「―――うわ、埃っぽ。オイオイ掃除しろよー」
「あなたにだけは言われたくなかったわよ」
少女二人―――霧雨魔理沙とアリス・マーガトロイドは物置の入り口で舞い上がった埃にけふけふと咳をしていた。
―――アリスの家にいつものように魔理沙が略奪(本人は遊びに来たといつものように言い張っていた)しに訪れ、
いつものようにホットミルクをちびちびとすすっている時魔理沙がふと呟いたことが二人がここにいる原因だ。
お前ん家の物置ってどうなってるんだ?
なにもあげないわよ?
よし見に行こう。
なんにもあげないわよー!というか盗もうとするな!
そんないつものように会話のドッジボールが行われ、
魔理沙は好奇心で、アリスはそう言えば物置どうなってたっけ最近開けてないような?
という思いでアリスの家の物置が何か月ぶりだかに開かれることになった。その結果は。
魔窟。その言葉がこの物置を一言で言い表せるだろう。
首のない人形やら謎の仮面やら埴輪っぽい埴輪やら人間の肋骨っぽい骨やら散らばった紙やらぼさぼさになった筆やら……
とにかく様々な「よくわからないモノ」が乱雑に置かれて、というより打ち捨てられていた。当然整理なんてされていない。
奥の方なんかはもうよく見えない。
「うひゃー、こりゃまたすごいな? おーかた人形たちに使わなかったものここに捨てさせてたんだろ」
「捨てさせてるわけじゃないわよ………一応。しっかしこれは……掃除しよう、その内」
「そーそー、その内その内」
「うんうん、その内その内」
そんな女の子として非常にダメなことを言い合いながら二人は何となく物置の奥まで進む。そして一番奥にあったものは。
「………アリス。お前、男飼ってたのか?」
「違うわよっ。あーそうかそう言えばここにやってたっけ思い出した思い出した」
それは直立している裸の男だった。と言っても下半身には布がつけられて大事な部分は隠されていたが。
「いやこれどう見ても男だぜ? お前にこういう趣味があったとは……魔理沙さんびっくりだ」
「だから違うって言ってるでしょうがっ! 人形よ人形!」
人形、というといつもアリスのそばにいる上海人形や蓬莱人形と同じということか。しかし、それにしては。
「………ずいぶん生っぽいな? 生きてるみたいだぜ」
「そりゃそうでしょ、合成物だけど生もの使ってるんだから。魂が入ってない以外は人間と同じのはずよ」
「人形?いやでも、お前。人形って言えば上海とか蓬莱みたいな」
困惑している魔理沙にアリスは出来の悪い生徒に教えるように人指し指を立てる。
「人形と言ってもあんたが思ってるのとは違うわよ。そうね、「ひとがた」って言えば分かるかしら?
出来得る限り人の機能を持つ人形を作りだす、いいえ、もっと言うんなら人の手で再現された人。その完成形がこれよ」
ま、私はひとがたの方にはあんまり興味なかったけどね。そう言ってアリスは説明を終える。
「私が興味あるのは自律する人形だもの、どんなに出来が良くても動かない人形にあまり興味はないわね、その内捨てようかしら。
昔作ったものだし今見ると結構粗があって少し恥ずかしいなぁ」
主に性別とか。男の人形を作ろうとした自分は本当に大馬鹿だ。
ああ、どうしてあの頃の自分は女の子のすべすべのお肌の素晴らしさが分からなかったんだろう?
どうして女の子の白魚のような指に見惚れていなかったんだろう?
女の子ヒャッホウ!女の子サイコー!
