前回までのあらすじ:シンに子供が出来ました。
「――さて、ではこれより第一回エンジェル隊総合大家族会議を開廷したいと思います」
粛然とした沈黙に包まれるブリーフィングルームに、ミントの涼やかな声が朗々と響き渡る。
六角形型のソファには議長のミントを中央に、右側にはフォルテや蘭花達「母親」一同が、左側には未来から来たという彼女達の
「娘」達が、それぞれ真剣な面持ちで腰かけている。
そして部屋を半ば縦断するように走るステージ、六角形型のソファを半分貫くように設置された舞台の上には、今回の騒動の中心、
シン・アスカが座らされていた。
強固な鎖で蓑虫のように全身を拘束され、首からは「ケダモノ」と書かれたプレートを下げて正座させられるその姿からは、人権など微塵も感じられない。
ここは地球から遥か何万光年も離れた銀河の果て、トランスバール皇国。
古代文明の遺産〝ロストテクノロジー〟の回収を主な任務とし、銀河の平和と安全を守るために日夜戦い続ける特殊部隊が存在した。
その名は――ギャラクシーエンジェル!
……である筈なのだが――、
「罪状、被告人シン・アスカはわたくしだけに飽き足らず他の皆さんとまで関係を持ち、あまつさえ子供まで作ってらした鬼畜で
ケダモノな節操無しである。判決死刑、以上」
第一回エンジェル隊総合大家族会議、閉廷。
通算所要時間、20秒。
「――って、ちょっと待てい!」
「答えは聞いていませんわ」
余りにも大雑把かつ理不尽な裁断に思わず抗議の声を上げるシンを、ミントはぴしゃりと一喝する。
しかしミントの一方的な死刑判決にやはり不満があるのか、他の参加者達も次々と声を上げ始めた。
「ちょっとミント、何をあんたが筆頭みたいな言い方してるんだい? ここは子供の年齢が最年長のあたしが中心になるべきだろう」
「ちょっとフォルテさん、それは幾ら何でも横暴過ぎますよ! 年食ってりゃ偉いって訳でもないんですから、ここは公平にジャンケンで
決めるべきです!!」
『ふん、浅はかな……子供の年齢などこの際関係ないのです。寧ろ重要なのは母親の年齢、いつ母親になってしまったのかということこそ一番着目しなければならないのです。
フォルテさんや蘭花さん、ミントさんにミルフィーユさんは、今の段階でも十分大人と言えるでしょう。
しかしヴァニラさんは僅か十三歳、たった十三歳でこんなに大きな子供を授かってしまったのです。
義務と権利が比例するのであれば、一番若い母親、一番負担の重いヴァニラさんこそが、母親としての優越度という点においても一番であるというのは自明の理でしょうに』
……どうやらそうでもなかったらしい。
「あのー、皆さーん――」
本来の目的を忘れ、〝誰が母親として一番であるか〟という話題に異様な情熱を傾けるフォルテ達「母親」陣に、桜色の髪の少女が
困ったように口を開きかけた、その時――、
「ちょっと! それってアタシ達の問題なんだから、ママ達大人の都合で決めないでよね!?」
自称蘭花の娘のルナを始めとした、「子供」達の反撃が始まった。
「ママって男とお金が絡むとすーぐ暴走始めちゃうから、毎回巻き込まれてアタシ結構大変なのよ?」
「あたしの母さんも似たりよったりかな。お酒が好きで銃を見たら目の色変えて、おまけに最近は煙草まで始めて……
他人の嗜好にあんまり口出したくはないんだけど、でもこの三つを全部一度にやるのだけは正直勘弁して欲しいよ、本当に。
この前なんて武器庫に酒瓶持ち込んで、煙草咥えながら銃弄ってて……酒瓶床に落として中身ぶち撒けた上に煙草まで落として、おまけに火
薬に引火させる馬鹿なんて初めて見たよ」
「わたくしのお母様はお二人よりかは幾分かマシですが、逆境や突発的状況に弱いという点ではリーダーに不向きですわね。
たとえ取るに足らない些細な失敗であっても、失態を挽回するより関係者全員皆殺しにして闇に葬ることを選択する方ですから」
「一途な思いは、時として人を誤った方向へ進ませてしまいます……ノーマッドがその典型」
次々とぶち撒けられる「子供」達の遠慮ない本音、暴露される自分達の未来予想図が、「母親」達の心に容赦なく突き刺さる。
「あの、ちょっとー……」
フォルテ達だけでなくルナ達までが本題から脱線し、殺伐としてきた場の空気に桜色の髪に花の髪飾りの少女が半泣きになりながら
声を上げる……が、
「ちょっとルナ! アンタ母親に向かって何て口利いてんのよ!?」
「ハッ! 遺伝子上の繋がりがあってちょっと年上だからって絶対者面してんじゃないわよ!!」
興奮したようにステージ縁のテーブル部分を叩きながら互いに罵声をぶつけ合う蘭花とルナ。
「あんたにはちょっと教育が必要みたいだね、ハイネ……ハードな躾は御愛嬌、大人の偉大さって奴を骨の芯まで叩き込んでやるよ」
「上等だね、こっちこそ母さんのその時代遅れな思想を矯正してやる。老兵はただ去る……ロートルは黙って隠居してな!」
ステージを挟んで銃口を向け合うフォルテと、その娘のハイネ。
「あらあら、レイちゃんったら……わたくし、貴女をそんな口の悪い娘に育てた覚えはありませんわよ?」
「奇遇ですわね、お母様。わたくしも貴女に育てられた記憶はございませんわ」
絶対零度の笑みを顔に張りつけ、茨のように刺々しい言葉を交わす二人のミント――もといミントと、彼女と瓜二つの容姿を持つ娘、レイ。
そしてステージ越しに無言でわが子を見つめるヴァニラと、その視線を真っ直ぐに見つめ返す幼女、ステラ――の膝の上で、
『嗚呼ステラさん、私の何がいけないのですか? 私のどこが間違っているのですか? ヴァニラさんは何も教えてくれません
……やはり新型の方が良いと言うのですか!?
