――現実離れしている。
ざくざくと土を踏み締めて歩きながら、俺はぼんやりそんな事を考えた。
少しだけ歩いたら、開けた場所に出た。
そこにあるのは桜の木だ。
けどただの桜の木じゃない。普通の桜の木なら今まで歩いてきた道にも無数にあった。
眼前にあるのは神秘性すら感じさせる、大きな大きな桜の木。
「大きいですよねー」
俺しか居ないと思っていたその場所で、誰かが俺に話しかけてくる。
声の主は、一人の小柄な女の子だった。
いつの間にか大きな桜の木の下に座っている。
長い髪はオレンジがかった金髪で、瞳は翠。
これだけ見れば普通の女の子だが、その女の子は異常な点が一つあった。
「壮観ですよねー」
それは――背中に生えた一対の翼だ。
赤と黒の二色と曲線で構成された翼が、女の子の背中にあった。
「……あー。やっぱり私の事忘れてますね。完膚なきまでに」
違う。俺はコイツを知っている。
「まあ当然ですかね。私って本来そういいものじゃないですし」
忘れてるんじゃない。思い出せないだけだ。
「今はまだ直接的な場所しか消えてないですけど――このままだと、本当に大切なものまで忘れちゃいますよ」
翼が開く。
その翼から噴出した鮮やかな赤が、周囲の桜色を侵食するかのように広がっていく。
「あっと時間切れですか」
待ってくれ。もう少し。あと少しで、
反射的に手を突き出していた。
「デス――――――」
上半身だけ跳ね起きて、虚空に手を伸ばす。
目が覚めた瞬間に夢の内容は頭の中から掻き消えていたが、何故かそうせずにはいられなかった。
「……あ、れ?」
寝起きでぼんやりしていた思考回路がだんだん正常に戻ってくる。
――よし、まずは状況を確認しよう。
1、俺は夢を見ていた。
2、どうも思うところのあった夢だったらしい。
3、だから俺は起きると同時に右手を虚空に伸ばしたわけだ。
4、そして右手の先にあったものを咄嗟に鷲掴みにしたわけだ。
――そう。さくらの頭を。
「…………………………弁明を聞こうかシン君」
「…………………………ゴメンナサイさくらさん」
――――――そんな奇妙な朝のやり取りを終え。
「夢?」
「そう、夢。内容はまったく覚えてないけどな」
俺は今台所に立っている。
今日は休日。弁当を作る必要が無いので、俺の起床時間もやや遅めで問題ない。
とはいえ今日はいつもより一時間も寝坊してしまったが。
そして寝坊した俺をさくらが起しに来て、さっきのカオスな状況になったという訳だ。
普段よりも遅い朝食の最中で、俺は先程のアクシデントの弁明をしていた。
「とにかくさっきのは不可抗力。ワザとやったんじゃない…………待て。このウインナー俺の、」
「でもボクの頭を捻り潰さんばかりに掴んだのは事実だよ…………という訳でこのウインナーはボクの」
「いや捻り潰す程強くなかったろ!? ていうかお前ウインナーばっか食いすぎだ! 野菜も喰えよ!!」
「いやいや強かったよー痛かったよー。そして野菜はキライ」
「ああっ、このっ! 俺まだ二本しか食ってないのに!」
どうやら今朝のアイアインクローは水に流してくれたらしく、わりと機嫌良さげに朝食を平らげるさくら。
溜息を禁じえないが今日のところは諦めよう。非は俺にあるわけだしな。
しかしながら過去にも右手が炸裂した事例は数多あるが、頭というのは初めてだ。
まあさくらの場合……だしなぁ。
さくらの首から下腰から上らへんを見て、何となく得心。
「……凄く失礼な事考えてない?」
「気のせい気のせい」
さくらに殺気立った目で睨まれた。俺の不躾な視線に気が付いたらしい。
慌てて視線を外して誤魔化すも、しばらくさくらは俺をジト目で睨んでいた。
洗い物を終えて戻ってきたところでさくらに声をかけられた。
「シン君。今日なんか予定ある?」
「ない」
スパっと答える。
この島に来た当初、俺は抜け落ちた記憶の手がかりが無いかあちこち見て回っていた。
