「う~ん……皆、どこ行っちゃったのー?」
エンジェル隊基地内を網の目のように走る通路の真ん中で、頭に大きな花飾りを着けた桜色の髪に少女が、不安そうな声を上げながら
周囲を見回している。
「何やってんだ? ミルフィーユ」
まるで何かを探すように忙しなく視線を動かす少女の背中に、赤い瞳の少年、シン・アスカが怪訝そうに声を掛けた。
その声にミルフィーユと呼ばれた少女は、まるで身体に電流でも走ったかのようにビクリと背筋を震わせ、恐る恐るといった様子で
背後を振り返る。
「探し物でもしてるのか?」
「あ、うん……」
何気ない調子で尋ねるシンに、少女は言い辛そうに歯切れ悪く口を開く。
「探し物っていうより、人探しなんですけど……」
「人?」
普段のミルフィーユらしくもない、まるで知らない場所で迷子にでもなったかのように元気の無い少女の顔と声に眉を寄せながらも、シンは目の前の仲間の助けとなるべく再び口を開いた。
「蘭花とミントならいつも通りブリーフィングルームで駄弁ってたし、ヴァニラはこの時間帯は礼拝とかで部屋に籠ってる。中佐は執務室に
いたし、フォルテは射撃場だったかな?」
「あ、いえ違うんです!」
自分達二人に共通したあらゆる関係者の居場所を指折り数えながら挙げていくシンに、ミルフィーユは慌てたように首を振る。
「わたしが探しているのは、その……子供なんです」
「こ、子供ぉ?」
遠慮がちにミルフィーユが口にした予想外の言葉に、シンは思わず素っ頓狂な声を上げる。
エンジェル隊基地は一応軍施設だ、子供が気軽に立ち入れるような場所ではない。
しかしよく考えてみれば、エンジェル隊最年少隊員のヴァニラは十分子供と言える年齢であるし、ミントというリアル〝見た目は子供中身は大人〟なメンバーもいる。
それに思い出してみれば、以前蘭花の姪が友達を連れて基地に見学に来たこともあるし、ロストテクノロジーの影響で自分達が
子供になってしまったこともある。
例外など、意外と山のように転がっているではないか……そう結論づけ、シンは自己を納得させるように首肯しながら
再びミルフィーユへと向き直り、口を開いた。
「子供、だな。俺も探すのを手伝うよ。何か特徴とかあるか?」
そう言えばミルフィーユにも妹がいると以前言っていたな……頭の隅でそんな詮無い思考を巡らせながら尋ねるシンに、少女は
一瞬迷うように視線を泳がせ、そしておずおずと口を開いた。
「赤い眼……皆シン君みたいな真っ赤な眼をしてます」
「あ、赤い眼? それに皆って……」
再びミルフィーユの口から出た予想外の単語の数々に、シンは唖然と言葉を失う。
シン・アスカの身体には、現代では失われたヒトゲノム調整技術〝コーディネイト〟が施されている。
稀に自然発生する瞳の色素欠乏による〝紅〟とは違う、人工的な〝赤〟い色彩を宿したこの双眸も、遺伝子操作の産物、自然の摂理に背いて生を受けた証なのだ。
コーディネイト技術が失われた今、シンと同じ瞳を持つ者は皆無に近しい……絶対にあり得ないとは言わないが、それでも可能性としては限りなくゼロに近いだろう。
だがしかし、ミルフィーユは「皆」と言った、宝くじが当たるよりも低い確率で存在する〝紅い眼〟の人間がこの限定空間に複数存在すると言っているのだ。
それは本来あり得ない筈の、それこそミルフィーユの強運による奇跡でも起きぬ限り絶対に実現しないであろう、天文学的確率でのみ許される現象である。
だがシンは知っていた……その「奇跡」を人工的に起こす技術を、その悪魔の御業によって生み出された哀しい生命を。
シンの脳裏に、誰かの鏡として造られ、不完全な技術により未来の無い命を運命づけられていながら、己の存在の全てを捧げて
未来のために戦い続けた無二の親友の横顔が蘇る。
もしもミルフィーユの探す子供達とやらが「あいつ」と同じ存在だったら、それも自分をベースにして造られていたとしたら……
シンの瞳の中に、冷たくも烈しい炎が点る。
