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悠久幻想曲ネタ-17


<復讐の翼>

「悪いな、急に呼び出して」
「構わないさ。デスティニーを連れていないということは、私にしか相談できない用件なのだろうからね」

 休日の昼下がり、高級レストラン『ラ・ルナ』でシンはレジェンドと向き合っていた。
 目薬茸の一件から数日が過ぎ、シャドウや黒いデスティニーは一切の消息を絶った。まるであの
一日が夢であったかのように次の日からそれまでと同じ平穏な日々が始まったのだ。
 デスティニーもまたいつものように腹を空かせればシンの頭に噛みついてきたりさくら亭のまかな
いを全滅させたりなど、あの日のことなど話題にすら出さなかった。
 シンも最初のうちは警戒していたものの、普段通りのデスティニーにつられるように気を緩めていった。
 それに気付いたのが昨日のことだ。改めて気を引き締めたシンは己にもっと危機感を抱かせるこ
と、同時にレジェンドへ確認したいこともあってこの状況に至った。

「さて、聞きたいのはデスティニーの損傷のことかな?」
「……話が早くて助かる。最初は気のせいかと思ったけど何なんだあれ?」

 デスティニーの欠けた翼、黒いデスティニーによって切り裂かれた翼。
 魔法に疎いシンは魔法生物の一種であるデスティニーの傷をどうすればいいのか分からずその
ままにしてしまったのだが、翌日になると半ばほど翼が元に戻っていたのだった。
 まさかと思いながらもそのままにしていたのだが、さらに一日が過ぎ朝になるとほぼ完全に元通りとなっていた。
 今となっては痕すらも確認ができないほどである。

「端的に言ってしまうなら、イメージの補完だ」
「イメージ?」
「君の中にあるデスティニーのイメージは、当然損傷などしていない無傷のものだろう? だからこそ
損傷といういわば元のイメージから欠損した部分は補完される、これはそういう話だ」

 しばらく黙り込んだシンだったが、やがて小さな声で「もう少しわかりやすく話してくれ」と呟いた。

「ふむ、そうだな……私たちの身体はこうして形を持ってはいるが、すべては君のイメージから生まれたものだ。
といっても生身の部分などイレギュラーなものも多いが……これについては例外と考えるべきだろう。
武器や性能に関してもほぼ同様だ。すべての根源は君のイメージにある」
「つまり、『怪我したデス子』っていう俺のイメージと違ったものが『俺のイメージ通りのデス子』と少し
ずつ入れ替わったってことか?」
「概ね正解と言っていいだろう。サイクルとしては約24時間、ほぼ一日が終わるごとに徐々に修正されていくようだ。
もっとも個体差もあるだろうが、そう大きく外れることはあるまい」

 まるで我が身で体験したようにレジェンドは語る。いや、すでに体験したからこその言葉なのかもしれない。
 そう考えて、シンは背筋に悪寒が走るのを感じた。

「一見便利なことのようにも思えるが、実際はそうでもない。修正のスピードは一定だから一日での修復などたかが知れているし、次の修正が行われるのは翌日だ。加えて相手が我々と同じ存在ならば相手も同じだけ修正され、元通りになっていくということでもある」
「……確かに信用できるほどじゃないな、それ」
「私としても悩みどころの一つだ」

 自身のことでありながら淡々としつつ紅茶の入ったカップを口元に運ぶレジェンドの姿に、思わずシンは声を漏らした。

「お前も……誰かにやられたのか?」

 静かにカップをソーサーの上に置き、レジェンドはしばしの間店の外へ顔を向けた。
 シンの位置からは逆光で眼鏡の奥にある瞳が見えないが、どこかここではない何かを見ているようだった。
「――そうだ」
「いったい誰に……」
「それは言えない」

 レジェンドの声音がわずかに低くなった。今までとは違う、寒気すら感じるほどの冷たさがその声音には込められていた。

「少なくともまだこれは私だけの問題だ、誰も巻き込んでなどいない。だが君が絡んでくるとなると話は別だ。
君が動けば他の誰かも動く、そして最悪の場合は犠牲も出るかもしれない」

 ゆっくりと向き直ったレジェンドの瞳をようやくシンは見ることができた。
 レンズ越しに見える両目には一切の感情が窺えることはなかった。
 そう、まるで無機質な機械のように。

