アットウィキロゴ

如月千早-10

 今までずっと探していた相手は、意外なほどに呆気なく見つかった。
 公園に入ってからすぐに辺りを見渡せる場所まで移動し、この場所で佇む千早を見つけたのだ。
 しかし、
 ――酷い。
 会場を飛び出しておよそ30分、たったそれだけの時間で目に見えて様子が変わっていた。
 生気がなく、視線は虚ろ。目尻には溜まった涙がこぼれ落ちそうになっている。
「来てくれたんですか」
 まるで他人事のような態度。ついさっきまで静かな活気を湛えていたアイドルと同一人物だとは思えないほどだった。
「携帯だけ残して勝手にいなくなったんだ、」
「……見たんですか?」
 何を、ということは分かりきっていた。
 開きっぱなしになった携帯に表示されたメール、長い文章の随所に書かれた謝罪と弁解の言葉、
 そして……『離婚』という文字。

 どう答えていいのか分からず黙り込んでしまい、結局その態度が答えとなってしまった。
「昔は、仲が良かったんです」
 目を伏せながら千早は語りだす。誰にというわけでもなく、自分自身にも言い聞かせているような口調だった。
「父も母も、私も『あの子』も、けして裕福ではなかったけどみんな笑っていて……」
 何かを思い出したのか千早の口元に小さな笑みが浮かんだ。しかし、今はそれすらも痛々しく感じてしまう。
「それがあの日を境に壊れてしまって、それからずっと……期待なんてしていなかったのに、こうなることは分かっ
ていたじゃずなのに、なんでこんなショック……」
 もう、見ていられなかった。このままでは自分で自分を傷つけていくだけになってしまう。
「千早、とにかく戻ろう。美希もプロデューサーも心配してる」
 できるだけ優しく言ったつもりだったが、千早は首を横に振った。
「もう戻れません。私は自分で自分の居場所をなくしてしまったんです。今さら顔向けなんて、できるはずが……」
「本当にそう思ってるのか?」
「え?」
 ゆっくりと歩み寄り、携帯を差し出す。千早は呆然としながらこちらを見つめていたが、やがておずおずと携帯
を手に取った。
「繋がって……?」
 画面の『通話中』の文字を見て戸惑っている千早に、電話に出るよう促す。
「……もしもし?」
『え? あ、ウソッ!? も、もしもし千早ちゃん!?』
「春香?」
 ……近くにいるとはいえ、声がこっちにまで聞こえてきた。
 千早の携帯に電話がかかってきたのは公園に入ってすぐだった。出ていいものか悩んだ末に思い切って出て
みたのだが、

 ――なんでアンタが出てんのよ、このバカ!

 と怒鳴られて二重の意味で驚かされた。
 それからずっと携帯は繋いだまま、千早の元へと向かったのだった。



『えっと、その、あぁもう何を言ったらいいんだろ私……』
「お、落ち着いて春香」
『う、うん。分かった。すーはー、すーはー、ってあぁ伊織っ!?』
『なに呑気に深呼吸してるのよ!? こんなときまで抜けてるんじゃないわよ!』
 今度は伊織の声が聞こえてきた。そういえば今日はみんなオフだったかと今さらながら思い出す。
『千早聞こえてる!? 何やってんのよ! 本番直前ですっぽかすなんてアイドルの風上にも置けないわ!』
「伊織……」
『いい? 悔しいけど私は千早の歌は認めてたのよ、この私がよ!? 理由があったにしても許せないわよこんな
こと!』
 さすがにこの言い分はどうかとは思ったが、千早を見ると先ほどよりも少し顔色はよくなったようだ。
 ――毒も強すぎれば薬になるんだっけか? いや何か違う気もするけど。

『む~、いおりんばっかズルイよ~!』
『そーだそーだー!』
『って、近づきすぎよアンタたち!』
『千早お姉ちゃん聞こえてる~?』
『だいじょぶ? 凹んでない? いつものムスっとしてて優しい千早お姉ちゃんに戻ってよ~』
「亜美、真美……」
 今度は双子まで乱入してきた。すでに収集がつかないレベルになりつつある予感がしたが、とりあえずまだ
様子を見ることにする。
『いい加減に離れなさ……ひゃあっ!?』
『はわっ!? 携帯が飛んできましたっ!?』
「その声、やよい?」
『あっ、はい! その、千早さん、元気出してください! 私もみんなも千早さんの歌が大好きですから!』
『そうそう! ボクたちが応援してるから!』
『あの、その……が、ガンバです! ファイトです!』
 携帯が次々に回されているのか、真に雪歩の声まで聞こえてきた。

