アットウィキロゴ

Galaxy Destiny-02

「ピュルリクピュルリクビューティーフォー、キューティーミルキーチェケラッチョ♪」

 ブリーフィングルームの真ん中で、ミルフィーユ・桜葉が楽しそうに踊っている。
 服は各部にフリルをあしらった桜色基調のコスプレ衣装、手には杖頭に羽の生えた星飾りをつけたファンシーなおもちゃの杖。
 鼻歌交じりに軽やかにステップを踏み、気分は完全に魔法少女になりきっているようだ。

「ご機嫌だな、ミルフィーユ。何か良いことでもあったのか?」
「あ、シン君!」

 階段の上から缶コーヒー片手に声を掛けるシン・アスカに、ミルフィーユは満面の笑みで手を振る。
 普通の人間ならば呆れる場面だろうが、しかしミルフィーユの頭の中にお花畑が広がっているのはいつものこと、慣れた今では寧ろ見ていて微笑ましくすら思えてくる。

「シン君も一緒にワクドキハートにドリームショックしませんか?」
「全然意味が分からないけど、一応遠慮しとくよ」

 童心に帰ったように無邪気にはしゃぐミルフィーユの誘いを丁重にお断りして、シンは手摺にもたれ掛りながら部屋全体を見渡した。

 ブリーフィングルームは、魔女に乗っ取られていた。

 別に不審者に占拠されている訳ではない。
 ただこの部屋にいるミルフィーユ以外のエンジェル隊の面々も老若男女問わず似たような格好――つまり魔法少女っぽいコスプレ――をしていただけである。
 もう一度言おう、〝老若男女問わず〟である。
 右も左も男も女も魔法少女一色、世はまさに大魔法少女時代である――そんな電波を受信してしまう程、目の前の光景はカオスだった。

 ミルフィーユが魔法少女ごっこで遊んでいる、それは良い。
 仮装好きのミントが着ぐるみからコスプレに転向したとしても、別段不思議ではない。
 エンジェル隊最年少のヴァニラが年相応の遊びに目覚めたというのも問題は無い、寧ろ万々歳である。
 フォルテや蘭花も……まぁ、個人の趣味に口を出すのも野暮というものだろう。
 おまけのウォルコット中佐は、取り敢えず見なかったことにしよう。

「……ノーマッド、説明を頼む」

 目の前に広がるカオスでサバトな光景に、呆れ嘆くべきか苦笑して流すべきか素直にドン引きするべきかと真剣に悩みながら、シンはソファの上に置かれたぬいぐるみ――ノーマッドに問いかける。
 このノーマッド、見た目はただの不細工なぬいぐるみだが、その中にはロストテクノロジー級の超高性能AIが搭載されている。
 口は悪いがその知識と分析力にはシンも一目置いており、「分からないことがあれば取り敢えずこいつに訊いてみる」と
条件反射的に考える程、その信頼には揺るぎが無い。
 今回も何の疑いも無く状況説明を求めたシンの信頼に応えるべく、ノーマッドは『では説明しましょう』と口を開き、

『まずミルフィーユさんが振り回しているあの杖なんですが、あれ実はついさっき本部から預かったロストテクノロジーで――』
「ミルフィーユ! と、その他大勢!! ロストテクノロジーをおもちゃにするなって何度言えば分かるんだ!?」

 ここは地球から遥か何万光年も離れた銀河の果て、トランスパール皇国。
 古代文明の遺産〝ロストテクノロジー〟の回収を主な任務とし、銀河の平和と安全を護るために日夜戦い続ける特殊部隊が、彼女達ギャラクシーエンジェル隊である。

 ……筈なのだが、

「つまりこのおもちゃっぽい杖は正真正銘の〝魔法のステッキ〟で、魔法少女になりきって使えば本当に魔法が使えるようになる
ロストテクノロジーだ――と?」

 ミルフィーユ達から没収し、倉庫の奥へ放り込んだおもちゃの杖――ノーマッド曰くロストテクノロジーらしい――を遠目に見遣り、シンは疑わしそうに眉を寄せる。
 ロストテクノロジー、それは今は失われた超科学技術の産物、旧文明の遺した危険で迷惑な古代遺産である。
 見た目で判断すれば手酷いしっぺ返しを食う悪夢の玉手箱、それがロストテクノロジーである。