………そんな思いは心の奥に閉じ込めて鍵をしておく。魔理沙に聞かれたら逃げられそうだし。
「へぇー。こんなに良く出来てるのに。もったいないなぁ」
「言ったでしょ、魂の器になんて興味無いの。大体場所とって仕方ないし」
ふーん、と呟きながら魔理沙はしげしげと人形を観察する。じっくりと見ていると気づいたが、この人形にはこれといった特徴がなかった。
全世界の男を平均化したような体と顔と髪。それがひとがたということなのだろう。
そんなことを思いながら魔理沙は人形の腕を上げたり首を揺すったり髪を引っ張ったりしていたが、ふと目線を下におろした。
次いでキョロキョロと忙しなく視線を動かし、意を決したように一つ頷き、
下半身の布の中を覗き込んだ。
「わ、わ、わ、わ」
すぐさま顔を離す。顔は真っ赤だ。意味もなく手を動かす。よたよたと後ろに下がり地べたにぺたんと腰を下ろす。そんな魔理沙を見てアリスは、
「さ、誘っているの?」
「ふえ?」
「い、いえ………というか、何考えてるのよあんたって人はー!?」
うがー、とがなる。魔理沙もしどろもどろになりながらもなんとか言い返す。
「いや、でも、だって! な、なんか気になるじゃないか!」
「何それ、あんたの犬とかのオスメス鑑定法って人に聞く前にまず股間を見るでしょ!?」
「ち、違うよ! いやあんまり違わないけど! だ、大体何でお前もあんな………あんな………あぅ」
思い出し赤面をする魔理沙を押し倒したい衝動を理性をフル動員して抑え、アリスは本で見たのよ本でと必死に弁解をする。
男に興味があると魔理沙に思われてはたまったものではない。自分はいつだって魔理沙一筋だというのに。
とりあえずそんなんだからあなた友達できないのよゲッゲッゲと脳内で囁く霊夢の声は全力で無視しておいた。
「………というか、もう出ない?魔理沙」
「そ、そうだな。これ以上ここにいると、なんか、こう」
あれだよなー。あれよねー。そんなことを言い合いながら物置を出ようとして。
「―――え?」
アリスが声を上げる。どうした?と魔理沙が視線を向けているが、それどころではない。どう考えたってあり得ないことが起こっているのだから。
そうだ、あり得ない。「勝手に自分と魂が繋がっている人形が増えている」なんてこと、あり得るわけがない。
しかし、人形との魂のつながりはできている。その人形の状態は把握できる。
自分の意思を持ったわけではない、つまり何かの魂が乗り移ったということだ。だが、それこそあり得ない。
数年前から作った人形には彷徨える魂に乗り移られないようすべて強固なプロテクトがかけてある。
―――だから、勝手に魂が宿るなんて、そんなことがあり得るはずないのに。
「人形が、嘘、なんで?なんで増えているの?」
「アリス? 増えてるってそりゃどういう」
魔理沙は先ほどのことで、アリスは数年前の人形という条件であの人形に思い当たり二人が後ろを向くのと、がさりという音がひとがたからしたのはほとんど同時だった。
―――平均的だった顔は、体は、髪は、その全てが変わっていた。
顔はどこにでもいるような平凡な、だがじっくりとよく見てみれば人を引き付ける魅力に満ちた顔に。
体は細身ながらも引き締まった筋肉が見て取れる、そしてそれ以上に目を引く真っ白な肌を持つ体に。
髪は長さも髪型も普通、だがその色。墨を流したようなではなく闇そのもののような真黒な色の髪に。
そして、開かれた瞳は。赤い赤いどこまでも赤いブラッドレッドの瞳。まるで吸血鬼とも悪魔とも魔人とも思えるその容姿。
シン・アスカがそこにいた―――全裸で。
「って721!? なんで俺全裸なんだ!?」
前を隠すことよりもツッコミ優先、それがシン・アスカがシン・アスカである何よりの証!
「ひゃ、ひゃあああああぁああぁぁぁあああ!?」
「―――汚いモン」
響き渡る可愛らしい魔理沙の悲鳴! そして助走し跳躍するアリス!
