『各紋章機、全システムの起動を確認』
『ハッチ開放、カタパルトを展開。射出推力正常です』
着々と進められる発進シークエンスの状況報告を、シン・アスカは受領したばかりの新しい自分の機体、紋章機トゥルーデスティニーのコクピットで聞いていた。
周りを囲む全天周モニターには、機体コンディションや環境情報、その他様々なデータのウィンドウが表示されては消えていく。
メインシステムから呼び出した操縦マニュアルを流し読みしながら、シンは静かに出撃の瞬間を待つ。
操縦桿を握る両手は、じっとりと汗ばんでいた。
『――緊張してますか? アスカさん』
新たなウィンドウが目の前に展開し、通信用ヘッドセットを着けたミントの顔が映し出される。
シンを新たに加えたエンジェル隊の管制のため、ミントはオペレーターとして基地に残ったのだ。
「緊張? ……ああ、緊張してるさ」
『あら? 意外と素直なんですね』
あっさりと肯定の返事を返すシンに、ウィンドウの中のミントが意外そうに目を瞬かせる。
拍子抜けしたような表情を浮かべるミントに「俺を何だと思ってるんだ」とぼやきつつ、シンは表情を引き締めた。
「戦闘機に乗るのはコアスプレンダー以来だからな……久し振りだし、そもそも慣れてないし、実戦が演習通りにいかないのは身を以て知ってるし」
それに……と続きそうになった己の言葉を、シンは寸でのところで呑み込んだ。
今はおしゃべりに興じているような時ではないし、出撃前の今この場で話すような内容でもない。
緊張を殺ぐような真似は慎まなければならない、気を引き締めなければ墜とされるのはこちらなのだ。
『アスカさん?』
怪訝そうな顔で首を傾げるミントに「何でもない」とぶっきらぼうに返し、シンは操縦桿を握る両手に力を籠めた。
思考を戦場の兵士のそれに切り替え、「話は終わりだ」とばかりにウィンドウから逸らした視線を正面に固定する。
『ラッキースター、カンフーファイター、ハッピートリガー、ハーベスター、トゥルーデスティニー、各機発進準備完了。カウントダウン開始します』
発信シグナルが次々光を灯し、最後の一つが――点灯した。
『進路クリア。ギャラクシーエンジェル隊、発進どうぞ』
「シン・アスカ、トゥルーデスティニー行きます!」
力強い掛け声と共にシンはフットペダルを踏み締め、両手の操縦桿を前方へ押し出した。
機体背部のバーニアから噴射炎を吐き出しながらトゥルーデスティニーが銀河に飛び発つ。
カタパルトから射出されたトゥルーデスティニーの左右を、左右から四機の紋章機が取り囲む。
右側に並ぶのは長距離砲を装備した機体と猛禽の爪のような左右のアンカークローガ特徴的な紋章機、ミルフィーユが乗るラッキースターと蘭花が駆るカンフーファイター。
左側を飛ぶのは過剰な程の重火器類が目立つ重武装機と楯のような円盤状のパーツを装着した機体、フォルテの愛機ハッピートリガーとヴァニラが操るハーベスター。
エンジェル隊の紋章機に左右を護られながら、トゥルーデスティニーは光の軌跡を残しながら虚空を翔ける。
『やっほー、シン君! 初めての紋章機はどうですか?』
僚機との通信チャンネルが開き、展開されたウィンドウの中でミルフィーユが朗らかに笑った。
ミルフィーユに続くように新たなウィンドウが次々と表示され、フォルテや蘭花、そしてヴァニラとノーマッドの顔が映し出される。
『初陣なんだ。素人があんまり無理するんじゃないよ?』
『そうそう。目立とうなんて生意気なことは考えんじゃないわよ、アンタはアタシ達先輩の背中にしっかり隠れてれば良いんだから!』
『まぁそんなこと言われて大人しく引き退がる貴方でもないでしょうけどね。寧ろ敵を見つけた瞬間真っ先に突撃するのは目に見えてます。