『待ちなさいよ! まだ言いたいことがあるんだから!』
『そ、そうですよぉ! 私だってまだ何も言ってな……ひゃあっ!?』
 どんがらがっしゃーん! という音に千早が驚いて目を見開いた。どうやらまた春香が転んだらしい。
『はいはい、みんな落ち着きなさい! まったく……千早、私』
「律子……」
『いろいろ言いたいことはあるけど、ひとまず無事で何よりだわ』
 少しだけ意外だった。伊織ほどとは言わないが、それでも怒り心頭だと思っていたのに。
『これからどうするのかは分からないけど、ちゃんとこっちに帰ってきなさいよ』
「でも、私は」
『いいから戻ってきなさい! 事務所の仲間にこんなに心配させたんだから、面と向かって文句の一つくらいは
言わせなさいよ』
 ――仲間。
 その言葉を聞いた瞬間、千早の身体がわずかに震えた。
『――もしもし? 千早ちゃん?』
「あずさ、さん……」
 戸惑い混じりの声だった。それもそうだろう、自分を除けば千早の事情に触れた唯一の人なのだから。
『もう言いたいことはみんなにほとんど言われてしまったけど、』
 そこで言葉が一瞬途切れ、そして告げられる。
『――まだ、歌を歌える?』
 千早の顔を見た。
 そこには先ほどまであった陰りはなく、目には輝きが戻り、
「はい……!」
 力強く、彼女は頷いた。
『……うん、もう大丈夫みたいね。それじゃあみんな、最後に千早ちゃんに言いたいことはあるかしら?』
『はいっ! はいっ! はーいっ!』
『ちょっと! 春香は下がってなさいよ!』
『亜美たちもまだ話したーい!』
 ――おいおい。
『あらあら、大変ねぇ。それじゃあみんなで言いましょうか。せーの、』
 不意のかけ声で、受話器の向こうで皆それぞれ言いたいことを口々に叫んだ。
 様々な言葉がないまぜになっていたが、どれも意味は同じだった。

 千早、がんばって。

 直接ではないが確かに聞こえた。
 ――千早の、仲間たちの声が。
「……ありがとう、みんな」
 そう言って彼女は通話を終え、抱きしめるように携帯を胸に抱えた。
 数秒だけ待って、千早に声をかける。
「千早、行けるか?」
 俯いていた顔が上がる。目尻に少し涙が浮かんだ、しかし決意に満ちた瞳を持って。
「はい!」
 力強い返事に頷きを返し、すぐに自分の携帯をプロデューサーへと繋いだ。


「千早! シン君!」
 タクシーを捕まえ、特急でライブ会場まで戻ると入り口でプロデューサーが叫んでいた。
「プロデューサー、時間は!?」
「ギリギリだ、あと10分しかない!」
 10分、つまりこのままステージに立たなければ間に合わないということになる。
 徒歩であの公園まで歩き通した千早の衣装は多少ではあるが汚れがつき、メイクも涙で崩れかかっている。
 どう考えても時間が足りない、しかし千早は自信に満ちた声で言い放った。
「大丈夫です。私には、何よりも誇れるものがありますから」
 プロデューサーは驚いた顔で千早を見つめたが、すぐに表情を引き締めた。
「よし、とにかく急ごう。美希が待ってる。俺はディレクターに報告してくるから、あとのことは頼むよシン君」
「分かりました!」
 駆け出した千早の背中を追いかけようとして立ち止まり、もう一度プロデューサーの方を向く。
「プロデューサー、さっきはありがとうございました」
 事務所のみんなからの電話、それはプロデューサーの指示だったのだ。
 一人よりもみんながいい、そんなことを言ったらしい。
「たいしたことはしてないさ、みんなに比べればね。急ごう!」
「はい!」
 こうして、それぞれが成すべきことを行うために走り出していた。

 関係者用の通路を抜けてステージ脇に辿り着きました。
 だけど、美希の姿が見えません。
 辺りを見渡して、見つけました。機材の陰に隠れるようにうずくまった姿勢で。
「美希……?」
 声をかけると、ハッと顔が上がりました。呆然とした顔でこちらを見つめて、緊張が切れたように表情が崩れました。
「千早さんっ!」
 そのままこちらに抱きついてきて、ついには泣き出してしまいました。
「寂しかった、寂しかったの……!」
 どうしていいのか分からなかったけれど、これが私が犯してしまった罪だということを身をもって思い知ったので
す。彼女のことを見捨てかけた、私に対する罪の重みを。
「……ごめんなさい」
 そう言うしかない私に、美希はそのまま首を横に振ります。
「謝らなくていいの! 安心しただけだから」
 一番迷惑をかけてしまった美希ですら、私のことを許してくれました。
 ……さらに申し訳なさが大きくなってしまったけど、心の中で美希に、そしてみんなに対して感謝しました。
 私には、かけがえのない仲間がいる。そして支えてくれる人たちがいる。
 もう、一人じゃない。
 そのことがとても嬉しかった。だから私は、歌でその償いをしたい。
 ――いえ、償いではありません。私は、かけがえのない人たちのための翼になりたい。

「千早! 美希!……って、どうした!? またなんかあったのか!?」
 化粧道具一式を抱え込んだマネージャーが――メイクをしなおすということではなく、崩れたメイクを落とす
ためでしょう――こちらを見てうろたえていました。
「いえ、大丈夫ですから。ほら美希」
「うん……」
 やんわりと美希を離して涙を拭う。美希のメイクもすでに崩れていて、どうやら二人揃ってほとんどノーメイクで
行かなければならなくなったようです。
 とりあえずメイクを落として、ファンデーションだけはなんとか間に合わせることができました。
 予定通りなら、あと3分で私たちの出番です。
「美希、打ち合わせもできなかったけど……大丈夫?」
「うん! 大丈夫だよ、千早さんと一緒だもん!」
 美希の言葉に私のやる気もさらに上がっていきます。これならば最高の結果を出せるかもしれません。
 ……そして、私たちの出番がやってきました。
「千早! 美希!」
 ステージへと向かう途中で振り向くと、マネージャーが右手の親指を立てていました。
 私も、そして美希も頷きでそれに答えて、ステージへと足を踏み出しました。


 ――さぁ! 次の曲は待ちに待った期待の新人です! 今回初めてのデュオ、そして初めての曲ということで
期待の高さは今回の秋スペ屈指と言えるでしょう!

 ――それでは早速歌っていただきましょう! ナムコエンジェルM&Cで、 『relations』!








タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2008年09月22日 02:50
ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。