第二話【ファシネイター】
「―――――オイ…何だってんだ、こりゃ」
「これが………次元歪曲が発生した座標区域なの…?」
なのはとヴィータは目の前の凄惨な後景を見て愕然としていた。
突如現れた次元空間断層により引き起こった衝撃波で、東奥地の大森林が薙ぎ倒されたらしい。
また、観測データによれば衝撃波によって大地震も発生したらしく、地盤が緩み土砂崩れも起きている。
時空管理局本部に要請を受けたなのはとヴィータ、他十数名程の局員が、本部から指示された座標区域に調査へ赴いていた。
そして間も無く到着した彼女らが見た後景は背筋が凍るような後景だった。
―――――そう、まるで隕石が落下したかのような、半径数百メートルの巨大なクレーターだった。
森林が薙ぎ倒され、山々は崩れ、ありとあらゆるモノを抉るように、大地そのものを噛み砕いたような痕だった。
人間が蟲を蹴散らすかのように、ソレは大地ごと在るもの全てを蹴散らしている。
「――――――――酷い」
壮絶な有様に、なのはは下唇を噛む思いだったが、同時にホッと胸を撫で下ろしていた。
周囲の様子を見る限り、この近辺に人の住んでいる気配は無かった。
「これが人の多い場所だったら、それこそ皆お陀仏だな………」
不幸中の幸いだった。
これがもし、街の近く或いは直撃していたら、それこそ甚大な被害を被っていただろう。
幾人もの人々が一瞬で消し飛ぶほどの威力が、眼前の領域で知らしめているのだから。
隣にいるなのはを流すような視線で見た後、ヴィータはクレーターへと視線を戻した。
眉を顰めたくなるような後景だが、自分達の目的はクレーターおよび周辺の捜査だ。
森林及び山々の被害は甚大だが、復旧は可能な範囲である。
すぐにとは行かずとも、きっとまた元のように綺麗な森に戻るだろう。
「―――――私とヴィータ三尉はクレーターの中心部を調査。
他の皆は、警戒態勢を怠らずに周辺を調査を。何か手がかりを見つけたらすぐに連絡をして」
なのはのただならぬ雰囲気を悟った局員達は、気を引き締めるかのように、各々の役割を肝に銘じた。
このクレーターを見て、皆同じように思い、感じていたのだ。
相手が未知の―――ロストロギアに相当する代物を保有する者かもしれないという事。
まるでミサイル爆撃でも行ったかのような、恐るべき破壊力を発揮しているのだ。
万が一相手が奇襲を仕掛けてきた場合、無事でいられる保障はない。
一瞬でも気を抜けば、全滅の可能性に繋がる。
互いに頷きあいながら、局員達は再度クレーターに向き直った。
「よーし、各員散開しろ!」
ヴィータの号令と共に、各々は二人一組に分かれてそれぞれの場所へと飛んでいく。
その様子を見送ったなのはは、ヴィータに目配せすると、互いに中心部へと向かって降下していく。
土が焦げた匂いに、彼女達はお互い同じように顔を顰めていた。
森林を一瞬で破壊しつくし、完全な焦土と化している。
酷い後景だ。まるで戦場を彷彿させているかのよう。
しかしそれでも自分達は任務に従事しなければならない。
被害の拡大を未然に防ぐべくして、彼女達―――時空管理局がいるのだ。
―――――と、なのはとヴィータは何かを察知したかのように急に立ち止まる。
「―――――ヴィータちゃん」
「あぁ、魔力の残留だな。………随分微弱な量だけどよ」
クレーター中心部から発せられる微量の光源。
遠距離からでは目視できないほどの小さく弱々しい光だったが、彼女達はそこから発せられる魔力を確かに感じ取っていた。
発見が早かったとはいえ、数時間以上経過しているにも関わらず、まだ魔力が残っている。
あまりにも極小な魔力量の為、なのは達も接近しなければ気付かなかったほどだったが。
―――しかし、これは一つの手掛かりとなった。
相手は未知の質量兵器を用いているのではなく、魔力を使用している。
ともすれば相手は、魔導師の可能性が極めて高い。或いは魔力に関する知識を持つものだ。
相手が魔力を用いているならば、比較的対応はしやすい。武装の原動力がわかったのだから。
だが、油断は出来ない。これほどの大出力かつ驚異的な破壊力を誇る魔力兵装なのだ。
それに、これほど大々的にやっているのだ。