けれども大体島を回りつくしても手がかりなし。
こうなってしまうと他に当てがないから動きようがない。
「じゃあ。学校行こう!」
「……はぁ?」
唐突で脈絡ゼロのさくらの提案に、俺は飛びっきり間抜けな返事をしていた。
数時間後。
紅い空が今は夕方であると告げている。
「……………………つかれた」
――年齢的にも倫理的にも、シン・アスカは学校へ行くべきである。
とまあそんな理由でさくらに学園まで(家主権限行使)連行され、缶詰状態で編入試験を受ける事数時間。
ようやく開放された俺は精魂尽き果てていた。
難しかったのだ、問題が。
おまけに『手を抜いたら家から放り出す』との家主命令もあったし。
「テストとか……なんか目茶苦茶久し振りな気がするぞ……」
知恵熱を発しかけている頭を抑えながら呟く。
今までも現地の教育機関に放り込まれた事はあったが、こうもガッツリ編入試験を受けたのは初めてだった。
結果は明日出るらしい。
合格なら明後日から俺も風見学園の生徒、という訳だ。まあ通常の学問なんてかなりご無沙汰だから不合格の可能性もあるが。
「……学校、か」
ふと、オーブに居た頃やアカデミー時代を思い出した。
思い返してみれば、そのどちらもが随分と平和な時間だったように思える。
かつての”俺”が居たところ。これからの”俺”には行けないところ。
どんなに平和な場所に行ったとしても無駄だ。
居れば居るほど場違いに感じてしまう。そういう風に、なってしまった。
「今更…………!」
吐き棄てて頭を振る。家に帰ろう。家主とお隣の兄妹が腹を空かせて待っている。
「――――――ん?」
聴覚が何かを捕らえ、足を止める。周囲を見回してみるが誰も居ない。
けど、耳を澄ますと確かに聞こえる。少しだけして、俺は一つの確信に至った。
「…………歌?」
何処かで、誰かが歌っている。
「ええとアスカ君? ……何、してるの?」
「んう?」
突然誰かに声をかけられたので、茂みの中に突っ込ませていた上半身を引き抜いた。
「――白河か。奇遇だな」
俺を見下ろしているのは白河ことりだった。休日なので、制服ではない。
制服の時と同じく頭の上にはデカイ帽子がある。
「ええと。奇遇というか何というか……何故茂みの中に?」
ああ、と頷きながらとりあえずは服に付いた葉っぱやらを叩き落とす。
「通りがかったら誰かが歌ってる? のが聞こえてさ。ちょっと探してみた」
どうせ暇だしと付け加える。
「誰にしてもそんな茂みの中には居ないと思いますよ?」
明らかに呆れ顔の白河。まあ、確かに。
「あー……なんか中途半端にムキになってたかも」
冷静に考えればこんな茂みの中に人が居る理由がない。そもそも納まらない。
いやさくらなら意外とイケるんじゃなかろうか。あの規格外のミクロさなら。
まあそれは置いておくとして、結局歌っている人は見つけられなかった。
誰だったのやら。
「ええと。それ、多分私です」
「へ?」
「だって私、さっきまでそこで歌の練習してましたから」
「あぁそうなのか……でも何でこんな所で?」
練習するだけなら家とか音楽室とか色々ある気がする。
何故屋外なのだろう。
「この先に大きな桜がある開けた場所があって、そこ私のお気に入りなんです」
微笑みながら語る白河。
「大きな桜? そんなのあるのか?」
俺はこの場所だけでなく、島中くまなく回っている。
けれどそんなものは見つけられなかった。
「そこまで複雑な道じゃないですけど……ちょっとわかりにくいのかな?」
首を軽く傾げる白河。
地元民じゃなければそんなものかと心中で適当に整理をつける。今度気が向いたら覗い
てみるか。
「アスカ君は何してたんですか?」
「――その前に。俺の事はシンでいい。知らない仲でもないし。
てかとりあえず君付けを止めてくれ。同年代に君付けされるとむず痒い」
前々から言おうと思っていた事だ。
