学園ネタ 雪風と使い魔と少年と-07

<雪風と使い魔と少年と>

「シンさん、この本を番号戻しておいて貰えないかしら」
「へーい」
「……返事は『はい』で返すのが礼儀ではなくて? それともう少し声を抑えてほしいのだけれど。本を読んでい
る人たちに迷惑になってしまうから」
 小さく溜息を吐きつつ小声で応え直す。この本、とは言うが分厚い本が十数冊ほど、重さは想像したくもない。
 背表紙の下に貼られたシールに書かれている番号をざっと確認する。
「うげ……三階から地下二階までかよ」
「シンさん、無駄なことを口にするよりも早く運んだ方がお互いのためになるとは思わなくて?」
 淡々と告げるこの図書館の主――厳密に言えば違うらしいが実質そんなものなのだ――、イブに向けてシンは
不平と不満をたっぷりと込めた視線を送ったのだが、さらりと受け流された。
「……台車借ります」
 このまま睨んでいても何の得もないと知り、さっさと雑用を済ますことにした。音を立てないように畳まれていた
台車を開く。が、開ききった直後にガクンと傾いた。
「どうかしたの?」
「キャスターが壊れてるみたいです」
 助けを求める子犬の目で「だから後にしてもいいですか?」という旨を伝えたが、それを正しく受け取った上でイヴは新たに指示を出した。
「仕方がないわね、二回に分けて運んでちょうだい」
 ……こちらの意志とは異なる慈悲が下された。これ以上訴えても意味がないので小さく返事をして本を運ぶことにする。
 本を抱えて歩きながらなんでこんなことになったんだろうかと記憶の糸を辿った。


 四日ほど前になる。いつものようにヨウランとヴィーノ率いる、その情熱をもっと他に向ければいいんじゃないか
と常々思う構成人数が既に千人を超えたとか超えないとか噂されている『大しっと団』と学園規模のスケールで
捕まれば地獄確定の鬼ごっこを繰り広げていたことがすべての始まりであった。
 いかに腕っ節に自信があるシンでもそれだけの人数を相手に立ち向かう術があるはずもなく、方々を逃げ回り
周囲に被害を広げつつ小競り合いを繰り返していた。
 結果は生徒会の介入による喧嘩両成敗。ちなみに大しっと団はルルーシュが巧みに情報を操作して一網打
尽、その隙を狙って逃亡しようとしたシンはスザクに取り押さえられた。
「さすがに今回は庇いきれんな」
「シン、可哀想とは思うけど罰則は罰則だから……」
 といつもは助けてくれる二人にも告げられてしまうほど洒落にならないことになっていた。

 シン、そして大しっと団の責任者であるヨウランとヴィーノはなぜか金属バットを携えた担任さくらに「おまえらは
クズだ!」と黒板にでかでかと書かれつつ罵声まで浴びせられ――どうやら金属バットを持つと性格が変わるら
しい――、それぞれ責任を取らされた。
 そして罰としてシンは図書館にてイヴの助手、ヨウランとヴィーノは大しっと団のメンバーともども校外でボランティ
ア活動を放課後一週間続けるよう義務付けられた。
「チクショウ、シンのヤツまた新たなフラグを……」
「大丈夫、次はきっと上手く殺れるさ……」
 最後に二人から死んだ魚の目で恨み言を言われた。
 が、今なら言える。代われるものなら代わりたいくらいだと。
 何せ今の図書館にはシンを除けば他にはイヴしかいないのだ。これでよく今まで何の問題も起きなかったもの
だと感心するほどに雑用に忙殺されていた。

 返却された本は早々に元の場所へ戻さなければならないのだが、図書館の広さが災いしてその作業だけでも
異様なほどにキツイのだ。この活動が始まった翌日からシンの腕に湿布が貼られ、寝入ってしまう授業が三割り
増しになるほどに。
 ――ま、もう慣れてきたけどさ。
 分厚い資料本を本棚に戻しつつシンは嘆息する。一日数百の本が動くこの図書館で四日も働けば本の位置
は大体分かってしまうものだ。
 そして、図書館の常連客もまた然りである。
「きゅいきゅい! また本を読んでばっかり! たいくつ! たいくつ! たいくなのーのーの」
「うるさい」
 ポコ、と小柄な少女が長身の少女を杖で叩いた。
「だってお姉さまわたしのことぜんぜん見てくれないのね。だから私はずっとずっとずーっと大きな声をだすのね」
「静かにしないと、ご飯抜き」
 ぴたりと喚く声が止まった。正確に言えば長身の少女が自分の口を両手で押さえているのだが。