エンジェル隊に「保護」された際、検査と称してシンの身体は隅々まで調べ尽くされ、遺伝子情報を含むあらゆる身体データが
軍の研究機関に渡っている。
時空震で一度滅びかけたとはいえ、シンの生まれた銀河を遥かに凌駕する技術力を持つ皇国軍だ、入手したシンのデータを基にクローンを
造るなど造作も無いことだろう。
だが「出来る」からといって、「やって良い」という訳ではない。
シンは造られた生命自体を否定するつもりは無い、しかし造り出した者達の狂気と、その所業まで許容するつもりも毛頭無かった。
仮に軍が自分を利用し、下らない欲望のために人の命を弄ぶような真似をしたとすれば、この場所は最早シンの居場所ではなく、滅ぼすべき敵である。
その時は、たとえミルフィーユ達と銃口を向け合うことになろうとも、自分は迷わず引き金を引く……最悪の可能性に備えてシンは密かに、哀しい決意を独り固めていた。
だが、シンは一つだけ失念していた。
シンと同じ色彩を瞳に宿す子供達、そのもう一つの可能性を……。
弩怒怒怒々……通路の壁や床を震わせ、地響きを轟かせながら、何かが全速力でシン達に接近している。
「シィイイイイイイイイイイイイン!!」
魔物のような咆哮を上げ、マシンガンを乱射しながらシンに突進する長身の影は、まるで般若のような形相で怒り狂う、軍帽に片眼鏡を
かけた赤い髪の女性だった。
「フォ、フォルテ!?」
狼狽した声で女性の名を呼ぶシンの横面を、すらりとした右脚が乱暴に殴り飛ばした。
回し蹴りを諸に喰らい、床に倒れ伏すシンの後頭部にハイヒールの踵をめり込ませながら、フォルテと呼ばれた女性が怒り心頭といった
様子で勢い良く吼え猛る。
「このエロガキがぁ! お前いつの間にあたしを孕ませたぁ!?」
「……はぁ!?」
フォルテの言葉の意味が解らず、ハイヒールの食い込む頭を無理矢理持ち上げながら振り返るシンの前に、フォルテの陰から小柄な影が
ひょこりと顔を出した。
肩の上で切り揃えた真っ赤な髪を揺らし、キャップの鐔を持ち上げながらにやりとシンに笑いかけるその少女は、隣でシンを睨むフォルテと驚くほどよく似た顔立ちをしている。
少女の年頃は十代前半、フォルテと横並びになれば年の離れた姉妹、或いは親子と言っても――フォルテの年齢を度外視すれば――通用するかもしれない。
しかしただ一つ、瓜二つと言って良い程によく似通った二人の顔には、一つだけ決定的に違う箇所があった……少女の眼である。
悠然とシンを見下ろす少女の両眼は、まるで炎のように赤く燃えていた。
「はじめましてかな、親父殿? あんたの娘のハイネ・シュトーレンだ、よろしく」
八重歯を覗かせながらそう自己紹介する自称・娘を、シンはあんぐりと口を開けて呆然と見上げる。
「ど、どういうことだよ……これは!?」
ショート寸前の思考回路を無理矢理回し、辛うじてそれだけを口にしたシンの問いに、若干落ち着きと余裕を取り戻したのか、フォルテは
嘆息交じりに肩を竦ませる。
「どうもこうも、見て聞いた通りだよ……この子、ロストテクノロジー使って未来から来た、あたしとあんたの娘なんだってさ」
フォルテの科白に、シンの思考は今度こそ真っ白に焼き切れた。
突然一児の父になってしまい、思考停止するシンの背後に、だが新たな混乱の種が土煙を上げながら刻々と近づいていた。
「アスカあああああああああああっ! よくもアタシの純潔を奪ったわねぇえええええええええっ!!」
金色の怒髪が天を突き破り、モーニングスターを振り上げながら鬼気迫る形相でシンに迫るチャイナドレスの少女、蘭花・フランボアーズ。
振り下ろされる棘付き鉄球を紙一重で躱し、シンが蘭花を睨みながら抗議の声を上げる。
「いきなり何するんだよ! というか今忙しいから後にしてくれないか頼むから!?」
「やかましい!!」
途中から懇願の声に変わるシンの言葉を一喝し、蘭花はマニキュアの塗られた指先をシンの鼻先にびしりと突きつける。
「さっきアタシのトコにねぇ、ロストテクノロジー使ってアンタに会いにきたって言うアタシの娘が来たのよ!!