おそらく別の場所から仲介し、遠隔操作している可能性もある。こちらの姿も捉えているかもしれない。
それに、万が一相手がこのクレーターを作り出すほどの攻撃魔法を再度繰り出してきたら、こちらも無事では済まない。
しかしここで彼女達は退くワケにはいかなかった。
ここで臆病風に吹かれ、退いてしまえば、被害が拡大する恐れもある。
何としてでも此処で食い止めなければならない。
考える事は同じ。二人は頷きあって、危険を省みることなく対象の光へとへと接近していった―――――。
「―――――オイ、あれってまさか」
ヴィータは驚いた表情で声を上げる。
光を頼りに中心部へと着地した二人は、眼前の後景を見ていた。
淡い、緑色の光の粒子がある物体を包むように取り囲んでいる。
―――――そう、まるでソレを優しく抱くように護っていたのだった。
母親が赤ん坊をあやすような、まるで聖母の雰囲気を象っているようにみえる。
このクレーターを作り出した――あくまで推測だが――とは思えないような暖かい光。
いや、そもそもこの光が作り出したかどうかも危ういかもしれない。
触れれば自然と心が安らいでいくような、そんな気持ちにさせる光である。
「人が………倒れている?」
―――――しかし二人は、光よりも別の事に注目していた。
そう、目の前に一人の人間が倒れていた。
抱擁している光が弱々しい為に、彼女らも倒れている者が薄らと見え、それが人間だとハッキリ認識出来たのだ。
―――意識を失っているのだろうか。倒れている人間に全く動きはみられない。
「ヴィータちゃん、いつでも迎撃出来るように」
「ハ、上等だ。妙な動きしたら一気に潰してやる」
なのはの言葉に、ヴィータは自身ありげに応える。
―――そう、彼女らが警戒してるのは人間の方ではなく、むしろあの弱々しい光であった。
あの光の効力が何なのか掴めない以上、迂闊に手を出すのはまずい。
アレがこのクレーターを作り出した原因ならば、触れた瞬間に何が起こるのか想像すらしたくない。
それに早く、相手の生死を確認しなければならないのだ。
もし生きているならば早急な保護が必要だが、しかしあの光がどのような効力を持っているのかが知れない為、慎重にいくしかない。
彼女達はデバイスをしっかり握りしめる。気付けば、妙な汗が手から滲み出ていた。
あの後景を見て恐怖しない筈がない。死の危険があるのかもしれないからだ。
彼女達は警戒心を崩さぬよう、ゆっくり倒れている人の元へ歩み寄っていく。
「うぅ―――――」
『―――――!?』
突如、呻き声が聞こえる。倒れている人からだった。
急いで駆け寄ろうとするなのはだったが、ヴィータに寸前で押し止められる。
―――警戒心を怠るな。そう訴えている目だった。
しかし、光は彼女達が近づくほど優しく暖かな眩しさを放っている。
倒れている人を護っているかのような、慈愛を纏うソレは、なのは達を迎え入れているかのようにも見えた。
『―――――』
―――――錯覚だろうか。
なのはとヴィータは一瞬光が自分達に向けて語りかけてきたような気がした。
―――いや、笑いかけたのか。それすらも判断すらし難いほどの、不思議な感覚が光から伝わってきたのだ。
すると突然、包み込んでいた光が消えていき、その人の身体に吸い込まれていく。
まるで彼女達を見て安心したのか、ゆっくりと光は倒れている人の元の中で眠るように消えていく。
その不思議な後景に二人は呆気に取られていたが、すぐさま我に返り、急いでその人に駆け寄った。
完全に光が霧散し、倒れている人の姿がハッキリと確認できる。
―――よく見れば、その人は奇妙な服装をしていた。
身体のラインがハッキリと認識出来るほどぴっちりした、ライダースーツのような赤い服だった。
衝撃吸収かと思われる白く薄い装着物により、戦闘服のようにも見える。
そして顔全体を隠すような赤いかぶり物―――恐らくヘルメットだろう。
推測すると、この人は何かのパイロットだったのだろうか。
―――いや、余計な事を考えてる暇はない。ともかく彼を早急に手当てを施さなければならない。
なのはは考えを振り払い、その人を優しく抱き上げた。
