――これは、己の運命と共に無限の銀河を駆け抜けた男の物語である……。
今は失われた超科学技術の産物、旧文明の遺産、ロストテクノロジー。
NEUE宙域辺境で発見されたロストテクノロジーの回収に向かったルーンエンジェル隊は、その負のエネルギーに取り込まれ、悪のエンジェル隊として覚醒した。
ただ一人危機を免れたアプリコット・桜葉は悪の心に囚われた仲間達を救うため、姉、ミルフィーユと共に悪のエンジェル隊に戦いを挑む。
しかし所詮は多勢に無勢、哀しいかな紋章機の性能差、そして駄目押しとばかりに、掟破りの四人合体。
アプリコット達も対抗して合体するが、様々なフラグとご都合主義が複雑に絡み合う中、二人は段々と追い詰められ、そして遂に最期の時を迎えようとしていた。
だが、その時――、
『諦めるな! ミルフィーユ、アプリコット!!』
通信機から突如響く懐かしい声。
同時にミルフィーユ達の視界を横切る、赤い鋼の翼から光の羽根を舞い散らせて翔ぶ、一機の見慣れない紋章機。
二人の脳裏を不意に過るのは、不器用だが優しかった、今はもう思い出の中にしかいない〝彼〟のぶっきらぼうな顔。
否――そんな筈はない、あの人がここにいる訳がない。
記憶の中に巣食い、心を掻き乱す〝彼〟の顔を、ミルフィーユ達は必死に振り払う。
あの人は「昨日」に帰った、「明日」に生きる自分達とは、もう二度と会えないのだ。
だけどもし、あの人が「今日」に帰って来てくれたとしたら……そんな絶望的な期待を捨てきれない女々しい自分自身が、ミルフィーユは――アプリコットも――どうしようもなく恨めしかった。
操縦桿を握る手の甲に、温かい水滴がぽつりと落ちる。
急に動きを鈍らせたミルフィーユ達の合体紋章機、その絶好の隙を悪に染まったエンジェル隊が見逃す筈は無かった。
人型に合体した悪の四体合体紋章機の、両肩のランチャーポッドからミサイルを雨のように射出し、胸の砲口から高出力ビーム砲を撃ち放つ。
防ぐ余裕も、躱す隙も無かった――少なくとも、ミルフィーユとアプリコットの二人には。
二人の合体紋章機の脇を掠め去り、例の赤い翼の正体不明の紋章機がミルフィーユ達の前に、まるで盾になるように突如躍り出た。
謎の紋章機の機体がまるで立体パズルのように複雑に変形し、背中に赤い翼が生えた人型になる。
あれは……まるで天使のような姿に変形した謎の紋章機に、ミルフィーユは瞠目したように目を見開き、言葉を失った。
似ている、似過ぎている、記憶の中の〝彼〟の愛機と、それは余りにも瓜二つだった。
『天使……?』
アプリコットの呆然とした声が、スピーカー越しにミルフィーユの耳朶を打つ。
否、あれは天使などではない――「あのモビルスーツ」の凶悪さを鑑みれば、寧ろ悪魔の方が相応しい。
目の前の未確認機と記憶の中の「あの人の機体」をミルフィーユが混同する中、二人の前に立ち塞がる人型紋章機が胸の前に両腕を突き出し、巨大な光の壁を展開した。
魔法ではなくエネルギーで構成されたビームの盾が未確認機と二人の合体紋章機の前面を膜のように覆い、襲い来る弾幕の雨を完全に防いでみせる。
『この馬鹿が! 言ってる傍から撃たれかけてどうする!?』
再び通信機から響く、今度は自分達を罵倒する〝彼〟の声……間違いなかった、幻聴などではなかった。
「シン君……」
『お兄ちゃん!』
泣き出しそうな表情で呟くミルフィーユと、驚愕と歓喜の入り混じる顔で叫ぶアプリコットの声に応えるように、目の前の人型紋章機――デスティニーガンダムがゆっくりと背後を、二人を振り返った。
開いた通信ウィンドウに映る紅い瞳の青年はミルフィーユ達の記憶の中の〝彼〟よりも、少しだけ大人になっていた。
「貴様、何者だ!?」
戦闘に突如乱入した未確認機に、悪のエンジェル隊のリーダー、リリィが警戒しながら昂然と問う。
