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Galaxy Destiny-01

「押したい押したい押したい押したぁーい!」
「駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だぁーっ!」

 ブリーフィングルームの中心で押し問答を続ける二人の同僚を横目に見遣り、シン・アスカは呆れたように嘆息を漏らした。
 今回の口論の原因は、テーブルの上に置かれた掌大のスイッチ――任務で回収したロストテクノロジーである。

 まるで幼い子供のように目を輝かせ、一心不乱にスイッチへと手を延ばす桜色の髪の少女――ミルフィーユ・桜葉。
 鞭をロープ代わりにミルフィーユを締め上げ、そのスイッチ到達を必死に阻止する片眼鏡を掛けた女性――フォルテ。シュトーレン。
 謎のスイッチを巡り激しい攻防を繰り広げる二人に対し、周囲の人間の反応は様々だった。
 ミルフィーユの側に立ちスイッチを押そうと主張する、チャイナドレスのような衣装を着た少女――蘭花・フランボアーズ。
 朗らかな笑顔を浮かべて二人を煽る、ウサギの耳のようなカチューシャを着けた少女――ミント・ブランマンシュ。
 我関せずとばかりに無言でスナック菓子を食べ続ける、ぬいぐるみを抱いたヘッドギアの少女――ヴァニラ・アッシュ。

 ここは地球から遥か何万光年も離れた銀河の果て、トランスバール皇国。
 古代文明の遺産〝ロストテクノロジー〟の回収を主な任務とし、銀河の平和と安全を護るために日夜戦い続ける特殊部隊が、彼女達ギャラクシーエンジェル隊である。

 ……筈なのだが、

「だってだってぇ! どこからどう見てもこの形って『押して下さい』って言ってるみたいじゃないですかぁ。だったら押してあげないと失礼ですよ!?」
「失礼で良い! いつだったか似たよーなスイッチを押して死にかけたのを忘れたのかい!?」
「フォルテさんは神経質に考え過ぎなんですよ。もしかしたら今度こそ、ピンポーンって鳴るだけかもしれないじゃないですかぁ」
「まぁミルフィーユさんの幸運があれば、そんなに酷いことにはならないでしょうし……それにアスカさんの不幸体質もありますから、
万が一の時はきっと彼が犠牲になってくれますよ」

「……ってちょっと待てい! どさくさに紛れて何をさらりと人を生贄に捧げようとしてんだこの似非ロリっ娘野郎!?」

 ミルフィーユと蘭花に便乗するように黒い科白をのたまうミントに、シンは反射的に噛み付いた。

「あら、娘と野郎は表現が重複していますわよ? ミスター山田さんと言っているようなものですわ」
「気にするのそこかよ!?」

 飄々としたミントの態度に雄叫びを上げながら、シンはいきり立ったように髪の毛を掻き撫でた。

 シンの不幸はまだ終わらない。

「……そう言えば、その手があったねぇ」
「考えてみれば……こーゆー時の人柱にうってつけよねぇ、シンって」

 神妙な顔つきでシンを見遣り、無言で頷き合うフォルテと蘭花……いつの間にかフォルテの手には、例のスイッチが握られている。

「な、何だよお前ら……?」

 フォルテ達の剣幕に圧されるようにシンはソファから立ち上がる、二人から距離を開けるようにじりじりと後ずさった。
 逃がさぬとばかりにフォルテと蘭花が一歩踏み出し、ハイヒール特有の甲高い足音ががかつりとブリーフィングルームに響き渡る。

「押せ」
「押しなさい」

 異口同音な二人の声と共に突き出されるスイッチ……やっぱりか、とシンは思わず頭を抱えた。
 この軽いノリで作動させたロストテクノロジーのせいで、今まで何度散々な目に――特に自分が――遭ってきたことか……過去の記憶が蘇り、シンの目尻に涙が浮かぶ。

 フォルテ、何あっさり掌を返してやがるんだよアンタは?
 蘭花、お前絶対楽しんでるだろ?
 それとミント! 誰のせいで毎回俺が酷い目に遭ってると思ってるんだ!?
 とゆーかお前ら、俺のことを一体何だと思っているんだ?

