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八神SAAAAAAN!-07

 遠い夢を見た。
 もう儚く微かな記憶でしか無いけれど、私が一番幸せだった頃の夢。
 父も母も早くに亡くしてしまい、顔も覚えていない私だけど、兄さんの事だけは
今でもしっかりと覚えている。
 要領が悪くて、顔は良いのに何処か垢抜けず女の子が大の苦手。クリスマスパーティーでは引く手数多の癖に、
私と踊りたいからといつも私の手を引いてくれた兄。
 寝ぼすけでズボラで偏食で、私が居ないと何も出来ない兄だと思っていたけど、
それはきっと間違いで、私の方が兄が居ないと何も出来ない子供だったのだろう。
 子供ながら兄妹が必死で生きて行く為に、泥を啜った事もあるだろう。
 だけど、兄はその事を億尾に出さず、心配しなくて良いと私の前では只微笑んでくれていた。
 私の前ではいつも微笑んでいたたった一人の兄。
 仕事が忙しくて中々家に帰って来なくて寂しい日々が続いたけど、私は泣かずに
我慢した。
 誰も居ない部屋は冷たく寂しいもので、絵本で読んだ悪魔が私をさらっていこうと
手ぐすね引いて待っているような気がしたけど、兄が直ぐに帰って来てくれる事を信じ、布団を被り孤独に耐えて来た。

 たった一人の兄だから。
 たった一人の家族が私の傍に居てくれるから。
 だから、私は孤独に耐える事が出来たし、どんなことでも我慢出来た。
 兄は帰宅すると、どんなに疲れていても、申し訳無さそうに微笑んだ後その暖かい手で私を抱き上げてくれる。
 そして、お決まりの台詞を優しく語りかけてくれた。
『どんなに辛くても、どんなに悲しくても、僕はティアナの傍にずっと居るよ』
 その言葉が嬉しくて、私は放っておかれた事なんか直ぐに吹き飛んでしまうのだ。
 微笑む兄と温かく大きな手と優しい声。
 それが私の一番古い記憶だ。
 だから、兄が遥か東の国"日本"で行方不明になったと聞いた時「嘘つき…」と
記憶の中の私は一人静かに呟いていた。

「どうしたあ?ランスター。お前が居眠りとは珍しいな」
 私が意識を取り戻した時、瞳に飛び込んできたのは物珍しそうに私を見つめる世
界史の教師の顔だった。
「えっ…あっ」
「実家の手伝いが忙しいのかも知れんが、飽く迄学生の本分は勉強だからな。そこの所を間違えるなよ」
 記憶の中の自分と現在の自分があまりに違った物だったせいか、私は自分が今何
処に居るのか本当に分からなくなっていた。
 呆けたように周囲を見渡している。
 きっと、世界史の教師は、私が寝ぼけているのと勘違いしたのだろう。幸いにも
小さく溜息を付き小言を一つ落としただけで見逃してくれた。
「…す、すいません」
「気をつけろよ…つまらん事で内申点を落としたくないだろう。良しなら次岡田。教科書三十二ページから読んでくれ」
 私は教師に平謝りし教科書を静かに眺め始めた。
 昔の夢を見たのは久しぶりの事だった。

 来日してから三年。 
 目まぐるしく変わった生活環境に翻弄されるように、私は昼は学生、夜は舞妓と
非常識極まる生活に身を置いていた。
 常識的に考えれば、舞妓一本に絞るべきなのだろうが、雇い主のはやてさんの意向で
私は昼間は高校に通うことになってしまった。
「選択肢は多い方がええやろ」とは、はやてさんの弁だが、高校生活と舞妓の二つ
を両立させるのは、正直に言えば中々大変だ。
 だが、凹んでいる場合では無い。
 私には目的が有り、その為ならどんな努力も惜しまないし、血反吐を吐こうがや
り遂げなければならない事がある。
 その為の手がかりを手に入れたと言うのに、最近の私は少し変だった。
「はぁ…」
 知らず溜息が漏れる。
 黒板に書かれた内容がゴシップ記事の一文に見えるし、クラスメイトが教科書を
読む声が何処か遠くの国の言葉のように聞こえている。
 教科書を見ていても、内容がまるで入ってこない。

