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八神SAAAAAAN!-01

『八神SAAAAAAN!』 前編

舞妓:年少の芸子。見習い修行段階を言う。

 祇園の音の音がちらほらと近づいて来た頃。
 俺は少々不機嫌そうな顔で目の前を歩く青年、アスラン・ザラを見つめていた。
 仕立ての良いスーツに身を包み、温和の性格と整った容姿で、個人的には認めたく無いが社内外問わず人気が高い。
「どうした、シン」
「なんでもないです」
 夕方まで降っていた雨の性で枝垂れかかった柳の下、肩口に落ちてくる雨粒をハンカチで拭う。
 無理にでも不機嫌そうな顔を作っていないと、煮えくり返った腸が臨界事故を
起こしそうで気が気では無かった。

 思えば小中高大学通して同じ学校のアスランには、煮え湯を飲まされて続けて来た。
 部活、生徒会、テストの順位。
 俺が血を吐く様な努力をしこの優男は嘲笑うかのように、至極あっさりと俺を追い抜いて行く。
 アスランを超えたくて、馬鹿にされたく無くて必死の思いで勉強し、国内有数
の大手企業"オーブ"に就職したのは二年前。
 アスランが就職したザフトグループが、官公庁との癒着が素っ破抜かれ、経営が傾いた時、
社員には気の毒だったが俺は小躍りした気分で一杯だった。
 晴れやかな気分で社員食堂でうどんを啜っている時、ヘッドハンティングして
腕利きだと、アスランを紹介して来た代表が現れた時俺は神様の存在を否定した。
「アンタ、ザフトに居たんじゃ無いのかよ」
「まぁな。色々あってここの代表で拾われた」
 隣で苦笑いしながら頬を赤く染める二代目代表"カガリ・ユラ・アスハ"を顔を見た時、
俺は歯軋りしながら必死で笑顔を取り繕ったのを覚えている。

 思えばアスランの傍には常に女性の影が絶えなかった。
 その癖未だに決まった人物が現れて居ないのが、女性方にはストイックに映る
らしく黄色い歓声が途絶える事は無い。
 全然関係無い話だが、妹のマユが中学生に上がった時、アスランにラブレターを渡して欲しいと頼まれた時は、
比喩で揶揄でもなく文字通り目の前が真っ黒になった。
「それにしては随分不機嫌だな」
「そりゃそうですよ。明日まで纏めないといけない資料が山積み何です。課長の好意を無碍にしたくないですけど、
飲んでる暇なんかこれっぽっちも無いんです。 大体同僚置いて俺と課長だけ飲む何て卑怯じゃ無いですか」
「またその話か。それはもう良いと言ったはずだろ。お前は良く頑張った。いや、むしろ頑張り過ぎなんだ。
「でも、あの案件は俺の」
「ルナマリア…彼女に振られて意地になるのは分かるが、仕事はお前だけの物じゃ無いんだ。もうちょっと仲間を信用してやれ」
「…プライベートまで…干渉…されたくありません」
「ああ。俺もプライベートまで干渉したく無い。だから、仕事に私事を持ち込むな。会社はお前の玩具じゃないんだぞ」

 俺の胸にグサリと突き刺さる上司の言葉。
 図星なだけに弁解の余地も無い。
 俺は、春先に中学の時から付き合っていた彼女と別れた。
 別れたとは名ばかりで実際は、俺が彼女であるルナマリアに一方的に振られただけだ。
 失恋のショックのそこそこに、俺は胸に空いた穴を少しでも埋めようと我武者羅に仕事に打ち込んだ。
 何日も会社に泊まりこみ、絶対不可能と言われた企画をたった一人で何件も契約に持ち込んだ。
 鬼神のような活躍ぶりと先天性の赤い瞳に因んで"鬼"なんて妙な仇名も付けられてしまったが、当時の俺にとっては些細な事だ。
 確かにアスランの言う通り、俺はルナマリアに対する憂さを晴らしたいが為にだけに仕事に打ち込んだ。

