「―――つまり、花を長く咲かせるには花の種類以上に周囲の環境が重要ということよ」
はあ、と反応に困る講釈を延々と続ける彼女、風見幽香にシンはそう生返事を返す。
………よりによって「彼女」に対して適当に返してから、しまったと思うがもう遅い。
「へぇ、「はあ」? わざわざ時間を割いてとてもとてもありがたいお話をしているっていうのに、
あなたは「はあ」なんてつまらなさそうな言葉を返すのね? 悲しいわねぇ、とても悲しいわ。
あんまり悲しすぎちゃって………」
うふふ、と笑いながらも幽香はその眼を僅かに鋭くする。いくら演技だとは分かっていても肝が冷える。
………一度、彼女に腕をねじ切られたシンにとっては尚のことだ。沈黙の後に何が続くかなど考えたくもない。
幽香の恐ろしさは身にしみて分かっている。分かっているのに………
「俺の馬鹿」
「そうね、馬鹿ね。人の話を聞かないんだもの」
そんなことはないですよ聞いてましたよーと、
シンは相変わらずくすくすと眼以外は笑っている幽香に全身全霊全力全開を以て弁明をする。
(苦手だ…! この人は苦手だ………!)
別に、シンは年上の女性が苦手なわけではない。むしろ大好きだ。
というより「きれいなおねーさん」が嫌いな男性などいるわけがない。
いるんだとしたらそれはどこぞの某アスラン・ザラという名のモーホーぐらいのものであろう。
だが。この風見幽香という女性に対しては話が違ってくる。
凄まじく強い、ということは別段問題ではない。
それが問題になるのなら地の底の鬼、星熊勇儀や妖怪の山の軍神、八坂神奈子などは大問題外であろう。
Sッ気がある、というのも、まあギリギリ問題ではない。
永遠亭の薬師、八意永琳にくすくすと笑われながら傷薬を塗られるのはなんともいえないくすぐったい気持になるし、
完全で瀟洒なメイド、十六夜咲夜に鼻で笑われると悔しい気持が湧き上がり、次は頑張ろうという気分になる―――関係ないが、
八雲紫はSッ気があるとは言わない。あれは唯ひたすら胡散臭いだけである。大体男の趣味悪いし。―――のだから。
しかし。この太陽の丘のフラワーマスター、風見幽香の場合は。
「ちょっと、あなた聞いているの!?
何遠い目をしてるのよ人の話はちゃんと聞きなさいって親から教わらなかったの
馬鹿じゃないの何考えてるのよちょっとちゃんとこっち見なさいよ!」
これである。とにかくこの風見幽香という女性、年上が持つはずの余裕がまるでない。
自分が会話の主導権を持ってるうちはいいが、少しでも自分が主導権を失うとすぐに余裕を無くし、
会話の主導権を無理やりにでも握ろうとする。
それに加えS中のS、アルティメットサディスティッククリーチャーである。正直面倒なことこの上ない、まったくこれだから
「これだから何?」
「なんでもありません、サー!」
このままでは確実に命にかかわる。何か話題はないか何か話題はないかと周囲を見渡し、
―――花畑の外れに「それ」を見つけた。
サラサラと櫛を通す必要すらない茶髪、細身の、だが決して痩せすぎているわけではない整い過ぎた体躯、
吸い込まれるような、いっそ胡散臭ささえ漂わせる紫の瞳、端正な、まるで作り物の蝋細工のようなその顔、
どこからともなく「ドドドド」だの「ゴゴゴゴ」といった音が聞こえてきそうな
確実に人体関節を無視しているとしか思えない奇妙極まりないポージング。
そこには、最高のコーディネイター、通称スーパーコーディネイター自称スパコー、キラ・ヤマトが立っていた―――全裸で。
(こ っ ち く ん な)
そう強く念じるが、現実は非情である。
「やあ、シン。どうしたんだい、こんなところで?」
爽やかな笑顔とともにキラはこちらに手を挙げる。全裸で。
「………なに、アレ」
