Happy Birthday~やよい編~

<やよいのバースデイ>

 ――3月25日。
 やよいからどうしても頼みたいことがあると頭を下げられたシンは待ち合わせ場所に10分ほど早く到着して
いた。
 ちょうど休日であったこと、そして自身の用のこともあったので迷うことなく承諾したシンだったが、ふと
財布の中身を確認してブルーな気分になった。

 ――ギリギリ足りる……か? でもやよいの頼み次第じゃ危ないかもしれないし。

「うっうー! おまたせしましたー! あれ? シンさん、どうかしたんですか?」
「え!? い、いや! なんでもないぞ!」

 まさか自分の懐に季節外れの寒風が吹いていることなど言えるはずもなく、やよいに気付かれない程度に溜息
をついて財布を懐に仕舞った。

「それで、俺に頼みたいことって?」
「あ、はい。えっと、今日って私の誕生日じゃないですか?」

 確認するような問いかけにシンは頷く。
 大方の予想通り、何か欲しいものがあるといったところだろう。元々プレゼントを探すつもりだったシンに
とってもこれは渡りに船な誘いだった。あまり自分のための物を欲しがることのないやよい相手に何を贈れば
いいのかと軽く頭を抱えるほど悩んでいたのだ。

「それで、その、一緒にプレゼント探してくれないかなーって」
「あぁ、そんなことだろうと思ってた。俺でいいなら付き合うよ」
「ホントですか!? やったー! それじゃあ、家族のプレゼント探しに行きましょー!」
「おー……って、え?」

 思わず目が点になるシンに、やよいも「ほえ?」と首を傾げる。

「……なぁやよい、なんか俺今おかしなことを聞いたような気がするんだけど」
「え? どこですか? 私にはわかんないですけど……」
「よ、よし。1から確認してみよう。今日は、やよいの誕生日なんだよな?」
「はい」
「それで俺と一緒にプレゼントを探してほしいと」
「そうですけど……おかしいですか?」
「いや全然。なんだ、何も変なところはないな。じゃあ改めて行くか!」
「はいっ! 弟たちやお父さんには何をあげたらいいかわからなかったから助かりますっ!」
「そこだっ!」
「はわっ!? そこですか!?」

 上半身を捻りつつツッコミを入れるシンに大げさに驚くやよい。
 集合から5分、ようやく二人はお互い大事なところを食い違ったままプレゼント探しを始めようとしていた
ことに気がついた。

「……で、なんで家族のプレゼントを? 今日はやよいの誕生日だろ?」

 とりあえず近くのベンチに腰を下ろして缶コーヒーをすすりながらシンは率直な疑問をぶつける。
 いろいろ事情があるのかとも考えはしたが、それがまったくもって見当がつかない。だからこそ詳しく話を
聞くことにしたのだが……

「えっと、なんか私だけプレゼントもらうのは悪いかなーって」
「……それだけ?」
「それだけですっ!」

 屈託なく笑うやよいだったが、シンは納得がいかない様子でコーヒーを煽る。M○Xコーヒーのくどすぎる
甘さが妙に疲れた頭に効いてきたのか、そういえばと思いだしたことを聞いてみる。

「そういえばやよい、この前給料出たんだっけ?」
「うぇっ!? は、はい……」

 何やらいつも首から下げているべろちょろをギュッと抱きしめるやよい。その反応で、シンはやよいが何を
したいのかをようやく察した。

「……自分が悪いと思ってるんじゃなくて、やよいが家族にプレゼントしたいんじゃないか?」
「あうぅ……そ、そんな感じかもです」

 やっぱりか、と納得しつつも新たに気になることが浮かぶ。

「でもなんでよりによって今日なんだ? 別に今日じゃなくてもいいんじゃないか?」

 そう聞くと、目の前で指を絡ませ、恥ずかしそうに笑いながらやよいは答える。

「そうかもしれないですけど、今日じゃなかったら今度はいつ休めるか分からないですし……」

 やよいに限らず、最近は皆が程度に差はあるものの仕事が増えてきている。
 プロダクションにとっては嬉しいことではあるが、反面アイドルたちのプライベートな時間は減ってきている
ことはシンも気になっていたところだった。やよいも家族と過ごせる時間が短くなってきたと言っていた覚えも
ある。

