どうにかシン(と、彼の愛機であるデスティニー)を探し出すべく、その次元を突き止めたなのは達探索部隊。
しかし、その捜索は遅々として進んでいなかった。まあ、次元が分かったとはいえ世界は広く、頼みの綱の電波の方も反応がない。
そんな状況でも、探す場所が分かったとなのは達は息巻き、日々捜索班はミッドチルダによく似たこの世界を右往左往させられている。
皆、それを苦とは思わない。仲間を探すためなのだから。
だが、一人だけ。心を痛めている少年がいた。
エリオ・モンディアル。今の彼には、誰にも言えない秘密がある。
「はぁ……」
エリオはその日、何度目か分からないため息をついた。手には、来る前にヴァイスから借りた漫画の単行本がある。
その中では、どう見ても学生とは思えない筋骨隆々とした男達が制服(多分、前全開きにしてたりやたら裾が長いけれどガクランなんだろう、と思っている)をまとい、
魔力があろうがなかろうが関係あるか、とでも言いたげな技を繰り出している。
『ら、雷○ー! なんで反撃しないんだ!』
『重いんだ……。○電にとっては命より、男と男の仁義の方が重いんだ……!』
機動六課には女性が多い。彼女達も尊敬できるエースや同僚、守りたい人たちであるとは分かっている。
しかし、年も若いせいかエリオは比較的子供と見られがちだ。まあ、この辺は自分が訓練中の一隊員だと言うのもあるのかも知れない。
だから、と言うわけではないが。今の彼には一人前の男、と言うものに強い憧れがあったりした。
そんな彼の胸中に、シンと交わした言葉が蘇る。
「頼む、俺を見つけたことを言わないでくれ。今は、みんなには会えない」
「どうしても、なんですか?」
「理由は必ず話す、だから」
このことを了承したとき、シンは言ったのだ。男と男の約束だ、と。
これが今読んでいる漫画と奇妙な化学反応を起こした結果、エリオは始めてフェイトにさえ言えない隠し事を抱えている。
実直な少年には、それがかなり辛い。
「エリオ君、ご飯食べたら探索の打ち合わせだって」
二度のノックの後、キャロの涼やかな声が聞こえてくる。彼女さえも騙しているこの状況が、胸に痛かった。
エリオは知っている。シンの居場所を、見つけるにはどうしたら良いかを。
しかし、それは絶対に皆に伝えない、と言う彼の信頼の元で手に入れたものでもある。
(男と男の約束って……。辛いものなんですね)
ずきりと走る胸の痛みをこらえながら、エリオは小さく答えて立ち上がった。
今日、約束の日が来る。
GUNDAM SEED DESTINY ―Double Cross―
第三話「星と雷鳴と剣と」(前編)
部屋の中に怪しい物音を聞いた気がして、相良宗介は目を覚ました。
敵か!?
すぐさま彼は枕元の9ミリ拳銃に手を伸ばした。10年近く愛用してきた、英国製のグロック19だ。
そのまま素早くベッドの下から這い出し、部屋の中からこだまする物音の主に向かって銃口を突きつけようとし。
逆に、鼻先に銀に輝くフライ返しを突きつけられた。
「宗介。頼むから銃を突きつけるのは止めてくれ。心臓に悪い」
私服姿にエプロン(ひまわりのアップリケ付き。やたら似合っている)をつけたシンが、フライ返しを突きつけながら抗議する。
「……すまん」
宗介は、素直に謝るしかなかった。
今日の朝食は、オムレツとトマトサラダにトースト、ミネラルウォーター。
シンが来てからと言うもの、食生活がやたら豪華になっている気がする。
この現状は、セーフ・ハウスにシンをつれてきたところ調理器具も何もない様子に憤慨し、通信機で上層部と渡り合った結果だそうだ。
(ちなみにその際、クルツとマオが二人がかりでテッサを説得。それによるねじ込みが起こっているのだが、
シンはその事実を知らない)
まあ、その結果いい食事にありつけるのならば、宗介もさほど文句はないので黙認している。
「……宗介、前にも言ってあったと思うけど」
「ああ、今日だったな。以前の配属先の面々との交渉は」
トーストを飲み込みながら言うシンに、宗介もサラダをつつきながら頷く。
三日前、シンがここに配属されたその日。何らかの理由でこちらに来ていた原隊の人間と接触した。
相手側としてはシンを連れ帰りたかったようなのだが、シンはそれを拒否。理由を説明するために通信機を渡している。
向こうの捜索の目が厳しいらしく、シンとしてもどうにか相手の目を欺ければ、と言うところらしい。
「何故、彼らを避ける?」
今まで聞いていなかった当たり前の問いを、ようやく向ける宗介。
この三日間で少しは、空気もこなれてきたところ。どうにか詰問口調にならないようにと、気を払った結果である。
「……あの部隊はな、人を殺さない部隊……。何ていうかな、戦災復興支援とか、象徴武力と言うか……」
「なるほど。いる事によって犯罪を抑制する部隊。自衛隊やPKOのようなものか」
一般常識に疎いくせに軍関係には強い宗介のためにどうにか言葉を選ぶシンに、うんうんとうなずく宗介。 彼なりの納得があったらしい。
「そういう連中だし、今の俺のこと言ったら……。多分、突っ込んでくる」
シンの言い分に、宗介もようやく納得が行った。
「そうだな。後方支援の人間が最前線に出る愚は、避けなくてはなるまい」
妙な方向では、あったにせよ。