幽香の顔も声も引き攣っている。それはそうだろう。シンだってどうしていいのかなんて分からないのだから。
そうこうしているうちにキラはこちらに向かって駆けてくる。全裸で。
シンに向かって久しぶりー元気だった―?と聞いてくる。全裸で。
へんじがない、ただのしかばねのようなシンにどうしたの?大丈夫?と心配そうな顔を浮かべる。全裸で。
同様に呆然としている幽香に向かってああ、はじめましてキラ・ヤマトですと挨拶をする。全裸で。
す、とまっすぐ手をかざした幽香を不思議そうに見つめる。全裸で。
かざされた手のにおいをスンスンと嗅ぐ。全裸で。
恥ずかしい話なんですが………ふゥ~…〈放送禁止〉しましてね……とキラ違いの言葉を言い放つ。全裸で。
幽香から放たれた本家本元マスタースパークによって、キラは光の奔流の中に飲み込まれていく。
全 裸 で 。
「………相変わらず不死身ですねーアンタ。あのまま死ねばよかったのに」
あの後、「ふう、死ぬかと思ったZE☆」とあちこちが焦げた―――いつの間にか服を着ていた―――キラにシンは今更ながらの言葉を吐く。
「あはは、やめてよね。あれぐらいでこの僕が死ぬわけないじゃない? 君は間抜けなの? ヴァカなの? 死ぬの?」
「てへへ、それもそうですね、いやぁ残念残念。キラさんなんてあのまま塵になってしまえばよかったのにー」
そんな至って日常的な会話を繰り広げる二人に幽香は胡散臭そうな眼を向ける。
「え…と、あの……ソレ、何?」
相当気持ち悪かったのであろう、キラをすごく嫌そうに指さす。
「ああ、キラさんですか? どこからともなくやってきてしまった俗悪生命体ですよ。
大丈夫です、至って害悪ですからプチッとやっちゃっても問題ありません」
「ひどいこと言うねぇこの童貞は。チェリーは。青い果実は。さあどれがいい!?」
「うるせぇ。ホント死ねばいいのに」
納得は…イマイチできていないのだろう、「ふーん」という胡乱な声が返ってきた。
「んで? なんでまたアンタこんなところに?」
「うん、ゆかりんからの頼まれごとでねー。
ゆうかりんから、ああそんな睨まないでよゆかりんがそう言ってたんだから。
なんだったっけ、そう、ゆうかりんから向日葵の種を貰ってきてって」
幽香は何も言わずに麻袋たっぷりに詰め込まれた30kgはありそうな向日葵の種をキラに向かってブン投げた。
何事もなくかわされてしまったが幽香は特に何も言わなかった。これをやるからさっさと失せろ、ということだろう。
「はい、確かに。それじゃあお暇しますねー」
「二度と来るな」
ぎろりと睨む幽香に肩を竦め、キラは軽々と麻袋を担ぎあげる。そしてそのまま花畑を後にしようとして。
それにしても、と呟く。
「聞いていた通りの人ですね」
「碌でもないうわさ話を気にするほど心は狭くないわよ。だから誰から聞いたかとっとと話しなさい?」
実に噛み合ってないやり取りを耳にしているシンに、なんとなく嫌な予感が起こった。
これ以上キラに話をさせるとまずいことになる。そんな予感がする。
「あの、キラさ」
「まあ誰からっていやぁシンからなんだけどね?」
「へぇ………く わ し く」
ギタリ、と音を立てそうな勢いで幽香は口を歪ませる。…嫌な予感が、加速した気がする。
「いやーだめだよーそんなーシンをうるなんてことーそんなことーぼくにはとてもできない」
嘘くさい。というか嘘だろう。棒読みだし大体キラ眼が笑ってるし。
「いいからとっとと吐けっつてんのよこの変態!変態!変態!」
だが幽香は気付かない。ヒートアップした幽香はその嘘くささに気付けない。気付かずにキラを罵倒し続ける。
「あふんもっと言って♪……と、言いたいところだけど。あまり調子に乗るんじゃないよ、この………」
――――嫌な予感が最高潮に達する/キラの口がにたぁ、と笑う。
