「使えないってどういうことだよ!?」
バン! とテーブルを叩きつけた拍子に籠の中から目薬茸がひとつ零れ落ちた。
「目薬茸はそれだけでは本来の効果は発揮されない。洞窟内の泉から出る湧水で煎じなければ薬にならないんだ」
「人の話を最後まで聞かんからこんなことになるんじゃ」
エンフィールド一の名医トーヤ・クラウド、そしてカッセルをそれぞれシンは睨みつけ、ガクリと頭を垂れた。
「……何のためにあんなとこまで行ったんだよ。ローラの身体もなかったし」
「そう落ち込まないでシンクン。私は大丈夫だから」
「そうっスよ。シンさんが一生懸命がんばってたのはみんな知ってるっス」
優しく語り掛けるアリサとテディだったが、シンにとってその言葉は一層罪悪感を積み重ねるものだった。
後ろに立つシーラやクリスもシンと同じように沈んだ表情となっている。
……シャドウたちとの戦いの後、極度の緊張感からの疲労と出血で気を失ったシンはその場で介抱された。
と言っても必要な道具が揃っていたわけではなかったので魔法を用いた応急処置が関の山ではあったが。
シンが目を覚ました頃にはリサたちは目薬茸の収集と周辺の探索を終えており、ダウンしたデスティニーを背負って洞窟から出ることになったのだった。
余談だが自警団と謎の仮面男たちはそのときまで衝突を続けていたので迂回してスルーした。
街が夕陽に染まる頃にはデスティニーの補給(という名の食事)も済ませて何とかジョートショップ
へと戻れたのだが、店を訪れていたトーヤとカッセルから「その目薬茸だけでは使えない」と告げら
れ、今に至るのだった。
「そうだ! デス子、お前あの泉で水飲んだよな!?」
「え? は、はい……飲みましたけど」
「よし、レッツ・リバースっ!」
ドズム! と小さな拳がシンの腹にめり込んだ。
「がはっ……!? お、お前怪我人の腹に容赦ないショートアッパーとか正気か……?」
「いきなり吐けなんて言う方がどう考えてもおかしいです!」
「いや、お前なら飲み食いしたものが綺麗なまま出てくるかもって……というかそのちっこい身体の
どこに消えるんだよ食ったもの全般!」
ぎゃーぎゃーと騒ぎ始めたシンとデスティニーをとりあえず放置し、クリスはトーヤとカッセルに向き直った。
「どうしてもあの洞窟の泉じゃなきゃ駄目なんですか?」
「ああ。目薬茸は繁殖する地帯の水以外では相性が合わない特性を持っているからな」
「彼の泉には特殊な魔力も宿っておるからのう」
「そんな……もう一度あんな場所へ行くわけにもいかないし、私たちどうしたらいいの?」
目尻に涙を溜めたシーラの言葉に店内の空気が沈んだ。不毛な争いを続けていたシンと
デスティニーも重苦しい雰囲気を察して動きを止める。
シャドウたちの乱入というアクシデントを別としても、あの洞窟には無数の魔物が生息している。
加えていくつか罠の存在も確認された。今回シンたちは運良く洞窟の最奥まで辿り着けたが、
今度も無事で済むという確証はどこにもないのだ。
答えの出ないまま永遠に続くようにすら感じられた沈黙は、突如開け放たれた扉によって破られた。
「悪いね、少し遅くなった……どうしたんだい? みんな暗い顔して」
「――リサ」
リサが怪訝な顔で店内を見渡す。エンフィールドに着いて一度さくら亭へと戻っていた彼女にシンは苦々しい表情で事情を説明する。
「なるほどね。それでみんな落ち込んでたわけか」
「……なに呑気に笑ってるんだよ!?」
話を聞き終えたリサの口元に浮かんだ笑みを目の当たりにしてシンは強い口調で問い詰める。
リサとて決してアリサと無縁というわけではない。むしろ定期的に店を訪れては労働力を対価
に手製のピザやケーキをデスティニーに匹敵するほどに食べていくほどである。
だというのに、この事態に気楽な笑顔を作るリサにシンは怒りを感じていた。
「ボウヤ、今回みたいな未知の場所に足を踏み入れる場合にしなきゃいけないことって分かる?」
「はぁ?」
突如投げかけられた質問の意図を理解できずにシンは反射的に聞き返す。しかしトーヤとカッセルはその言葉を聞いて表情にわずかな驚きを浮かべた。
「……そういうことか。偶然とはいえさすがだな」
「なるほどのう。これは予想外じゃった」
「え? え? どういうことです?」
主の心境を代弁するかのようなデスティニーの言葉にリサは諭すような口調で語り始める。