「そうか、わかった」
「……すまない、少し強く言い過ぎた。気を悪くしないでほしい」
「いいさ、気にしてない。それより……」
「?」

 明確なまでの拒絶の意、それを発したレジェンドは何を言われても仕方がないという諦観を抱いていたのだが、
その予想に反する言葉がシンから発せられた。

「本当にヤバイってときはいつでも力を貸すから、そんなときは言ってくれ。そりゃいつでも駆けつけられるってことはできないだろうし、関係ない人を巻き込むかもしれない。けど、レジェンドだって一人でできることは限られてるだろ? 俺はあまり力になれないかもしれないけどデス子やインパルスたちだっているし……ってなんだよその顔は」

 一応真剣に語っていたつもりであったシンなのだが、目の前には何故か呆れながら頭を抱えるレジェンドの姿があった。

「……結局はそうなるわけか」
「え? 何か変なこと言ったか?」
「はぁ……まぁいい。心の片隅には止めておこう。ところで」

 すっとレジェンドの顔が上がり、シンの顔とテーブルの上を行き来した。

「君は本当に何も注文しないんだな」
「悪かったな金がなくて! ついさっき手伝ってくれたみんなの給料払ったばっかなんだから仕方ないだろ!?」

 …………
 しばし沈黙に包まれた店内に、クスクスという苦笑がそこかしらから聞こえてきた。
 近くでその叫びを聞いたウェイターはヒクヒクと震える顔を尊敬に値する鉄の精神力で笑顔の形に保っている。

「……その、すまない。私がここを指定したばかりに」
「申し訳なさそうに謝るなよ! 余計虚しくなるから!」
「いつもこの時間はここで紅茶を飲んでいるものだから、つい」
「うがーーーっ! このブルジョアめーーー!」

 ……しばらくの間、シンはラ・ルナの出入りを禁止された。
 しかし元からそんな財力もないシンは余計に自分の懐の寒さを実感し、さらに凹んだという。

 ――シンがラ・ルナにて魂の絶叫を上げた頃とほぼ同時刻。
 陽のあたる丘公園の奥まった雑木林の中で小さな影が二つ対峙していた。
 ……一体はデスティニー。
 アロンダイトを正眼に構え、相手を威嚇するように大きく翼を広げている。
 ……一体はソードインパルス。
 両手にアロンダイトを携え、やや前傾の姿勢で眼前の敵を見据えている。
 互いに動くことはなく、互いの対艦刀が上げる唸り以外に物音をあげることもない。
 張り詰めた静寂、それを破ったのは口角を吊り上げ犬歯を剥き出しにしたソードインパルスだった。

「――どうした? ビビってんのか?」
「……っ!」

 あからさまな挑発に、デスティニーは突撃で応えた。
 EBMを発動させていないとはいえ、その瞬発力はCEでもトップクラスである。そのスピードで
大上段から振り下ろされる大剣に断てぬものなどありはない。
 ――当たれば、の話だが。

「見え見えだッ!」

 半身をずらし、雷迅の如き一太刀を避けたソードインパルスはエクスカリバーの柄をデスティニー
の腹に向かって突き出す。それほど力を込められたわけでもないストロークも短いカウンターだったが、
デスティニーは自身のスピードによってその一撃を飛躍的に上げてしまった。

「くっ……はぁっ!」

 予期せぬ反撃に思わず後ろへと飛んだデスティニーは強引に再度突進し、横薙ぎの一撃を仕掛ける。だがソードインパルスはエクスカリバーを交差させてアロンダイトを地面に叩き落し、同時にデスティニーの懐に飛び込んだ。

「おらぁっ!」
「つっ!?」

 ガツンッ! という衝撃音と共にデスティニーが後方へ仰け反った。なんとか踏み止まって距離を
取ったものの、目尻に涙を浮かべたデスティニーの額は痛々しいほどに真っ赤になっていた。

「……品のない戦いだな」
「うっせぇ! これがあたしのやり方なんだよっ!」

 ブラストインパルスの揶揄にソードは咆哮で応え、眼前で二本のエクスカリバーを連結させた。
 アンビデクストラスフォーム――ひとつとなった両刃の剣はソードインパルスの頭上で風車のよう
に唸りを上げて回転を始める。
 デスティニーは息を呑んだ。距離はかろうじてロングレンジに届くというのに、開いた距離がまる
で意味を成さないと錯覚するほどの気迫から姉が本気で挑んでくるということを今さらながらそれを
現実として受け止めざるを得なかった。
 アロンダイトを正眼に構え、来るべき嵐のような猛撃を迎え撃とうと姿勢を低くして警戒する。
 その姿を見て、ソードインパルスは唇を吊り上げた。