いえ、逆に考えてみましょう。たとえどんなに大きな間違いを犯しても、間違えて間違えて間違え抜いて、突き抜けたら私の
勝ちなのです!!
ええ、そうです、今解りました……たとえどれだけ私が間違っていたとしても、ヴァニラさんを愛している私の想いだけは
間違いなんかじゃないのです!
新型だから高性能? それこそが間違った幻想ですよ。量産機を幾ら集めたところでマスターピースには及びません、私のヴァニラさんへの
愛には届きません!!』
『ふ、愚かさも極まりましたねノーマッド。そんな独りよがりの愛など単なるストーカーと同じ、盲目的な忠誠など当人にとっては
重荷にしかならないと何故解らないのですか』
本人達の言うところの〝浅ましい〟言い争いを続ける二体のぬいぐるみ、ノーマッドとノーマッドⅡ。
事態は最早如何なる収拾もつけられない程に迷走し、混沌とした空気がブリーフィングルーム全体を覆い尽くしていた――が、
「大体アスカさんが手当たり次第に皆さんと関係を持つから、このようにおかしな事態になったのですわ。素直にわたくしの物に
なっていらっしゃれば良かったものを……」
「後半無視するけど、そう言えばこの娘達全員シンの子供でもあったんだよね……あたし達全員に手ぇ出してハーレムなんて
良い御身分じゃないか。え? このエロガキ」
「こいつらの生意気ぶりって絶対にアンタからの遺伝よ、アスカ! 子供の躾位しっかりやっておきなさいよね、本当に父親って
娘に甘いんだから!!」
『ヴァニラさんを辱め、この私をここまで貶めた貴方の所業……万死に値します』
あっさりと収拾がついてしまった……満場一致で、「全面的にシンが悪い」という方向で。
行き場の無い感情の捌け口を見つけ、四対の怒れる瞳が一斉に哀れな生贄(シン)に向けられる。
「さてシン、首はちゃんと洗ったかい? 神に最期のお祈りは? 部屋の隅でガタガタ震えながら命乞いする準備はOK?」
「生き地獄見せてやるから覚悟しなさい!」
「安心して下さいな、アスカさん。ブラマンシュ財閥の名に賭けて物理的にも社会的にも綺麗に完全抹殺して差し上げますから。
貴方の生きた証は小さじ一杯分も残しませんわ」
『クロノ・ストリングの劫火に焼かれ、その穢れたDNAの一欠けらまで完全消滅するが良いです』
「ふ、不条理だぁー!?」
何の脈絡もなく怒りの矛先を向けられ、突如降って湧いた命どころか存在そのものの危機に、シンが絶望したように悲鳴を上げる。
その時――、
「み、皆さん! 落ち着いて下さーい!!」
ただ一人「子供」がいない、蚊帳の外だからこその冷静さを保ち続けた桜色髪の少女の必死の叫びが、ブリーフィングルームに木霊した。
「ミルフィーユ……」
勢いを殺がれたように黙り込むエンジェル隊の面々を見渡しながら、ミルフィーユと呼ばれた桜色髪の少女は柔らかく微笑み、
「……ちょっと、お茶でも飲んで休憩しませんか?」
そんな提案を、持ち出した。
――十分後。
エンジェル隊の面々とその子供達四人、そして一時的に拘束から解放されたシンの前で、ミルフィーユの淹れた紅茶がカップの中で
熱い湯気を立てていた。
「……ん? ミルフィーユ、お茶っ葉変えたのか?」
「えと、給湯室に置いてあったのを適当に使ったんですけど……お口に合いませんでしたか?」
口に含んだ紅茶の味に違和感を覚え、横目を向けて尋ねるシンに、ミルフィーユが不安そうな顔で訊き返す。
「いや、ちょっと気になったから言ってみただけだ。これでまた変なロストテクノロジーでも使ってたら大問題だけどな」
「わ、わたしそこまでドジじゃないですよ!?」
笑いながらからかうシンの言葉を必死になって否定するミルフィーユに、他のエンジェル隊員全員が生温い視線を送る。
事実、ミルフィーユには前科があるのだ……例えば甘栗と間違えてケーキに混ぜたロストテクノロジーが原因で身体が巨大化したり、