データに無い紋章機だった――否、それ以前に、人型に可変する紋章機など見たことも聞いたことも無かった。
白を基調に青や赤で彩られた機体色、V字型に左右に伸びる額の金色の角飾り、背中に背負った大剣と長銃と、まるで天使か悪魔のような
一対の翼。
左右の機械仕掛けの眼の端から鋼鉄の両頬へ走る左右のスリットは、まるで終わらぬ戦いに兵器が涙を流しているようにも……そこまで考えて、リリィはふと思い出した。
紋章機ではないが、かつてトランスバール軍に存在したという、一体の鋼の巨人の噂を。
伝説の天使達と共に銀河を縦横無尽に駆け巡り、そして唐突に姿を消した、刃金の悪魔の御伽噺を。
「まさか……!?」
一つの可能性に思い至り、リリィは愕然と目を見開く。
リリィの呟きを聞き取ったように、ウィンドウに映る紅い瞳の青年、未確認機のパイロットが口を開き、
「ギャラクシーエンジェル隊、シン・アスカ」
リリィの仮説を裏付けるように、そう名乗った。
『シン君!!』
『お兄ちゃん!!』
「元気そうだな、ミルフィーユ。アプリコットも大きくなったな」
二人の会話に割り込むようにウィンドウの中で身を乗り出す桜葉姉妹に、シンは優しく笑いかけた。
もう会えないと思っていた人の、二度と聞けないと諦めていた声を聞き、ミルフィーユは思わず涙ぐむ。
『お兄ちゃん! あっちの世界に帰ったんじゃなかったの? どうして、どうやって帰って来たの? その紋章機はどうしたの?というかお兄ちゃんって紋章機に乗れたの!?』
「そんなに一遍に答えられるか!」
再会の感動に言葉も出ない言葉も姉とは対照的に矢継ぎ早に質問を浴びせかけるアプリコットに、シンは思わず苦笑する。
『お前ら……オレらを無視してイチャつくたぁ良い度胸じゃねーかコノヤロー!!』
『放置はイヤーンなのだー!!』
悪のエンジェル隊員、アニスとナノナノの怒号と共に、四体合体紋章機が再びミサイルと粒子砲を吐き出した。
再開した敵の攻撃に、デスティニーと合体紋章機は弾かれ合う磁石のように散開する。
「あのデカいのは俺が相手する、お前らはロストテクノロジーを撃て!」
『『了解!!』』
迫り来る弾幕の嵐を掻い潜りながら指示を飛ばすシンに、ミルフィーユ達が元気よく応える。
『オレらを舐めんのもいい加減にしろよ、ちっこいの!!』
『貴様に悪の道の真髄を教えてやろう!』
四体合体紋章機の左右の腰から無線式攻撃端末〝ドラグーン〟が放たれ、不規則な軌道を描きながらデスティニーに迫る。
更に四体合体紋章機本体も、ミサイルを、ビーム砲を、全身に装備されたあらゆる武装を一斉に撃ち放つ。
だが――、
「こっちこそ教えてやる……モビルスーツの性能差が、戦力の決定的差じゃないってことをなぁ!!」
咆哮と共に、何かが弾けるような音がシンの頭の中に響き、紅い双眸から光が消えた。
クリアになる思考、研ぎ澄まされる感覚、あらゆる〝動き〟が緩慢になった世界を、宇宙を、シンとデスティニーは一つになって
翔け抜ける。
右手に握るライフルでドラグーンを撃ち落とし、背中から引き抜いた大剣でミサイルの雨を薙ぎ払い、文字通り光の速度で迫る
ビームの奔流をその驚くべき機動性で躱して、四体合体紋章機に肉薄する。
『なんつーデタラメな!?』
唖然とした声を上げる四体合体紋章機の眼前で、デスティニーの掌にビームの光が灯り、獣のように唸りを上げる。
その頃、ミルフィーユ達もまた、敵を追い詰めていた。
シンが四体合体紋章機を惹きつけている隙に、エンジェル隊豹変の元凶、巨大な桃の形をしたロストテクノロジーに接近、右手の
ガトリング砲と左手のビーム砲を構える。
《ま、待て! やめろぉぉぉーーーっ!!》
狼狽えるロストテクノロジーの命乞いの声に耳を貸すことなく、二人はトリガーを引き絞る。
そして――、
「パルマフィオキーナ!!」