(重症ね…私) 
 原因は分かっている。
 どう考えてあの馬鹿の事だ。
 三日前私は、はやてさんとあの馬鹿のマンションを訪れた。
 理由は暇だったとか、そんな些細な理由だ。深夜一人暮らしの男の部屋に女二人が尋ねて行くのは不謹慎だとは
思ったけど、まぁ害は無いだろうと嵩を括っていた私が迂闊だとも言える。
 急に行って驚かせてやろうと子供のように二人で微笑みあっていたのだ。
 確かに前々から一人暮らしにしては広い部屋だとは思っていた。
 あいつもいい年齢だ。彼女の一人も居ても可笑しくないし、いや、むしろ居る方
が普通なのだ。
 だけど、あいつの部屋には何と言うべきか、異性の匂いと言うか痕跡と言う物が
一切無く、だらしない大学生のような印象しか受けなかった。

 私は、あいつの事を油断していた、いや、侮っていたのは確かだった。
 だからと言って、痴話喧嘩の最中に出くわす私とはやてさんは一体何なのだろうか。
もしかしたら、相当男運が悪いのかも知れないと思う。
 Yシャツ姿の金髪美人と赤い髪のショートカットの女の人が、あいつを取り合っているのを見て、
私は頭に血が昇っていくを自覚した。
 それは、私の中である一つの事を結論付けていて、その事実が私に取っては意外で、
簡単に言えば到底認められる物では無く、気が付けば私はあいつの前から逃げ出していた。
 あれから一週間。
 何を考えているのか知らないが、あの馬鹿はずっと校門の前で私を待ち続けていた。

「……」
 俺は、周囲から浴びせられる奇異の視線を瞳を閉じ無言のままで耐え続けていた。
 あれから一週間。
 俺はティアナさんが通う高校の前で、ひたすら彼女を待ち続けていた。
 ティアナさんが通う学校は、最近共学化したそうで未だ男女比率は圧倒的に女子
に傾いている。
 つまり、生徒の殆どは年頃の女の子ばかりで、男の数なぞ雀の涙程しか居ない。
 終礼となると、正門から駅まで一直線に伸びる通学路は、女子高生で溢れマニア
の人から見れば天国かも知れないけど、男の俺にとっては地獄その物だ。
 明らかに社会人な俺が、学生の群れに混じっているだけで十分目立つのに、女だ
らけの園に一人ポツンと一週間通いつめているのだ。
 そろそろ顔も覚えられる頃だろうし、今の所は大丈夫だけど、本当に警察を呼ば
れかねない状態が続いている。
 それが証拠に最近警備員の顔が妙に生々しい。
 こう、何と言えば良いのだろうか。
 ニヤニヤと笑いながら妙に生暖かい視線を送って来ているのだ。 

(俺なんか…してるよな)
 良い大人が殆ど女子高の前で一週間待ちぼうけ。これだけで十分通報物。俺は彼から
何と思われているのか想像すると気が気じゃ無かった。
 なら電話の一つでもすればと思うが、俺はティアナさんに一応メールを何回か送
ったけど「気にしてないから」と素っ気無い返事しか帰って来なかった。
 お座敷に足を運んだが、八神さんが困った顔をして溜息を付くだけで梨の飛礫とはこの事だ。
 何度か二年生らしい女の子にティアナさんの事を聞いてみるが、皆一様に顔を見
合わせ忍び笑いを漏らすだけだ。
 俺は何かしただろうか。
 せめて、話を聞いて欲しいと思った俺は、恥も外聞も掻き捨てここにいる。
 腕時計を見るとそろそろ授業が終わる頃だ。
 もう二十分もすればここは女子高生で溢れ返り、喧々囂々、右へ左へ甲高い声の大嵐となる
 俺は今度こそ雰囲気に飲まれまいと、両手で頬を叩き気合を入れる。
 その行動を見た警備員がさらに生暖かい視線を俺に向けてくる。
「何でだよ!」と日が暮れかけた空に俺は叫びたい気分だった。

「あいつ…何してんのよ」
「何ってティア待ってるんでしょ。良いの?放っておいて」
「…良いわよ別に…あんな奴ほっといても」
 親友のスバルが、箒で廊下を掃きながら、私に御注進を申し上げてくる。
 私は何故か妙に苛々しながら、世界史教師の汚い字をまるで親の敵のように懇切
丁寧に一文字残らず消していく。
 チョークの粉が制服の裾に付き、落ちない汚れに私の苛々は余計に募っていくばかりだ。
 私は黒板を消しながら、窓の外に腕を組み仁王立ちのまま正門を睨み付けるあいつを見つめる。
(何やってんだか…)
 私は、そろそろ本当に警察呼ばれても知らないわよと思いながらも、原因を作っ
ているのは自分自身である事に今更ながら気が付いて、何とも言えない気分になった。