「だから、どうせなら私の誕生日ってだけじゃなくて、私がみんなにありがとうっていう日にもしようって思ったんです!」
「やよい……」

 いつも応援してくれる家族がいるから、彼女はどんなときも頑張れると言った。
 だからこそなのだろう、今日という日を自分の誕生日『だけ』で終わらせたくないと願うのは。

「……わかった。約束通り今日は付き合うさ。でもひとつだけ俺からも頼んでいいか?」
「な、なんですか?」
「あとでプレゼント選ぶの手伝ってくれ。俺がやよいに贈るもののさ」
「え……えぇっ!? い、いいんですか!?」
「当たり前だろ? というかそれくらいの見返りくらいあっていいだろ?」

 そう言ってもやよいは戸惑っていたが、やがて落ち着くと眩い笑顔が返ってきた。
 そして二人で街を歩きながら、全員分のプレゼントとケーキを買った。
 ……やよいの所持金が自分よりも遥かに上で軽く凹んだのは心の内に留めておくことにするシンだった。


「って感じだったな、昨日は」
「高槻さんとそんな休日を……くっ!」
「結局私たちは前の日にしかパーティー開けなかったのよね。まぁ、やよいが楽しめたならよかったんじゃない
かしら。別にこれっ……………ぽっちも羨ましくなんかないけど」

 翌日、仕事の合間に時間のできたシン・千早・伊織の三人はやよいの誕生日を振り返っていた。
 やよいと二人っきりで誕生日を過ごせたシンに――そして口には出さないがほぼ一日シンを独占したやよい
に――軽く嫉妬の視線を向ける二人だったが、結果としてはやよいが充実した誕生日を過ごせたらしいという
ことで良しということにした。

「で? まさかアンタそのままやよいの家に行ったわけじゃないでしょうね?」
「そんなことできるわけないだろ? まぁ荷物運んだときに誘われたけどさ、さすがに断ったよ」
「……いい家族なのね、高槻さんの家は」
「まぁ、やよいみたいな子が育つ家庭なら当然かもしれないわね」
「あぁ……」

 しばしの間、三人はそれぞれやよいの家族に羨望の念を抱く。
 とりわけ家族というものに対してそれぞれ思うところがある三人なのだ、見ているこちらまで幸せな気分に
なるようなやよいとその家庭を羨むのも無理もない話である。

 ――プルルルルルルル……

「っと、もしもし――やよい?」

 シンの口から出た名前に千早と伊織は思わず顔を見合わせる。

「あぁ……わかった。すぐに行くからそこで待っててくれ」
「何かあったの?」
「なんかファンからいろいろ手渡しでプレゼント貰ったみたいで困ってるってさ。そんなに遠い場所じゃない
し、これから運ぶの手伝い行く」
「ちょ、ちょっと! アンタもこれから私たちの仕事に付き合うんでしょ!?」
「すぐに戻るって!」

 そう言って飛び出したシンの背中を見送り、伊織は溜息をついた。

「まったく……ホントやよいに甘いわね」
「ふふっ、シンらしいといえばシンらしいけど。それにしても……」
「? どうかしたの千早?」

 窓の外、全力疾走するシンの姿を眺めながら呟くように千早は語る。

「シンの携帯電話、新しいストラップがあったわね」
「あぁ、なんかカエルみたいな……あぁっ!?」
「な、何かあったの水瀬さん?」
「あのストラップ……たしかやよいの携帯にもあったわ」

 もう一度、二人はシンが走り去った方を見る。
 すでに小指の爪ほどの大きさまで遠ざかった背中を見て、今度は二人揃って息をつく。

「ライバルが増えた……って思っていいのかしら?」
「言わないで、正直に言えば勝ち目がない気がするわ……」

 春の陽気に包まれながら、765プロにまた波乱の種が芽生えた。



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最終更新:2009年03月30日 12:13
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