アタシの青春を奪った責任、きっちりしっかりと取って貰うんだからね! アンタの人生アタシに寄越しなさい!!」
ぎりぎりとシンの襟首を締め上げながら、混乱しているのかある意味プロポーズとも取れる科白を恥ずかしげも無く叫ぶ蘭花に、背後から
近づく小さな影があった。
息を切らせながら蘭花の許に追い着き、勝気そうな真紅の瞳で傍らの年上の女性を見上げるその金の髪の少女は、およそ十歳前後の
年頃だろうか。
「もー、ママ! テンパってるからって一人で突っ走って、アタシを置いて行かないでよ!!
そりゃーアタシもまだ若いから体力には自信あるけど、大人との体格差って奴を考えてよね!?」
「ちょっとルナ! それってアタシが年増だって言いたい訳!?」
ルナと呼ばれた少女の言葉の棘に蘭花が敏感に反応し、そのまま口論から壮絶な殴り合いに発展する二人の少女の姿は、まるで喧嘩する
姉妹のようによく似ている。
「……蘭花、その子って、まさか……」
金魚のように口をパクパクと開閉させながら少女を指差すシンに、蘭花の代わりに隣の少女の方が、太陽のような笑みと共に口を開く。
「ルナ・フランボアーズです。ママとしては「アスカ」の名前をあげたかったみたいなんだけど、大人の都合でこっちの方を名乗ることに
なっちゃったらしいの、仕方ないよね」
でも今ここでパパを寝取ってアスカ姓を貰うのも良いかもーなどと続けながらあっけらかんと笑う第二の自称・娘に、シンは眩暈を
起こしそうになる。
「まさか……二度あることは三度ある、なんて言わないよな……?」
止まぬ頭痛に中身の飛び出しそうになる額を押さえながら呟くシンの耳に、その時、ピンポーンという気の抜けるようなアナウンス音が
響いた。
『迷子のお呼び出しを申し上げますわ』
スピーカーから流れ出る朗らかな声と共に、中空にホログラムウィンドウが出現し、青い髪の中から兎の耳のような飾りを覗かせた十歳前後の少女の顔が映し出される。
エンジェル隊の軍師役、ミントだ。
『ギャラクシーエンジェル隊のシン・アスカさん、レイちゃんというお名前のお子さんがブリーフィングルームでお待ちですので、大至急超特急でわたくしの所までお越し下さい』
終始にこやかな笑顔で用件を告げ、ミントはシン達の返事を聞くこともなく回線を遮断、ブツリという音と共にウィンドウの画面が
暗転する。
映像が消える刹那、ちらりとシンを一瞥したミントの両眼は、まるでルビーのように赤く煌めいていた。
何とも言えない痛々しい沈黙が、その場を包み込んだ。
「……見事に「三度目」があったわね? このケダモノ」
絶対零度の視線と共に刺々しく口を開く蘭花の皮肉に、シンは応える気力すら無かった。
誰も口を開かず、誰一人として動き出さない、気まずい静寂が続く中、まるで地震でもやって来たかのように突如激しく揺れ始める。
『シィイイイイイイン、アスカァアアアアアアアッ!!』
まるで地獄の底から響く亡者の叫びのように憎悪と怨嗟に塗れた声が、壁の向こう側から聞こえてくる。
「――で、今度は誰を堕としたと思う?」
「ミルフィーユはここにいるから、消去法で言えばヴァニラですよね。でも意外とウォルコット中佐の娘さんとかって可能性も
捨てきれないかも」
度重なる異常事態に免疫が出来たのか、開き直ったような顔で今回の襲撃者兼犠牲者の予測を立て合うフォルテと蘭花に、シンが何かを
言おうと口を開きかけたその時――、
『貴方って人は! 貴方って人はぁあああああああっ!!』
まるで血を吐くような悲痛な怒号を轟かせながら、強化超合金の壁を突き破り、「巨大な鋼の蟷螂」がシン達の前に飛び込んで来た。
今回のシンの〝関係〟者は、人ですらなかった。
「あれはまさか……サイレントソルジャー!?」
まるで怒りの激情を表現するかのように機械仕掛けの複眼を赤く染め、大鎌のような両前脚を振り上げる蟷螂型ロボットを
目にした瞬間、フォルテが愕然とした声を上げた。
「知ってるの? 母さん」
「ああ……忘れたくても忘れられない、嫌な敵だよ」
