――あんなに一緒だったのに……、
どうしてこんなことになってしまったのだろう……シン・アスカの背中に庇われながら、ミルフィーユ・桜葉は自問する。
自分達に突きつけられる冷たい銃口、銃を向けるのはこれまで不落を共にしてきたギャラクシーエンジェル隊の仲間達。
夢ならば今すぐ醒めて欲しかった、悪い夢だと思いたかった。
「……追い詰めたよ、二人とも」
右手に握るリボルバーの撃鉄を下ろし、フォルテが冷然とした声で口を開く。
その背後に控える他のエンジェル隊員達――蘭花にミント、そしてヴァニラまでもが、まるで敵を見るような冷たい瞳でシンとミルフィーユを見つめていた。
「ミルフィーユは関係ない」
「解ってるよ。……皆あんたが悪いんだ」
突きつけられた銃口を見返しながらそう口にするシンに、フォルテは拒絶するような硬い声音で言い返した。
「あんたのせいで何もかもがおかしくなった、あんたが全部狂わせたんだ!」
顔を歪めて糾弾の言葉を吐き出すフォルテの右手は、まるで寒さに凍えるように小刻みに震えていた。
「……どうしてなんですか? 何でこんなことになってるんですか!?」
盾になるように立ち塞がるシンの背中を押し退け、ミルフィーユが涙を浮かべた顔でそう叫んだ。
「わたし達、仲間なのに……同じエンジェル隊の仲間なのに! 何で喧嘩しなくちゃいけないんですか!? どうして皆でシン君をいじめるんですか!?」
「煩いわね! この馬鹿ミルフィーユ!!」
声の限りに制止を訴えるミルフィーユに、蘭花が逆上したように叫び返す。
「分かってるわよ、分かってるのよ……アンタに言われなくたって、アタシ達だってそんなこと分かってるのよ!!
シンが誰だろうと、「何」だろうと、アタシ達エンジェル隊の仲間だって! おかしいのはこの世界の方だって!!」
「だったら、どうして……!!」
「……仲間だから、ですわ」
目の前の銃口が目に入っていないかのように身を乗り出して抗議するミルフィーユに、ミントが吐息と共にそう口にした。
「アスカさんが仲間だからこそ、わたくし達エンジェル隊の一員だからこそ……このことに関してはわたくし達自身の手で決着させたいんです」
「……ずるいです、ミントさん」
ミントの科白を、ミルフィーユは泣き笑いのような表情を浮かべて非難した。
「卑怯ですよ、そんな言い訳……。そんなこと言われたら、認めるしかないじゃないですか。認めたくないのに、納得なんてしたくないのに……。ずるいです」
泣き崩れるミルフィーユから逃げるように目を逸らし、フォルテは改めてシンに銃を向けた。
「ごめんなさい……なんて言わないよ。シン」
感情を捨て去ったように平淡な声と顔で、フォルテは銃の引き金に力を籠める。
「――あんたの女難が、世界を滅ぼす」
その瞬間、乾いた銃声が響き渡った。
――夕暮れは、もう違う色……。
「――という夢を見たんです」
「うん、それは夢や。ちゃんと現実を見なアカンよ、シン?」
そう言って朗らかに笑う八神はやてに、シン・アスカも「そうですね」と恥ずかしそうに笑い返した。
しかしこの時、シンは極上の笑みを浮かべるはやてが放つ闇色の魔力光に、不幸にも気付いていなかった。
「――ところでシン、それもーちょい詳しく話してくれんかなぁ? 特に夢に出てきたゆー女の人達について、もっとじっくり訊きたいんやけど」
時空管理局――次元の海の中に数多存在する異世界を統括し、次元世界の法と正義の番人として君臨するその超巨大組織に、新暦75年春、とある部隊が新規に設立された。
「あらゆる状況に即時対応する精鋭部隊」を謳い文句に、一年間の試験運用という形で発足したその部隊の名は、機動六課。
部隊長八神はやてを筆頭に複数の高ランク魔導師を実動部隊隊長兼教官役として迎え、その他の部署も一流の人材を取り揃えた機動六課の中で、シンの役職は少々特殊と言えるだろう。
書類上、シンの所属ははやてが部隊長を務める後方支援部隊〝ロングアーチ〟となっており、実際に雑用やデスクワークなども行っている。
しかしその傍で、新人フォワード部隊の訓練に補助として駆り出されたり、時には単独で出撃を命じられることもあるなど、その仕事は事実上、六課専用の「使い走り」に近い。
今回、シンは聖王教会本部に呼び出されたはやての随行で、次元世界ミッドチルダ北部にあるベルカ族自治領を訪れていた。
機動六課の後見人の一人である聖王教会騎士カリムは、未来の事象を年に一度だけ、詩文の形で預言するという稀少技能を保有している。
そして先日、カリムは「今年の預言」を得たらしいのだが、その内容に関してはやてに何か相談したいことがあるという。
「預言、ねぇ……」
マーケットの人垣を掻き分けながら胡散そうにぼやくシンを、先導するはやてが肩越しに振り返る。
「あー! シン、馬鹿にしとるやろ?」
