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悠久幻想曲ネタ-02


 ――カランカラン

「こんちわー」
「ごはんっ!」
 ……デス子少しは自重しろ、と突っ込みたい気持ちを何とか押さえ込んでシンは店の中へと入っていく。
 エンフィールドの中央、セントラルロットはさくら通りの入り口に構えられた大衆食堂兼酒場兼宿屋である『さくら
亭』。手ごろな値段と家庭的な味、そして『看板娘』目当てでこの店に立ち寄る客は後を絶たない。シンもまたそ
の一人……ではあるのだが、彼の場合は他の客とは違う理由でここを訪れることが多い。
「いらっしゃいませー……って、なんだシンか」
 カウンターから営業スマイルを振りまいていたボーイッシュな外見の少女――パティ・ソールはシンの方を向く
と一転して呆れたような表情へと変わった。
「なんだってのはないだろ。それが客に対する態度か?」
 シンは「ごっはっん! ごっはっん!」と連呼するデスティニーをうざったそうに手で振り払いつつ、カウンター
席に腰をかける。
「お客さんにはちゃんと敬意を払って接してるわよ。まかないや残飯目当ての誰かさんと違ってね」
 ぐ、とシンは息を詰まらせる。この世界に来て早一ヶ月、シン自身のみならずデス子ことデスティニーという厄介
な消費専門役の存在によって火の車にさらなる油を投入されたジョートショップの家計の負担を何とか軽減させ
るため定期的にさくら亭に行くことが通例となっていた。もちろんシンの懐事情は万年氷河期なので料理を注文
するのではなく余り物やまかないを要求するのがいつものことだったが。
 しかし、
「……確かに今まではそうだった。タダ飯食らいと言われるのならそれも認める。だけど今日は違う!」
 バン! とカウンターを叩いてシンは声を張り上げる。
「俺は! 今日! この店で定食を注文するッ!!」
「「「な、なんだってー!?」」」
 半ば名物と化しているシンとパティのやり取りに聞き耳を立てていた常連客から驚愕の声が上がった。その言
葉をぶつけられたパティは「今さら何を当たり前のことを言ってるんだか」と言いたげな様子だったが。
「――今さら何を当たり前のことを言ってるんだ? 馬鹿じゃないのか? それが普通だ普通」
 む、とシンは声がした方に目を向けてわずかに息を呑む。二つほど離れたカウンター席に呆れたように緑の髪
をかき上げている女性が座っていた。その背後で「ごはん~」と呻きながら飛んでいく何かもあったが
「あれ、エル? 店はもう開いてるんじゃないのか?」
「マーシャルが臨時休業にしたんだよ。なんか修行だなんだとか騒いでたけど」
 彼女――エル・ルイスは普段はさくら亭の二軒隣に位置する『マーシャル武器店』で働いている。こちらはさくら
亭とは異なり、店主であるマーシャルのいい加減な性格に加えて極端なまでの変人っぷりから年中閑古鳥が鳴
いている店なのだが、そんな状態にも関わらず店長は放漫な経営を続けているというある意味で奇跡のような店
である。
「おかげで朝から暇でさ……パティ、おかわり」
「はーい」
 空になったコーヒーカップを渡したその手で再度髪がかき上げられる。そこから覗く長い耳は彼女が人間では
ないことを象徴していた。
 ――エルフ。人間よりも遥かに高い魔法の素養を持ち、人間よりも遥かに寿命が長い亜人の種族。
 この街では数こそ多くはないが、その存在は当たり前のものとして認知されている。未だに見慣れないシンにとっ
ては会うたびに胸中で動揺を押さえ込まなければならないような相手だったが。
「だらけてるな」
「お互い様だろ。というかそっちはいつだってだらけてるだろうに。あまり一緒にしてほしくないね」
 再びシンは言葉を詰まらせた。エルは誰が相手であろうと歯に衣着せぬ物言いで接するために非常に相手が
し辛い。それでも出会った頃に比べれば随分マシになったほうだが。



