第三話【事実と孤独】
「―――――ん」
俺は重たい目蓋を抉じ開けるように、目を覚ました。
此処の真っ白な天井を見るのは、これで七度目。俺が意識を取り戻して一週間経ったという事だ。
慣れない空気、環境、景色。
たとえ日が経とうとも、早々この違和感は抜けるものではない。
―――――それに、これからどうしたものか。
そもそも、情報が少なすぎる。此処は地球なのかどうかすら確認出来てすらいないのだ。
俺はゆっくりと身体を起こし、痛む身体を眉を顰めながらベットから降りる。
部屋には誰もいない。点滴の音だけが静かに病室に木霊する。
―――とりあえず現状を把握しなければならない。
俺は一度は目を覚ましたものの、身体の痛みに耐えられず、結局は寝たきりの状態が続いてしまったのだ。
「ぐっ………!」
肋骨がズキリと痛む。一瞬、脳天に突き刺さるような刺激が走るが、まだ俺は耐える事が出来た。
心の中に、虚しい笑みが込み上げる。全く無様なモノだ。
ザフトのエースだなんて担ぎ上げられたのがまるで嘘のように、この体たらく。
身体をマトモに動かす事すらままならない。
この程度の動作でさえ、馬鹿みたいに苦労しているのだ。俺は自嘲せずにはいられなかった。
―――そもそも、生きている事自体俺には信じられなかった。
確かに機体が爆発するその瞬間まで間違いなく垣間見ていたのだ。
あの後景が幻である筈がない。いや、あってたまるものか。
「はぁ、はぁ、はぁ………。
―――――クソ。俺は……俺はっ………!」
―――――苦しい。動悸が激しく、呼吸が上手く出来ない。
足を引き摺ってでも、外に出ようと必死に歩こうとしたが、両足が痙攣し酷く痺れた状態で、無理があったのだ。
結局俺は、出入り口にさえたどり着けず、壁に崩れ落ちるように寄りかかった。
――――俺は、歩く事すら出来ないのか。
こんな当たり前の事が出来ない。それがあまりにも不甲斐なく思え、俺は涙が流れた。
―――俺はずっと信じてきたモノに裏切られ続けてきた。
だからこそ俺は俺が信じる不変の理想を貫き戦っていった。
誰も傷つかないように、誰も戦う事のないように、皆が争いあう事の無いように―――ただそれらを願い続けて。
その為には俺は努力を惜しまなかった。力という力をひたすらに渇望し続け、執着した。
家族を失い、故郷も捨てた俺には、失うモノなどもう何も無かった。
だからこそ死に物狂いで強くなろうと、一切の妥協も許さずに研鑽を積み続けた。
そうして俺は、とうとう念願の力を得た。そして俺自身が望む理想の平和を叶えるべく、俺は戦い続けた。
その為に俺は鬼になった。相手が誰であろうと殺し続けた。平和の為に。
一度血に染まった身体は二度と落ちやしない。きっと地獄に落ちても付き纏うだろう。
だがそれでも、俺はかまわないと思った。俺がそうなる事で、他の誰かがそうならずに済むのだから。
―――そう。守れなかった大切な少女。ステラ。今はもうこの世にはいない、あの優しい笑顔。
あの少女を見て、俺はまだ迷っていた。あの時はまだ、俺には心の惑いがあったのだった。
だが、彼女を失った事がキッカケで、俺に惑いは消えた。
だからこそ俺はステラと同じ境遇の者達も殺せた。だから裏切ったとはいえ、かつての仲間を平気で殺せた。
狂気に塗りたくられた平和。その理想を信じて叶える為ならば、かまわない。
例え誰が刃向かおうとも、俺は戻るわけにはいかない。だからこそ俺はひたむきに戦い続けていけた。
だが最後の最期に、俺は完膚無きまでにその理想は叩き折られ、敗北した。
俺は天井を見上げる。彩りさえ見られない真っ白さが、視界に広がった。
それは空っぽな情景。今の俺の心を表しているように思える。
「これから、どうすればいいんだ……………」
誰に問うわけでもない。ただ、独り言のように俺は呟いていた。
―――と、突然病室のドアが開いた。
俺は疲れ果てた表情でドアの方向へ振り向くと、そこには俺が知っている女性が立っていた。
確か、高町なのはと言っていたか。自己紹介はしたのだが、あの後一切会話していない。
そもそも、俺が殆ど寝たきりが続いたせいもあるのだが。
とりあえず、どーも、と手をブラブラさせて俺は挨拶を交わしたが、彼女は何だか面食らったような顔つきをしていた。
そして、呆れ果てた表情で、溜息を吐いたのだった。
「もう……まだ動いちゃ駄目でしょ。傷もまだ完治しているわけじゃないのに」