 だが、そのお陰で社の利益は上がったし、俺の憂さも晴らせて一石二鳥だと思っていた。
 だが、現実は違う。
 仕事は一人でやる物では無いし、やれば良いと言う物でも無いらしい。
 そう言う意味では俺は、俺は見事に仕事を私物化していた。
 結局俺の目に余る行動は、全体の調和を乱すと上からのお達しで、強制休暇と相成った。
 俺は、頭の中で仕事の事だけを考え不貞腐れた子供のように石畳の上を歩く。
 上司にまで気を使わせるのは吝かでは無く、それが気に食わない上司となればなおの事だった。
「飲むのはいいですけど…いつのも居酒屋じゃないんですか?」
「たまには上司らしい事させてくれよ」
 アスランに連れられるように歩き、気が付けば料亭の前で止まっていた。いかにも一見さんお断りな佇まいの高級料亭だ。
 仕事ですら料亭を使った事の無い俺にはまさに未知の領域だった。
 俺は、右も左も分からぬアスランに促されるように、料亭に足を一歩踏み入れる。

「おいでやすえ」
 その声で俺の頭の螺子がダース単位で吹き飛んだ。
 薄紫の着物に身を包み、白粉の上に一筋だけ走る艶やかな紅色。
 結われた髪を彩る洒落た花簪が印象的だった。
「あ、あすらん・ざら!コレは一体なんなんだ!」
 俺は、思わず大声を上げ、
「急にフルネームで呼ぶな。芸子さん達が驚く」
「いや、だって、その」
 いきなり白粉塗った芸者さんが出てきたら誰でも驚く。俺はてっきり適当な懐石でも食べて、その後愚痴を聞いて貰って
お開きだと思っていただけに、驚愕を通り超して中々ショッキングピンクな気分だった。
「全く騒々しい奴だ。お久しぶりです八神さん。今晩は宜しくお願いします」
「はい。宜しゅうさせて頂きます」
 八神と名乗った芸者さんがお辞儀をする。頭の簪がシャランと心地良い音を立てて鳴る。

「お座敷は用意してます。どうぞお上がり下さい」
「今日は明倫では無いんですね」
「今日の主役はこいつですので。綺麗所をお願いしますよ」
「変わらずお口が宜しいようで。私ともう一人の綺麗所がお相手させて頂きます」
「はぁ」
 足音も立てず廊下を進んでいく八神さん。
 俺はと言うと茫然自失と言うか放心状態と言うか、魂の抜けた抜け殻みたいに、
間抜けにもその場に立ち尽くし感嘆の声を上げていた。
「シン?どうかしたか」
「い、いえ。その…ちょっとびっくりしただけです」
「ああ…そう言う事か。でも、ここはそう言う所だ。諦めろ」
「諦めろって…そ、そうだこう言う所って一見さんお断りだから」
「俺が一見さんじゃ無いだけだ。あまり俺を困らせてくれるなよ。紹介した俺が馬鹿みたいじゃないか」
「いえ、ああ、その。課長はこう言うの慣れてるんですか?」
「急になんだ気持ち悪い。今のお前よりはそりゃ慣れてるだろうさ」
「そ、そうですか」

 アスランは、嘆息しながら、まるで、駄々を捏ねる子供を見るような視線で俺を見つめてくる。
 俺は結局バツが悪くなり、連れられるようにお座敷の敷居を潜った。
 八畳程の座敷と芸者さんが踊る為の舞台と思しき台座が一つあり、決して広い
物では無く必要最小限だけ揃えられている印象を受ける。