ビームの光を纏ったデスティニーの掌底が四体合体紋章機の顔面に突き刺さり、
「バーンって――」「――いっちゃえーっ!!」
合体紋章機の両手に握られたガトリング砲とビーム砲が同時に火を噴いた。
吹き飛ばされる四体紋章機、爆煙に包まれるロストテクノロジー、勝敗は決した――かに見えた。
《……ふ、ふは、ふはははは! この私を倒すには少しばかり火力が足りなかったようだなぁ!!》
高笑いと共に爆煙の雲の中から姿を現したロストテクノロジーは未だ顕在、それどころか全くの無傷であった。
そしてデスティニーの掌打に吹き飛ばされた四体合体紋章機の方も……、
『凄ぉく激しい攻撃だったわぁ』
『首が吹っ飛ぶかと思ったぜ!』
デスティニーの攻撃で頭部のカメラアイが損傷してはいたが、戦闘自体に支障が出る程のダメージは負ってはいなかった。
『こうなったら――』『――本気で逝くのだっ!!』
四体合体紋章機の両腕に、全身に、禍々しい光が集い渦巻き、具現化した怨念の火の玉が砂糖に群がる蟻のように光の中に飛び込んでいく。
『鉄拳制裁万歳!!』『人の不幸は蜜のあ~じっ』『駄々捏ねたモン勝ちなのだー!』『お前の物はオレの物ぉ!!』
悪のエンジェル隊のネガティブな叫びと共に光は邪悪な輝きを増し、そして限界を超えて解き放たれた。
『『『『喰らえ! ダークエンジェルロケットパァーンチ!!』』』』
悪のエンジェル隊全員の咆哮と共に撃ち放たれた鋼の両拳が、デスティニーの傍を素通りし、ミルフィーユ達の合体紋章機を殴り飛ばす。
「ミルフィーユ! アプリコット!!」
『余所見とは随分と余裕だな!!』
被弾した二人を思わず振り返るデスティニーに、四体合体紋章機が肉薄し、
『『『『ダークエンジェル雷槌キィーック!!』』』』
紫電を纏う鋼鉄の脚を斧のように叩き込んだ。
《ふはははは! どうだ、思い知ったか? 彼女達はもう二度と元に戻ることは無いのだと、お前の声など届きはしないのだと!!》
「そんなこと、ないです……!」
勝ち誇ったように喚くロストテクノロジーの言葉を、ダメージ警告のやかましく鳴り響く合体紋章機のコクピットで、アプリコットは
必死に否定する。
「わたしは、わたしは忘れません、皆で一緒に過ごした日々のことを……一緒に戦ったり、泣いたり、笑ったり、凄く楽しかったです!
わたしが今まで、ルーンエンジェル隊として頑張ってこられたのは、皆がいてくれたからなんです!!」
「リコ……」
アプリコットの切なる叫びに、ミルフィーユは驚いたように目を見開く。
シンもデスティニーのコクピットで、アプリコットの言葉を複雑そうな面持ちで聞いていた。
そしてアプリコットの心の声は、悪の心に侵されたエンジェル隊の仲間達にも――しっかりと届いていた。
四体合体紋章機が突然両手で頭を抱え、悲鳴を上げながら悶え苦しみ始める。
「お姉ちゃん! お兄ちゃん!!」
動揺する敵の隙を見逃すことなく、アプリコットがミルフィーユとシンに呼びかけた。
《無駄無駄無駄無駄! 所詮貴様ら二人の豆鉄砲など、この私には効かんということがまだ解らんのかぁ!?》
「……確かに二人なら、ね」
余裕の声で嗤うロスとテクノロジーに、ミルフィーユもまた不敵な笑みを返す。
ミルフィーユがデスティニーを仰ぎ見た。
「シン君! シン君の力もわたし達に貸して――三人で合体よ!!」
『えぇええええええええええっ!?』
いきなり無茶苦茶なことを言い始めた姉に、アプリコットが思わず唖然とした声を上げる。
確かに二人では偶然合体出来た、だが三人では流石に無理だろう……不安そうな眼でウィンドウを見つめるアプリコットに気付いたのか、
シンも真剣な顔で頷き、
『よし――やるぞ!』
「お兄ちゃぁぁぁーーーーん!?」
あっさりとミルフィーユの提案に同意したシンに、アプリコットは再度絶叫する。