”C.E.”でも他の場所でも名前の呼び捨てが普通だったからアスカで君付けだと何か
違和感を感じる。
本当ならさくらにも止めて欲しいのだが、舌戦で完全敗北したため泣く泣く断念した。
居候ゆえの立場の弱さに涙が出そうだ。
「うーん呼び捨てはちょと……『シン君』は?」
「却下」
「じゃあ私の事『ことり』って呼んでくれたら私も『シン』って呼びますね」
「オーケー白河。『シン君』で妥協しよう」
また負けた。何でこうさくらといい負けっ放しなんだ俺。
「……で何の話だったっけ」
若干ヘコみながらも会話の途中だった事を思い出す。
「通りがかったって言ってましたけど、何か用でもあったんですか」
「ああ、それは――」
さて。何処から説明したものか
夕暮れで赤く染まる帰り道の中で、白河ことりは姉の暦の姿を見かけた。
「おかえり、お姉ちゃん」
「――ああ、ことりか。奇遇だな」
互いに挨拶を交わし、並んで歩きだした。
そのまま他愛もない雑談が続く。
「あ。もしかしてお姉ちゃんの用事ってシン君の編入試験の監督?」
「そうだが……何故知っている?」
「さっきそこでシン君に会って聞いたの……それで、結果は?」
「こらこら。いくら家族でもそういうのは言えんだろう」
興味津々な様子で見てくることりに対し、暦は苦笑いで返す。
「結果は言えないが、まあ思いのほか頭は良いようだ。しかるべき結果が出るんじゃないのか」
言えないといいつつも答え同然の返答をする姉を見て、ことりは笑う。
どうやら明後日から同級生が一人増える事になりそうだ。
ふと、ことりは今日会ったシンの事を思い出す。
最初に会ったときから思っていたが、シン・アスカというのは何処か不思議な人物だ。
紅い瞳という外見もあるが、まずその雰囲気が独特なのである。
無愛想で冷たい人物と思われがちだが、実際に純一やさくらと交流している様を見るに
意外と活発。伝聞では意外と面倒見もいいらしい。
「……あれ?」
そこで、考えに耽っていたことりの視界がそれを捉える。
――地面に人が倒れている。
「お姉ちゃん!」
「わかっている!」
その倒れている人物に駆け寄って、暦がその人物を抱き起こす。
倒れていたのはことりよりも若干年下に見える少女で、腰まで届きそうな青い髪が特徴
的だった。
「おい! 大丈夫か!」
「大丈夫ですか!?」
ことりと暦の掛け声に反応し、少女がううと唸った。
「お、おなかが……」
「痛いんですか!?」
「おなかが減って、動けません……」
その言葉に、姉妹揃って前のめりにつんのめった。
「ええい! 紛らわしい!!」
「うう……すみません……」
情けないという自覚はあるのか、少女は半泣きである。
「お姉ちゃん。ど、どうしよう?」
「放っておくわけにもいかんだろう。とりあえず連れて帰るぞ
――おい、お前。名前は?」
「フォースです……何かその後に五文字ほど私を表すにあたりとっても重要な言葉が続い
ていたような気がするんですが忘れちゃったみたいで」
「……コイツ意外と余裕あるな」
デスティニー「絶望した! 仲間と見せかけておいてちゃっかり本編に出るお姉さま方に絶望したあぁぁぁァ――!!!!」
リインⅠ 「お前も夢の中で一応出ていたような」
デスティニー「で――! ば――! ん――!」
リインⅠ 「……錯乱したか」
アイシア 「でもインパルスさんが居なくなると四人減るから一気に寂しくなりますね……」
リインⅠ 「というか四姉妹が居なくなったらこの時の列車は航行不能になるのではないか?」
アイシア 「ここ楽屋みたいな扱いなんで大丈夫らしいですよ」
デスティニー「せめて次回予告だけでも! 次回――」
『始まった学園生活……シンが平穏で居られる訳がねえ!』
デスティニー「すくなっ!」
リインⅠ 「連ザⅡに忙しいらしい」
デスティニー「今頃!?」
最終更新:2008年07月21日 00:19