「さらしてんじゃ、なーーーーーーーい!!」
「理不尽ッ!!?」
とても奇麗なシャイニングウィザードがシンの頭に炸裂し、シンの意識は再び闇の中へと戻っていった―――全裸で。
「とりあえず俺悪くないだろ、人形に服着せてないアリスが元凶じゃないか」
「えーと、まああれだ。乙女の前に全裸でいる方も悪いかなーとか言ってみるテスト」
「シャイニングウィザード使う乙女なんぞいてたまるかっ。いてもそんなものが乙女とは俺は認めないからな」
シンは憮然とした表情を浮かべたまま博麗神社の階段を昇り続ける。隣では魔理沙がぷかぷかと箒で浮かびながらシンをなだめている。
……流石にもう服は着ている。自分が気絶している間にアリスが間に合わせで作ってくれた黒いシャツに黒いズボンだ。
黒い生地が余ってたからいいリサイクルになった、としたり顔でのたまうアリスをひっぱたきたかったが作ってくれた手前文句も言い辛かった。
……今にして考えれば文句ぐらいは言っておくべきだったと後悔しているが。
―――意識が戻ったシンは、アリスに投げつけられた服を着て自分の状況を語った。
自分は幻想郷なんて場所聞いたこともなく、これからどうすればよいのか分からない、と。
その言葉にアリスは疲れた溜息をつき、シンに硬貨が入っているのだろう、中からジャラジャラと音のする小袋を投げつけると魔理沙と一言二言話し合い、
そのままシンを外に蹴りだした。……今思い出しても腹が立つ。魔理沙が自分たちじゃ手に余るから専門家に頼むというフォローを行わなければ本気でアリスを張り倒していただろう。
「―――っと、着いたぜ。ここが博麗神社だ」
長い階段を昇り終わり、広い神社の境内でシンは息をつく。いくらザフトにいたとはいえあの階段は少し精神的に堪える。
昇っても昇っても見上げれば階段が続くというビジュアルは流石に辛かった。
「うおーい、霊夢ー。いないのかー? ………いないんならお茶っ葉ちょっぱって「させないわよ」こうってうお!?」
どこからともなく現れた霊夢に魔理沙は驚きの声を上げる。シンも声こそ出さなかったが、何の気配もなく現れた紅白の少女に目を見張る。
相当びっくりしたらしく、ちょやっ、ちょやっと当たらないパンチを繰り広げる魔理沙を適当にあしらいながら紅白の巫女服(恐らく。腋が出ているので正直自身はないが)を着た少女はシンをじっと見る。
なんだか自分の全てを見透かされているような気分がしてどうにも居心地が悪い。やがて霊夢は魔理沙に向き直り、
「なに、自分に男ができたから自慢しに来たの?よかったわねおめでとうおめでとうさようなら」
「違うよ!?」
まあ霊夢にもそれは分かってるだろう。だって顔を赤くしたりおろおろと手をばたつかせたり視線をシンと霊夢に交互に移している魔理沙を見て邪悪な笑顔を浮かべているし。
やがて魔理沙いじりにも飽きたのだろう、改めてシンに向き直る。
「で? 誰なわけよあなた」
「もっと早く聞いて欲しかったんだけどな? いや、まあいいさ、シン・アスカだ。どうにも話を聞く限りじゃあ異世界の人間………ってことらしいんだが?」
「ふーん」
「………」
「………」
「って、終わりかよ!?」
その言葉に霊夢は肩をすくめる。
「危険はなさそうだもの、勝手に住めば? 幻想郷は全てを受け入れる、らしいわよ」
「その幻想郷がどんなところかを聞きに来たんだよ!」
「やだ説明するのメンドイ。さー、お茶飲もうっと」
こうまでバッサリと斬り捨てられては埒が明かない。シンは魔理沙に顔を向ける。
「どうするんだよ、おい? というかこれのどこが専門家なんだよ!?」
「相変わらずやる気無いなぁこの腋巫女は……シン、アリスから小金もらったろ? それ賽銭箱に入れてみな」
「それでどうなるってんだよ………もういいや、あーあ、無駄足だったなぁ」
