「此処で良いですか?」
「ああ、伸ばしてしまって悪かったねぇ。まぁ、コレ以上我が侭は言わないさ」
「解りました」
「お、おい」
今日はとても楽しい日だった。軍に呼び出されていたデス子は後から合流する形になったが
久し振りにプロトさんは休暇を満喫し、俺は昔の思い出を語りながらもオーブを案内する。
戦争で焼けてしまった為、馴染みの店は殆ど消えてしまっていていた。
それでも、母国であるオーブの飯はやはり自分の舌に合う。プラント生まれのプロトさんも
滅多に食べれない天然の魚に食が進んでいた。むしろ、アノ小さい体に二杯分の飯が入る方が驚かされる。
今はオーブの記念碑の前に居る。俺の家族が吹き飛んでしまった悲劇の地。
此処は夕日の海がとても綺麗に映し出してくれれている。漣の音に植えられた花と潮の香りが花をくすぐり
潮風が髪を撫でながらも火照る肌を冷やしてくれる。例えどんなに花は飛ばされても
この綺麗な夕日が、この地を照らす限りこの景色は永遠なのだと俺は信じたいと思っていた。
「デス子、お前一体……何を!」
「シン坊、ロートルババアの我が侭にこの御嬢ちゃんを巻き込んだのは悪かったと思うよ」
「……酷い人です。何で……なんで待てなかったんですか!」
「軍の命令なら博打を打つ事も出来るさ。ただ、一人の女としては男の約束を反故にするのが許せなくてね」
「そんなの……そんなの!」
そう、ソノ奇跡の様に命を吹き返したこの地で、デス子は銃を構えている。
狙う標的は今日、衰えながらもその深い慈悲を称える笑みを振り撒いていた退役軍人”プロト・ジン”。
俺は割って入ろうとした……が、出来なかった。彼女の目はまっすぐにデス子に向けられながらも覚悟を決めていた。
まるで最初からそうなる事が解っていたかの様に俺に杖を向けながらも一歩も避ける動作をする兆しも無い。
デス子の手は震えていた。目からは締まりの悪い蛇口の様に涙が溢れている。
目は真赤で俺の目そっくりになっていた。しかし、暫くして構えた銃の震えは止まっていた。
それがザフトの最新鋭特別機体である彼女ゆえの力なのか、それともそれを抑えこむ何かを決意していたのか。
「型式番号:ZGMF-X42Sデスティニー・ガンダム! あんたはザフト軍人だ! ならばすべきことは解っているだろう!」
「……はい。もう、迷いません」
「シン坊。嬢ちゃんを恨むんじゃないよ。嬢ちゃんは軍人として誇るべき事をしている。
良いかい? シン坊が優しいのは解るが、優しさを守る為には非情になるのもまた軍人の務めなんだよ」
「……デス子……やめろ、やめてくれ!」
「「マスター、その命令は聞けません」」
音が鳴る。撃鉄だ……そして、貫かれる光の一線は彼女の眼球を抉り、頭蓋を溶かし、脳を焼いて貫通する。
衝撃と熱でバラバラに砕けていく頭は電子部品やコードやチップ、そして人工眼球が零れ落ちる。
完全にその瞳は光を失って、ただの球のガラクタへと変えて言った。俺は見てしまった。
最後の瞬間、笑っていた。優しい笑み、ただの等身大の女であった彼女の顔が瞼の裏に焼きついてく。
駆け寄る俺の腕の中で彼女はソノ力を失って崩れていく。頭の3分の1はもうばらばらになっている中
僅かに開く口と最後に振り絞っている力によって掲げられる手が俺の頬へと撫でられていく。
そのぬくもりが徐々に冷えていくのが……魂が遠ざかる感覚に近くて、俺は……俺は。
「シン坊……。お前は人一倍頑張る癖に……寂しがり屋の癖にツンツンしてた。
今はレイの坊ちゃんも居ないかもしれない。……でもそれでも飛ぶことを止めちゃいけないよ」
「プロトさん! 何で、何でこんな事に」
「シン・アスカ! 教官の話は最後まで聞きな?……鷹は孤独で鳩にその辛さは解らない。
けど、その翼が何を為す”翼”なのか……忘れるんじゃないよ。こんなに良くしてくれる”爪”も居るんだからね。
型式番号:ZGMF-X42Sデスティニー・ガンダム! シン坊を頼んだよ」
「……はい」
「シン坊……実はアタシはね……あんたになら……み……け…Ru……」
彼女のエンジン音が段々と静かになって言って停止する。瞼を閉じる事も出来ない顔と
何かに縋りたいその手は俺の頬を撫でる事も出来なくなってくたりっとその場へと崩れ落ちていく。
撃たれてからも彼女は必死に言葉を紡いでいた。からからと歯車の音にショートする電気の弾ける音。
何かを言い残そうとしたが力尽きたのか……いや、僅かに顔を左右に振っていた事から