「べ、別にそんなわけじゃないですけど……」
頬を膨らませるはやてから咄嗟に顔を逸らし、シンは否定の言葉を口にする……が、その如何にも後ろめたそうな行動そのものがシンの本音を雄弁に語っていた。
シンはこのミッドチルダを始めとした魔法文明世界の出身ではない。
コズミック・イラ――自然科学のみに依存する未熟な文明社会でありながら、宇宙に進出する程の高度な技術体系を持つ管理外世界が、シンの生まれた世界である。
そのような魔法の「ま」の字も無い世界で生まれ育ち、しかもオカルトや超常現象に欠片の興味も無いシンから見れば、預言など眉唾以外の何物でもないというのが本音だった。
「カリムの預言は凄いでー、よく当たる占い並によく当たるんや。六課を設立する時も、シンを六課に引き込んだ時も、カリムの預言が決め手になったりならなかったりしたんよ?」
「それって今一つ凄いのかどうなのか分かんないような気がするんですけど……」
はやての科白に呆れたような相槌を打ちながら、しかしシンはふと首を傾げた。
今何か聞き捨てならないことを聞いたような気がする……。
「――おい、今さらりととんでもないこと言わなかったかこのチビ狸?」
「チビ狸言うな! ちょーっと身長高いから言うて調子に乗りおって、シンのくせに生意気や!!」
「ちょ……俺のくせにって何だよ、俺のくせにって!? ていうか今、機動六課の存在意義とか俺がここにいる意味とかが根底から揺らいだよーな気がするんですけどっ!?」
「やかましいっ! そーやって小さいことに一々拘っとるから、いつの間にか主役の座を追い落とされとるんやで?」
「小さいのか? これって小さいことなのか!? ていうか今言っちゃいけない禁句ワードを躊躇なく言いやがったなこのチビ狸!!」
「だからチビ狸言うなぁーっ!!」
マーケットの真ん中で壮絶な舌戦を繰り広げるバカップルを、往来の通行人や出迎えの教会騎士達が冷めた目で眺めていた。
聖王教会とは、次元世界最大の宗教組織であり、また時空管理局と同じく危険な遺失物(ロストロギア)の調査と保守を行う非営利機関でもある。
ミッドチルダ北部、ベルカ族自治領の中心部に本部を置くこの宗教団体は、古代ベルカ時代の偉人「聖王」を信仰対象とし、「教会騎士団」と呼ばれる私兵団を保有している。
時空管理局との関係は概ね良好、それは教会の騎士であるカリムが理事として管理局に籍を置き、機動六課の後ろ盾となっていることからも伺える。
後ろ盾――つまり「偉い人」なのだ、これから会う〝カリム・グラシア〟なる人物は。
大理石が敷き詰められた長い回廊を進んだ奥、聖王教会本部、騎士カリムの執務室の扉の前に立った時、シンは柄にもなく緊張している自分に気付いた。
粗相があれば、自分だけでなくはやてや六課の仲間達にも累が及ぶ……。
胸に重く圧し掛かるプレッシャーは、20年に満たないもののそれなりに波乱万丈なシンの人生でも初の感覚かもしれない。
自分がまだZAFT――コズミック・イラの軍にいた頃、何の因果か、軍の最高指導者と朝食を共にすることがあるが、その時にもこれ程の重圧は感じなかった。
「責任」というものの重みを、シンは初めて知ったような気がした。
取り敢えず何を言われても――腹が立とうが話が訳分からなかろうが――黙っておこう……蝶番が軋む音と共にゆっくりと開かれる扉を見つめながら、かつて感情に任せて故国の首長を正面から罵倒した男は密かにそう決意した。
カリム・グラシアは、シンの想像よりも随分と若い、温和そうな女性だった。
教会騎士の中でも特別な地位にあり、また六課の後見人として〝あのはやて〟の上に立つ者であるという先入観から、シンはカリムを、かつての母艦の艦長のような女傑だと想像していた。
しかし蓋を開けてみれば、穏やかな笑顔と共にはやてと自分を迎えた部屋の主は想像とはほぼ正反対の人物であり、シンとしては拍子抜けした感が否めなかった。
「いらっしゃい、はやて」
「ごきげんよう、カリム。こうして直接会うんは四月のガジェット事件の時以来やね」
柔和な笑みを浮かべて旧友を歓迎するカリムに、はやても表裏の無い笑顔を返した。
はやてとカリムは八年来の友人であり、二人の関係は八年前、はやてが教会の仕事に派遣された時以来の付き合いであるという。
本来は信念も立場も役割も違う自分達二人だが、今回は互いの目的が一致して、機動六課という「形」になった……ベルカ量領行きの列車の中で、はやてがそう話してくれた。
直後、「まるで共犯者だな」という感想を口にしてはやてにしばき倒されたのは、我ながら浅慮だったとシンは反省する。
はやてを見下ろしていた顔を上げ、カリムは続いてシンを見た。
見つめられ、シンは反射的に背筋を伸ばす。
「貴方がシン君ね、話ははやてからよく聞いてるわ。はじめまして、聖王教会騎士、カリム・グラシアです」
