わたしの声が、聞こえますか? あなたの心に、届いていますか?
ここは暗くて、寒くて、誰もいません。 誰の声も、聞こえません。
淋しいです……。
わたしを見つけて下さい。 わたしの声を聞いて下さい。
わたしを、必要として下さい……。
それとも……、
あなたの心に、もうわたしはいないんですか……?
「――という訳で、遅れに遅れていたシン君の紋章機なんですが、よーやく最終調整が完了したそうです」
「本当ですか!?」
好々爺然とした笑みを浮かべた初老の男、エンジェル隊司令官ウォルコット中佐の通達に、シン・アスカ――ではなく隣のミルフィーユ・桜葉が目を輝かせた。
「はい。先程本部から連絡がありまして、もう間もなく第一格納庫に搬入される予定です」
「わーい! やったぁー!」
ウォルコットの言葉をあたかも自分のことのように喜ぶミルフィーユの傍で、しかし当のシン本人は、まるで事態が呑み込めていないかのように赤い両眼を白黒させていた。
「な、ちょ……俺の紋章機って、えっ!?」
事実、司令官の言葉はシンにとってはまさに青天の霹靂、寝耳に水とも言える突発的かつ衝撃的なものだった。
自分専用の紋章機……?
何だそれは、俺はそんなことは一言も聞いていないぞ!?
「やったね、シン君!」
困惑するシンの心情に頓着することなく、ミルフィーユが満面の笑みを浮かべてシンを振り返る。
「今日からシン君もわたし達と同じ、正義の味方ギャラクシーエンジェルの仲間入りだねっ!」
そう言って屈託なく笑いかけるミルフィーユに、シンは思わず口を噤む。
それがいけなかった。
「アスカの紋章機かぁー。見に行こ、見に行こう!」
「やっぱ最新型なんだろーねぇ……どんなモンが来るのか楽しみだよ。特に主砲とか、ミサイルポッドとか、レーザーとかバルカン砲とか」
「銃の話ばかりですわね、フォルテさん。でもアスカさんの機体が気になるのはわたくしも同じですわ。搬入は第一格納庫でしたわね……」
「……神の祝福を」
「あー、皆さんズルイです! わたしも行きます、待って下さーい!」
ぞろぞろと格納庫へ見物に出掛けるエンジェル隊の仲間達を、ミルフィーユも慌てて追いかける。
ブリーフィングルームには、シンとウォルコットの二人だけが残された。
「これで貴方も名実共にギャラクシーエンジェル隊の一員ですよ、シン君。頑張って下さいね」
期待しているような笑顔で激励の言葉を口にするウォルコットから、シンは思わず視線を逸らした。
「紋章機は、ありがとうございます……。俺、頑張ります……!」
絞り出すように口にした感謝の言葉は、酷く歪で、震えていた。
紋章機を、「戦う力」を与えて貰えるというのは純粋に嬉しかった。
これまでミルフィーユ達に守られるだけだった自分が、これからはミルフィーユ達の隣で共に戦うことが出来ると考えると、それだけで心地よい充足感が胸の中に満ち溢れる。
今度こそ何かを守れるかもしれない、という期待に酔い痴れてしまいそうになる。
ただ一つだけ、たった一本だけ残った小さな不安の棘が、シンの心の奥に深々と突き刺さっていた。
「あの、中佐……デスティニーは、どうなるんですか?」
遠慮がちに尋ねるシンを見下ろし、ウォルコットは何の感情も読み取れぬ仮面じみた笑みを浮かべたまま――、
「シン君。これからは貴方の紋章機、GA-X01〝トゥルーデスティニー〟が貴方の機体です」
と、答えになっていない答えを返すだけだった。
わたしの声が、聞こえますか? あなたの心に、届いていますか?
ここは暗くて、寒くて、誰もいません。 誰の声も、聞こえません。
でもあなたの声だけは聞こえます。 暗い闇のずっと奥、冷たい壁の向こうにあなたを感じています。
だって、あなたは〝わたしの世界〟そのものなんですから……。
あなたは、どうですか?
わたしの声が聞こえていますか? わたしを感じてくれていますか?
それとも……、
あなたの世界に、もうわたしはいないんですか……?