「――そうりゃあっ!!」
「えっ!?」

 突進してくると踏んでいたデスティニーが思わず驚愕の声を上げていた。
 ソードインパルスは、頭上で回転させたエクスカリバーを『投擲』したのだ。
 巨大な光輪と化したエクスカリバーは蓄えた遠心力をそのままに木々を切り裂きながらデスティ
ニーへと襲い掛かる。
 予想外の攻撃に反応が遅れたデスティニーだったが、身を沈めて危ういところで避け切った。

「まだまだぁ!」
「っ、させないっ!」

 背中からフラッシュエッジを引き抜いたソードインパルスを見たデスティニーは翼を広げ、背中の
スラスターを噴かして飛翔する。投擲された二つのフラッシュエッジは木々の間を抜けながら両側
から挟み込むようにデスティニーの軌道上へと向かっていく。

「はぁっ!」

 スピードを落とさず、デスティニーは空中できりもみ状に回転する。わずかな時間差で飛来した
フラッシュエッジを瞬時に弾き返し、さらにスピードを上げる。

「――ッ!」

 迫り来る紅い翼を睨みつけ、ソードインパルスはビームライフルを引き抜き連射する。
 ……距離はミドルレンジ、次々に放たれるエメラルドグリーンの光芒をギリギリのところで回避しな
がら、デスティニーは光に満ちた右掌を突き出した。

 ――バシィッ!
「うっ!?」

 蒼光の槍――パルマフィオキーナによってソードインパルスのビームライフルが弾かれる。
 ……ショートレンジ。武器のほとんどを失ったソードインパルスは、既にアロンダイトの届く位置にまで近づかれていた。

 ――ガガガガガガガガガガッ!

 苦し紛れか、ソードインパルスは胸のバルカンを掃射する。掃き出される弾丸を盾で防ぎながら
デスティニーはさらに肉薄し、天へと舞い上がった。

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 大上段から振り下ろされるアロンダイト。それを怯むでもなく焦るでもなく真っ直ぐに見据える
ソードインパルス。
 そして、ソードインパルスの頭上数センチ上のところで刃は止まった。

「――勝負ありだな」

 淡々とブラストインパルスが決着を告げる。
 そう、誰から見ても勝敗は明らかだった。
 ……呆然とするデスティニーと、冷めた表情のソードインパルス。
 アロンダイトはその根元、デスティニーの手首を押さえられたことでその動きを止められたのだ。
 そして、ソードインパルスの手に握られた対装甲ナイフ――フォールディングレイザーの切っ先がデスティニーの首筋に突きつけられていた。

「…………」
「…………」

 沈黙。
 勝利を確信したはずの妹と、その浅はかな考えを容易く打ち破った姉。
 両者はしばしそのままの状態で硬直し、そして……

「ふぇ……」
「泣くなバカ」

 涙を浮かべたデスティニーの頭をソードインパルスが叩き落としたことで場の空気がようやく弛緩し始めた。

「あーーーったくよぉ! 我が妹ながらあまりの不出来さに情けなくなってくるぜ」
「そ、ソードちゃん。デス子ちゃんもがんばったんだし、そんなに言わなくても……」
「あぁ? 「頑張った、けど駄目でした」なんてことでこれから生き残れるわきゃねーだろ」
「あぅ、それはそうだけど……」

 次々にソードインパルスの口から放たれる辛辣な言葉の数々にデスティニーはしゅん、とうな垂れる。
全力で挑んでこの有様、仕方がないといえば仕方がないことなのだが。

「そこまでにしておけ。それ以上デスティニーを責めたところで意味などあるまい」
「ぶ、ブラストお姉ちゃん……!」

 意外な援護射撃に思わずデスティニーは涙を浮かべて震える声で姉の名前を呼び、

「確かにどうしようもなく稚拙で未熟にもほどがあって100点満点で採点するならば点数をつける
以前の問題だとしか言いようのない腕前ではあったが、大事なのはこれから……ん? どうした
デスティニー?」
「……ブラストちゃん、デス子ちゃん灰色になってるよ」
「相も変わらず素で恐ろしいこと言ってやがる……」