 しかし静かになったのも束の間、本を読む少女の周りをぐるぐると歩き回っていた長身の少女は放置され続け
ることに痺れを切らしたのか、突然半泣き声で、
「もう知らない! お姉さまなんてそこで足と床がくっついてしまえばいいのね!」
 と叫んで走っていった。図書館では走らないよう注意を呼びかけるべきだったが、そんな余裕もなかった。
 ……走るたびに激しく揺れる二つの大きいモノに目を奪われていたからではない、断じてない。
 ほぼ毎日のように現れる二人組みだった。片や小柄で透き通るような青いショートカットで赤いフレームの眼鏡
をかけた寡黙な少女、片や長身で青い長髪の青少年の目には毒なほど整ったスタイルを持つ少女、これほど
目立つ組み合わせなのだから忘れたくても忘れることはできない。
 だがある意味ではそれ以上に、シンには気に掛かることがあった。
 ――杖に黒いマント、陰秘学科の学生、か。
 この学園の最たる特徴の一つに魔法学、そして陰秘学を取り入れている、ということがある。どちらもいわゆる
魔法――『人間の』魔法――を学ぶ科であるのだが、陰秘学はその特異性もあってか一般の学生には全容が
窺い知ることができないのだ。それも多くの生徒は学内の校舎から出ることはほとんどなく、こうして図書館で姿
を見ることも稀なのだ。
 いったいどんな本を読んでるんだか、と考えたところで好奇心を刺激された。何せ神族や魔族とも違う魔法を
操る学生、それも見た目からして自分とさほど変わらない年頃の少女である。幸い手の中には彼女の近くの棚に
戻す本があったので堂々と近づいていった。

「これでよし、と」
 本を置く際にわざとらしく声まで出し、振り向き様に少女が呼んでいる本の背表紙を見る。
 ……『世界の珍味百選 第3巻~人界編~』
 ゴン! と地面が傾いていく瞬間すら認識できずに頭をぶつけた。
「……何?」
 眼鏡の奥の瞳がシンを射抜くように見据えていた。突然目の前で男が盛大にずっこけたのだから無理もないこ
とだが。
「い、いや……なんかこう、意表を突かれたというか」
 本のタイトルを見てぶっ倒れたと言うわけにもいかず、とりあえず笑って誤魔化すしかないシンだった。少女は
しばらく不審者を見つめていたものの、すぐに視線を本に戻した。
「おもしろいのかそれ?」
 聞いてみたが少女の反応はない。まぁ当たり前か、と思った直後に目が逢った。
「……そこそこ」
 そしてまた本へと目線が返る。広大な図書館の一角に、ページをめくる音だけが響いていた。

 ――か、会話が続かない。
 仕方なく目の前の少女とのコミュニケーションを断念する。すでに本はすべて指定の場所に戻しており、すぐに
イヴのところへ帰るつもりはなかったのでしばらく時間を潰すつもりだったのだが。
 どうしたものか、と周囲をぐるりと見渡す。この時間帯のためか、それともさっきのきゅいきゅい叫んでた少女の
せいか、ほとんど人がいない。他にあるのは綺麗に並んだ本棚に収められた膨大な量の書物だけだ。
 目の前の棚をざっと上から下まで見る。料理だとか食材だとか、そういった本ばかりがあった。
「ん?」
 その中に、見覚えのある名前を見つけて思わず手に取った。
 題名は、『世界の珍味百選 第2巻~魔界編~』
「って、さっきの子が読んでたやつじゃん」
 正確に言えば読んでいたシリーズの第2巻なのだが。
 ふむ、と思案する。そういえばプリムラも魔界の出身だった。他にも何人か魔界出身の学生は見たことがあるが、
向こうでどういったものを食べているのかというのは少し気になるところである。
 ――これは珍味を集めたやつらしいけど……ま、そんなに変わらないだろ。
 百もあるんだし、と好奇心に背中を押されて表紙を開こうとして、

 いきなり、小さな手に右腕を掴まれた。
「いっ!?」
 強い力ではなかったが、それでも唐突なことに驚いて掴んできた相手を反射的に睨みつける。
「…………」
「って、君は……」
 すぐに顔から険を消す。華奢な手の主は、先程の少女だった。
 先程と同じく感情のない顔で……と思ったが瞳の奥にわずかながら動揺が見えた気がした。
「やめておいたほうがいい」
「は?」
 ポツリと囁くように告げられた言葉の意味が分からず困惑する。しばらくお互いにその姿勢のまま固まって、よう
やくその意味を理解した。
「……この本を読むな、ってことか?」
 問いかけに頷きが返される。すでに手は放されていた。
「多分、後悔する」
 眉根を寄せて補足された。
 再び表紙に目を落とす。シンプルに文字しか書かれていないカバーからはどれほど危険なものなのか窺い知
ることはできなかった。