「あぁそうそう、お前のナイフの研磨は終わってるから後で引き取りに来てくれ」
 そう言ってエルは席を立つ。シンは返事を返す暇もなくその背中を見送った。
「……なんつーか、相変わらずだなエルの奴」
「そんなもんでしょ。で、いい加減注文したら?」
 パティの言葉に当初の目的を思い出したシンは突然地の底から湧き上がってくるような声でうっすらと笑い始めた。
「ふ、ふふふ……そうだったな。そういえば朝飯を食いに来たんだった」
 その異様な気配を察してか、カウンターに近いテーブルの人間の視線がシンに集まる。
「長かった……いや永かった! 水しか飲まない日もあった。鉛筆の端をかじりながら飢えをしのいだ日もあった。
一週間ずっと『パンの水スープ』しか飲まない日々を送りながら節約を続けてきた!」
 そんな節約を続けていながらルクス通りの高級レストラン、『ラ・ルナ』ではなく値段が安いさくら亭を選んだとい
う事実にうっ、と何人か涙をこらえるような仕草を見せた。言葉をぶつけられているパティは「いつまで続くのよこ
れ……」と呻いていたが。
「それもすべては今日のためのこと! 今となっては栄光の日々! さぁパティ、今すぐこのお客様にメニューを
寄こしやがぎゃあああああああああ!?」
 突然上がった絶叫に今度は食堂にいたすべての人間の視線がシンに集まる。
 その腕には、デスティニーが噛み付いてぶら下がっていた。
「いっ、いだっ、何すんだよデス子っ!?」
「マスター、私は、おなかが、空きました」
 デスティニーはくぐもった声で一語一語を文字通り噛み締めながら呟く。理性の光が失った瞳を目にしてシン
を含めたほとんどの者が背筋を凍らせる。
 ――鬼神だ、食卓の鬼神が降臨した。
 かつてまかないや余り物ばかりとはいえ、テーブル一杯に並べられた料理を四半刻もせずに平らげた豪傑。さ
らにその後で「もうないんですかぁ……?」と寂しげに呟いて周囲の人間の度肝を抜いた伝説は記憶に新しい。
「わ、わかった! わかったからとにかく離れろっ! 注文できないぞ!?」
 デスティニーは噛み付いたまま「う~……」と唸っていたが、渋々ながらシンの腕を解放した。
「……漫才は終わった?」
「こんな身体張った漫才頼まれてもするかっ!」
 そう言いながらシンはひったくるようにメニューを受け取って中身に目を通す。やっと朝食にありつけると騒ぎ立
てるデスティニーを意識の外に追いやりつつ吟味し、メニューを閉じた。
「決まったわね、早く注文しなさいよ。後がつかえてるんだから」
 覚悟を決めた顔で頷き、シンは高らかに声を張り上げる。
「一番安い定食を一人前! あ、そこのちんまいのには余り物でも……」
「フタエノキワミッ!」
「アッー!」
 再び食の鬼神と化したデスティニーの小さな拳がシンのこめかみに突き刺さった。


「――虚しい。美味いのに何か虚しい」
 遅めの朝食をいそいそとつまみながらシンはそこそこ値は張るが量は多い定食の『三人前』の値段が記された
伝票を睨みつける。彼の苦難の日々がもたらした恩恵はわずか数十分で消えてしまった。ちなみにあっという間
に二人前を食べ終えたデスティニーは結局余り物に手を出していた。
「作った方にはなんか複雑な感想ね……お皿下げるわよ」
 うぃ、と力なく答えながら食堂の底に沈殿するような重いため息を吐き、シンは食堂を見渡す。この一ヶ月で見
知った顔もあれば、初めて見る顔もある。朝っぱらから酒を飲んで騒いでるような者もいれば一人黙々と食事を
続ける者もいる。酒場という性質も兼ね備えたこのさくら亭は街中の様々な人間が集まることが多く、ある意味で
このエンフィールドという街の縮図と言っていいのかもしれない。もっとも高級住宅地であるウェストロットに住む
人間がここに訪れるようなことはほとんどないのだが。