腰のホルスターから回転式拳銃を取り出しながら視線を向けてくるわが子(仮)に、フォルテは苦々しそうな顔で首肯する。
「ロストテクノロジーを応用して造られた自立型戦闘ロボット、通称サイレントソルジャー。その名の通りあらゆる音を消して対象に接近、
斬殺する無音の暗殺者だよ。
軍の研究機関で極秘裏に開発が進められていたらしいんだけど、数年前に派手な暴走事故を起こして計画は頓挫、試作機は
全部廃棄になった――筈なんだけどねぇ……」
「――そうはならなかった、と」
銃口を油断なく眼前で暴れ狂う鋼鉄の蟷螂に向けながら相槌を打つハイネに、フォルテもマシンガンの弾倉を交換しながら首肯する。
「あの馬鹿……そんな物騒な奴にまで手ぇ出してたの!?」
「せめて人間だけで我慢しとこうよパパ!?」
「「黙れそこの色ボケ二人!!」」
恐怖に顔を青ざめさせる蘭花と便乗するルナ、シリアスな雰囲気をぶち壊しにするような二人の科白に、シュトーレン母娘が
怒りのツッコミを炸裂させる。
その時、未だ煙の立ち昇る壁の大穴の向こうから、小さな二つの影が姿を現した。
ヘッドギアを着け灰色の髪をポニーテールに纏めた十代前半の少女、ヴァニラと、彼女に手を引かれる赤い瞳の幼い少女……二人の関係は、今更詮索するまでもないだろう。
『よくも、よくも! よくもヴァニラさんを、ヴァニラさんを汚したなぁあああああああああああっ!!』
左右の大鎌を我武者羅に振り回し、慟哭するような雄叫びを上げながら、鋼鉄の巨大蟷螂は尚も執拗にシンを追い回している。
「お前……ノーマッドか!」
サイレントソルジャーの叫びを聞き、更にフォルテの話やヴァニラの腕の中にお気に入りのぬいぐるみの姿が無いという事実から、
シンは鋼の襲撃者の「中身」を看破した。
MA347612890GT4078579132PS2400(中略)自己判断型P35370077753ノーマッド、ロストテクノロジーとして回収されたミサイルに
搭載されていた超高性能AIである。
あらゆる機械を支配する能力を持つノーマッドならば、極秘裏に研究が続けられていたこの殺人マシンを見つけ出し、機体を
乗っ取ることなど造作も無いだろう。
それにノーマッドはかつてヴァニラに命を救われ、以来崇拝にも近い忠誠と信頼を彼女に誓っている。
そのヴァニラの貞操が、どこの馬の骨とも分からぬ男に奪われたと知ったら――それがたとえ未来の出来事であろうとも――それは
怒り狂うだろう。
シンの言葉にサイレントソルジャーは図星を衝かれたように一瞬動きを止め、そして次の瞬間――、
『――貴方は一体、何なんだぁああああああああああああああああああっ!!』
シンのお株を奪うかの如き魂の絶叫を上げながら、跳んだ。
全長数メートルもの巨体でありながら、その巨大な重量を感じさせない見事な跳躍だった。
直後、重力を味方につけたサイレントソルジャーの巨体が、シンを目掛けて落下を始める。
眼下の怨敵を押し潰すべく渾身のボディプレスを仕掛けるノーマッドを見上げながら、ヴァニラと手を繋いだ幼女が小さく口を開け、一言。
「……止めて。ノーマッドⅡ」
瞬間、ノーマッドが破壊した壁とは反対側の壁が、床が、天井が、まるで爆破されたかのように粉々に吹き飛んだ。
更に大きく穿たれた壁面の風穴を抉り広げながら巨大な鋼鉄の手首が通路に侵入し、サイレントソルジャーを鷲掴みした。
「デ、デスティニー!?」
暴れるノーマッドを掌の中にしっかりと握り込み、壁の大穴の向こう側から無言で自分を見下ろす愛機に、シンが瞠目したように
声を上げる。
その時、ヴァニラと瓜二つな幼女がとてとてと危なっかしい歩調でシンの許に走り寄り、背伸びをしながら軍服の裾を引っ張った。
赤い瞳で見下ろすシンを同じ色彩の双眸で見返し、幼女がぽつりと口を開く。
「……ステラ・アッシュ」
それがシンの娘四号の名前らしかった。
余談だが、この時のデスティニーの暴走でエンジェル隊基地の三割が崩壊した。
最終更新:2008年10月14日 01:08