――翌日、自分とプロデューサーは揃って社長に呼び出されていた。
「さて、どうして呼ばれたかは分かっているだろうね?」
「はい」
真剣な顔でプロデューサーは頷く。部下である自分は、ただ事の成り行きを見届けるしかなかった。
「なんとか最悪の事態は避けられたようだが、それでも問題は問題だ」
淡々と社長は告げる。例えここで意見することができたとしても何も言い出せなかっただろう。言い返せる余地
などまるでないのだから。
「分かっています。ですが……ひとつだけ言わせてください」
しかし。予想を違えてプロデューサーは進言した。
「ほう、何かね?」
「……たとえ俺がいなくなっても! 第二第三のプロデューサーがあなたの前に立ち塞がり、赤ブルマの導入を
試みるでしょう!」
――は?
「ふん、何人現れようとも変わらぬよ。まずは白スクの実装だ」
「ナンセンスですね。そんな極々少数しか得られないだろうマニアックな衣装なんて」
「まだまだ若い君には分からぬだろうさ。マイノリティをマジョリティに、それが一流のプロデュースというものだ」
「……やはり相容れることはできませんね」
「当然だ。新しい衣装の枠はひとつ、このままでは少し多すぎる」
「ク、ククククク」
「クックック……」
『カーッカッカッカッカ!』
「……あの、二人ともそろそろ止めにしないと。シン君、あまりの展開についていけてませんよ?」
「あ、そうなんだ。ツッコミ待ちだったのに」
「リアクションが望めないのなら仕方があるまいな」
――あれ? アレ? アルェー?
予想の遥か斜め上をかっ飛んだ展開に思考がようやく追いついた。いや追いついたところで理解などサッパリ
できなかったが。
「えーっと……確認したいんですけど、秋スペの件で呼ばれたんですよね?」
「ああ」
「そうだな」
「それで、赤ブルマや白スク?」
「夢だからね」
「ロマンだろう?」
……うん、とりあえずもう理解しようとするのは諦めよう。
「で、いい加減本題に入ってほしいのでありますが」
「君もつれないな。まぁいいだろう」
ウォッホン! と咳払いをしてから社長は真面目な口調で語り始めた。
「昨日はご苦労だった。これでさらに我が765プロは世間に認知されていくことになるだろう」
だが、と続く言葉に身を硬くする。
「今回の件、一歩間違えば取り返しのつかないことになるところだった。最悪の場合我々の面目は潰れ、彼女た
ちの夢も頓挫してしまうところだった。そのことは理解しているね?」
プロデューサーに続いて首を縦に振る。あのときは頭に浮かびもしなかったことだが、今考えると心底ぞっとする。
「然るべき処分を、と言いたいところだが……困ったことに今人手が減ってしまうと非常に困る。今回の結果も
鑑みて、二人とも一ヶ月間の減給というところで手を打ちたいと思っている」
――また減給か……
いやもう半ば慣れてしまった感はあるのだが。
薄給生活にも大分馴染んでしまった。ラーメン風そうめんとかパスタ風そうめんとか一点特化な感じで。
「そして如月君だが、しばらくはソロ活動のみに限定させる。昨日の今日でいくつかオファーが来ているが、今後
はそのことを踏まえた上でプロデュースを続けてほしい」
「分かりました」
予想していたものの中では軽い方でほっと胸を撫で下ろす。しかしなまじ秋スペで好評価を受けただけに、
ソロのみというのは千早にとっては大きな負担になってしまうかもしれない。
「おや、気になることでもあるのかね? アスカ君」
「え? あ、その……」
突然話を振られて言葉に詰まった。まさかこちらの様子まで見られているとは思わなかった。
「遠慮はいらない。今感じたことを言ってみたまえ」
「は、はい……その、秋スペの結果で新しく付いたファンとかの期待が大きくなってると思うんで、千早一人に
なるとキツくなってしまうんじゃないかって」
ほう、と社長の目が細まった。マズイ、素人意見すぎただろうか?