「ふぅん…でも、いいの?あの人最近色々話題になってるよ」
「普段着ならまだしも、スーツ着た大人が高校の前でしかめっ面で仁王立ちしてれば…そりゃなるわよ」
「あっ…ティアには、アレしかめっ面に見えるんだ」
「アンタにはアレが何に見えるのよ」
「えっとね…お預けくらって尻尾垂れた犬」
「……何よそれ」
 嫌味のつもりで言ってみた私だけど、スバルの余りの言葉に思わず絶句する。
 なるほど私には、あいつがしかめっ面をしているように見えるけど、スバルには
不貞腐れた犬に見えるのか。
 ちょっと興味深いと言うか驚愕の事実っぽい。
 と、言うことはあいつもしかして他の教師とか警備員から見てもそんな感じなの
だろうか。

 あいつが通報されない原因が分かった気がする。
 お預けくらって尻尾垂れた犬ならば確かに人畜無害だろう。
「あいつ…他に何て言われてるのよ」
 私は、あいつの評価が気になり、スバルにこっそりをお伺いを立てて見る。
 明け透けな性格なスバルは、誰とでもすぐに仲良くなり、学校内に交友関係は広い。

 学校の事はスバルに聞けば大体把握出来る便利キャラだった。
「ちょっと変だけど格好良いって」
「ああ…そう」
 私は、クラスメイト達のあいつに対する評価にゲンナリとする。
 何がどう転べばあいつが格好良く映るのだろうか。全員纏めて眼科検診を受ける
事をお奨めしたい。
 確かにあいつの見てくれは悪くない。もう二十四歳だと言うのに、かなりの童顔
で高校生くらいにしか見えないし、背も高く足も長い。
 しかし、見てくれに騙されてはいけない。
 髪型も無造作ヘヤーで自然さを演出していると思われがちだけど、本当は大半は
寝癖で髪型を整える事も億劫な面倒臭がり屋なのだ。
 寝起き十分は枕を抱えて呆けているし、あまりの情けなさに見るに見かねた私が
櫛で髪を整えてやる程だ。
 着ているスーツも、一着一万円込み込みの安物だし、放っておいたらネクタイも
Yシャツも平気で同じものを着ていくくらい邪魔臭がりだ。
 性格も勝気とは聞こえは良いが、結局の所子供っぽいだけだし、その癖妙に臆病な所もある。
 きっと、その辺りの大学生の方が余程落ち着いて見える事だろう。

「あぁ…そっか」
「どうしたの?」
「なんでも無い。何ていうか私も皆と同じかと思っただけ」
 もしかしたら、何と言うか、あいつは母性本能を擽るタイプの人間なのかも知れ
ないと私は思う。
 怪訝な顔をして私を見つめてくるスバルに、私は今日何度目かも分からない溜息
を漏らした。

「…勘弁してくれ」
 俺は、この状況だけはどうにも慣れる事が出来そうに無かった。
 授業終了の鐘と同時に、まるで大陸を大移動するヌエの如く女子高生が群れを成
して正門から溢れだして来る。
 彼女達の声は、小鳥の囀りと言えば聞こえが良いが、小鳥も数が集まれば脅威以外何物でも無く、
十代特有の甲高い声と思わずむせ返りそうになる独特の香りに俺は思わず仰け反ってしまう。
 匂いフェチの人間なら、涙流して喜びような状況だけど、普通人の俺には気恥ずかしいだけだ。
しかし、一体今まで何処に潜んでいたのか。
 校舎から蟻のように吹き出た女子高生達は、我先にと駅目指して行軍を開始する。
 クラブ活動に勤しむ学生も多いようで、いち早くグランドに躍り出た元気の良い子が整備を始めている。
 さっきまで静かだった学校前の大通りは月末のオフィスのようにごった返していた。

 これだ。
 この異様な熱気と女子高生の大群に俺は一週間苦戦に苦戦を強いられたのだ。
 女子高生の群れが納まるまで約三十分。
 その間にティアナさんを見つけなければ、また連敗記録を更新する事になる。
 いや、どんな手を使ってでも、今日こそ見つけなければ本当に通報されるかも知れない。
 俺は、ティアナさんを見つける為に、眼を皿のようにして、人知れず静かに闘志
を燃やしていた。 