言いたくない本心が出ていたのかもしれない。ぎゅっと口を噤もうとしても口は勝手に動いている。
そんな印象を俺は最後に感じていた。そして、彼女の熱は消え、冷たい鉄の塊になってしまった。
ふと、誰かの足音が近付いてくる。ゆっくりとミラージュコロイドを解いていたのは見ず知らずの機体。
ディーン家の面影を残して見えるのだが、全く異質の空気を放っていた。
デス子はこくりっと俯いた後、俺から彼女を引き離していく。俺が彼女を抱いている間
デス子は彼女の部品をずっと拾っていた。それは、ネジの一つ、皮膚パーツの皮一枚も見逃す事は無く。
「デスティニー。任務を終えました。プロト・ジンの身柄を引き渡します」
「御苦労。ザフト内務調査部隊スー・テルーズ・ディーン調査官です。確かに身柄をお預かりします」
「彼女を……プロトさんをどうするんだ?」
「今回の事は”無かった事”になり、彼女は訓練中の事故と言う事で処理されます。
身内も居ないのでプラントの国立の慰霊碑に供養されるでしょう」
「教えてくれて、ありがとうございます」
「いえ、説明するつもりでしたから。もし、この一件で何か口外する様なら
軍事裁判、もしくは私達が内密に処理しますので」
「そうですか」
「では、失礼します」
その突然現れた女はプラント議会特例の手帳を取り出して、俺達に見せていく。
フェイスと同程度の権限があるマーク、俺の視界はソレを受け止めて何となく事のあらましは理解出来た。
……口外だって? 誰にも言うもんか。彼女は俺の腕の中で機能を停止した。
最後にはしっかり笑っていたんだ。それに難癖つけ様とされる位なら俺は誰にも言わない。
デス子は彼女のパーツと遺体をソノ女に渡すとバックを取り出してまるで荷物の様にそれを押し込んでいき
そして飛び去ってしまっていった。夕日に溶け込む様に再びまたソノ姿を消していって。
振り返り見つめる先にはデス子は逃げずにまっすぐと俺の視線に応えていてくれた。
「デス子」
「はい」
「教えてくれ……全部、全部だ!」
「解りました。マスター」
プロト・ジン。彼女は情報漏洩と脱走の罪で軍から終われていた。
俺と機密事項であるデスティニーガンダムの資料と俺の現在地の情報の無断閲覧。
そして、勝手に持ち場を離れ、俺の居るオーブへと足を運んできていたのだ。
彼女は手術を控えていた。壊れていた眼球を治す為と言う事だったのだが
実際、ジンタイプの人工眼球はもう数が残っていない。
まして、プロトタイプとの相性問題をクリア出来るモノなど殆ど存在しない。
戦争で大量消費されては居たが、終戦と共に条約で生産禁止。彼女達旧型のMS達の
メンテナンスも段々と疎かにされていた。デス子を初め、ザクシリーズ、グフシリーズなど
ザフトも次々と新しいMSを開発していたのだから何時までも旧型に金を掛けては居られないのだろう。
何とか残っていた眼球もプロトさんの回路を弄れる技術者は少なく、成功確率は34%。
失敗すれば失明か下手をすれば全体のシステムに影響が出て、寝たきり……最悪、解体が決まっていた。
5割を切ったソノ賭けを蹴って彼女は俺に逢いに来たのだ。約束をする為、言葉を告げる為だけに。
デス子はそれを今朝の段階で知っていた。本来、さっきの部署が内密に処理をする所を自分がやると自ら願ったそうだ。
俺は全てを知ったその日、特別に申請して貰った長期休暇を取り下げてプラントへと帰る事を決めた。
俺は逃げていたのだ。痛みからも、哀しみからも、俺が立ち向かい、その翼で守らなければいけない災難からも。
「デス子……すまない」
「いえ」
「俺……頑張るから」
「マスター。あの人が脱走した時のこう書置きがあったそうです。
Old soldiers never die, they just fade away.(老兵は死なず、ただ消え去るのみ)」
「若者もそれを望むであろう……か。プロトさんは死んだんじゃない。魂は何時までも俺達と一緒だ」
「彼女が安心して消え去れるまで」
「俺達は闘わないとな。それが俺達、鷹(軍人)の役目だ」
今でも彼女の温かい眼差しはずっと俺の背中を見て居ると信じている。
鷹の雛を育ててくれるのもまた、鷹なのだ。ならば、鷹は常に飛び続けなければいけない。
その大きな翼も、肉を切り裂く爪も、全てを育んでくれた親鷹の感謝を忘れぬ様に。
~Fin
最終更新:2008年07月22日 19:14