「本日は…私ども…」
 どうにも、八神さんが何か言っているが頭に入ってこない。
 何よりあのアスラン・ザラが、こう言う遊びに慣れている事が俺の動揺に拍車をかけた。
 女遊び等無縁に見えるアスラン・ザラが。
 どんな美人な先輩から告白されても、三日三晩悩んだ挙句、ごめんなさいと振ってしまうアスラン・ザラが。
 いい年して恋人の一人も居ない為、ホモ説が流れたアスラン・ザラがよりにもよって芸者遊びとがお好きとは。
 駄目だ。
 考えれば考える程、頭がこんがらがって来る。
 俺は深く考える事を止め、妙な敗北感に包まれながら流れに身を任せていた。 
 彼女、ティアナ・ランスターが現れたのはそんな時だった。
「ティアナと申します。宜しくお願いします」
 橙色の着物に身を包んだ芸子、後から知った事だが舞妓と言うらしいが、襖を明
け姿を現した。
 体格から見て恐らく未成年だろう。負けん気の強そうな表情に深い青の瞳。
 例え白粉を塗っていても素顔は一目で美少女を分かる物だ。
 俺は、こんな子供も芸者さんと見当違いな動揺を打ちかまし、実に恥ずかしい事を言ってしまった。
「が、がいじんさん」
「はい。ですが何か問題でもありますか?」
「シン」
「シン!失礼だぞ」
「す、すいません」
 外人にがいじんと言う事を程お互いに恥ずかしい事は無い。
 幾ら同様していたとは言え、失礼すぎる発言に俺は穴があったら入りたくなった。
 パニック寸前の俺の頭では、アスランの叱責も耳から入って耳から抜けて行く
だけだ。
 俺は動揺する心を何とか押さえつけ、座敷に腰を下ろした。
「最近。芸者目指す人の減って来てますんで。これも国際化の波と言う奴ですねぇ」
 カラカラと鈴の音のように笑う八神さん。
 一つ一つの仕草が妙に絵になっていて尚且つ色っぽい。俺は自然と首元が熱くなって行くのを自覚した。
「そないに緊張せんでもいいですよ。えっと…」
「シンです。シン・アスカです」
「アスカさん。今晩はここを自分の家を思って寛いで下さい」
「は、はい」
「面白い方やねぇ。なら、ちょっと早いけどティアナ。お願い出来るかな?」
「分かりました」
 お辞儀し小さな舞台に上がるティアナさん。

「まだ、ひよっこですけど。筋はいいんですよ」
 八神さんが話すと、お囃子が奏でる中、扇子片手にティアナさんが静かに舞い始めた。
 動きは決して派手な物では無いが、バレエや社交ダンスに決して見劣りする物では無い。
 しかし、動作の一つ一つに込められた意味は、俺には理解する事は出来ないが、過去か
ら積み上げられてきた研鑽された動きである事という事は理解出来た。
 ルナマリアに連れられ、オペラやミュージカルを何度も見た俺だが、今日初めて
舞と言う物に魅せられていた。
 素人目に見てもまだ拙い所があり、お世辞にも華麗な舞とは言えない。
 確かに、ティアナさんの舞には夜一晩だけ咲く月下美人のように儚くも美しい舞
では無い。胡蝶蘭のような繊細で華やかな舞でも無い。
 しかし大地にしっかりと根を張り、青空の下で咲き続ける美しさがあるのだ。
 勝手な想像だが、それを彷彿させるだけの力が彼女にはあると思った。
「まだちょっと荒いですけど…ええもんですやろ」
 微笑みながら、耳打ちしてくる八神さんの言う通り、俺はティアナさんの舞に引き付け
られていた。
(…何か不味い気がする)
 俺は、お酒や御話そっちのけで、終始ティアナさんの舞から目を放す事が出来なかった。

「オーブ。一流企業じゃないですか。凄いんですねぇ」
「別に、自慢出来る程の事じゃ」
 舞を終えたティアナさんが、俺の隣に付きお酌を注いでくれている。
 持ち上げられる事に慣れていない俺は、注がれる酒に逃げ込みだんまりを決め込んでいた。
「あの、私なにか気に障る事言いましたか?」
「べ、別に」
 勝気な表情が一転し、何か縋るような目線を送ってくるティアナさん。
 周りに天才ばかり居た為か俺は基本的に努力する人が好きなのだ。
 まず間違いなく俺はこの子に好ましく思ってる。
 そんな子に無垢な視線を向けられると、どうにも目のやり場に困ってしまう。
「違いますよ。そいつ女の人苦手なんです」
「ち、違いますよ!」
「特に今日は綺麗な人がお酌してくれてますから緊張してるんですよ」
 こいついけしゃあしゃあと。