「なるほどな、その心配はもっともだ。だがそのことも踏まえて私と彼で調整をしていくつもりだ。如月君を潰して
しまうようなことだけは絶対に避けたい、それは我々も同じだからな」
その言葉を聞いてひとまずは安心する。社長もプロデューサーも、所属するアイドルたちのことを真摯に想って
いることは確かだ。先ほどのようにそれが変な方向に突っ走ってしまうことも多々あるが。
「さて、話は以上だ。アスカ君は今日はもう休んでくれて構わんよ」
「え? でも」
「シン君、休むことも仕事よ。明日から減ったお給料でいつも通りがんばらなきゃいけないんだから」
……小鳥さん、励ましてくれてるのかもしれないですけど逆に気が滅入ります。
「はぁ、分かりました。それじゃあ失礼します」
一礼して部屋を出る。とはいえ、急に休みができても困りものだ。事務所暮らしの自分には家でゆっくりという
こともできないし、減給宣言を受けたのでショッピングというのも気が引ける。
「どうするかな……ん?」
メールが来た。携帯を開いて送り主を確認する。
「え、千早?」
意外な名前に疑問符を浮かべながらもメールを開く。
文は短く、今日の夕方にいつかの公園で話がある、とだけ書かれていた。
「……なかなか有望そうじゃないか」
「ですね、秋スペのこともあって視野が広がった感じもしました」
「ふむ、これなら任せられるかもしれんな」
「ということは、やっぱり……?」
「うむ、今度行うライブのプロデュース、彼にやらせてみることも検討してみよう」
――夕方、メールに記された場所に足を運ぶと歌声が聞こえてきた。
聞き間違えるはずもない、千早の歌だ。
「……千早」
まるであのときの再現のようだった。
この場所も、この歌も、この黄昏の光景も、まるで時間が戻ったかのような錯覚すら感じる。
変わったところといえば、彼女の表情と空気だけだ。
以前はただ悲しい雰囲気に沈んでいた。だが今は穏やかな、しかしわずかながら憂いの篭った空気が流れて
いる。
やがて切りのいいところで歌声が止まり、千早はこちらに目を向けた。
「……来てくれたんですね」
「ああ」
どこか近寄りがたかった気配も消えたので数歩だけ歩み寄る。改めて見て感じたのだが、彼女自身も変わった
ような気がした。
全身に纏う気配というか、以前よりも話しやすくなった感じはする。
「それで、なんで俺をここに?」
ここに来るまでその理由を考えていたのだが、結局何も思い浮かばなかったのだ。千早は少しだけ俯き、すぐ
に顔を上げる。
「……聞いてほしい話があるんです」
そうぃて、彼女は歌うように語り始めた。
――昔、とある家族がいました。父と母、そして女の子と男の子の四人家族。その家族は普通の、どこにでもい
るありふれた家族でしたが、みんな幸せでした。みんなの笑顔があるだけで、みんな幸せになれました。
女の子は大切な弟のためにいつも歌を歌ってあげました。その女の子は歌はあまり上手ではなかったけど、
女の子の歌をよろこんで聴いてくれる弟のために、笑いながら拙い歌を歌ってあげました。
……でも、そんな幸せな家族がひとり、突然姿を消しました。
ある日、母と男の子は一緒に買い物に出かけました。そして信号の前で立ち止まった母の手を振り払って、
男の子は道に飛び出して……
父は母を激しく責めました。母はずっと泣きながら謝っていました。
そして……女の子はそのとき何も分からずに、ただ大切な人がいなくなってしまったことだけを理解しました。
女の子は……私は、その日たったひとりの兄弟と、幸せだった時間を同時になくしてしまったんです。
それは、彼女の両親が離婚をすることになった原因。
そして、千早がこの道へと進むことになった原点の話だった。
「私は、ずっと両親を心の中で責めてました。弟を守ってくれなかった母も、いつまでも母に辛く当たる父も……
でも、もうそんな気持ちはありません。あれはやはり、不幸な事故だったんです」
なにも言えなかった。言えるはずもなかった。
今でも家族のことを引きずっている自分には、彼女の姿はあまりにも眩しすぎた。
「話はこれで終わりです。マネージャーには話しておいた方がいいと思って……嫌な気分になったならすいません」
「……いや、ありがとう」
複雑な気持ちもあるが、千早がここまで自分のことを話してくれたことは素直に嬉しかった。
「ようやく自分の気持ちにも整理がつきました。こちらこそ、話を聞いてくれてありがとうございました」
「あぁいや……って、なんかお互いに礼を言い合ってるのも変だよな」
「そ、そうですね」
そして沈黙。
――……もっと気の利いたことを言えよ俺。