 だが流石に今回ばかりは、シンはノーマッドの解説に素直に納得することは出来なかった。

「魔法、ねぇ……?」
『魔法です』

 足元に転がる他称・魔法の杖を胡散そうに見下ろすシンの呟きを、傍らのノーマッドが復唱するように繰り返す。
 倉庫の証明は全て落とされ、コンテナの積み上げられたこの狭く暗い密室には、埃の浮いた床に無造作に置かれたノーマッドと、まるでボディスーツとフォーマルウェアを合成させたような奇妙な黒い装束に身を包んだシンの二人以外、人影は存在していない。

「幾ら何でも魔法は無いよなぁ」
『確かにこの科学全盛の時代に〝魔法〟というのは非常識な響きですが、でも常識で計れないのがロストテクノロジーですよ?』

 黒手袋を着けながらひとりごちるシンを見上げながら、ノーマッドは冷静な声で忠告する。

「仮にこのおもちゃに本当にそんな力があったとしても、ミルフィーユ達は魔法少女なんかになって一体何するつもりだったんだよ。
 アニメとか漫画の主人公みたいに、世のため人のため幸せのために日夜慈善活動のために飛び回ったり、悪と戦ったりでもするのか?」
『あの人達にそんな崇高な使命感とか正義感とかがあれば、宇宙はもっと平和になってますよ。
 大方私利私欲のために魔法を悪用しようとするのが関の山、浅ましいったらありゃしません』

 夜色のマントを羽織りながら何気ない疑問を口にするシンに、ノーマッドは辛辣な返答を返し、直後『ヴァニラさんは別ですからね!?』と慌てたように付け加えた。
 そこからヴァニラへの美辞麗句を並べ始め、そのまま妄想の世界へと亜光速でトリップするノーマッドを無視して、シンは最後にのっぺりとした形の黒い仮面を手に取る。

『……ところでシン・アスカ、貴方は一体何をやっているんですか?』
「ん?」

 ノーマッドの素朴な疑問にシンは仮面を被せかける手を止め、足元のぬいぐるみを見下ろしながら首を傾げる。

「何って……俺もちょっと〝何か魔法使いっぽい〟格好って奴を」
『色々と言いたいことはありますけど取り敢えずその格好は絶対に違うと思います。魔法使いというか寧ろ魔女の共犯者だろそれは』



『……結局、貴方も本性はフォルテさんや蘭花さん達と同じ穴のムジナだったってことですね、シン・アスカ。失望です落胆です軽蔑です。裏切ったんですね、お父さんと一緒で貴方も私の気持ちを踏み躙ったんですね』

 くどくどネチネチと続くノーマッドの糾弾の言葉を、シンは倉庫の床に正座させられながら甘んじて受け止めていた。
 お父さんって誰だよ、などという疑問は、今この場では無粋というものだろう。
 ノーマッドの言う通りだった。
 散々ミルフィーユ達にロストテクノロジーで遊ぶなはしゃぐなおもちゃにするなと言っておきながら、肝心の自分もこの様だ。
〝動機〟はどうあれ、ロストテクノロジーを私的目的で利用しようとした今回の自分の行動は、確かにいつもトラブルを巻き起こすフォルテ達のそれと全く同じだった。
 穴があったら入りたい……自身の行いを冷静に省みて、シンは自己嫌悪の深海に沈む。

『――それで、一体全体どうしたんですか? ミルフィーユさん達に追従して悪ノリなど貴方らしくもない』
「ん? ああ……」

 ノーマッドの問いに、シンは曖昧な表情を浮かべながら言葉を濁す。
 胸の内をはっきりと言葉にしないところも、馬鹿正直と言える程に己の感情に素直な普段のシンとは正反対である。
 何か思い詰めている……普段とは明らかに違うシンの様子に、ノーマッドに搭載された超高性能演算回路は光の速さでそう結論づけた。