 これはあれと似ている。目の前にボタンがあって、何のボタンかは分からないがその脇に『絶対に押さないでく
ださい』というメモが貼り付けられている状況で、押すか押さないかの二択を迫られていることに。
 ――俺なら、押す。
 所詮思春期の少年の理性なんて未知に対する興味に抗うにはあまりにも脆弱すぎるのである。
 少女の表情が曇る。どうしても見るのか、と問いかけてくる視線を感じた。
 人はどの生命よりも好奇心が強いから進化したのだ、とあまり関わってはいけない医者も言っていた。好奇心
が刺激されるほど精神のパワーがわいてくる、と。
 つまり、シンがこの余りにも地雷の香りがする書物を、覚悟を決めた瞳で開いてしまったのは必然と言えること
だった。
 例えその後、しばらく放心した後に仰向け倒れてに気絶してしまったとしても、恥ずべきことではないことなのだ。
 ……多分。


「う、う~ん……節足動物がぁ、全長三十センチの巨大フナムシがぁ……っ!?」
 そんな自分の呻き声で目が覚めた。はっきり言って意味がまったくわからなかったが。
 上体を起こす。いつの間にか椅子の上に移動していた。
「起きた?」
 向かい側の椅子に座っていた少女から声がかけられた。本から目を離さずに、だが。
「あぁ……ひょっとして、君が運んでくれたのか?」
 頭が縦に振られたのを見て、シンは申し訳なさそうに頭をかいた。
「悪い、重かったろ?」
 そう聞くと、少女はそのまま右手だけを動かして傍らに置いてあった杖を掴んで軽く振る。締め切られた室内で
風が渦巻いた。魔法で運んだ、という意味だろうか?
「ま、まぁ……ありがとな」
「やめておいたほうがいいって言った」
 う、と言葉を詰まらせる。決して咎めるような口調ではないのだが、それだけに自分の非を強く感じてしまう。

「あ~その、なんだ……」
 相手の出方が分からないだけにどう言葉をかけていいのか迷っていると、遠くから地響きのように足音が響い
てきた。だんだんと近づいてくる音の方を見やると、何処へと走り去っていった長身の少女が戻ってきた。
 ……推定震度7。胸囲的な意味で。
「む~~~! お姉さまひどい! わたしのことずっとほっといてこんな人間の男の子とおしゃべりして! ひどい
ひどい! きゅいきゅい!」
 子供のように頬を膨らませながら怒る長髪の少女だったが、眼鏡の少女はゆっくりと顔を上げ、ポツリと呟いた。
「いつものこと」
「う~~~~~~~~~!!」
 顔が真っ赤だった。それに対してやはり涼しげな表情を保つ少女はかなりの大物じゃないのか、と呑気なこと
を考えていた。
「ってちょっと待て、『ずっと』って……俺どれくらいぶっ倒れてたんだ!?」
「三十分くらい」
 ざーっと血の気が引く音が聞こえた気がした。つまるところその間、自分は仕事を放置していたわけで……

「ヤッ…………………バイだろ俺ぇ!!」
 駆け出そうとして思いとどまり――大声を出した時点でいろいろ手遅れな気もするが――、足音を極力立てな
いよう早足でエレベーターへ向かう。
 ふとそこで足を止め、振り返った。
「俺、一年のシン・アスカ。しばらくここで雑用なんかやってるから」
 長くてもあと三日、ここで顔を会わせることになりそうなので一応名乗っておいた。眼鏡の少女は本から目を離
し、シンの方へと顔を向ける。
「……陰秘学科一年、タバサ。この子はシルフィード」
「タバサにシルフィードか。短い間かもしれないけどよろしくな」
 終始淡々とした態度であったタバサと、んべっと舌を出しながら睨みつけてくるシルフィードに背を向けてシン
は歩き出す。
 その背後ではまたシルフィードが騒ぎだしていたが、それを注意するほどの余裕はなかった。

 ……余談だが、その後シンはタバサたちと顔を会わせる機会をさらに一週間増やしてもらったそうな。
「納得いかない……」
「自業自得」
「きゅいきゅい、シン疲れた顔してるのね。シルフィードと遊んで元気出すのね!」




数日後、
タバサ 「…………」
長門  「…………」
プリムラ「…………」

シン「増えてるーーー!?」





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最終更新:2008年07月25日 00:03
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