「―――別に。身体が鈍ったから動きたいと思っただけですよ。
医者でも無いアンタにどうこう言われる筋合いはない」
俺の素っ気無い態度に、彼女は更に大きな溜息を吐いたのだった。
自分でも突き返すような物言いだと思ったが、間違ってはいない。
勿論、こうして治療させてもらっている事には感謝はしている。
しかし、俺とて流石にいつまでも留まっているワケにもいかないのだ。
「ともかく、そんな所に座っていないで、ベッドに戻って大人しくしていないと。
そうやって無理していても治療が長引くだけだよ?」
俺の身体状態を見透かしたかのように諭してくる。やはり、見抜かれているようだ。
優しそうな顔つきをしている割には中々鋭い物言いだな、と俺は思った。
―――まぁしかし、大人しく言うこと聞いておくべきか。
俺はゆっくりと立ち上がり、ベットへ向かって歩こうとした。
しかし、それと同時に骨が軋み、酷く痛みだしたのだった。
「あっ…ぐぅぅっ………!」
まるで身体を剣で突き刺されたような、想像を超えた痛みが襲い掛かり、俺は堪らず呻き声をあげてしまった。
大丈夫、と彼女は慌てた様子で駆け寄ってくるが、俺はそれを手で制した。
「大丈夫…だ。このぐらい…自分でやれるっ………!」
「そんな苦しそうな顔をして何言ってるの! 肩を貸して―――――」
「うるさい! 余計なお世話だ―――!!」
痛みについ苛立ってしまった俺は、彼女を突き放すように怒鳴り声をあげた。
その声に驚いたのか、ビクリ、と彼女は一瞬たじろいで空中に止まった手を静かに下ろした。
ごめんなさい、と俺に律儀に謝って悲しそうに俯いている。
―――――クソ、何だっていうんだ。
俺は自分自身の心無い言葉に舌打ちした。
別にそういう事を言いたかったわけじゃないのに、自分の悪い癖だ。
下らない意地を張って、結局相手を傷つけるのだ。
俺はまた身体を引き摺ってベッドの方へと戻っていこうとした。
しかし、両足が震え身体が思うように力が入らなかった。
ギリギリ、ベッドの手摺りを掴んですがり付く事が出来たが、それでも辛い。
それでも何とか腰掛ける事に成功し、ようやくベッドの中に入る事が出来た。
ふう、と大きく一息吐いた俺は茶色の髪をした彼女の方へと向き直った。
「―――――それで、何の用ですか?」
ベッドに戻った事で精神的に落ち着きを取り戻したのか、少しは敬語で喋れる余裕は出てきたようだ。
彼女はハッと気付いた様に、ドアの手前にある籠のような物を手に取った。
よく見ると、中にはリンゴやらメロンやら葡萄などがある。まさか、見舞いの品だろうか。
「これね、君に食べさせてあげようと思って買ってきたの。
元気を取り戻すには、やっぱり美味しいものを食べるのが一番だからね」
先程とは表情が一転して、嬉しそうに果物達を俺に見せびらかしていた。
煌びやかに光る彩豊かの果物は、それぞれ見る物の食欲を誘っているかのようだった。
「―――まさか、果物を渡しに来ただけ…というワケではないですよね」
「ううん。今日はお見舞いの為だけにと思って来たから、こうして持ってきたの」
彼女は首を横に振って、俺の言葉を否定した。
そして、籠の中にあった果物ナイフと紙皿を取り出すと、リンゴを切り始める。
強引な人だな、と俺は呆れ気味に思ったが、しかし自然と笑みがこぼれていた。
(◆)
―――――同時刻、時空管理局某所。
八神はやては、ある一つの報告書に目を通していた。
それは、ロストロギアであろうと推測される代物の鑑定結果の内容。
なのはとヴィータ等がある少年から回収した物の二つのうち、一つを検査していた。
もう一つは何の変哲もない桃色の携帯電話あった為、一応検査したのみで一時的に預かっているだけである。
話は戻るが、その回収された代物はなのは等が推測した結果は大して得られてなかった。
その推測とは、これが次元断層を引き起こしあのクレーターを作り出した。
―――――正直、にわかに信じ難い話である。
この報告書に記載されている彼女等が言う『それ』の写真を、はやてはジッと見ていた。
当初はデバイスの推測もあったが、このような形状をしたデバイスは管理局のデータには存在しなかった。
―――まぁ、仮にこのデバイスが秘密裏に作られてたとしよう。
それでも、現実的にあの威力を発揮出来る事などあり得ない。
過去にSランク魔法を使えるようにしたデバイスが存在はした。
しかし、これほどまでに戦略兵器に特化したデバイスは聞いたことが無い。