はたまた胡椒と誤解してラーメンに入れたロストテクノロジーのせいで透明人間になったりと、例を挙げればキリが無い。
「まぁミルフィーユさんについてはこの際置いておいて、まずは一度状況を整理しておく必要がありますわね」
「そうですね、お母様。それではまずわたくし達の自己紹介から始めてみては如何でしょう?」
紅茶のカップを手に和やかに――今度は仮面も言葉の棘や毒もなく――談笑するミントとレイ、二人の提案にその場の全員が首肯した。
「それじゃあ、まずはあたしから」
最初に名乗りを上げて立ち上がったのは、赤い髪を肩の上で切り揃えた、キャップにオーバーオール姿の十代前半の少女、ハイネである。
「ハイネ・シュト―レン、母親は名字の通りエンジェル隊のフォルテ・シュト―レン大佐――って、今は中尉だったかな?
ハイネって名前は父さんの昔の上官から貰ったらしい。尊敬とは少し違うみたいだけど、父さんの軍人としての目標の一人だったん
だってさ」
ハイネの話を「母親」達は興味深そうな表情で聞き入り、シンはこのフォルテそっくりの少女が間違いなく自分の関係者であることを
悟った。
今の段階で、シンは自分の〝昔〟の話はミルフィーユ達に殆ど話していない……それこそ未来人か何かでない限り、ハイネという名を知る
筈が無いのだ。
ソファに座り直すハイネと入れ替わるように、長い金髪の左右からボーリングのピンを逆さにしたような飾りをぶら下げた中華服姿の
十歳前後の少女、ルナが立ち上がった。
「じゃー次はアタシかな? ルナ・フランボワーズです、皆さんにはいつもママの蘭花がお世話になってまーす!
ルナって名前はパパの昔の同僚の愛称らしいの、本人は格闘が大得意なのに射撃重視の機体に乗ってた変な人だったんだって」
そう言って笑うルナに続き青い髪に兎の耳のような髪飾り、ミントと並べば双子の姉妹か格闘ゲームの色違いキャラクターとしか
思えぬような十歳程度の少女、レイが口を開く。
「はじめまして、ブラマンシュ財閥二代目総帥ミント・ブラマンシュが一子、レイ・ブラマンシュですわ。以後、お見知りおきを。
わたくしの名前の元となったレイという方は、今は亡きお父様の親友、変えられぬ己の運命に抗い続けた勇敢な方だったそうですわ」
そして最後に、レイに促されるようにぬいぐるみを抱いたヴァニラの面影を色濃く受け継ぐ灰色の髪の幼女、ステラが立ち上がった。
「……ステラ・アッシュ。よろしく」
終わった。
余りにも簡潔な自己紹介に一同が唖然とする中、いそいそとソファに座り直すステラが抱えた不細工なぬいぐるみ、ノーマッドⅡが
機械らしい無機質な声で語り始めた。
『これだけでは余りにアレなので、僭越ながら私が補足を。ステラさんはヴァニラさんの娘であり、頭の中空っぽそうな顔をしてますが
幼年学校では成績トップの秀才です。
あと母親と同様無口で無愛想っぽいステラさんですが今はちょっと人見知りしてるだけで、根は優しい良い子なので皆さんそこら辺のところ
は解ってあげて下さい。
ちなみに私はステラさんのお目付け役、MA347612890GT(中略)GLS搭載自己判断型(また略)1200YMCA4126PPPKG53ノーマッドver.1.2、略し
てノーマッドⅡです』
「……ノーマッドⅡ、うるさい」
邪険そうな声を上げながらぬいぐるみを抱き締めるステラ。
親からは絶対に想像出来ないようなヴァニラの娘とノーマッドの後継機のやりとりに、エンジェル隊の面々は思わず絶句する。
「それでは次はわたしの番ですね」
子供達の自己紹介が終わり、今度は自分達の番であるとばかりに、ミルフィーユがそう言ってソファから腰を上げる。
だが――、
「あたし達の自己紹介は別に良いだろ、ミルフィーユ」
「そーよ。この子達は未来から来たアタシ達の娘なんだし、アタシ達のことなんて腐る程知ってるわよ」
「寧ろ、ある意味わたくし達以上にわたくし達のことをよく知っているのがこの子達なんですから、自己紹介なんて本当に今更ですわ」
