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悠久幻想曲ネタ-01


「――スター、マスター。起きてくださいよぅ」
「む、ぅ」
 身体を揺さぶられる感覚に意識がゆっくり覚醒していく。一度寝てしまうと気にならない節々の痛みが目覚めと共に蘇る。古ぼけたベッドの立てるギシギシという耳障りな音に顔をしかめながらシンは上体を
起こした。
「マスター起きるの遅いのですよ! それと朝はもっとシャキーンとしてくださいシャキーンと!」
「……お前か」
 シンは目元をこすりながら眼を下に向ける。ベッドに腰をかけてなお視線を下げねばならない小柄な少
女がそこにいた。
 金髪碧眼の整った顔立ち、水着の思わせるアンダーウェアやニーソックスの上に青や白の鎧のような分
厚いプロテクターに身を包んでいる。さらに背中には大きな赤い羽根まで付いている。見た目だけで言え
ば十代半ばといったところだが、背丈はシンの腰より少し上までしかなく、少女というよりも人形のよう
な印象の風貌だった。
「む~、私は『お前』じゃないです! ちゃんとデスティニーっていう名前が……」
 はいはい、と生返事をしながらシンはベッドから立ち上がる。窓に眼を向けて陽の高さから大体の時間
を計り、寝巻きを脱ぎ捨てて着替え始める。
「ん? どうしたんだお前」
 シンが着替え終わって振り返ると、デスティニーは正座したまま後ろを向いていた。
「ききききっきき着替えるときには前もって言ってもらわないと困るというかなんというかそのいろいろ
驚いて反応できないというか……」
 ごにょごにょと言葉を重ねていくごとに声量が尻すぼみになっていく。相変わらず変な奴だ、と思いな
がら下の階に続く梯子を降りていく。
「いくら元が元でも一応これでも精神構造は女の子なので男の人のは、はだ、裸を直視するのはさすがに
気恥ずかしいかなーっていうかそもそもそれはひょっとして今夜はおkなサインなのか私単なるエアーな
扱いなのか非常に判断に困るんでそこの説明をお願いしたいなーなんて……いえ別にマスターがお望みと
あらばこの身この心この命、全身全霊をもってお尽くしするつもりなのですがいえ別に違うんですよ? 
そう命じて欲しいなんてそんな厚かましいこと願える身分じゃないのは分かってますしでもでもそれでも
少しは振り向いてほしいなーっていつの間にマスターが消失な事態に!? マスター!? どこにいるん
ですかマスt」
 バタン、と梯子と一緒に屋根裏の入り口である扉を閉める。
「……行くか」
 未だぼんやりとした目を擦りながらシンは居間へと移動した。


「あ、シンさん。おはようっス!」
 ん、と微妙に返事になっていない返事を返しつつシンは食卓の席に座る。
「昨日はずいぶん遅くまで帰ってこなかったっスけど、ちゃんと疲れ取れてるっスか?」
 食卓の上に立った犬のような生き物がシンを気遣うように語りかけていた。