「あ~、え~っと……そうだ、歌を歌ってくれないか?」
「歌……?」
「そう、蒼い鳥。なんかまた聴きたくなってさ」
正確に言うと、聴かせたくなったのだ。自分と千早を救ってくれた相棒に。
「別にいいですけど……突然ですね」
「悪い、性分なんだ。あとさ、できればみんなみたいに普通に話してくれないか?」
「普通? 敬語を使うな、ということですか?」
「そう。千早は律子さんにもタメ口だし、一つしか違わないからさ……というか、敬語が苦手なんだ」
しばらく千早は考え込んでいたが、やがて少し照れたように顔を上げた。
「できる限り、がんばってみま……みるわ。もうずっとあの口調だったから時間はかかるかもしれないけど」
頼む、と両手を合わせた。いくら仕事のためとはいえ、年の近い相手に敬語を使われるのはずっと心苦しかっ
たのだ。もっともこんなことを頼むのも以前までは考えることもしなかっただろうが。
「それじゃあ歌うけど、蒼い鳥でいいの?」
「ああ、月まで届くのをひとつ」
千早は不思議そうな顔をしながらも、努力はしてみると言って目を閉じた。
……やすらかな旋律に身をゆだねながら空を見上げる。ちょうど真上に真円の月が浮かんでいた。
――また助けられたな、ありがとう。
心の中でそう呟いて、自分もまた目を伏せた。
「この変態! ド変態! エクストリーム変態! アンタには学習能力ってものがないわけ!?」
「またまた偶然っていうのは真実とはいえ芸がないですかねっ!?」
「芸としても人間としても最低の最悪よ、このバカーーー!!」
……秋スペから早5日、津波のように来たオファーや雑誌のインタビューから解放された事務所はすっかり
いつもの765プロに戻っていた。
あいかわらず春香は何もないところで転び、やよいは清掃員のおばちゃんの手伝いをして、亜美と真美は好き
勝手やっている。
そしてシンのラッキースケベもまた健在だった。主に伊織相手に。
「なんでまたこうなるかなぁ、最近はまったくなかったってのにさぁ!」
「死ぬほど働けばそんなことは起こらないってことでしょ!? 毎日死ぬまで働きなさいよ!」
「無茶言うなっ! っていうか無理言うなぁっ!」
懐かしさすら感じる光景を眺めながら、プロデューサーは溜息をついた。
「まったく、我ながらとてもじゃないが秋スペを成功させたプロダクションとは思えないなぁ」
「別にいいんじゃない? これはこれ、それはそれでさ」
「美希は気楽でいいよな……グラビアの仕事がまた増えたけど大丈夫か?」
「へーきだよ。ハニーのためならミキもっとがんばれるから」
あはは、と笑いながらどこかで春香が見てないか辺りを注意深く探してしまうプロデューサーもまた、いつも通り
だった。
「――おはようございます」
「あぁ、千早。おはよう」
「千早さん、おはようなの!」
「えぇ、おはよう美希」
そして、以前よりも少しだけ明るくなった千早も『いつものように』挨拶を返しながら出勤してきた。
「こらっ! 待ちなさいっ!」
「待ってられるかっ! って千早!? 千早もなんとか言ってくれっ!」
助けを求めるシンに、しかし千早は呆れた顔で言い放った。
「またシンが自分で蒔いた種でしょう? 私を頼られても正直困るわ」
「あっさりと切り捨てられた!? というかなんか俺の親友に似てきたような気がするんだが気のせいですか!?」
「もう誰もアンタの味方はいないわよ。さぁ! 観念しなさい!」
「うあああああああああ! 絶対生き延びてやる! 俺自身の運命を掴み取るためにもおおおおお!」
心なしか目に輝きがなくなったようにも見えるシンと伊織が熾烈な戦いを繰り広げる中、千早は巻き込まれない
場所まで移動してソファに腰をかけた。
「千早さん、マネージャーとちょっといいカンジになったかなって思ったけどそうでもないみたいだね」
「むしろ敬語を使わなくなったせいか前よりも冷たくなった気もするな……」
だけど、とプロデューサーは千早を見てわずかに微笑んだ。
「少しかもしれないけど、花は咲いたみたいだな」
遠巻きからシンと伊織を眺めていた千早は、その様子を見て屈託のない笑みを漏らしていた。
「おはよう諸君、今日も元気そうだね」
「あ、おはようございます社長」
「社長!? おわっ!? おはようございますっ!」
「うむ、仲良きことは美しきことかな。突然だが来月に事務所を移すことになった。そのつもりで頼むよ」
『……………………は?』
そして、今までの『いつも』は終わりを告げ、次のステージへの扉がいつの間にか叩かれていた。
最終更新:2008年09月22日 02:52