「いくよっ! リコ、シン君!」
「応よ、ミルフィーユ!!」
「あー、もう……こうなったらどうにでもなれぇーっ!!」
ノリノリで叫ぶミルフィーユとシンに、アプリコットも遂に自棄になった。
合体紋章機が元の二機の紋章機――ラッキースターとクロスキャリバーに分離し、デスティニーを前後から挟み込むような形に機体を
移動させた。
デスティニーも元の戦闘機形態に変形し、更に機首を折り込み、翼を畳み、ブロックのような姿に再変形する。
前後の機体にビーコンを照射するデスティニーに、ラッキースターが前から、クロスキャリバーが後ろから接近する……本気で合体するつもりだ。
《させるかぁ! 悪のエンジェル隊よ、奴らの合体を阻止するのだ!!》
「断る!!」
焦るロストテクノロジーの命令を、リリィが迷わず斬って捨てた。
もしや元に戻ってくれたのだろうか……期待の眼差しで四体合体紋章機を見遣るアプリコットに、リリィは続ける。
「――敵の合体を途中で邪魔するなど、悪の美学に反するからな」
そういうことか……落胆の息を吐くアプリコットを余所に、合体は順調に進行、デスティニーをコアブロックにラッキースターが
上半身、クロスキャリバーが下半身に変形、ドッキングした。
額に輝くV字アンテナ、鋭く煌めくツインアイ、合体を完了させたアプリコット達の新たな合体紋章機は、シンの世界で「G」タイプと呼ばれる顔をしていた。
「「「完成! ギャラクシーインパルス!!」」」
三人の上げた名乗りの叫びと共に合体紋章機――ギャラクシーインパルスの機体色が灰色から、白を基調に赤青黄の
トリコロールカラーのアクセントの入った鮮やかなものに変わる。
『へっ……意外と格好良いじゃねーか。正義の味方っぽいぜ?』
『ああ、悪たる我々の相手としては申し分ない』
不敵に笑いながら睨む四体合体紋章機をギャラクシーインパルスもまた見返し、そして――、
「――そして、どうなったんだ?」
両手に持つ紙の束、「劇場版ぎゃらくしーえんじぇるDestiny Final Plus」と書かれた企画書から顔を上げ、シン・アスカは
目の前の少女、企画の提案者、ヴァニラに尋ねた。
ここは地球から遥か何万光年も離れた銀河の果て、トランスバール皇国。
古代文明の遺産〝ロストテクノロジー〟の回収を主な任務とし、銀河の平和と安全を守るために日夜戦い続ける特殊部隊が、彼女達ギャラクシーエンジェル隊である。
……筈なのだが、今は何故か、まるで映画のシナリオのように箇条書きで記された壮大なSFストーリーの推敲作業に、目下エンジェル隊員達は追われていた。
シンの素朴な問いに、ウィンドウに表示された同じ原稿に目を通していた他の面々も一斉にヴァニラに視線を向ける。
「神のお告げはここまでです。彼らがこの先どのような運命を選ぶかは、神のみぞ知ることです」
「つまり丸投げかよオイ」
淡々とした口調で堂々と「考えていない」とのたまうヴァニラに、シンは呆れたように息を吐く。
『失敬な! これは所謂山あり谷ありオチなしという高度な手法であり、理解出来る人間こそ少ないですが、使える人間が使えば既存の如何なる名作をも超える超名作をですね――』
「その〝使える人間〟って奴に上手く巡り合えるとは限らないだろうが。というか、そんな格言聞いたことねーよ」
必死にヴァニラを擁護するぬいぐるみ、ノーマッドの弁論を一蹴し、シンは再びヴァニラに視線を向ける。
「素人考えだけど、俺はやっぱり結末は必要だと思う。未来とか運命なんて誰にも解らないっていうのは確かに真理かもしれないけど、それで納得出来る人間は多分殆どいない」
原稿を返しながらそう感想を述べるシンの言葉を、ヴァニラは一字一句聞き洩らすまいとするように真剣に聞いている。
そして全てを聞き終え、ヴァニラはこう一言。
「気にしないで下さい、私も気にしない」
