CEとは異なる歴史を歩んだ、もう一つの世界があった。
その世界では、プラントは宇宙に存在しておらず、またコーディネイターという種も誕生してはいなかった。
故に、コーディネイターとナチュラルによる絶え間ない殲滅戦争は起こりえず。
それどころか、この世界の地球上には、国家・人種・宗教を問わず、あらゆる種類の人間同士の戦争は起こっていなかった。
かつて誰もが夢みた人同士が争い合う事の無い世界……しかしそこは決して楽園などではなかった。
擬態獣──
太古より地球の各地に眠っていたと言われる、未知の巨大生物であり、人類の敵たるモノ達の総称。
ヤツらはA.D.2042年に起きた大規模な地殻変動により、突如として一斉に覚醒し、人類の存続を脅かすほどの大打撃を世界規模で与えた。
これにより世界各国の軍隊は軒並み壊滅の憂き目にあい、その結果、皮肉にも人類同士の戦争は遂行不可能となったのである。
この恐るべき悪魔達に敢然と立ち向かったのは、世界中で密かに開発されていたスーパーロボットとそのパイロット達。
後に『巨神戦争』と呼ばれた、種の生存を賭けた凄絶なる戦いと夥しい犠牲の果てに、人類は勝利し、世界は救われた───かに見えた。
だが、戦争終結後も、擬態獣には様々な残存や亜種が確認され、スーパーロボットとそのパイロット達は、いつ果てるとも分からぬ戦いに身を投じ続ける事となったのである。
世界地図はかつての名残を留めぬほどに荒廃し、全人類の数はかつての50分の1にまで激減した世界。
それから5年の月日が流れ、時にA.D.2045年。
CEからはじき出された男、シン・アスカの降り立った世界とは、そのような世界であったのだ。
シンは格納庫と思しき場所に立ち、眼前の機体を見上げていた。
しかしながら、それはシンが良く見知ったMSとは一線を画すデザイン。
『それ』は、一言で言うなれば『巨人』だった。
全高39.6メートル。38.07メートルのデストロイガンダムすら上回る圧倒的な巨躯。
巌を人型に削り出したような武骨極まるフォルム。
MS以上に人間をより模して象られた顔は厳しく引き結ばれ、その巨体とは裏腹にどこか哲人めいたイメージを想起させる。
「これが、このダンナーベース最大の切り札、ゴーダンナーだ」
シンの隣に佇む白い研究服姿の、科学者と思しき女性が言った。
葵霧子、35歳。
現在、シンが居る、ここ日本の対擬態獣防衛基地──ダンナーベースの所長であり、ゴーダンナーを始めとする数多の巨大人型兵器を開発した天才科学者である。
髪は綺麗な赤茶色に染められ、細い黒縁の眼鏡をかけた知性的な美貌は、とても年齢通りには見えない。
なかでも一際特徴的なのは、グランドキャニオン級の雄大さを感じさせる、その圧倒的なロケットバストだろう。野暮な研究服でも隠し切れない、プレイメイツもかくやという、男性の視線を釘付けにし、垂涎させずには置かない肢体の持ち主である。
しかし、今のシンはそんな彼女にさえ一瞥もくれていない。その炎の如く燃え立つ紅の双眸は、ただ眼前の蒼き巨人を映していた。
「シン……かつてのアンタがどれほどのロボット乗りだったのかは知らない。だけど、この機体は半端じゃないよ。やめるなら今の内だ」
愛用のメンソールを吹かしながら、霧子は念のために、そう言ってやる。
だが、シンは自分が一度言ったことは決して曲げない男だった。その彼が、まがりなりにも自ら志願した以上、今更引き返す道などあろうはずもない。
「やります! 俺にこいつを乗らせて下さい!!」
力強く言い放ちながら、シンは思い出す。
今、自分が何故このような状況に直面しているのかを。
この世界に流れ着いたとき、シンが最初に目覚めたのは大破したデスティニーガンダムのコックピット内だった。
最初は次元転移という非常識な事態など想像すらできず、すぐに友軍に救難を呼び掛けようとしたところで、異変に気付いた。
自分が撃破され、墜落したのは月面だったはず。だが明らかに重力を感じるのだ。モニターで確認しようと思ったが、完全に死んでいた。
コックピットハッチも歪んでいて自動では開かないため、仕方無く力任せにこじ開け、外に出てみる。
視界いっぱいに広がる光景は、コバルトブルーの海と、青空。大気がある事を確認したシンは、シールドグラスの割れたヘルメットを脱ぎ捨て、大きく深呼吸する。
「それにしても、ここは一体どこなんだ?」
周囲の三方は見渡す限りの海だが、一方の遥か遠くには薄らと陸地らしきものが見えるものの、とても自力で辿り着ける距離ではない。そして、当のデスティニーは海中に半ばまで没し、横たわっている状態だった。
とりあえずしばらく見ていると、それらの景色に実な点があることに気付く。日差しの映える海は美しいが、所々に不可解なオブジェのように、コンクリートや鉄骨が飛び出している。