『何かこのロストテクノロジーを使って、魔法に頼ってでも叶えたい願いがあるんですか』

 質問というよりは断定するような響きで尋ねるノーマッドを、シンは図星を衝かれたように顔色を変えて見下ろす。

『元の世界に帰りたい、とかですか』

 またもや断定しながら問うノーマッドに、シンは俯沈痛な表情を浮かべて無言の肯定を返す。

「……試せるもんは全部試しておかなきゃ、だろ?」

 自嘲するような笑みと共にぽつりと呟くシンに、ノーマッドは溜息を吐けない己の身体を呪った。

 シン・アスカはこの銀河の、この時代の、この世界の人間ではない。
 コーディネイター、今は失われた遺伝子操作技術の申し子。
 何らかの理由でこの時間、この宇宙に迷い込んだ異邦人である。
 表面上ではエンジェル隊に溶け込んでいるシンだが、しかしその実ミルフィーユ達との間には一本の明確な線を引き、暇を見つけては元の世界に戻る手段を探し続けている。

 コズミック・イラ――戦乱と仮初の平和を繰り返す、残酷で冷え切った混沌の宇宙、それがシンの本来の世界だった。
 この世界は、ミルフィーユ達と馬鹿をやりながら日々を過ごす今の暮らしは、シンにとって優しくて暖かい、まさに理想の世界である。
 しかし、にも関わらず――否、寧ろそれ故にシンはこの世界を、自分の居場所として受け入れられずにいた、認め切れずにいた。
 幾多の返り血に染まるシンの傷だらけの心にとって、この優しい世界は余りにも眩し過ぎるのだ。

「不相応な世界なんだよ、ここは……俺はここにいて良い人間じゃない」

 マントや衣装に付着した埃を払い、床に転がるおもちゃのようなロストテクノロジーを拾い上げながら、どこか達観したような顔で自己の存在を否定するシンに、

『――しかし、そうは思わない人達もいるみたいですよ?』

 ノーマッドは涼しい声で、シンの言葉を否定する。

 次の瞬間、倉庫の証明が一斉に点った。

 突然視界を染め上げる人工の光の洪水に、シンが眩しそうに眼を細めたその時、

「駄目ですよ、シン君!!」

 凛とした強い調子の声と共に、コンテナの陰から桜色の人影がシンの前に躍り出た。

「ミルフィーユ……」

 魔法少女の衣装を着替えぬまま、泣きそうな顔で己の前に立ち塞がった少女の名を、シンは呆然とした顔で呟いていた。

「皆に何も言ってくれないで、黙って勝手にお別れなんて……そんなの絶対絶対駄目です!!」

 両眼に涙を浮かべながら必死に叫び呼びかけるミルフィーユに、シンは痛みを堪えるように顔を歪めたその時、

「ミルフィーユの言う通りだよ、シン」

 シンでもミルフィーユでもノーマッドでもない第四の声が、倉庫に突如響き渡った。

「不相応だか何だかよく分からない理由で、あたし達に何の相談も無しに独りで消えようなんて、それはちょっと冷たいんじゃないかい?」

 そう言って別のコンテナの陰から姿を現したのは、ミルフィーユと同じく魔女の格好のままのフォルテ。

「もしも魔法なんて美味しい力が使えたら、きっと世の中やりたい放題。そんな誘惑に駆られて、お前さんも絶対にやって来ると思って皆で張ってたんだが……やっぱり来たね。
 本当ならシンが女装してあの恥ずかしい呪文を唱えてるトコを激写して、皆で笑い者にする筈だったんだけどねぇ。
 でもどういう訳か、お前さんとノーマッドの話がどんどんシリアスシリアスって進んじまってタイミング見失ってさぁ、出るに出られなくなっちまって困ってたんだよねー」