「だから他の大多数の人間が気にするんだよ」
事の発端は一時間前、ヴァニラが大量の紙の束を持ってブリーフィングルームに現れたのが始まりだった。
ブランマンシュ財団映画部門のシナリオ募集企画に応募する原稿の推敲を、ギャラクシーエンジェル隊の仲間達に頼みに来たのだ。
すぐ傍に――というかすぐ隣でそのブランマンシュ財団の総帥令嬢、ミントがニコニコと笑っているというのに、そのコネを使おうとしないのが如何にもヴァニラらしい。
そしてミルフィーユを始め他の人間には電子文章に打ち直した文章のコピーを配布しているのに、何故シンにだけ手書きの生原稿なのかという疑問もあるが、別に深い意味は無いだろう。
「あたし達の後継者、ルーンエンジェル隊かぁ……それも面白いかもねぇ。教官の資格取って本当に創ってみようか?」
「紋章機の変形合体ってアイデアも面白いわね。アタシ達の機体にも組み込んでくれるように今度頼んでみよっと!」
「リコが主人公なんですねー、わたしも結構出番貰えて嬉しいです。でもわたしに妹がいるって、ヴァニラさんに言いましたっけ?」
原稿に目を通し終えたミルフィーユ達の感想は――身内贔屓という一面も無きにしも非ずだが――このように好意的なものばかりであった。
しかし最後には全員揃って、こう釘を刺すのを忘れない。
「「「でもやっぱりオチは必要(だね)(ね)(ですね)」」」
全員共通の辛辣な評価に、ヴァニラは心の落ち込みを表現するかのように肩を落とす――無表情で。
「それにしてもアスカもヤるわねー? ミルフィーユと妹さんで姉妹丼なんて」
「ぶっ!?」
ニヤニヤと笑いながら突然そう口にする蘭花に、シンは思わず、口に含んだコーヒーを噴き出した。
「な、何いきなり言ってやがんだよ、蘭花!?」
器官に流れ込んだコーヒーで咽せながら焦ったような声を上げるシンに、蘭花の笑みは更に濃く邪悪になる。
「だって、二人と「合体」なんて……それにミルフィーユの妹がアンタのことを「お兄ちゃん」って呼んでるのも、何か意味深じゃない?」
「そ、それはそういう意味で言ってる訳じゃないだろ!」
「ほぉ……「そういう意味」って、どういう意味だい?」
顔を真っ赤に染めて蘭花に反論するシンに、今度はフォルテが口を挟む。
「ヤるとか姉妹丼とか合体とかって聞いて、あんたは一体何を想像したんだい?」
「そ、それはっ、その……」
怒りと羞恥に顔を紅潮させたまま沈黙するシンに、最後に蘭花とフォルテは声を合わせて一言。
「「このマセガキ」」
「なっ……!?」
二人の容赦ない止めの一言に、健全な青少年は見事に撃沈した。
そしてもう一人の渦中の人物、純粋純真な少女の方は、
「皆さん、一体何の話をしているんですか?」
話に全く着いていけず、一人不思議そうに首を傾げていた。
その時、ブリーフィングルームの自動扉が開き、佐官服を着た初老の男――エンジェル隊指揮官、ウォルコット中佐が姿を現した。
「おや、皆さん何やら楽しそうですね? 一体何を盛り上がっているんですか?」
「あ、中佐!」
好々爺然とした笑顔で話しかけるウォルコットに、ミルフィーユもまた事情を説明する。
話を聞き、ウォルコットも「ではそういうことでしたら」とヴァニラの原稿の推敲を申し出た。
ミルフィーユから電子文章を転送して貰い、ウォルコットは普段の書類整理と同じ要領で原稿をスラスラと読み進めていき――その途中、一瞬だけ表情を強張らせた。
刹那の表情の変化にミルフィーユ達が気付く前にウォルコットは平常心の仮面を被り直し、ウォルコットはヴァニラの文章を最後まで読み終える。
原稿を読了したウォルコットはヴァニラへ向き直り、そして文章の感想を口にする。
「もう少しお話の構成を煮詰めた方が良いですねぇ。正直このままの状態で投稿するのは私は賛成しかねますなぁ、オチもありませんしねぇ」