 壁際に追い詰められたシンは、助けを求めるようにヴァニラへと視線を向けた。
 年端もいかない少女に救援を求めるのは男としてどうかとも思うが、背に腹は換えられない。
 必死なシンの視線を受け、ヴァニラはスナック菓子を掴む指先を止め、

「……神のご加護を」

 ――そう言ってスナック菓子を口の中に放り込んだ。

「アンタら一体何なんだぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

 胸に渦巻く万感の思いがシンの中で限界を超え、轟く魂の絶叫がブリーフィングルームに――否、基地全体に木霊した。

「だ、駄目ですよ蘭花さんにフォルテさん! シン君をいじめるのは反対です!!」

 憤慨したように頬を紅潮させながら、ミルフィーユが体当たりするような勢いで突如フォルテに走り寄り、手の中のスイッチを奪い取った。
 衝撃で倒れかける身体を何とか踏み留め、フォルテは怪訝そうな視線をミルフィーユに向ける。

「っと……どうしたんだい、ミルフィーユ?」
「そーよ、最初にこのボタンを押したいって言ってたのはアンタじゃない?」

 二人の物言いにミルフィーユは一瞬ばつの悪そうに視線を逸らし、しかし次の瞬間にはフォルテ達の視線を真っ向から見返しながら、
凛とした声で口を開いた。

「それでも……それでも、それとこれとは別なんです!!」

 何の説明にもなっていないミルフィーユの言葉に、フォルテと蘭花は顔を見合わせた。
 その時、ソファの向こうで成り行きを見守っていたミントが、驚愕に目を見開きながら唐突に口を開いた。

「……はっ! もしかしてミルフィーユさん、貴女アスカさんのことを……」

 慌てたように途中で口を噤むミントだったが、フォルテと蘭花には十分伝わっていた。
 意地の悪い笑みを顔に貼り付け、二人はミルフィーユに視線を這わせながら口を開く。

「なーるほど、そーゆーことだったんだねぇ」
「そー言えばシンの奴だけ君付けで呼んでるもんねー? ミルフィーユは」

 からかうような二人の言葉に、ミルフィーユも漸く状況を飲み込んだ。

「ち、ちちちちち違いますよ皆さん!! わた、わたしは別にシン君のことを……!」

 羞恥に顔を林檎のように真っ赤に染め、必死に弁明を試みるミルフィーユを、フォルテ達は新しい玩具を見つけたような顔で
にやにやと見守る。

「おーおーおー、真っ赤になっちゃって可愛いねぇ」
「別にシンのことを……その後は何かなー、ミルフィーユ?」
「良いんですのよミルフィーユさん? 自分の心に素直になっても」
「……神の祝福を」

「ちーがーうーんですぅーっ!!」

 仲間達からの冷やかしの言葉に、ミルフィーユは否定の声を上げながら両腕をぶんぶんと振り回し、

 ――その勢いで次の瞬間、手の中のスイッチがすぽりとミルフィーユの掌を離れた。

「……え?」

 呆然としたミルフィーユの声が、ブリーフィングルームの空気に溶けて消える。
 重力に引かれて放物線を描きながら床に落下するスイッチに、その場の誰もが咄嗟に動けずにいた……ただ一人、シンを除いて。

 シンの行動は早く、そして速かった。
 撃鉄に打たれた銃弾のような勢いで床を蹴り、目の前に立ち塞がるフォルテ達の脇を駆け抜け、宙を舞うスイッチへと一直線に突き進む。
 まるで子供の玩具のような外見だが、曲がりなりにもあのスイッチはロストテクノロジーなのだ。
 壊れれば周辺百光年を巻き込む大爆発……という洒落にならない事態も十分に有り得る。
 間に合ってくれ……祈るように奥歯を噛み締めながら、シンはひたすらスイッチへと走る。

 おちる、落ちる、墜ちる……焦るシンを嘲笑うように、スイッチは床との距離を徐々に縮めていく。
 かける、駆ける、翔ける……落下するスイッチに追い縋るように、シンは更にスピードを上げながら疾走する。

 脳髄の裏側で何かが弾け……瞬間、シンを取り巻く世界が一変した。
 まるでコマ送りのビデオ映像の中にでも放り込まれたかのように、周りのあらゆる事象の動きが緩慢になる。
 視界が広がり、聴覚が研ぎ澄まされ、他のあらゆる感覚も貪欲に周囲の世界を知覚する。
 濁流のように流し込まれる情報量に途切れそうになる意識を気力で繋ぎ留めながら、シンはスイッチへと身を躍らせた。
 だん……と響く己の足音を背中の向こうに聞きながら、シンの身体が床すれすれを滑るように飛ぶ。

「うおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」

 獣のような咆哮を揚げながら、シンはスイッチへと右腕を延ばした。
 大きく開かれた白い掌がスイッチを見事に掴み取り、

 ぽちっ……という気の抜けるような音が、シンの掌の中から響いた。

 ……次の瞬間、眩い閃光がブリーフィングルームを飲み込んだ。

「……おや?」
 どこからか響く爆発音を防音壁越しに小さく聞き取り、執務室で書類を纏めていたギャラクシーエンジェル隊指揮官、ウォルコット・O・ヒューイ中佐は顔を上げた。
 自慢の口髭を指先で弄り、ウォルコットは「ふむ」と思案するように目を細め……、

「シン君も大変ですねぇ」

 ――何事も無かったように始末書を取り出した。



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最終更新:2012年05月05日 09:19
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