様々な憶測が飛び交う中で検査されたが、結局報告された内容は、微弱な魔力が内包している程度。
危険度すらない。―――いや、日用品レベルなのだろうか。ともかくそれ以前の問題であった。
「―――そうなると、あとはあの子だけ……になるんよなぁ」
はやては深い溜息を吐いて、少し憂鬱になった気分を晴らすように、さっさと書類をまとめて席を立った。
―――――とりあえず、何か甘い物でも食べよう。まずはそれからだ。
そうして軽い足取りの中、はやては食堂の方へと向かっていった。
(◆)
「―――フフ、面白いじゃないか」
監視のガジェットを介して流れる映像見て、男は自身の居城とする古めかしい建物で、一人不敵な笑みを浮かべていた。
―――その男の名はジェイル・スカリエッティ。
時空管理局に指名手配されている次元犯罪者。
生命を人造による開発において歴史に名を残すほどの権威であったが、自身の目的達成の為に様々な犯罪を犯している。
それ故に、管理局でも一部の人間が血眼になって探っているが、未だその足跡を掴めていない。
「高町なのは等を監視していたら、思わぬ情報が手に入ったようだな。ジェイル・スカリエッティ」
スカリエッティは声がする方向を振り向くと、そこには仮面をつけた男がいた。
しかし、その姿は影に潜めてハッキリと確認できない。
明らかに女ではない声質と、若干把握出来る体格からその者が男だとわかった。
待ちかねたぞと言わんばかりに、友の来訪にスカリエッティは歓迎するかのような優しい笑みを浮かべる。
「来ていたのか。……ふむ、今はどのような名で呼ぶべきかね?」
「―――いつも通りでかまわんさ。
ある意味生まれ変わったとはいえ、本質はかわらん。」
仮面の男は、肩を竦めて自嘲する。
彼の言葉に対し、スカリエッティ自身はある考えがよぎるが、敢えてそれは触れない事にした。
彼は優秀で信頼に値する存在だ。妥協を許さない何事にも徹底した考えを持っている。
だからこそスカリエッティは余計な事を言わなかった。
「それと、用件はなんだ? わざわざとんぼ返りしてまでこちらに出向いたのだからな」
「いや、申し訳ないな。例のモノが両方とも完成したのでね。
その報告も含めて、君を此処へ呼び出したのだよ」
仮面の男は半分不機嫌な様子でスカリエッティに苦言を呈したが、彼の一言で仮面越しからでも分かるほど雰囲気が一瞬で変わった。
それは、全ての歯車が噛み合い、思い通りに計画が順調に進んでいる策士のような絡みつく空気だった。
満を持していた。この時を待っていた。そう思わせるような笑顔が二人の間にはあった。
そう、スカリエッティが彼を呼び出したのには大きな理由があったからだ。
「―――くく、流石だなスカリエッティ。ならば、早速見せてもらおうか」
「理解があってくれて嬉しいよ。フフフ…期待してくれたまえ」
そうしてスカリエッティは踵を返すように歩き出し、仮面の男はそれに付き添うように闇へと消えていった。
(◆)
「………ご馳走様でした」
一通り果物を食べた―――否、半ば無理矢理食べさせられた俺は、やっと一息がついた。
俺の遠慮を無視して容赦なく次々と用意され、しょうがなく平らげたのだった。
高町さんはニコニコしながらやっていたところを見ると、なかなかあざとい。
本人はご満悦の様子だが、こちらは正直果物を食べすぎていろいろ大変な状態だ。
「ねぇ、聞いてもいいかな?」
こちらの心知らずしてか、何の突拍子もなく彼女は俺に質問を投げかけてきた。
なんですか、と俺はぶっきらぼうに答える。
「君はどんな事をしているの―――――?」
「………何かと思えば、随分大雑把な質問ですね。何をしている人間かって事を聞いているんですか?」
少しどもった感じで、彼女は頷く。
おそらく、職業の事を聞いているのだろうか。
俺はその質問に対して少し口ごもったが、別に今更隠すような事でもないと思った。
「―――軍人ですよ。戦争をやっていたとでも言えばわかりますか?」
俺は皮肉めいた口調で、彼女に言い放った。
―――――敗残した兵士。その単語が一瞬だけ俺の脳裏をよぎる。しかし今はどうでも良かった。
軍人、という言葉に彼女は真剣な面持ちでこちらを見ている。そこには少し悲しい視線が混じっていた。
しかし、俺はそれが気に入らなかった。
「………そうなんだ。大変、だったんだね」
「―――なんだ、同情のつもりか?