自他共にエンジェル隊員達に甘いと認めるウォルコットの、予想外の酷評に、ミルフィーユ達が唖然と目を見開く。
しかし口の早い蘭花などが何かを言い出す前に、ウォルコットは逃げるようにブリーフィングルームを去ってしまった。
ウォルコットの不自然な行動に一同は怪訝そうに首を傾げるが――、
「――ま、確かに中佐の言うことも一理あるわな。色々と荒削りな部分もあるし、構想をもっと煮詰めればそれだけ良い原稿になると思うよ? そーいう意味での、中佐の親心って奴だよ」
……というフォルテの推察に、他の面々も「そういうものか」と一応の納得することにした。
ちなみにヴァニラはウォルコットにまで言われた「オチが無い」という評価に、己の信念が揺らぎ始めていた。
こつり、こつり……最低限の証明のみ点った、薄暗い格納庫の中を、ウォルコットは靴音を甲高く響かせながら歩いていた。
「困ったことになりましたねぇ……いや、寧ろこれは好都合と言うべきでしょうか?」
ぶつぶつと独り言ちるウォルコットの呟きは、靴音に掻き消されて誰の耳にも届かない。
否――元よりこの場所に、基地最高責任者の失言に聞き耳を立てるような人間は、余程の暇人や酔狂な者以外は存在しないだろう。
そのような暇を与える程ウォルコットは部下を甘やかしてはいないし、猫を殺す程に好奇心旺盛な危険人物には常に目を光らせている。
「……何にせよ、これは計画を早める必要がありますな」
そう結論づけ、ウォルコットはこの無人の空間、エンジェル隊基地第三格納庫の長い長い通路をひたすら無言で歩き続けた。
エンジェル隊基地には三つの格納庫が用意されている。
ミルフィーユ達の紋章機が格納された第一格納庫。
シンの乗機、モビルスーツ・デスティニーが封印――というよりも放置――されている第二格納庫。
そしてこの第三格納庫は、格納する紋章機も無く、また倉庫に入りきらぬ程大型のロストテクノロジーも存在しない今は、いわば空き部屋として捨て置かれている。
この空き部屋に中身は無い、文字通りの伽藍堂――それがミルフィーユ達エンジェル隊員も含めた、この基地のスタッフ全員の
共通認識である。
だからこそ、〝隠れ蓑〟には都合が良い……髭の下に半分隠れた口元を歪めながら、ウォルコットは足を止めた。
これ以上進む道が無いのだ、それに目的地にも辿り着いた。
第三格納庫の最深部、伽藍堂な空き部屋の「重箱」の隅に至った老人の眼前には、空っぽであるべき筈の空間にあるまじき異物――
〝伽藍堂の中身〟が鎮座している。
それは巨大な鋼の鳥、血のように真っ赤に塗られた鋼鉄の両翼が特徴的な紋章機だった。
基地のデータベースには登録されていない、軍の情報部すらも把握していない、存在しない筈の〝六体目の銀河の天使〟がそこにいた。
否……ウォルコットは再び嗤う。
この機体は断じて天使などではない、言うなればこれは悪魔だ。
そう、まるでヴァニラの原稿の中のデスティニーそのままの、否――〝ヴァニラの原稿そのままのデスティニー〟とでも言うべきだろうか。
軍が密かに進めている次世代紋章機の開発計画。
巡航と戦闘それぞれに特化した二つの顔を持つ、可変式新型紋章機、この〝トゥルーデスティニー〟はその試作初号機である。
モビルスーツ・デスティニーからフィードバックしたデータを基に開発し、シン・アスカ専用に調整されたこの機体の変形形態が
どのような姿かは、今更言うまでもない。
「貴方の出番ももうすぐですよ……」
暗い笑みを浮かべる老人を、トゥルーデスティニーは黙って見下ろしている。
書類の偽造、関係各所への根回しは既に完了している。
銃弾は弾倉に込められ、撃鉄も下ろされた……後は引き金を引くだけである。
眠れる鋼鉄の悪魔が目覚める時は、少年が新たな運命と出会う日は――近い……。
最終更新:2008年12月07日 10:37