「シン・アスカ特務空士であります。お会い出来て光栄です、騎士カリム」
にこやかに笑いかけながら自己紹介するカリムに、シンはZAFT式の敬礼で応える。
シンの挨拶にカリムは首肯し、再びはやてへと視線を送る。
「立ち話もなんだし、お茶でも飲みながら話しましょう。ファーストリーフの良いところのを用意してるの」
ティーカップの中から白い湯気が立ち上り、まろやかな香りが鼻孔をくすぐる。
執務室の一角に置かれた白い丸テーブルの上には、三人分の紅茶の他にクッキーの小皿も載せられ、まるでお茶会のようにほのぼのとした空気を醸し出していた。
否――「まるで」などではなく、これはまさにお茶会そのものである。
ティーカップを片手に談笑するはやてとカリムを横目で見ながら、シンは何とも言い難い居心地の悪さを感じていた。
この二人だけならばまだ良い、友人なのだし積もる話もあることだろう。
だがこの場には自分もいることを忘れないで欲しい、とシンは切実に思う。
朝一番ではやてのお供を突然言い渡され、ついて来たら来たで放置プレイのようなこの扱い……自分の今日の運勢は恐らく最悪だろう。
独りいじけるシンを余所に、はやてと取り留めも無い雑談に興じるカリムの笑顔が、その時不意に陰りを帯びた。
本題に入るつもりか……カリムの変化を読み取り、はやても表情を引き締める。
「――それで今回はやてとシン君に来て貰った理由なんだけど……」
憂いを孕んだ声でそう口にしながら、カリムは一枚の紙片を取り出した。
「これは……」
テーブルの上に置かれた紙片を見下ろすはやての眼が険呑な色を帯びる。
シンも紙片を覗き込んではみたものの、書き込まれている文字を読むことすら出来なかった。
「――預言書のページ、やね?」
はやての確認に、カリムは無言で首肯する。
「私が受け継ぐ稀少技能『預言者の著書(プロフェーテン・シュリフテン)』、半年から数年先の未来を、年に一度、詩文の形で書き出す能力。これはその今年分のページよ」
「『種は弾け、欠片は数多の大地に散らばり、無限の色の花を咲かせた』……」
預言書のページを手に取り、はやては傍のシンにも解るように、古代ベルカ語で記述された詩文を読み上げる。
――種は弾け、欠片は数多の大地に散らばり、無限の色の花を咲かせた。
――時の迷い子が傷を癒し、血塗れの羽根が生え揃う時、終わりの始まりの鐘は鳴る。
――憎悪の炎が天を焦がし、嘆きの叫びが花畑を枯らす。
――無限の運命が交わる場所で、世界はただ一つの明日を選びとるだろう。
全てを読み上げ、はやては難しそうな表情を浮かべた。
……さっぱり解らない。
隣のシンなど舟を漕ぎ始めている、全く良い度胸だとはやては胸の奥で舌打ちする。
「預言書に記された『種』と『運命』、そして『時の迷い子』って言葉は、多分シン君のことだと思うの」
「へ? 俺!?」
突然話を振られ、シンは思わず素っ頓狂な声を上げた。
何だそれは、今の流れから何故いきなり俺の名前が出てくる!?
狼狽えるシンを後目に、しかし横のはやては納得したように頷いていた。
「なるほどなぁ……確かに〝運命(デスティニー)〟はシンの象徴みたいなモンやし、それに〝アレ〟の翼は血に濡れたみたいに真っ赤やからなぁ……」
「いやいやいや! 待てよ、待って下さいよ部隊長!?」
あっさりとカリムの解釈に同意するはやてに、シンは必死の形相で待ったを掛ける。
百歩譲って『運命』、つまり〝デスティニー〟の解釈はそれで正しいと仮定しよう、だが『種』やら『時の迷い子』などという訳の解らない単語まで自分と断定されては堪らない。
次元漂流者ならば自分の他にも少ないながらも存在するし……大体『種』とは何だ、『種』とは。
シンの指摘に、はやてとカリムは一瞬顔を見合わせ、そして次の瞬間――、
「「さぁ?」」
――と、声を揃えて問題を丸投げした。
「どうしてって言われても困るんだけど……強いて言うなら、去年以前のページに似たような単語が出てきてて、その解読結果がシン君だったからかしら?」
「そうそう、『運命』=『種』=『時の迷い子』=シンは大前提や。そもそもそれでシンを機動六課に引っ張り込んだんやから、今更「違う」言われてもわたしらが困る」
「あんたらって人は……!」
いい加減極まりないカリムとはやての科白に、シンが憤りの声を発する――が、
「それで次に『終わりの始まりの鐘』の解釈なんだけど……」
――当事者の怒りなど綺麗に無視して、カリムは紙片の上の該当する単語(らしき文字列)を指差す。
そして次の瞬間、この日一番の爆弾が落とされた。
「――私はこの部分が、『戦争が始まる』って意味なんじゃないかと思うの」
カリムの突然の言葉に、シンとはやては言葉を失った。
――To be continued...
最終更新:2009年01月24日 19:59