注意深く観察すると、それらは破壊されたビルディングの数々であると分かる。海面下にも、あちこちにビルの屋上が覗いていた。
かのブレイク・ザ・ワールド……すなわちユニウスセブン落下事件による被害で、中には北京のように都市丸ごと地図上から消え去った地もあったという話はシンも聞いている。
「……酷いな。だけど、そうするとここはそんな地域のどこか、か?」
確かめたかったが、デスティニーが完全に死んでいる以上、その術はシンには無い。
このまま味方か、敵か、あるいはどちらでもない第三者に発見され救助されるまで、海のど真中で立ち往生しなければならないかと考え、シンの気持ちは果てしなく重く沈んでいく。
しかし、シンは幸運に恵まれた男であった。否、悪運と呼ぶべきか。とにかく、シンには自分の行く末を考える暇さえ与えられはしなかったのだ。
「GUAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!」
突如、天地を揺さぶるような凄絶な雄叫びが、シンの意識を激震させた。
「な、何だ!?」
反射的にシンは、正体不明の咆哮が飛んできた方角へ振り向く。果たして、シンのパイロットとして鍛え上げられた視力は、そこにある巨大な影を捉えた。
「……え!?」
だが、網膜に飛び込んできた光景を、シンの脳は理解する事が出来ない。
それを一言で形容するなら、それは『怪獣』であった。
岩塊を何百個、何千個と組み合わせたような、巨大な竜のごとき姿の怪物が、朽ち果てたビルディングの残骸達を次々と破壊しながら、猛スピードでこちらに向かってきているのだ。
「お、俺は夢でも見てるのか?!! 一体、何なんだよアレは!!?」
シンは知る由も無かったが、この怪物こそが擬態獣。かつて全人類を絶滅寸前まで追いやった、世界の敵……その眷属であった。
擬態獣はあっという間に、シンの居る場所に10数メートルというところまで迫り、あらためてその威容をシンに見せつけていた。全長40メートル以上はあろうかという圧倒的な巨躯は、太陽を遮り、まさしく死と絶望の影としてシンの目に映った。
「う、うわああああああああああああああああああ!!!!」
かつてどのような戦場でも経験した事が無いほどの、未知の化物への強烈な恐怖に囚われ、シンは絶叫した。
勿論その叫びは誰の耳に届くはずもない。擬態獣が、その猛悪な顎をこちらに向かって剥き出したとき、シンは思わず目を瞑り、死を覚悟した。
だが、死の瞬間がシンに訪れることはなかった。
刹那、シンの眼前で擬態獣の首が、凄まじい爆発と共に消し飛んだのだ。
唖然とするシンが見つめるなか、同じ規模の爆発が立て続けに擬態獣を襲い、その岩塊のごとき巨躯に次々と特大の風穴を穿っていく。
一瞬遅れて、落雷のごとき砲撃音がシンの鼓膜を劈き、シンは思わず耳を塞ぎながらも、目の前で起こっている光景からは目を離さなかった。
数瞬後には、あれほどの威容を誇っていた擬態獣は、原型を留めぬまでに破壊し尽くされたのを見て、しばし放心していたシンだが、やがて我に返る。
「これは……遠距離からの砲撃か? それにしても、何て火力とパワーだよ、こいつは……」
未知の怪物もシンには脅威だったが、その怪物を瞬く間にここまで徹底的に破壊してのけた攻撃には、それ以上の戦慄を禁じ得なかった。
しかし、やがて砲撃が行われた方角から飛来してきた物体を見て、シンはさらに驚く事になる。
その威力から、てっきり戦艦か何かだと思っていたそれは、しかし明らかに翼を生やした人型の機影であった。
「何だ、あの機体!? MS……なのか!?!」
飛行用サポートパーツと思しき翼をパージし、そのロボットはシンの眼前に降り立った。その全容が明らかになると、シンはその巨大さに圧倒されてしまう。
全高40メートル以上はあろうかという黒い重装甲の巨体が、そこに居た。その右腕には、ロボットの全高よりも長大であろう、桁外れに巨大な砲が装備されている。
おそらく、先程の砲撃をやったのは、これであろうと否応でもシンは確信する。
助けてくれたのだろうか、と一瞬思ったが、何分相手は見た事も聞いた事もない未知の機体である。相手が敵か味方かも判断つかぬままシンは緊張を解くことができずにいると───
「そこの貴方、大丈夫? 怪我は無い!?」
まだ若い、冷静沈着な女性の声が、シンの耳朶を打った。
「静流さん、あのロボット手酷くやられてるけど、パイロットは無事みたいっすよ」
シンの眼前に立つ機体……Gガンナーのパイロットの一人である、光司鉄也はそう言った。歳は24、この世界のパイロットとしては若手の部類に入る。162センチとパイロットとしては小柄だが、ガッツ溢れる気性の持ち主であり、期待の成長株である。
光司の言葉に答えたのは、彼とペアでGガンナーを操縦するもう一人のパイロット、藤村静流である。