「ぅわっ、赤い!?」
「ぬをっ、青い!?」
「いえいえ、ちゃんと白いですわ」
バラバラの声を上げる蘭花とフォルテ、そしてミントの科白通り、その紋章機は青く、赤く、そして白かった。
蒼を基調とした胴体に鮮やかな紅の両翼、更に本体後部のスラスター部分は純白と、トリコロールカラーが見事に調和している。
トゥルーデスティニー、それがこの機体の名前だった。
鋼鉄の翼を左右に広げ、背中の大剣を尾のように後方へのばした刃金の巨鳥、〝真の運命〟と名付けられたシンの剣となり翼となる新型紋章機に、その場の誰もが見惚れていた。
「うわぁ、綺麗……」
感嘆の声を零す傍らのミルフィーユに、目の前の新しい機体を見上げていたシンは大いに同意した。
喜悦と戦慄を混ぜ合わせたような、とにかく〝熱い衝動〟が全身を駆け巡る。
懐かしい感覚だった。
最初にこの感覚を体験したのは、アカデミーを卒業してすぐ、「アーモリーワン」のモビルスーツ・ハンガーで初めて〝インパルス〟を見た時のことだった。
二度目は自分の力が議長に認められ、〝モビルスーツのデスティニー〟を与えられた時、そして今回が三度目だった。
エンジンは停止しているというのに、こうして見上げているだけでトゥルーデスティニーの息吹を感じる。
本能的にシンは理解していた……この機体は「強い」と。
自分とトゥルーデスティニーなら、「エンジェル隊のシン・アスカ」なら、「ZAFTのシン・アスカ」に出来なかったことが出来るような気がする。
今まで守れなかった何かが、守れるような気がする。
そんな増長すらも抱いてしまう程に、シンはこの〝新しいデスティニー〟に魅せられ――、
〝古いデスティニー〟の存在は、いつの間にかシンの心から消え去っていた……。
誰もわたしを見てくれません。 誰もわたしの声を聞いてくれません。
ここは暗くて、寒くて、誰もいません。 誰の声も、聞こえません。
誰もわたしを助けてくれません。 あなたもわたしを助けてくれないんですね。
わたしの声は、もうあなたには届かないんですね……。
あなたの心に、もうわたしはいないんですね。 あなたの世界に、もうわたしはいらないんですね。
だったら……、
わたしも、こんな世界はいらないです……!
――轟!
まるで直下型の地震でも起きたかのように、格納庫が――否、エンジェル隊基地全体が大きく震撼する。
「うわぁ、っと!」
「きゃあ!?」
バランスを崩し、床に倒れ掛かるミルフィーユを、シンが咄嗟に抱き止める。
「何だ……隕石か!?」
非常警報がけたたましく鳴り響く中、通路脇の手摺で身体を支えながら周囲を見回すフォルテに、ウォルコットが「いいえ」と首を振った。
「――事態はもっと深刻なようです。管制室からの報告なんですが、第二格納庫に未確認のロストテクノロジー反応が突如出現、保管していた機動兵器を奪って脱走したそうです」
「「「「「「!!」」」」」」
ウォルコットの言葉に、その場の全員が息を呑んだ。
エンジェル隊基地には複数の格納庫とカタパルト・デッキが点在する。
紋章機専用に設計され、エンジェル隊の機体が――トゥルーデスティニーも含めて――全て納められた、この第一格納庫。
そして第二格納庫に保管――否、封印されている機動兵器というのは――、
「デスティニー……!」
真紅の双眸を限界まで見開いたシンが、乾ききった唇で呟いた科白は、背後の紋章機とは似て非なる〝愛機〟の名前。
「機体が着いて早々ですが、早速出番がやって来ましたね。シン君?」
放心したような顔でその場に佇むシンを横目で見遣り、ウォルコットが有無を言わさぬ口調で声をかける。
ウォルコットは続いてミルフィーユ達エンジェル隊員を見渡した。
「――ギャラクシーエンジェル、出動! ロストテクノロジーに寄生されたZGMF-X42S〝モビルスーツ・デスティニー〟を回収、もしくは破壊しなさい」
「「「「「了解!」」」」」
第一格納庫に高らかに響くウォルコットの命令に、ミルフィーユ達は敬礼で応えた。
ここは地球から遥か何万光年も離れた銀河の果て、トランスバール皇国。
古代文明の遺産〝ロストテクノロジー〟の回収を主な任務とし、銀河の平和と安全を守るために日夜戦い続ける特殊部隊が存在した。
その名は――ギャラクシーエンジェル!
六人目の翼を新たに加えた銀河の天使が、今、無限の宇宙に飛び立とうとしていた……。
――続く
最終更新:2008年12月07日 10:20