『ぶっちゃけ時間の無駄ですね』
他のエンジェル隊メンバー全員の却下を喰らい、無理矢理ソファに座らせられた。
「――で、アンタ達はどうしてこの時代に来た訳?」
「子供」達の自己紹介も終わり、未だ何かを言いたげな表情のミルフィーユを黙殺しながら、蘭花が話の本題に入った。
「あ、それはわたしも聞きたかったんです」
横から声を上げるミルフィーユは無視して、蘭花は軍人の眼で「子供」達を睨みつける。
ロストテクノロジーは子供の遊び道具ではないし、そもそも関係者だからといって子供が気軽にロストテクノロジーを持ち出せる程
軍のセキュリティーは甘くはない。
毎回ロストテクノロジーをおもちゃのように扱う自分達のことは棚に上げ、きつい視線で答えを迫る蘭花に、「子供」達を代表するように
ハイネが首肯と共に口を開いた。
「あたし達が時を越えた理由、発掘されたばかりのロストテクノロジーを軍から盗み出してまでこの時代に来た理由は……あんただよ、親父」
そう言ってシンに指を突きつけるハイネの言葉に、蘭花達が弾かれるように一斉にシンに視線を向けた。
「え、俺?」
突然の指名に戸惑いの声を上げるシンにハイネは無言で歩み寄り、そしてその横面を思い切り殴り飛ばした。
突然の事態に、ミルフィーユ達は思わず息を呑む。
「ハイネ! あんたどういうつもりだい!?」
血の繋がりからか、「わが子」の突然の暴挙から逸早く立ち直ったフォルテが怒声と共にハイネに拳銃を突きつけ、同時に他の
「子供」達にも警戒したように銃口を向ける。
しかしハイネの行動は、他の「子供」達にも衝撃を与えていた。
「ちょっとハイネお姉ちゃん! パパにいきなり何やってんのよ!?」
「黙ってろルナ!!」
瞠目したように声を上げるルナを怒声一つで黙らせ、ハイネは激情の炎を燃やす真紅の双眸でシンを睨みながら口を開いた。
「親父……いやシン・アスカ、あたしがルナ達を連れてこの時代に来た理由は、皆であんたに会いに来た理由は三つある。
一つは父親の顔を知らないルナ達をあんたに会わせてやること、二つ目は母さん達の笑顔を奪ったあんたを一発殴り飛ばすこと」
真剣な表情でハイネが口にした衝撃的な科白に、蘭花達の顔から血の気が引いた。
父親の顔を知らない子供達、泣いてばかりいるという未来の自分達……その言葉から導き出される未来のシンの人物像に、蘭花達の心に
言いようの無い怒りが募る。
「最っ低……!」
絞り出すように紡がれた蘭花の糾弾の声が、シンの胸を深く抉る。
ルナがハイネのことを「お姉ちゃん」と呼んだ事実から、「子供」達が同じ時空からやって来た、血の繋がった姉妹であるということは
容易に推察出来る。
もしや選択と可能性の数だけ無限に生まれるというIFの未来、SFで言うところの平行世界からの来訪者ではないかという淡い期待は、この
瞬間に粉々に砕け散ったと言って良い。
「……まぁ、本当は何も知らない今のあんたにこんなこと言うのは、きっとお門違いなんだろうけどさ。
あんたに身に覚えが無いのはあたしだって解ってるし、そもそも親父はあたし達の存在自体知らない訳だし」
自嘲するように続けるハイネの言葉、その中もたらされる新たな情報に、更にそこから浮かび上がる「未来のシン」の最低な姿に、蘭花達は冷え切った眼で「今のシン」を見る。
しかし次の瞬間、シン達は自分達の犯していた根本的な誤謬を思い知らされることになった。
「――だって父さんはあたし達が生まれる前に、とっくに死んでるんだからさ……」
何気ない調子でハイネが続けた「衝撃の告白」に、シン達の時間は止まり――、
「ちなみに、ステラは父の初恋の人」
「「「「な、何だってぇーっ!?」」」」
――空気を読まないステラの爆弾発言により、緊張感やらシリアスな流れやらといった掛け替えのないものの数々を失いながら
再び動き出した。
最終更新:2008年10月23日 22:21