「ひとつは一度通った場所に目印をつけること。そしてもうひとつは……水の確保」
あ、と声を上げたシンたちの目の前で、リサは使い込まれた水筒を掲げた。
「――あたしに抜かりがあると思いかい?」
その不敵な笑顔を見て、シンは当分はボウヤという呼称が続くのであろうことを理解してしまった。
「さぁ、お前たちはどうする?」
レジェンドの問いかけに対する返答は、彼女が予想したよりも遥かに早く返ってきた。
「そんなこといちいち考える必要があんのか? なあ二人とも」
「ソードの意見に賛同するのは少々癪だが、その通りだな」
「うんうん」
ほう? と先を促すレジェンドにソードはいつになく口調を弾ませながら語り始める。
「元マスターに危害を加えるような奴らってことは、そのままイコールアタシらの敵ってだけだ。
何も難しい話ってわけじゃない。それ以外に考えようがねえ」
「付け加えるなら、そもそも騒ぎを起こすような連中ならばどんな輩であれ碌なものではないだろう。
我々が欲しているのは平穏だ。それを脅かすというのであれば私は情けも容赦もしない」
「えっと、難しいことはよく分からないけど……わたしはわたしの大切な人たちを守りたいです!」
一人から放たれた三様の言葉。しかしそのどれもが確固たる意志の元に紡がれたものであるとレジェンドは確信していた。
「……なるほど、どうやら寸分の揺らぎもないようだな」
「ハッ、当然! アタシらの元マスターに手を出すって言うんなら、例え誰だろうとブった斬る!」
「フ……撃ち倒す」
「や、やっつけちゃいます!」
迷いのない言葉の数々にレジェンドはわずかにぎこちない笑みを浮かべ、席を立った。
「私はどちらかといえば君たちに近い立場だ。出来る限りの協力は約束する。しかし、君たちの
元主の危機にいつでも駆けつけられるわけではないことだけはあらかじめ言っておこう」
「期待はしないさ。むしろ自分の取り分がなくなる方を気にしたほうがいいんじゃないか?」
「ほう、心強い言葉だなソード。余程早く元マスターの危機に馳せ参じる自信があるようだな」
「なっ!? ちがっ……いや違わないけどそれはなぁ!」
「聞いたなフォース、今度から元マスターが危ないと察した時はソードに変わるといい。お呼びとあらば即参上だそうだ」
「え? いいのソードちゃん?」
「真に受けるなっ! いい加減頭きたぞオイ! ブラストてめえ表出ろ!」
「ふむ、よかろう……おや? どうしたソード、引っ込んでしまっては何がしたいのか分からないじゃないか」
「こンのやろぉぉぉぉぉぉ!!」
コロコロと変わるインパルスをしばらく観察していたレジェンドだったが、しばらくして静かに口を開いた。
「……油断はしないことだ。何が出てくるかまったく想像できないのだからな」
「心の片隅に留めておこう。また来るのか?」
「必要があればそのときは失礼させてもらう。ではこれで」
紅茶代をテーブルに残し、レジェンドは出口へと歩き出す。扉に手をかけたところで背中に届い
た騒々しくも賑やかな声に動きを止める。
「……羨ましいものだな、忠を尽くせる相手がいるということは」
喧騒にかき消されるほどの小さな呟きを残して、レジェンドはさくら亭を後にした。
ジョートショップの屋根裏部屋、ベッドに寝転がったシンは窓の外に広がる星空を眺めながら、今日の出来事を思い返していた。
目薬茸は結局アリサにとっては意味のない薬だった。後天的なものであればその効果は折り紙付きなのだが、生まれつき視力が悪いアリサには効かなかった。
結局、その薬はトーヤに手に渡って本当に必要な人々に使われることとなった。
本来の目的は達成できなかったが、人のためになったのだから良いことをしたとアリサに諭されたので
そう悪い気分を引きずることはなかった。
問題は……
――シャドウ、それに黒いデスティニーか。
彼らが何者なのかは結局分からなかった。分かったことといえば、シンやデスティニーに対する
異常なまでの敵意と、どちらかといえば『同じ側』の連中であるということくらいだった。
そして、
――アイツ、シャドウの血。
レジェンドから聞いたこの世界に現れたMSたちの特徴、そしてデスティニーの損傷とも合致していた。
自身と瓜二つの謎の男、その正体と目的はいったい何なのだろうか……