 そう言って呵呵呵と笑うフォルテに続くように、蘭花やミント、ヴァニラにウォルコットまで、ブリーフィングルームで魔法少女ごっこに興じていたメンバー全員が、シンの前に勢揃いする。

「アンタがここにいちゃいけない人間? んな訳ないでしょ! アンタがいなくなったら、誰がアタシの夜勤の肩代わりしたり、ちょっとした時にパシリに行ったりするのよ!?」
「アスカさんって結構タフですし、意外と手先も器用ですから、締め切り前の修羅場とかには臨時戦力として重宝するんですよね。
貴重な人材ですわ」
「……神もこう仰っています。汝が汝としてここに存在することに、大いなる意味があるのだと」
「シン君はデスクワークでも有能ですし、何より貴方が頑張ってくれると他の皆さんも真面目に仕事してくれますからねぇ。エンジェル隊にとって、シン君は不可欠な御人ですよ」

「お前ら……」

 次々と投げかけられる仲間達の暖かい言葉に、シンの目頭が自然と熱を帯びる。
 瞼の縁から零れそうになる熱い水滴を袖先で拭い去り、シンは夢破れて絶望したような、しかしどこまでも幸福そうな顔で笑った。

『貴方の負けですね、シン・アスカ』
「ああ、今回は諦めるよ」

 あたかも全てを見通していたような調子で足元から声をかけるノーマッドに、シンは穏やかな声と共に首肯する。

 こうして、魔法少女の杖なるロストテクノロジーを巡る小さな事件は幕を閉じ――なかった。



 寧ろ、全てはここから始まった。

《Standby Ready》

 どこからともなく響き渡る無機質な電子音声と共に、シンの右手に握られる魔法少女の杖が突如発光、激烈な光が倉庫を呑み込んだ。
 光が納まり、倉庫に平穏と静寂が戻る中、光の中心にいたシンはその姿を大きく変貌させていた。

「……ぷっ!」

 変身したシンの姿を見て、まず最初に蘭花が噴き出した。
 明瞭に響き渡る笑い声はやがて周囲の者にも伝染し、倉庫は瞬く間に爆笑の渦に包まれる。

「お前ら……っ、笑うなぁ!!」

 己の姿を隠すように胸の周りに腕を絡ませながら、シンが顔を真っ赤に染めて怒号を上げる。
 シンの肢体はまるで変身ヒロインアニメの主人公のような、フリルとリボンに飾られたファンシーな衣装に包まれていた。

《Good morning. My master》

 杖頭の星飾りを明滅させながら、シンの手の中のロストテクノロジーが無機質な声で喋りかける。

「うぉっ、この杖喋れるのか!」
「どうやら〝魔法少女の杖〟というのは本当だったようですわね」
「凄っ……アタシリアル変身なんて初めて見たわよ!?」
「うわぁ! シン君可愛いです!!」

 魔法少女へと姿を変えたシンとその変身アイテムに、他の面々は興味津々といった様子で眼を輝かせる。
 まるで他人事のような――事実、他人事なのだが――ミルフィーユ達の態度に、シンの理性は臨界点を突破する。

「俺が一体、何をしたぁぁぁぁぁーーーっ!?」

 爆発する魂の慟哭が銀河に轟き――そしてこの瞬間、魔法少女シン・アスカの物語が始まった。

 こうして魔法少女として覚醒したシンは、ロストテクノロジーな魔法の杖〝かれいどるびー〟を相棒に、
 時空管理局と名乗る謎の巨大秘密組織の魔法少女達とロストテクノロジーを巡って敵対と共闘を繰り返したり、地の底から蘇った謎の侵略者〝いんふぇるしあ〟との闘争の日々を送ってみたり、〝でうす・まきな〟なる巨大人型魔法ロボとして復活再誕した愛機デスティニーを駆り宇宙存亡を賭けた壮大な戦いの最前線に斬り込んだりしながら、努力友情愛情成長そして勝利の王道サクセスストーリーを突っ走って逝く訳であるが……それはまた別の話である。



~おわれ~






タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2012年05月06日 15:21
ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。