「……ん?」
 そんな人波の中、時折姿を見せる小柄なウェイトレスに目が留まった。
 ――シンの腰ほどまでしかない身長、全身に青や白の鎧のようなものを身に纏い、背中には半ばで折りたたま
れた赤いラインの入った黒い翼がある。その上からエプロンを着ているのだから目立って仕方がない。
「んぅ?」
 わたわたとテーブルと椅子の間を縫うように走り回りながら空いた皿をトレイに乗せ続ける。追加オーダーの声
に涙声で「ちょ、ちょっと待ってくださぁ~い!」と叫びながら厨房の奥へと駆け込んでいった。
「まさか……デス子、あれ見たか!?」
「ふが?」
 固焼きパンにかぶりつきながら振り向いたデスティニーから一切の期待を捨て、シンは厨房から出てきた小柄
な人影に再び目を向ける。料理を乗せた大きなトレイを両手で抱えながらテーブルに向かっていった。
「あれって、やっぱり……」
 シンの頭の中に類似する姿のMSが浮かぶ。デスティニーの前に彼が乗っていた機体。テストパイロットだった
頃から慣れ親しんだ愛機とも呼べる存在。
「いやでも、なぁ?」
 誰にともなく問いかけながらシンは頭を抱える。ただでさえ厄介なのが一人すぐ傍で猛威を振るっているのだ
から声をかけ辛い。ここで働いているのだからパティから話を聞ければ一番早いのだが、さっきから厨房に引きこ
もっているのでそれも叶わない。
 自分から声をかけるしかないか、と考えたところで喧騒に紛れて声が聞こえてきた。
「や、やめてください……」
「いいじゃんか。酌くらいしてくれよ」
 声を辿っていくと、店の奥で例の少女が酒を飲んでいた男に腕を掴まれていた。テーブルには三人の男、全
員が顔を真っ赤にしながらヘラヘラと笑っている。
「おいおい……」
 マズイな、と内心焦りながらシンは厨房に目を向ける。こういった店の中でのトラブルはパティかさくら亭の店主
が治めることが暗黙のルールである。以前シンが似たような件で仲裁に入って酔っ払いを追い出したところ、後
でパティから散々怒鳴られたのだ。以降こういったことに首を突っ込むことはなくなったのだが……
「仕方ないか」
 未だに幸せそうな表情で食事を続けるデスティニーを一瞥して二度目のため息を吐き、シンは席から立ち上がった。
「むぐ? マスターどうしたですか?」
「ちょっとそこまで、余計な世話を焼いてくる」
 頭の上に?マークを浮かべるデスティニーに「いいから食ってろ」と告げてシンは店の奥へと歩き出す。人が多
いせいでなかなか前に進めない。
「一杯だけでいいからさぁ、な?」
「あの、わたし……ほ、他のお客さんもいますから」
 きっぱりと断ることが出来ない性格なのか、目に怯えを浮かべながら少女は男の腕を振り払えずにいた。
(やっぱり、同一視はできないよなぁ)
 シンは会話に耳を傾けつつ人を掻き分けながら進む。あともう少しで辿り着くというところで、
 ――その変化は始まった。
 少女の瞳に光が宿った瞬間、背中の翼が二本の剣がマウントされたバックパックに変化した。次いで全身の青
い鎧が赤へと変色し、先程までの頼りない目が釣りあがった。
「離せって言ってるだろ、この酔っ払いが!」
 荒々しい口調とともに少女は男の腕を捻り上げた。叫び声をあげながら男は腕を放し、自由になった手で少女
は背中から身の丈ほどの――少女にとっての、だが――剣を引き抜いて三人の酔っ払いに突きつけた。