「……分からないこといつまでも考えてても仕方ないか」
小さく溜息を付いて絡み合った思考を解きほぐす。何であれ、そう遠くない未来にまた現れるだろう。
今はそのときに備えるしかない。
フリーダムを倒したときの感覚、最低限あれをコントロールできるようにならなければならない。
それでようやくシャドウと同じ土俵へと上がれるのだから。
「――マスター」
部屋の反対側、天井に吊り下げられたハンモックの中で寝入っていたはずのデスティニーからの声にシンは伏せかけた目を向けた。
「悪い、起こしたか?」
「いえ、その、ちょっと聞きたいことがあって」
――きた。
反射的にシンは身を固くする。少なくとも今日は追及されないだろうと思っていたのだが、甘かった。
「あの、今日私のこと『デスティニー』って呼んで」
「気のせいだ」
「それも三回も」
「幻聴だ」
「でも、」
「だーっ! うるさいっ! 全部お前の聞き違いか、さもなきゃ夢だ! 早く忘れてとっとと眠れっ! 明日の仕事に差し支えるだろ!」
ベッドから上半身だけで跳ね起きて指を突きつけながらシンは叫ぶ。ちなみに胸中で叫んでいた
のを含めれば四回なのだが。
「……夢、ですか」
ポツリと呟き、デスティニーは幸せそうに表情を緩めた。
「それじゃあ、また同じ夢が見たいです」
えへへ、と照れた笑みを浮かべて、ほどなくしてデスティニーは静かな寝息を立て始めた。
――くそ、眠れない……
翌日、シンは目の下にできた大きな隈をテディやリサからからかわれることになった。
このことから永久デス子宣言の強化を図ることになったのだが、それはまた別の話である。
……こうして、シンたちの長い一日はひとまずの終息を迎えた。
しかし、この日を境に彼らの周囲は目まぐるしく変化していくことになる。
レジェンドの言葉の通り、すでに『彼女たち』はエンフィールドの中で活動を始めていたのだ。
「くっ、忌々しい自警団のせいで目薬茸を取り損ねてしまったではないですか!」
「それは私のセリフでありますっ! あのような連中は無視してしまえば今頃は……」
「お黙りなさいっ! 私たちの邪魔をするものはすべて倒してしまうに限りますわ」
「そーそー、前々から気に食わない奴だっていたしなー」
「そ、そんな身勝手な……こちらにも事情というものが」
「貴方の事情なんて知ったことではありません。とにかく、また邪魔することがあったなら、」
「今度こそぎったんぎったんに!」
「……眠りたい」
『ちゃんと合わせろよ!』
「……なんで私はこんなワガママな奴らを拾ってしまったんでしょうか」
悪事に加担する者たち、
「ぬおおおおおおおお! 上官殿、申し訳ございませんっ!」
「やかましい! 叫ぶな鬱陶しい! クソッ、仮面つけた変な奴らに邪魔されたせいで目薬茸を持っていかれるとは……」
「我等にもっと力があれば……誠に、誠に申し訳なくっ!」
「だから叫ぶなっ!」
「かくなる上は我ら陰腹を掻っ捌いて此度の失態のツケを!」
「え? ふえええっ!? わ、『我ら』ってひょっとしてわたしもですか~~~!?」
「当然だ部下2号! 奴らのことを知っていたというのにこの体たらく、この街を守る自警団の正義に泥を塗ったに等しい!
最早腹を割いて詫びるしかあるまいっ!」
「や、やめてください~!」
「いい加減にしろお前らっ! はぁ……我ながらなんでこんなめんどくさい奴らを引き取っちまったんだ」
街の平穏を守るために立ち上がったものたち、
「あっはっは! この酒けっこう美味ぇなぁ狐耳のねーちゃん!」
「あらーん? これの味がわかるなんていい舌持ってるじゃな~い」
「ふみゃあ! おねーちゃんもちっちゃいおねーちゃんもそれくらいにしたほうがいいよ~?」
「だが断る、この私が最も好きなことのひとつは! 月を眺めながら最高の酒を飲むことだ!」
「そーいうこと、というわけでメロディおかわり持ってきて~」
「む~! あといっぽんだけだよぉ~!」
享楽の日々を過ごす者、
「シン・アスカ……お前を殺す」
翼に殺意を宿す者、
それまでまるで接点のなかった歯車が噛みあった時、運命という名の巨大なカラクリ箱が動き出す。
己の世界から弾き出された彼らがこの地で何を想い、力をぶつけ合った果てに何を得るのか?
今はまだ、カラクリ箱は静かに動き出す時を待っている……
最終更新:2008年07月11日 18:00