 亜麻色の毛並みに蒼い瞳、同じく蒼いスカーフを首に巻いて両手に大きな白いグローブをつけた姿はい
かにもマスコットなイメージが強く、その手のものが好きな人間なら思わず抱きついてしまいたくなるよ
うな愛嬌があった。
 まぁ当の声をかけられたシンはそんな趣味はなく――そもそも相手はファンシーな外見をしたオスであ
る――、あくまで気だるげに言葉を返すだけであったが。
「ボチボチって感じだ……悪いテディ、コーヒーくれ」
「うぃっス」
 とてとてと食卓を走り回るテディの姿を見やってからシンは窓の外に目線を移す。
(青い空に白い雲、どこの世界だろうと空は空なんだな)
 そんなノスタルジックな考えにシンは小さく笑みを浮かべ、しかしその空の下に広がる街並みを見て軽
く落胆する。
 ――エンフィールド、緑と青の自然色に囲まれた白亜の建物が建ち並ぶ街。
 北に森、南に湖、東西を山で囲まれた中規模の自治都市である。
 ガス灯が夜道を照らし、各家庭には水道が通っており、移動手段が馬車や船が主であったりと『シンの
知る世界』とはかなり技術に格差がある。だがその反面一部とはいえ電算機が実用化されているなど妙に
技術が発達しているところも存在する。
 シン・アスカがこの世界にやってきたのは一ヶ月ほど前の話だ。シン自身は前後の記憶が曖昧ではある
のだが、どうも月面での決戦の折に何かの拍子でここに飛ばされたらしいということが分かった。何が原
因なのかは記憶が頼りにならないので皆目見当もつかないのだが、分かることはいつ元の世界に戻れるか
が分からない以上しばらくここで暮らすしかないということだった。行く当てもなく彷徨い、行き倒れて
いたところを何でも屋『ジョートショップ』の店長に拾われて衣食住まで世話になっている。もちろんそ
の恩義に甘えるだけでは申し訳ないと考え、今ではこの店の臨時店員となってこの街で暮らしている。
 そんな中で、シンの常識とは大きく掛け離れた技術がここでは当たり前のようにあった。
 『魔法』、そんな荒唐無稽なものがこの世界ではかなりの割合で生活に密着した存在として普遍的に存在
している。具体的に上げれば物理エネルギーを操作するもの、霊的な働きを司るもの、自身ではなく外部
の『精霊』の力を使うもの、物質組成の組み換えを行えるもの、この四つが現代魔法と総称されている。
ちなみに今し方キッチンまでコーヒーを入れに行った不思議生物テディも魔法生物である。
 中には古代魔法という今も研究が行われているものも存在するのだが……
「マァスタァァァァァァァァァァァァ!!」
 ギュンッ! と窓から大声を上げて赤い羽根の生えた少女が飛び込んできた。
「あれ? お前何でそんなとこから入ってきてるんだ?」
「何で!? 何でって聞きますか!? 私を置いて屋根裏の入り口閉めたのはマスターですよ!?」
 え? と声を上げてシンはついさっきの出来事を思い出す。デスティニーが起こしにきたことは覚えて
いる。そして着替えて一階に降りた後、屋根裏の入り口を閉じた。
 自分の記憶に間違いがないことを確かめて、シンは口を開く。
「お前一緒に降りてこなかったっけ?」
「わーい予想通りでも全然嬉しくない。降りてたら窓から窓に飛ぶなんてめんどくさい方法でここまで来
ません! それとちゃんと名前で呼んでくださいって何度も言ってるです!」
 そんなこと言われてもな、とシンは胸中で呟く。


 ……この少女、デスティニーはシンの世界で『ZGMF-X42S デスティニー』という名称のMSだった。この
ような姿になったのは話が長くなるので詳細は割愛するが、『とある魔法バカが中途半端に発動させた古代
魔法の召還を経て何をどう間違ったのかこんな形で現われた』というのが原因である。
「名前で呼べって言うけどさ、俺の中じゃデスティニーっていうのはMSであってお前みたいなチンチクリ
ンじゃないんだよ。考えてもみろ、例えば自分が乗ってた車とかバイクとかがある日突然スーパーデフォ
ルメされて『私あなたの乗ってた乗り物なんです』とか言われても同じように見ることなんてできないだ
ろ? よって俺はお前をデスティニーと呼ぶのに抵抗がある限りそう呼ぶことはできない」
「む~! だったら別の呼び方で呼んでください! 『お前』じゃ味気なさ過ぎます!」
 ふむ、とタイミングよく運ばれてきたコーヒーを啜りながらシンは一考する。
「デスティニーさんおはようっス」
「テディちゃんも何とか言ってください!」
 と何故かテディにまで飛び火して騒ぎ立てるデスティニーを眺めつつシンはペンを手に取る。辺りを見
渡して適当な紙を見つけ、それにサラサラとペンを走らせる。
「ま、マスター? ひょっとして真剣に考えてくれてるんですか!?」
「そんなとこだ。少し待ってろ」
シンの様子に気付いたデスティニーはそわそわしつつペンが止まるのを待っている。時折テディに
「私の名前考えてくれてるんですよ」と受かれながらペシペシと頭を叩いていた。
「……こんなとこか。よし、好きなの選べ」
 待ってましたと言わんばかりにシンが突き出した紙の前に飛んでいき、
 ――直後にすべての動きを止めた。
「この四つの中から選んでくれ」
 ちなみに名前の候補は以下の通りである。
1.プラスパワー、ガッタ○ダー
2.完成、クライマ○クスフォーム
3.グレートマ○トガイン・パーフェクトモード
4.最凶合神! アルティメットグラヴ○オン
「……デスティニーさん」
 心底気の毒そうな声音でテディが呼びかける。だが呼びかけられた当の本人は何の反応も見せずただ宙
に浮いたままだった。
「個人的には2か4がオススメなんだが」
 とシンがフォロー――のつもりだった――すると、ピクリと指先が震える。
「マスターの……」
 デスティニーの身体が震える。それが紛れもない憤怒の現われだということに気付いて、シンは慌てて
弁明しようとするが、
「マスターのバカァァァァァァァァァ!!」
 何かを取り繕う前にゼロ距離ドロップキックがシンの顔面に突き刺さった。
「ぶぐはっ!? 痛ぇ! いきなり何すんだよ!?」
「何すんだはこっちの台詞です! 何ですか何ですか何なんですかこのパクリ全開な名前は!?」
「三回も繰り返すな! パッと頭に浮かんだもんを適当に書いただけだ!」