どうせ何を言っても無駄でしょうから敢えて何も言いませんから、お荷物にならない程度に勝手にやって下さい。フォローはしてあげますから』
『……神のご加護を』
『シン君、頑張ろうね!』
それぞれの形で激励の言葉を贈る仲間達を見渡しながら、シンは力強く首肯を返した。
「お荷物になんてならないさ……デスティニーは俺が止める、このトゥルーデスティニーでな」
シンの返答に、ウィンドウの中のミルフィーユ達も満足そうな顔で頷いた。
自分にとって、デスティニーとは何なんだろうか……トゥルーデスティニーのコクピットに座り、全天周モニターの端に表示されたマップを眺めながら、シンはふと自問した。
マップの中央で明滅する赤い光点に、五つ固まった青い光点が少しずつ接近している。
青い光点が自分達エンジェル隊、そして赤い光点がこの任務の目標――ZGMF-X42S、通称モビルスーツ・デスティニー。
果たしてデスティニーは自分の何だったのか、シンは再び己に問う。
ギルバート・デュランダルの野望〝デスティニー・プラン〟の象徴、〝インパルス〟の代わりに与えられた「戦う力」、ZAFTの技術の粋を集めた最強の兵器……。
運命と名付けられたあの機械仕掛けの巨人を表す「記号」ならば、他にも様々な言葉が当て嵌まるだろう……だがそれらは決して、今自分が求めている「答え」ではない。
シンがデスティニーへ向ける感情は複雑だった。
好きか嫌いかと問われれば躊躇いなく「嫌い」と即答するだろう、それどころか憎んでいると言っても過言ではない。
だが同時に、シンがあの機体に精神的に依存し、短い間ながら同じ戦場を共に駆け抜いたあのモビルスーツに愛着を感じていることもまた事実だった。
だから余計に分からなくなる……。
ZAFTどころかコズミック・イラという世界そのものから離れた今、自分が未だデスティニーに執着している理由が。
トゥルーデスティニーという新たな「戦う力」を手に入れた今、デスティニーを壊すことに躊躇いを感じる理由が。
自分にとって、デスティニーというモビルスーツは一体何だったのか……。
どれだけ考えても、悩んでも、その「答え」を見つからない、寧ろ考えれば考える程袋小路に迷い込んでしまう。
否――もしかしたら初めから、「答え」など存在しないのかもしれない。
ただ一つ、だけ分かっていることがある――デスティニーは「兵器」だ。
戦う力、人殺しの道具……たとえどのような言葉で形容しようとも、デスティニーが「兵器」であることに変わりはない。
そしてシン・アスカの定義する「兵器」とは、決して――、
「あなた達は一体、何なんですかぁぁぁぁーーーっ!!」
――決して、逆ギレ気味の雄叫びを轟かせながら宇宙警備隊の巡航艦隊を対艦刀で薙ぎ払う、モビルスーツ級に巨大な謎の少女ではない。
「いい加減にぃ……っ!」
繰り返そう。
デスティニーは断じて、腹立ちまぎれに長距離砲を乱射する身長十数メートルはあるモビルスーツ級の巨大少女ではない。
「終わらせるんです……何もかもを!!」
……決して、八つ当たりで宇宙艦隊を壊滅させるモビルスーツ級な(以下略)。
ないと言ったら、ない……と信じたい。
『シン……そろそろ気は済んだかい?』
ウィンドウの中のフォルテが、同情するような視線を送りながらシンに尋ねる。
フォルテの問いを受け、シンは現実に立ち返った。
「……ああ、そうだな。もう大丈夫だ」
まるで己に言い聞かせるように呟きながら、シンは片手で顔を覆った。
指の隙間から覗く真紅の瞳の奥では、眼前の「理不尽な現実」への明確な敵意が焔となって揺らめいている。
『うわぁ……何かちょっと見ない間にすごく可愛くなりましたね、あの娘』
スピーカーから流れ出る感嘆したようなミルフィーユの声が、今のシンには酷く耳障りなものに感じられた。
「……うるさい」