「ランスターさん?」
「はい」
 年齢の割りに妙に甲高い声に呼び止められ、私はその場で渋々ながら振り返った。
 正門から出るとあいつと鉢合わせする為、最近は専ら裏口から帰って居たのだ。
 振り返るとそこには、教師以前に一体貴方は何時代を生きているんだと言いたく
なるような、ボディコンスーツに身を包んだ我が担任が立っていた。
 多分この人の中ではバブルかジュリアナが今でも続いているんだろう。
 五メートル先からでも匂って来そうな強烈な香水の香りは、相変わらず健在ぶり
を発揮している。
 これのお陰で声を聞く前から、担任がそこに居ると知らせてくれる。
 化粧っ気もきつ過ぎる上に、トレードマークの濃すぎる口紅は、毒蜘蛛を思い出す。
 本当は気が付かないフリをして逃げたかったが、一応担任だし、男の人が大好き
な性格を除けば本当は良い人なのだ。
「いい加減あの"彼氏"何とか出来ないの?」
「彼氏じゃありません」
「あらそうなのぉ」
 喋り方や纏う空気が水商売の人としか思えないが、残念な事に彼女は列記とした
英語の教師だ。
 昔は相当破天荒な性格だったらしく、授業中若い頃の武勇伝を英語で聞かせてくれたりする。
 その話の大半は、猥談や下ネタなど男関係ばかりだったするのは教育者的にはどうなのだろう。
 お陰で私達のクラスは、他の同年代に比べて偏った知識が非常に多い。
 はっきり言って全員耳年魔だ。

「私、セッ○スくらい若いんだからさせてあげても良いと思うんだけど」
「ちょっと!な、何言ってるんですか先生!」
 この色ボケ魔人言う事に事欠いて、いきなり何をホザキ倒したか。
 勘違いに程がある。
「いえねぇ。ランスターさん位の年齢で彼氏と喧嘩するのって、大抵は睦み事って相場が決まってるから」
「言い方変えれば良いってもんじゃ無いわよ!」
「特にランスターさんの彼氏って年上でしょう。身を任せるのは良いけど、直前になって怖くなっちゃって
逃げて気まずくなる何て話良く聞くしねえ?大丈夫よ。所詮出したり入れたりだけの話だから男が満足した終わるんだから。終わるまでの時
間は個人差があるけどね…遅すぎるのもダルいけど、早すぎるのも物足りないのよねぇ」
 はぁと深い溜息を付くが、表情はとても爽やかな物だ。
 なんというか、サンタの存在を信じている子を「現実の泥で汚してやったぜ!」
的な邪なオーラを感じる。
 だが、逃げたて気まずくなっただけは、当たっているのでそこだけは素直に認めたいと思う私だ。
「先生人の話聞いてます?」
「ううん。全然」
 あっけらかんと言い放つ担任に、私は過去類を見ない強烈な頭痛に襲われる。

「でも、ランスターさん。あの子との関係は否定しなかったでしょ」
「…知り合いは認めますけど…彼氏じゃありません」
「授業中…ずっと見てるのに」
「み、見てません」
 嘘だった。
 慌てて否定した見たけど、やっぱりバレバレなのだろう。
 毎日決まった時間。丁度六限が終わる頃にあいつは現れ、しかめっ面では無くお預けを
くらった犬面をして私を待っているのだ。
 座敷にも何回か来てくれたのも知ってる。
 でも、私はあいつに会うのが何故か気まずくて、いつも居留守を使ってしまう。
 メールや留守番の件もそうだ。
 もやもやした気持ちをケリを付けたければ直接聞けば良いのだ。
 別にあいつがあの美人とどんな関係でも構わない。
 私にとって、あいつは目的を達成する為の手段に過ぎないのだから何でも無いはずだ。
 身の回りの世話をしているのもその為だ。
 だと言うのに、あいつの情けない顔をして立っている姿を見ると私の心はかき乱
され、まるで、こっちが悪い事をしている風に思えてくる。