「キラさ」
「処 女 の 分 際 で………ってシンが言ってた」
―――瞬間、空気が凍った。
幽香の口が「た」の形で固まる。あまりの衝撃だったのだろう、視点が定まらず眼は虚ろだ。よく見ると足がかくかくと震えだしている。
シンの目が静かに閉じられる。この展開を予想できなかった自分が情けなくてたまらない。自分を殴りたい思いでいっぱいだ。
キラは―――唯ひたすら笑っている。ニヤニヤニヤニヤニヤニヤニヤニヤと笑っている。
「じゃ、僕はこれで! ぼかぁゆかりんとの愛の巣に戻らなければならないんだぼかぁ!」
「待 て や 。……どういうつもりだ、キラさん?」
その言葉に、キラは深く頷く。
「てへ♪」
「死ね!」
「大丈夫大丈夫、君ならなんとかなるって自分を信じなよ大丈夫、魔法の言葉をかけてあげるよ」
ニコリ、と笑い、そして
「キラッ☆」
「うぜええええええぇぇぇぇ!!」
「わざわざツッコんでeraいeraい。……じゃ、今度こそ僕はこれで!!」
そのままキラは高笑いを響かせながら八雲の家に―――どこかなどは分からないが―――飛んで行ってしまった。
置いて行かれたことへの憤りは、勝手なことをのたまいやがった怒りは、なんで全裸だったんだという疑問は、
「………なんで」
幽香への戦慄へと、とって代わった。
ぶつぶつと何かを呟いている。………よく聞こえない。仕方ないので数々の女難で培われた読唇術を使う。
知られた、だの、隠してたのに、だの、よりによって、だの、こうなったら隠滅するしか、だの。段々と物騒になっていく。
懐に手を入れる。目が合った。
デスティニーの起動スペルカードをまとめて握りしめる。涙目になっている。
懐から4枚のスペルカードを取り出す、1枚足りない。顔も紅潮している。
足りない1枚を急いで取り出す。拳をギチギチと音をたてて握りしめる。
5枚を放り投げ宙に舞わせる。とてつもない笑顔。
起動準備が整う。跳びかかる。
「デスティニ「あは、死んじゃえ♪」ーってうおあぁぁああ!?」
―――その日。太陽の丘は幻想郷より消滅した。
「後日、怒り狂ったシン・アスカが「キラの大馬鹿野郎はどこだーーー!」と鬼の形相で某スパコーを探し回ったり、
風見幽香が博麗霊夢にえぐえぐと泣きついているところを魅魔に目撃され一悶着あったり、
シン・アスカが霧雨魔理沙にうっかりパルマしてしまいアリス・マーガトロイドに粛清されかけたり、
キラ・ヤマトと八雲紫が相も変わらずところかまわずいちゃついていたりしたが、
それも最早幻想郷では日常であり、今日も幻想郷は平和なのであった―――と」
「いやもうどこからツッコんでいいのやら………しかし文さん。それ本当に文々。新聞にのせる気ですか?」
「あら椛。何か問題でもある?」
「どう考えても問題だらけな気が………確実に敵に回りますよ、あの風見幽香が」
「大丈夫大丈夫、なんかあって逃げ切れるわよ。私の速さをなめてもらっちゃあ困るわね」
「いやいやそういう問題じゃないですよ!」
「いいのいいの。民衆には知る権利というものがあるんだから。
私たちブン屋はその権利をこれでもかこれでもか
らめぇそんなたくさんこわれちゃうよぉひぎぃってな感じで満たしてあげなきゃいけないんだから」
「うわあ、タチわるっ」
「ふん、なんとでも言いなさい。それじゃあ私はこの号外を幻想郷中に配りに行くという使命があるので、したらば!!」
「いいのかなぁ、本当にいいのかなぁ………」
―――無論、いいはずもなく。翌日こんがりいい匂いを漂わせる焼鳥になった文のおかげで人間の里の焼鳥屋は大忙しになったのだけれど。
だが、それすらも最早この幻想郷では日常であり。今日も幻想郷は平和なのだった。
最終更新:2009年05月21日 18:40