 フェイズシフトダウンしたかのように灰色になってさらに凹んだデスティニーを見てブラストインパ
ルスは頭上に「?」を浮かべていたが、構わず本題に入ることにした。

「まぁいい。先の戦いを見て分かったが、お前は自分の特性をまるで理解していないようだな」
「……? 自分の特性、ですか?」

 四つんばいになったデスティニーは言葉の意味を理解しかねて聞き返した。

「例えばさっきのことだが、ソードと距離が離れたとき何故ビームライフルやビーム砲を使わなかった?」
「それは……」

 デスティニーは黙り込んだ。あの時はソードインパルスの気迫に呑まれ、警戒心から無意識に
後手に回ることを選んでしまったのだ。

「ま、撃たれたところで別の手はあったけどな」
「ソード、悪いが少し黙っていてくれ……デスティニー、お前は我々の能力を一機にまとめ上げた機体だ。
万能機といえば聞こえは良いが、その実バランスが良いとは決して言えない大味な装備が大半だ。
EBMは確かに特筆すべき能力だが、それだけではまだ足りない」

 その言葉は、デスティニーを歯噛みさせるに充分な内容だった。
 試験運用期間を含めた充分な経験を積んだ姉からの評価、その重みがデスティニーの心にのしかかっていた。

「他の機体はいざ知らず、我々の場合はパイロットの腕という補正を受けにくいだろう。元マスター
のイメージする我々の強さとは、善悪関係なしにその程度だ。故に我々はもっと強くならなければならない」

 ブラストインパルスが言い終えると同時にフォースインパルスが現れた。いつもおどおどしている
彼女らしからぬ、決意を湛えた表情だった。

「だから……いっしょに頑張ろう、デス子ちゃん」
「――はい!」

 差し伸べられた手を取り、デスティニーは立ち上がる。同時に彼女の鎧に色が蘇った。

「ま、仕方ねぇから付き合ってやるよ。ただしやるからには徹底的だからな!」
「フ……どれほど力になれるかは分からんが、私も助力しよう」
「お姉ちゃんたち……ありがとうですっ!」

 深々と頭を下げるデスティニーに、ブラストは微笑を、ソードは苦笑を返した。

「まぁ、それはそれとしてだ。まずデスティニーにはやらなければならないことがあるな」
「あぁ、こればっかは先にやらなきゃな」
「あ……そうだね」
「? いったい何を……」

 と聞こうとしたデスティニーの上体がグラリと揺れ、そして倒れた。

「……体力を付けろ。たったこれだけの戦闘で倒れては話にならん」
「あぅぅぅぅぅ……きょ、今日は朝ごはん抜いて来たので……」
「だからってこれはないだろ……」
「だ、大丈夫デス子ちゃん!?」

 腹を鳴らして目を回すデスティニーを呆れ顔で見つめながら――フォースは慌てていたが――
インパルスたちは溜息を吐いた。

「とりあえず、今日の訓練は終わりだ。私たちは御使いを頼まれているから先に失礼させてもらう」
「あ、ありがとうございました~……」

 フラフラと立ち上がってぎこちなくお辞儀をするデスティニーを見届けて、ブラストインパルスは背を向けて歩き出した。

「……はぁ、なんでこう無意味に疲れなきゃなんないんだ」

 足取り重くジョートショップへと向かうシンは憔悴した顔で鬱屈した息を吐いた。

「っていうかなんでレジェンドはあんなとこで紅茶飲めるくらい金持ってるんだ? シーラから貰ってるかもしれないけど……」

 少し考えて、やめた。
 いくら考えたところで自分にとって良い答えが出ないことに気付いたからだった。
 ……気付いた時点で、視線は地面に向いていたが。

「まぁいいや。とりあえず来月は黒字にしなきゃなぁ……」

 ボヤきながらふと前を向き直って、シンの背筋が凍りついた。
 ――優雅に石畳の上へと降り立った小柄な少女。
 デスティニーやインパルスに近い黒と白を基調とした鎧。
 そして……蒼い翼。

「お前は……!」

 シンの脳裏に蘇る光景。
 家族が散ったオーブの空に舞うMS。
 そして、守りたかった少女が乗った巨大なMSの胸にサーベルを突き立てたMS。
 この手で、確かに堕としたはずのMS。

「フリーダムっ!?」

 赤みがかったロングの茶髪が風に流れる。ほっそりとした印象の顔立ちだが切れ長の瞳からは
どう見ても友好的な意思は感じ取れない。

「シン・アスカ……」

 あまりにも突然の出来事に動きを止めたシンに向かい、少女は確認するようにその名を紡ぎながらゆっくりと右手を掲げる。
 その掌の中には、一挺のビームライフル。

「――貴様を、殺す」

 そう告げ終わると同時に、少女は引き金を引いた。


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最終更新:2008年07月11日 18:09
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