「会うのが怖くて正門じゃ無くて裏門から出てるのに」
「こ、怖いんじゃありません。ただ、何となく顔が会わせずらくって…なんで知ってるんですか」
「さて、何ででしょう?」
 この人は何処まで知っているんだろうか。これ見よがしに浮かべた微笑が非常に腹立たしい。。 
「兎に角あの子可愛いんだけど、一週間は待たせすぎね。餌をあげるのも飼い主の勤めなんだからね。
減るもんじゃ無いんだし、寝かせすぎても駄目だし安売りしても駄目なのよねぇ。難しいわ…ああ最初の一回は絶対減るかしら」
「さっきから何の話をしてるんですか!」
「ん?さぁ…結論だけ言えば邪魔だからさっさと引き取りなさいかしら」
「前後の話全く繋がってませんよね」
「ん…さぁ。知らないわ私」
 私この人に一生勝てないんじゃ無いだろうか。
 私は深い溜息を付きながら、考えて見ればこっちも限界なのだと今更ながら自覚する。
 きっと打ち明けてしまえば楽になれる気がする。
 でも、それを言ってしまう事は、この微温湯のような関係が終わってしまうと言う事だ。
 それを捨ててしまう事に私は、少しだけ躊躇した。
 だが、そろそろ潮時なの事実だろう。
 本当はもっと早く打ち明けるつもりだった。だた、今の関係が私にとって本当に
心地よい物だったから、つい怠けてしまったのだ。
(いいティアナ・ランスター。目的を忘れちゃ駄目。私はその為に日本に来て舞妓
になったの)
 私は、決意を新たに正門に向かい走り始める。
 でも、足取りは重く軽やかで、私はあいつに会うのが楽しみなのか辛かったのか
分からなくなっていた。

「げ、限界だ」
 白状してしまいば、俺はあまり女性が得意じゃ無い。
 今まで付き合った女性もルナ一人だけだし、それも幼馴染の延長線のような関係だ。
 学生の時もクラブに勉強とアスランに追いつく事ばかり考えていたせいか、コン
パや合コンと言ったイベント事には滅法疎かった。
 男友達を遊んで居た方が楽しかったし、女は彼女のルナだけで十分だったのだ。
 簡潔に言えば俺は女性に対して全く免疫が無かった。
 恥ずかしながら、同年代でもあたふたして口ごもる事が多いのに、年下、それも
テンションが馬鹿高い女の子が大挙して押し寄せてくる現状は、何かの悪夢としか思えなかった。
 俺の自意識過剰かも知れないが、皆俺の横を通り過ぎる時、奇異の視線を向け、
忍び笑いを漏らしているような気がする。
 最初は警戒心も露にしていた彼女達が、最近では物珍しい動物を見るような視線を送ってくるのだ。
 一体全体なんなんだと無性に叫びたくなって来る。

「アンタ、一体何してんのよ」
「え…あっ」
 それはあまりに呆気ない幕切れだった。
 頭を抱え蹲る俺の上から、聞きなれた声が聞こえて来たのだ。俺は弾かれたよう
に顔を上げると、そこには待ち望んだ顔があった。
「ティアナさん?」
「他に何に見えるのよ」
 俺は、一週間会ってないだけなのに、もう何年も会っていないような感慨を受けていた。
「きゃあああ。さん付け?さん付けなのね。年上にさんづけで呼ばせてるのね!」
「犬と飼い主が漸く再会?もしかして、もう完璧に調教してるんじゃないの?」
「やだ、何か私ドキドキして来た。これが恋」
「や、それ絶対違うから…」
 今の会話の何処に黄色い声援が飛ぶ場所があったんだろうか。
 俺は困惑しながら周囲を見回すと一体何処から沸いてきたのか。いや、沸くほど
居たのは最初からだが、何故か俺とティアナさんの周りには人山がこんもりと出来上がっていた。
「これ、アンタの車?」
「ああ、あぁ」
 ティアナさんは、その光景を見てゲンナリとした後、何を思ったか助手席のドア
を開け車に乗り込んでいく。

「ティアナさん?」
「いいから乗りなさいよ。アンタの車でしょ」
「あ…あぁ」
 俺はティアナさんに促されるように運転席に乗り込んでいく。サイドミラーを覗くと、瞳を好奇心で
光らせ"デバガメ"と書かれた御用提灯が車の周りを十重二十重と取り囲んでいた。
「出して」
「ど、何処にだよ」
「二人っきりで"ゆっくり"落ち着ける場が良いわ」
「「「きゃあああああああ!大胆!ホ○ルねホ○ルね!」」」
 車越しだと言うのに、耳を劈く黄色い感性がまだ聞こえてくる。
 あまりの振動に何ヘルツ出ているのだと思う。これだけ大きいと何かの商品に代
用出来そうな気がしてきた。
 それより、何で車に乗っただけで「大胆!」だの「ホテル」だのと色めき立って
いるんだろうか。
 俺は何のこっちゃと思うが、ティアナさんは意味が分かっているのだろう。
 僅かに頬を赤く染め「早く車を出しなさい」と無言で急かして来る。
「分かった…」
 俺は、ティアナさんにも周りを囲む女子高生にも、何処か釈然としない気持ちを
抱きながら、道路にせり出している女子高生をクラクションで退かせ車を発車させた。





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最終更新:2008年10月14日 00:06
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