「とにかく、武器は忘れるな。学校に出ている間は、こちらが支援することは不可能だ」
「分かってる。予備弾と通信機もだろ?」
「そうだ。近々任務で、マオがこっちに来るそうだ。お前も十分に気をつけろ」
念を押すようにそう告げて、宗介は学校へと出撃していった。写真の前で背筋を伸ばす彼を見て、思わず自分もやってしまったのは秘密である。
そして少し後、シンも部屋を出た。きっちりと施錠し、忘れ物がないかどうかを確かめる。
少しして、衣類の下にあるそれの重さに、眉をしかめた。嫌な重量ではあるが、慣れなくてはならない。
腰に9ミリ拳銃、その上にナイフ。予備弾装も二本。C・Eにいた頃は平気で持っていた武器たち。
それが、今日は嫌に重く感じた。
ミッドチルダもオーブも、この地球も。市街地と言うのはさほど変わり映えがない。
まあ、同じ人間が住んでいるわけだし、そこまで変な方向に歪んでいても困るのだが。街そのものに個性があってもいいのではないか、と思ってしまうシンである。
「シンさん、お待たせしました」
そんな亡羊とした意識が、ゆっくりと現実に帰還する。久しぶりに聞く声によって。
「俺だって、よく分かったな。エリオ」
「服を目印にしましたから」
二人はそう言いあいながら、小さく笑いあう。ちなみにエリオは機動六課の制服を、上だけ脱いでYシャツ姿になることでどうにか誤魔化している。
シンの方は、休日に着ているいつもの私服姿。いつもより少し、上着のサイズが大きいぐらい。
しかし、印象はだいぶ変わっている。宗介に渡された変装用カラーコンタクトをつけているため、シンを見分ける決め手の一つである赤い瞳は、今はこげ茶色になっていた。
特徴的なものを一つ潰してしまえば、後はどうにか誤魔化しが効く、とは宗介の弁だったか。
「このあたりの町並みって、ミッドチルダとそう変わらないんですね」
「そうだな。とりあえず落ち着けるところに行こう。長い話になるだろうし」
うなずいて、歩き出す二人。見知らぬ街ではあったものの、この三日間でどこに何があるか、程度は調べてある。
そんな状態だから、シンは見落としてしまった。
彼らを追いかげる、いくつかの人影を。
「それで、どういうことなんですか。シンさん?」
駅前の喫茶店に入り、飲み物を頼んで一息入れたところで尋ねてくるエリオ。シンは少しだけ迷ったような表情を見せた後。ゆっくりと話し始めた。
「なあ、エリオ。機動六課のみんなは好きか?」
「もちろんです」
「彼らを守るために、敵を殺せるか?」
最初の問いかけには即答したエリオだったが、次いだシンの質問に表情が固まる。続く沈黙を予想していたのか、シンは続ける。
「この世界には、魔法が存在しない。非殺傷設定なんて都合のいいものはないんだ。敵を止めるには、殺す覚悟をしなくちゃならない」
ここまで聞いて、エリオは表情を少し重くした。何とはなしに予測がついたのである。
シンが、何故自分達との接触を避けたのか。
どうして、見つかってしまった自分以外と、会おうともしないのか。
「ここは、そういう世界だ。ミッドチルダみたいに、本気で戦っても相手が死なないなんて事は存在しない。
それでも戦わなければ、大切なものを失ってしまう。奇麗事じゃ、何も守れない」
そんな奇麗事を信じていて欲しい存在に向かって、辛い現実を叩きつける。シンにとっては辛いことではあったが、手遅れになってからでは遅い。
沈黙を続けるエリオに、さらに言葉を続ける。
「今、デスティニーは修理中で、俺はこの世界を離れられない。仲間も、守りたいものも出来たし。
けど、エリオたちまでそれに付き合う必要はない。帰れる様になったら必ず連絡する。俺にだって、機動六課は大事な場所だから」
そこまで言って、シンは一息入れるようにコーヒーを飲む。視線をテーブルに落としながら、エリオはしばらく考え込んでいた。
自分がもし同じ状況に立ったら、どうだろうか? キャロやフェイトさんを、そんな泥沼のような戦いに巻き込めるだろうか。
戦いには、それぞれの人の思いが交錯する。死なない戦場であるミッドチルダでさえ、強い思いを持って戦う者達がいて、どこまでも強くなる。自分もその一人だ。
ならば、死ぬことによって遂げられなくなった思いの行き着く果ては……。
ぎゅっと唇をかみ締めて、エリオは顔を上げた。その両目に、決意をたたえて。
「……時々は、遊びに行ってもいいですか?」
シンの思いが伝わったからこその、選択。心の痛みなんて、誰かを失うことに比べたら耐えられる。
エリオの覚悟が見えたのか、シンはやわらかく笑った。
「ばれないようにな。俺の友達も紹介するよ。ちょっと変わった奴だけどな」
男二人はそう言いながら、肩の荷を降ろしたように笑いあった。
「魔法については気をつけろよ? この世界にはそんな技術存在しないんだから、下手に使うと……」
言いかけたシンの言葉が、頭上から降り注ぐ水によって沈黙に変わった。
ようやく背後に感じた気配に振り返ったシンの表情が、固まる。
「人が一生懸命探してるところで、何を身勝手言ってるのかしらねぇ?」
空っぽになったピッチャーを手に、仁王立ちするオレンジ髪の少女。その後ろにいる、二つの人影。
笑顔の背後に怒りをたたえ、ティアナ・ランスターはゆっくりとシンを見下ろしていた。
最終更新:2008年09月10日 09:35