やめてくれ。こっちは同情させるつもりで話したワケじゃない」
「そんな事ない! 私はただ―――――」
高町さんは取り繕うような表情でこちらを見ているが、やはり彼女からは同情の念を感じる。
気分が悪い。自分から話しておいて馬鹿らしい。人のせいにするなんて。
まだ気持ちの整理もついていないのだろうか、俺は――――。
「……すいません。今は本当に誰かと話す気分じゃないんです」
「ううん…。私の方こそ余計な事を聞いたみたい」
今日はもう帰るね、と高町さんは俺の心中を察してか席を立った。
てきぱきと持ってきたものを片付けていき、寂しそうな後姿でゆっくりとドアの方へと向かっていく。
俺はその姿をジッと見つめた。また彼女を傷つけた事に、自身の浅はかな言葉に対して俺は自責の念に駆られる。
だからこそ、これだけは彼女に言っておかなければならない事を悟った。
「高町さん―――――」
彼女を呼び止めると、少し驚いた表情でこちらに振り向く。
そこには、意外そうな雰囲気も感じ取れた。
「果物、美味しかったです」
俺は出来るだけの笑顔で、彼女にお礼を言った。
それを聞いた途端、彼女は顔がパァっと明るくなり、また来るねと言い残して退室していった。
俺はそれを見届けると、途端、どっと疲労感が襲い掛かりベッドに身体を預けた。
―――――何をそんなに焦っているんだろうか。
自問自答するかのように思い、目の前にある天井を見る。
負けた悔しさからか、不甲斐なさか、それとも怒りか。
誰かにぶつけなければならないほど、感情が不安定になっている。
こんな状態で誰かと余裕をもって話せるのだろうか。否、無理だ。
ともかく此処が何処なのかどうかさえ理解出来ない以上、俺は多分それが不安でしょうがないんだ。
知っている人間が誰もいない。それがこれほどにも苦痛に感じるのだろうか。
今になって理解している。
家族が死んだ後、俺は独り自立していたつもりでいたが、これほどまでに他者に依存していたのだった。
結局俺は、何かに縋らなければ生きられない人間なのだろうか。
そう思って、今まで強がりひた隠しにしていた自分の奥底の心が滲み出てくる。
それはいつの間にか目から出てる涙となって、俺の頬を濡らしていた。
止まらない涙は俺の悲しみをより一層追い込み、傷を徐々に抉って行く。
「また、俺は失ったのか…」
そうして、俺は誰にも聞こえぬよう静かに嗚咽していた。
止まらない涙でシーツを濡らしながら、ただひたすら泣き続けた。
(◆)
―――――翌日。
管理局某所。はやてはまた新たな報告書に目を通していた。
それは、とある一人の少年に関する現時点での情報が載せられている。
――――シン・アスカ。
それが少年の名前。全く聞いた事がない名前だった。
しかし何故だろうか。自分の人生の中で今までに無い既知感めいたものを感じていた。
生き別れの兄弟や家族―――のハズはない。自分はずっと一人だった。ヴォルケンズが来てからからは変わったが。
ともかく、自分はこの少年と過去に会っている。―――いや、気がする。
有り得ない筈なのに記憶の奥底に引っかかっているような何か。
言葉では表せないような、記憶ではない心の繋がりと言うべきなのか。
そんな不思議な感覚が自分の心を支配しているのだ。
ともあれ、この少年に関しては一週間後を期待して待つしかない。
何故ならば管理局の局員が彼を取り調べるらしいからだ。
まるで犯罪者な言い方であるが、例のクレーターの件がハッキリしていない以上しょうがないかもしれない。
彼自身の人権は保障されているだろうが、どのような答えが出るかは予想がつかない。
はやては椅子から立ち上がると、大きな窓から見える景色をジッと見つめていた。
「まだ全てが整ってへんのに……。これも何かの前触れとでも言うんやろか…?」
はやては、ある種の不安と危険を感じながら照りつける太陽を見つめていた。
最終更新:2008年09月06日 20:05