 普段代表の前じゃしどろもどろの癖にと、俺はアスランの評価を改めつつ、八神さん
とティアナさんに視線を移す。
 八神さんは、微笑みを絶やさず、ティアナさんは、困惑交じりだが微笑を浮かべ俺を
見つめている。
 白状すれば俺は女性、特に美人が苦手だった。
「良くそれでルナマリアを付き合えたな」とは友人の弁だが、あれは幼馴染だし友達の
延長線上での出来事だ。
 お互い何となくで深い仲になった物だから、最後までズルズルのグダグダの関係に追
い込まれてしまった。
 考えて見ればお互いに「好き」と言い合った事も記憶に無い。 
 そんな訳で俺の女性関係は、友達関係にちょっと色が付いただけの物で、本当の意味
で女性を知らないのだ。
「ついでに言うと褒められる事になれてないんですよ」
 それはアンタが中々褒めないだけだろ!と心の中で恥ずかしい暴言を吐くが、既にほ
ろ酔い気分のアスランには何を言っても無駄な上に、それも事実だから言い返せない。
「でも、オーブ評判良いですよ。ちょっと妙な経営理念ですけど、入るのは凄く難しい
って友達の姉さんも唸ってました。アスカさんは誇って良い事だと思いますよ」
「ど、どうも」
 やっぱり褒められるの苦手だ。
 持ち上げられるとどう答えていいのか分からない。
 昔は認められる事が素直に嬉しかったかも知れないけど、今は節度はあるつもりだ。
 特に年下であろうティアナさんに褒められると、むず痒くて仕方無い。
(俺ってこんな奴だったかな)
「…えっと」
「どうかしました?」
 俺は、微笑むティアナさんの顔がどうにも気恥ずかしかった。

「シン!そろそろお暇するぞ」
 楽しい時間は直ぐに過ぎ去る物なのだろう。
 いつの間にか時計を見ると結構な時間になっていた。
 俺は、お座敷遊びって時間制なのかなと、無粋な事を考えながら、注がれた日本酒
を一気に飲み干した。
 もう何杯目かも忘れてしまったが、これ程アルコールの類が気分良く飲めたのは久
しぶりだった。
「分かってますよ」
 ほろ酔い気分のままでアスランの声に従う。
 名残惜しいが、時間であれば仕方無い。
 人に迷惑をかけるのは嫌だし、レイにバレると後でこっ酷く説教されそうだ。
 気分が良い日にレイの説教は勘弁して欲しい。
「また、お越しになられますか?」
 セールストーク、社交辞令だとしても悪くない気分だった。
 皆こうしてお座敷遊び嵌まって行くのかと邪推するが、ご他聞に漏れず俺もそうなり
そうな予感がして来た。
 確か、紹介された人の代金は、紹介元の方に代金が向かうはずだからと邪悪な事を考
えてみたりする。
 流石にそこまで外道な事は出来ない。
 名残惜しいけど、今日はここまでと俺はその場から立ち上がる。
 熱中していた為か、長い事正座していた事すら忘れ、俺の足は限界を既に超えていた。
 痺れを自覚しないまま、無自覚のまま立ち上がろうとした俺は当然ながらバランスを崩し
ティアナさんに倒れこんでいく事となる。
「うわっ」
「きゃ」
 ティアナさんの可愛い声と共に座敷に縺れるように倒れ込む俺。
机にぶつかっては不味いとばかり、体勢を入れ替えながら倒れ、ティアナさんの上に軟着陸する俺。
 花のように爽やかな香りが鼻腔を擽り思わずドキリとする。
「だ、大丈夫ですか」
「……」
 ティアナさんを咄嗟に庇ったが、何処か怪我をさせてしまったのだろうか。
 ティアナさんの顔が青から赤くなり、肩をわなわなと震わせている。
 何処か怪我を言いかけて俺は、左手に感じる着物の上からでも分かる確かな存在
に気がついた。
 あろう事か俺はティアナさんの胸を鷲掴みし、現在進行形で揉み次第ていたりする。
 左手の心地よさとは別に、全身から血の気が抜けていくのを感じる。
 酔いも心地も良さも全て吹き飛び、天国に行きかけていた心は、ユーターンラッ
シュで渋滞中の首都高を車を吹飛ばしながら駆け抜け、現世に帰って来る。
 当然違反切符はテンコ盛りだ。
「待った誤解だ!」
「きゃああああ!!エッチ馬鹿スケベ変態信じられないわよ!」
 俺の弁解虚しく絶叫迸るお座敷の中。
 バチン!と響き渡る音が聞こえる2008年5月の夜半過ぎ。
 俺は彼女"達"に出会ったんだ。





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最終更新:2008年10月13日 23:02
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