「……見た事の無いロボットね。それに、あのパイロットの彼……幾ら何でも若すぎるわ。下手したら忍君より歳下なんじゃないかしら」
静流は、モニターでデスティニーの残骸の上に立つシンの姿を確認しながら、冷静に呟く。28歳という妙齢の彼女は、パイロットとしても長いキャリアを持ち、教官として若手の育成にもあたっている歴戦の強者である。
「養成学校のヒヨッコが、興味本位で新型機体を持ち出した挙句、擬態獣と遭遇して撃墜された……なんて線はアリっすかね」
「そうね……パイロットよりハリウッドの方が向いてるかも知れないわよ、光司」
内心では結構イケてると思っていた推測をすげなく返され、凹む光司をよそに、静流はその秀麗な眼差しにしばし思案の色を浮かべると、やがて外部への回線をつないで、困惑するシンに呼び掛けた。
「少なくとも、敵じゃあ無いのか?」
相手の呼び掛けに、どう対応していいのか迷ったが、とりあえずシンは手を振って無事であるとの合図を送ってやる。
するとGガンナーの指が、擬態獣の残骸を差し、続いて静流の声が再び響く。
『貴方のそのロボット……見慣れないタイプだけど、どういう経緯で貴方はそれを操縦していたのかしら? その擬態獣にやられたの? 貴方の所属するベースは何処?』
「……?」
矢継ぎ早に言われる中に、耳慣れない単語が幾つも混じってるのを聞いて、シンは困惑した。尤も、それは相手も同じなようであった。
「静流さん、何か話通じてないみたいっすよ。何なんすかね、アイツ。やっぱりマジで無断で新型強奪とか?」
「ちょっと黙ってて、光司。……仕方無いわね、私が直接話してくるわ。ハッチを開けて」
Gガンナーがその場で擱座の姿勢をとり、巨砲を装備していない左手をその胸元に持っていく。
一瞬、反射的に身構えたシンだが、Gガンナーのコックピットハッチが開き、中から現れたパイロットが、その巨大な掌に降り立ち、徐にヘルメットを脱いだのをシンは見た。
その瞬間、シンは落雷に打たれたような衝撃を味わって言葉を失い、瞠目せざるを得なかった。
腰付近まで伸びた、星を散りばめた夜空のように黒く輝く髪。完璧なる黄金律によって形作られた絶世の美貌。
167センチのスレンダーな長身。胸元でダイナミックに揺れる小玉スイカの如き双乳。
それでいて腰は蜂のように細くくびれており、これまた蕩けるように柔らかそうでいながら鍛えられた筋肉の躍動をも感じさせる臀部へと芸術的なラインを描いている。
しかも、そのような存在自体が罪と言うべきスーパーボディを、こともあろうに紫一色に染め上げられたハイレグの戦闘服に無理矢理押し込めているのだ。
おかげで揺れる乳房の詳細な動きが手に取るように把握でき、尻にいたってはほとんど剥き出しで丸見えな状態だ。
男ならどのような聖人君子であっても、一目見ただけで熱い滾りを抑え切れぬであろう肢体だが、それらが決して下品に映らないのは『アイスドール』とまで呼称される常に冷静な表情のためであろう。むしろ、ある種の崇高さすら漂わせる佇まいであった。
シンも一度戦士から立ち返れば思春期真っ盛りの少年である。静流の美の女神がごときヴィジュアルは、色々な意味でシンにはあまりにも衝撃的すぎた。
「あの……貴方、本当に大丈夫?」
ふいに近くで声がして、シンは我に帰った。いつの間にやら、静流を乗せたGガンナーの掌は目の前で近づいていた。遠間で見ても破壊力抜群の静流のボディは、近くで見るとさらに凶悪だ。
シンは顔を真っ赤にし、半分意識を埒外に置きながら、慌てて礼を述べた。
「あ、ああ、す、すいません助けていただいて、てて。い、いきなり見た事も聞いた事もない化物に襲われて、どうなるかと…」
「……? あの擬態獣七号は新種でも無い、ありふれたタイプの筈なのだけれど。まあ、いいわ。それよりも、貴方には少し訊きたい事があるから、私達と一緒に来てくれるかしら。あ、そのロボットについてはこちらで回収させるわ」
すっかり動転してしまっているシンは、その申し出に二つ返事で応じる。そして、静流に導かれ、シンがGガンナーの左掌に飛び移った。
ところが、Gガンナーの腕を戻そうとして、光司が精密な操縦を誤った瞬間、最早シンの運命とも言える『それ』は起こった。
「きゃあっ!」
Gガンナーの左手が途中でガクンと大きく揺れ、狭くなった足場も相まって静流がバランスを崩してしまったのだ。あわや、海に転落というところで、間一髪、シンの手が静流をがっしりと掴み、すんでのところで事無きを得た。
「あ、ありがとう、助かったわ」
「い、いえ、先に助けてもらったのはこっちなんですから、これぐらい」
「そう……ところで助けてもらって悪いのだけれど。……そろそろ離してくれると嬉しいんだけれど」
「!!!!」
怜悧な美貌をわずかに朱に染めた静流の表情と、自身の両手、そして顔面に伝わる感触で、シンは事態を察した。
最終更新:2008年07月25日 00:15