固く噛み締めた奥歯の隙間から、苦々しそうな呟きが零れ落ちる。
『ホント、見違えちゃったわぁ……あれもロストテクノロジーの影響なんでしょうかね? フォルテさん』
『さぁねぇ……でも素質は最初からあったと思うよ? ちょっとしたきっかけで大化けするからねぇ、女ってのは』
「うるさい……!」
再び紡ぎ出される拒絶の声。
目の前の現実から逃げるかのように顔を伏せるシンに、しかし追い討ちをかけるように非情な言葉が次々と突き刺さる。
『それで、どうするつもりですか? シン・アスカ。撃つんですか、撃たないんですか。いや、それ以前に――貴方に彼女が撃てますか?』
『神よ、罪深き者達をお赦し下さい』
「うるさいうるさいうるさぁぁぁーーーぁいっ!!」
その瞬間、我慢の限界を突破したシンの絶叫が銀河に木霊した。
癇癪を起こした子供のように喚き叫ぶシンの視線の先には、鋼鉄の鎧を纏い刃金の翼を広げた、クロガネの巨人――
「デスティニー……」
――っぽいコスプレをした、女の子がいた。
かつての愛機の変わり果てた姿を目の当たりにし、シンの目尻に涙が浮かぶ。
『取り敢えず、「鉄腕少女デス子」とでも命名しときましょうか』
『あ、それ良い名前ですね蘭花さん。デス子ちゃんっぽくて可愛いです』
まるで他人事のように目の前のデスティニー(のなれの果て)に勝手に名前をつける蘭花とミルフィーユに、シンは本当に泣きそうになった。
『気持ちはお察ししますが、アスカさん……』
ウィンドウの中のミントが、憐憫と呆れを混ぜ合わせたような顔で息を吐いた。
『――前、見た方が良いですよ?』
「へ?」
ミントの言葉に顔を上げたシンの目に、その時飛び込んできたものは――至近距離で対艦刀を振り下ろす、デス子(蘭花命名)の姿だった。
「このぉぉぉーーーっ!!」
「のぉぉぉーーーおっ!?」
デス子の怒号とシンの悲鳴が、その瞬間ぴたりと重なった。
慌ててシンは操縦桿を倒し、フットペダルを全力で踏み込む。
瞬間、トゥルーデスティニーの機体が蜻蛉を切るようにその場でくるりと一回転し、勢い良く振り上げられたブレード状の尾がデス子の対艦刀を弾き返した。
衝撃でデス子が仰け反った隙に、シンはバーニアを最大噴射、機体を後退させてデス子との距離を稼ぐ。
『お見事ですわ』
『なんつー出鱈目な……』
曲芸紛いの機動で敵の奇襲を凌いだシンにミントが賞賛の言葉を贈り、蘭花は舌を巻いたように唸る。
「紋章機……ギャラクシーエンジェル隊……」
それまでの荒々しい咆哮とは打って変わったような抑揚の無い声で呟きながら、デス子は虚ろな瞳で五機の紋章機を見渡した。
右手の対艦刀を背中の鞘に戻し、代わりに黒光りする無骨なライフルを取り出す。
「あなた達がいるから、あなた達みたいなのがいるから……」
ライフルを握る右腕をゆっくりと持ち上げ、眼前の「敵」にぴたりと銃口を固定する。
シンと同じ紅蓮色の瞳に憎悪と敵意の光を宿し、デス子は次の瞬間、躊躇なく引き金を引いた。
「ちぃ……問答無用かい!」
次々と虚空を奔るビームの銃弾を躱しながら、フォルテが苦々しげに舌打ちする。
目標は明らかな敵意を持って自分達エンジェル隊に攻撃を仕掛けてきた、言葉による説得は望めないだろう。
戦闘による目標の捕獲、または撃墜しか選択肢は無い。
「気は進まないんだけどね……」
サイズこそ紋章機並ではあるが明らかに「人の形」をした目標を撃つことに、良心の呵責を感じない訳ではない。
しかし軋む己の心から敢えて目を逸らし、フォルテは前を見据える。
割り切れなければ、死ぬのは自分達なのだ。
「ギャラクシーエンジェル隊、戦闘開始! 目標、敵――えーと――デス子!!」
「「「「了解!!」」」」
フォルテの号令を合図に、エンジェル隊の反撃が始まった。
――つづく
最終更新:2008年12月07日 10:24