「酷いっ!? 真剣に考えてくれてたと思ったのに!」
 ぎゃあぎゃあと言い争うシンとデスティニーを沈めようとテディは間に割って入ろうとするがそれは叶
わない。致命的な身長差とあまりの気迫に引き気味になってしまい二人に声が届かないのだ。
「――あらあら、朝から賑やかね」
 怯えるテディの耳に救いの声が届いた。
 今まで外で掃除をしていたのだろうか、手にホウキとちりとりを提げながらこの『ジョートショップ』の店長であるアリサ・アスティアはおっとりとした物腰で居間にやってきた。
「ご主人様! またシンさんたちが喧嘩してるっス!」
「大丈夫じゃないかしら。いつも通りの口喧嘩みたいだし」
 涙目になりながら訴えるテディだったが、アリサは変わらず穏やかな表情でシンとデスティニーのこと
を見つめている。だがその目の焦点はわずかながら揺れていた。
「こういう日常もいいものよ。私にはあまり見えないけれど、耳でこの雰囲気を楽しむことが出来るわ」
 アリサは生まれつき目が悪い。さらに夫が亡くなってからは遺されたこの店から出ることはほとんどな
かった。テディという献身的なパートナーがいるものの、その暮らしは変化の乏しい静かなものだった。
「ご主人様……」
 そんなアリサをずっと傍で見てきたテディだからこそ、今のアリサが本当に嬉しいのだということが分
かった。
「あぁクソ面倒だ! もうデス子でいいな!? デス子にする! デス子に決めたぞたった今!!」
「なっ、そんな考えて三秒な名前が定着するですか!? 断固として抗議するです!」
「なめんな! 考えて1ミリ秒も経ってない……どわっ!? 危ないだろ目を狙うな目を!」
 そんな一人と一匹のやり取りを気に留める余裕もなく、シンとデスティニーの争いはさらにヒートアッ
プしていく。さすがにこれ以上の発展は危ういと思ったのか、アリサは苦笑しながら声をかける。
「おはよう、シンクンにデスティニーちゃん。朝食はいるかしら?」
「ぬぁっ、おはようございますアリサさん! いえ今日は外で済ましてきますっとおわっ! 何か必要な
ものがあるなら買ってきますよっ!」
 全弾顔面狙いのデスティニーの拳の弾幕をしのぎながらシンは言葉を返す。何気に躊躇なく目や人中な
どの急所を狙うダーティーな戦い方だった。
「じゃあ帰り際に牛乳を買ってきてくれないかしら。たしかもうあと一本しかなかったはずだから」
「了、解っ! じゃあなデス子! 遅れたら朝飯は抜きだ!」
「あ、待ってくださいマスター! あ~さ~ご~は~ん~!」
 弾丸のように店を飛び出していった二人を笑顔で見送り、アリサはテディの方を向く。
「それじゃあ私たちも朝食にしましょうか」
「ういっス!」
 ……いつも通りのにぎやかな朝、エンフィールドの朝は平和だった。


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最終更新:2008年07月04日 03:38
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