ほんの微かだが、息はしている。かろうじて生きているのだ。
とりあえず呼吸をし易くさせようと、彼女は彼のヘルメットを慎重に取ってみる。
「―――――男の子?」
そこには端整な顔立ちをした少年がいた。
眩い雪のように白い肌がとても印象的な、黒髪の少年。
恐らく自分より年下かもしれないような、幼さを残した顔立ちだった。
なのはは彼の身体を見下ろしてみるが、とりあえず目立った外傷は見られない。
しかし、服の至る場所にが破け、傷跡のようなものが残っている。
出血は出てないかもしれないが、打撲をしている可能性があるかもしれない。
なのははヴィータに本部に救護班を頼むように働きかけると、ヴィータは空気を察したかのように頷く。
「こちらヴィータだ。クレーター中心部に次元漂流者らしき人間を発見した。
負傷しているみてーだから、こっちに救護班を寄越してくれ。今こっちで保護しているとこだ。
…あぁ、こっちはまだ調査を続ける。それと―――――」
ヴィータが本部に連絡している様子を流し見たなのはは、自分の膝に眠っている少年を見下ろした。
―――この少年は一体何者なのか。
あれほどの衝撃波を引き起こす魔力質量を、彼が行ったというのだろうか。
あの光との関係性はなんなのか、まだ何もわからない。
一瞬にして全てを蹴散らし、大地をも大きく抉り取るほどの威力。
彼女も肝が冷えるような後景を何度も見ては来たが、今までに無い恐ろしさを感じていた。
あんなモノ―――いや、あんな兵器がまだ存在しているなんて。
認めたくはない。だが、否定できない事実でもあった。
―――――だが、それと同時に奇妙な感覚が頭から離れなかった。
あのクレーターを作り出した原因―――確証は無いが―――あの光がやったとは信じ難かった。
ただの光である筈なのに、この少年を優しく包み込んでいた、聖母のような慈愛の光。
弱々しくも淡く、眩いほどの暖かさを彼女達に放っていた。
今にしてみれば、あの光はこちらに笑いかけていたようにも見える。
まるで、この少年を頼むと言わんばかりに、あの光はゆっくりと消えていったのだ。
この少年はあのクレーターを作り出した張本人かもしれない。危険な人物なのかもしれない。
でも、なのはには彼がそんな人間だとは思えないような気がしていた。
あの光を見て、何故かその考えを否定してしまえる確証があったからだ。
―――あの光を信じてみよう。
人ならまだしも、光を信じるなんて他人が聞いたら笑ってしまうような話かもしれないが、それでも彼女は信じたいと思った。
なのはは自分に膝に眠る少年の頬を優しく撫でると、彼を慈しむように笑みを浮かべる。
「もう大丈夫だよ。きっと助かるから―――――」
なのはは少年に優しく語り掛けた。出来るだけ、彼を慈しむように。
きっと少年には聞こえていないだろう。
だけど、なのはは母親のように何度も語りかけた。そう、あの優しい光がやっていたように。
この少年から感じられる温もり、いや感覚というべきなのか。なのははある確信していた。
―――――この少年は、不思議な力を持っている。
今まで感じた事のないような、少年から感じ取る奇妙な違和感。
この少年に秘められた力なのだろうか。
それに、この少年の顔を見ていると、何故か懐かしさを覚える。
一度も会った事もない筈なのに、自分の知らない何処かで会った事があるような感覚。
心と記憶は忘れていても、その手と身体から直接感じる彼の温もりがなのはの奥底に眠る何かに訴えていた。
―――いや、考えるのは止そう。現状では分からない事があまりにも多すぎる。
ともかく彼が目覚めて、話をしよう。まずはそれからだ。
そうすればきっと、この違和感の正体が掴めるかもしれない。
一旦深呼吸をし、なのはは上を見上げ広大な空を仰いだ。
―――恐らく、この少年との出会いが自分の今後の運命を大きく左右するだろう。
何故そう思えるのかわからない。だが、必然なのか偶然なのかすらもわからない奇妙な巡り会いが、ある種の証明とも思えた。
それは気が遠くなるほどの量の星を一つだけ手繰り寄せ、引き当てたような邂逅。
―――――そう、新たな運命の幕開けだった。
最終更新:2008年09月06日 20:03