向かう。
下駄箱を開けても何もなし。
深い絶望の奥底に突き落とされたその時、誰かがシンを呼び止めた。
高くて可愛らしい女の子の声は、僅かに掠れてちょっぴりキュート。
俺の人生バラ色だと、一週間前から練習した甘いスマイルで振り向くと――。
声の主は忌まわしいヘルメットの様な髪型の、悪名高き爆弾女美樹原愛だった。
シンは内心でパラメーターを上げ過ぎたと舌を打ち、逃げ出そうとする。
すると、チープな電子音でとうりゃんせが響く。
もしやと思い振り向くと、向こうからパンダのカートに乗って犬の着ぐるみに身を包んだヨウランとヴィーノがやって来た。
カートに立つ幟にはラブコメ反対死ね死ね団と書かれている。
前門のヘルメット、後門の死ね死ね団。
進む事も出来ず、退く事も出来ずにシンは立ち竦むのみ。
晒し者にされて社会的抹殺を覚悟したその時に現れたのはルナマリアだった。
「……楽しそうね、シン。モテモテで良かったじゃない」
氷の微笑のルナマリアにシンは戦慄を覚える。
言い訳を始めるシンに汚物を見る様な視線を送り、ルナ火山が大噴火した。
死して屍残す者なし。そう思いつつシンは意識を手放した。
本日の女難:ヘルメット及び右ほっぺのモミジ
第四話 夏休み特別企画「あなたの知らない世界」
ゆっくりと暗くなって行き誰が彼だか解らなくなってゆく黄昏の教室で、我等が主人公シンとルナマリアが何やら色々な文字が書かれて紙を真剣な顔で見つめている。
二人は紙の上に置かれたコインに人差し指を置いて何やらムニャムニャとつぶやいている。
シンは白魚の様なルナマリアの指から伝わる熱と、ほんのりと甘酸っぱい体臭にドギマギしている。
駄目だ! なんで俺はときめいているんだ! 相手はあのルナマリアだぞ!?
頭を振って湧き上がる邪念を払おうとするが、目の前には彼女のたわわな実りの谷間がある。
そこはやっぱり思春期の男子。チロチロチロと視線がそちらに向いてしまう。
「こっくりさんこっくりさん……シンが好きな人は誰ですか?」
――遂に来た!
ルナマリアが厳かに呟くと、物凄い力でコインがルの方向に引き寄せられるが、シンは全身全霊の力を持ってそうはさせじとコインを止める。
二人の思惑は相反し、こっくりさんは雲を呼び嵐を招く竜虎相打つ一騎打ちへと変わる。
「シン、こっくりさんは力を入れちゃだめなのよ?」
優しい囁きはシンの脳髄を溶かし、耳に吹き付けられる甘い吐息は力を奪う。
「ルナマリアこそ、力が入ってるんじゃないか?」
気合いを臍下丹田に溜めて、シンは強がって見せる。
しかしコインはジワジワとルの文字に近付いて行く。
時は今、絶対絶命、危急存亡の秋である。
圧倒的な力の前に屈伏しようとしたその時、愛する妹の姿が脳裏に過ぎった。
全てがクリアーになり、体の奥底から力が溢れる。
――本当に守りたいもの、それは俺の純潔――
そう思った瞬間、右の脇腹をルナマリアの拳が穿った。 溢れる力は全て消え失せ、涙ぐみながら机の上に突っ伏すシンを尻目に、コインはル・ナ・マ・リ・アと指し示して行く。
気色満面に歓喜の声を上げるルナマリアに対し、シンは土気色の顔色で虫の息。
畜生、なんて事しやがると心の中で毒吐くと、シンは意識を手放した。
本日の女難:鋭い切れ味のボディーブロー、こっくりさんでの歴史的大敗
最終更新:2008年07月11日 03:48