「さっきから好き勝手なことばかりアタシに言いやがって! アタシは奴隷じゃないんだよ! 飲みたいなら自分
で勝手に注ぎな! まとめて三枚におろし殺されたいかぁ!?」
 男たちは小さく悲鳴を上げながら痙攣したように頭を縦に振る。それを目にした少女はフンと鼻を鳴らしながら、
今度は周りに目を向けた。店内は静まり返り、全員の視線が少女に集中していた。ジロリと少女が睨みつけると
止まった時間が動き出したように店の喧騒が蘇った。
「ったく、フォースもフォースだよ。ああいう手合いはキッパリ断ればいいのに」
 ブツブツと文句を言いながら少女は剣を納めた。最後に酔っ払いたちに一瞥をくれてテーブルから離れていく。
(――なんなんだいったい?)
 電光石火のごとき展開に軽く置いてけぼりをくらいながら、なんとなくここまで来て元の席に戻るのも躊躇われ
たのでシンは少女に声をかけた。
「え~とあの、店員さん?」
「あぁ?」
 及び腰な呼びかけに少女は敵意すら感じる声で振り返ったが、直後に面食らった顔に変化した。
「あ、アンタは……元マスター!?」
 その反応に軽く困惑しながらシンはやっぱりか、と小さく嘆息した。
「元、ってことは俺の想像した通りでいいみたいだな」
 少女――ソードインパルスはどこか気恥ずかしそうに目線を逸らしながらその言葉に頷いた。
「いずれ会いに行くつもりだったけど、こんなに早く会うことになるとはね」
 それは自分にとって幸運なのか不幸なのか、という疑問が浮かんだがそれをキッパリと打ち消してシンは会話
を続けることにした。
「何から話せばいいのかいまいち分からないんだが……なんでここに?」
「ん? 行き倒れていたとこをここの親父さんに拾われた。で、今は恩返しがてらここで働いてる」
 どこかで聞いたような話だなぁと心の中で乾いた笑いを浮かべながらシンはさらに質問を重ねる。
「いつからここに来たんだ? あ、この世界でって意味で」
「二週間くらい前かな、確か。ここで働くようになったのはつい最近だけど」
 二週間前、となるとデスティニーが現れた頃と重なる。やはり例の召還魔法と関係があるようだった。
「まぁ立ち話もなんだし、どっかに座ってから続けたほうがいいんじゃないか?」
「ん、そうだな。パティにどやされかねないしデス子もいることだしカウンターに行くか」
「……デス子?」
 あれ、とシンが指差した先にはすべての料理を完食して一息ついているデスティニーがいた。
「――へぇ」
 ソードの声の調子が変わる。嫌な悪寒がシンの背筋を走ったときには鋭い視線が突きつけられていた。
「悪いね、申し訳ないけどやっぱり今は忙しいしやっぱり後日にしよっか」
「な、なんで突然不機嫌になってるんだ? 俺なんか気に障ること言ったか?」
「うるさいっ! 今は忙しいって言ってんだろ!? 早く行かないと三枚に……」
 と叫びかけたところでソードの目にまたしても光が宿った。背中の剣が消えて一対の巨大なビーム砲が出現し、
鎧は黒に緑のラインが入ったものへと変わる。そして鋭い視線はなりを潜め、どこか冷めたような目になった。
「……すまない、元マスター。ソードが迷惑をかけた。彼女もまた私自身とはいえ代わりに謝罪する」
 深々と頭を下げる少女に目を白黒させながら、シンは確認するように問いかける。
「ブラスト、なのか?」
「ご覧のとおりだ」
 と言いながらブラストは胸を張った。確かにインパルスは三種のシルエットを換装することで異なる性能を発揮
するMSではある。だがそれがこんな形で現れるとは、とシンは驚きを隠せなかった。
「ふむ、驚かせてしまったか。重ね重ね申し訳ない。ただソードが妹に嫉妬して元マスターに的外れな苛立ちを
ぶつけているのはさすがに見ていられないと判断して……」



 と説明している途中で色が赤へと戻った。
「なっ、バッ、何言ってんだよブラストっ!?」
「何を言っているも何も真実だろう? ソードは私でもあるのだから勘違いであるはずもない」
「そ、それは……ってだからってそれを今ここで言うのはおかしいだろ!?」
「ふむ、そうか。元マスター、どうもソードは素直になれない性分らしいのだがどうか寛大に接してやってほしい」
「だからなんでそんなにオープンすぎるんだよブラストはぁぁぁぁぁぁっ!?」
 コロコロと一人芝居のように色と口調を変えながら言い争いは続く。軽く頭痛を感じながらシンは一時撤退を提
案する本能に従うことにした。
「あ~……とりあえずデス子待たせるのもなんだし、今日のところは帰るわ」
 そこで二人――と言って良いのかどうか――は止まり、どこか残念そうな様子で平静を取り戻した。
「そうか、不本意だが元主に迷惑をかけるつもりはない。いつでも来てほしい」
「今度は一人で来いよ! 絶対一人で来いよ!?」
「えっと、あの、また来てください!」
 ブラスト、ソード、そして直接話す機会のなかったフォースから別れの言葉を受けてシンは背を向けて歩き出す。
(デス子だけじゃなくてインパルスも、か。武器店に寄る前に図書館に行ったほうがいいかもな)
 そんなことを考えながらカウンターまで戻ると、プラプラと足を揺らしながらデスティニーが口を尖らせていた。
「む~、どこに行ってたんですかマスター? いきなりいなくなるなんて酷いですよ~」
 この様子だとインパルスがいたことに気付いていないらしい。食卓の鬼神は食事中には他の事に気が回らなく
なるらしい。
「……お前は気楽でいいな」
 まだ朝だというのに疲れきった声音で呟き、シンは伝票の上に代金を置いて出口へと歩き出した。


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最終更新:2008年06月28日 00:28
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