シンは疲れ切った顔で賽銭箱に小袋ごと硬貨を投げ入れる。ジャラジャラという音が静かな境内に響く。ヤケクソ気味に両手をパンパンと叩く。そうして帰ろうと後ろを振り向いて、
「いらっしゃいませ、博麗神社へようこそ☆ 当神社は誰でもウェルカム、ゆっくりしていってね!!」
―――沈黙。間に耐えきれずに魔理沙を見る。まああっさりと目を逸らされたが。だが無敵のアルカイックスマイルを浮かべて霊夢はトークを続ける。
「辛い時、苦しい時、困った時。そんな時はこの異変解決のプロ、博麗霊夢にお任せあれ☆ どんな異変でもたちまち解決しちゃうんだからねっ♪
あ、でもでもっ、恋の相談はダメなの。ああ、キスって、どんな味がするのかなあ? てへっ☆」
これ以上見てられずにもう一度魔理沙を見る。彼女は虚ろな目で遠くを見ていた。あー自分もあんな顔してるんだろうなーなどとぼんやりと思う。
「それじゃあ、あなたにこの幻想郷がどんなところなのかこれでもかってぐらいに教えちゃうんだからっ♪
えへへっ、霊夢せんせーのハチミツ授業はっじまっるよー☆」
もう何も考えたくない。
「その前に普通にしてくれ、痛いから色々」
「そうね、私も馬鹿っぽいしゃべり方は疲れるからありがたいわ」
一瞬で素に戻った霊夢にシンはがっくりと肩を落とす。何と言うか、疲れる。
「相変わらず商魂たくましいなーこのヤクザ巫女は」
「人聞きが悪いわねぇ魔理沙、ヤクザとはなによヤクザとは。こうすると主にお金持ってそうな男の受けがいいのよ。
「霊夢ちゃん可愛いよハァハァ」とか「俺だーッ、結婚してくれーーッッッ」って言ってお賽銭入れてくれるバkもとい、いい人が増えるんだから」
「碌でもないなこの女。なんか俺の中の巫女のイメージが粉砕されていくんだけど」
「この先お賽銭入れてくれないんなら貴方のイメージなんて知ったこっちゃないわよ」
「………ホント刺されないようにな。ま、なんにしても賽銭は入れたんだから幻想郷のことを教えてやれ。シンはそのために来たんだから」
全くだ、と何度も首を縦に振る。これで何の収穫も無かったらお金と時間と精神の無駄だ。あのシャイニングウィザード女にも申し訳が立たない。
「何よ信用ないわね、お賽銭の分は働くわよ。働かざる者食うべからず、当たり前のことじゃない」
その言葉にようやく安心したのだろう、シンはやれやれと言いたげに息をつく。ようやくこれでこの地、幻想郷のことが分かる。
そう分かるとこれから先どうするかを考える。C.Eに戻るにしてもどうすれば戻れるかもわからないのだ、下手をすればここに骨を埋める覚悟もいるかもしれない。
住居のこと、食事のこと、通商のこと、交友のこと。かつてオーブからプラントに移った時と同じことをつらつらと考える。
とはいえ特に心配はない。息だってできる、言葉だって通じる。あの時のように子供というわけではない、それなりにやっていけるはずだ。そう結論付ける。
―――なんとなく。大事なことを忘れている気がしたけど。
そんなこれからの事を考えていると、鼻先に白い紙が付いた棒を突きつけられた。
そんなことをされる意味と、ついでにその棒の名前が分からずに目を二、三度瞬かせる。
「………あー、すまん霊夢。意味が分からないんだが? なんで俺はこんな、えーと、あの、なんだっけ、名前が出ない」
「御幣よ」
「そう、それだ。その御幣を突き付けられてるんだ?」
「お仕事その一よ」
ますます意味が分からない。魔理沙もよく分からないのだろう、視線を向けると首を傾げていた。
「んー? 私にはお前が何しようとしてるのか分からないぜ霊夢」
「まあ実は私もよく分からないのよね」
「なんだとこの腋巫女」
シンはジト目で霊夢を見る。突如理不尽に棒を突き付けられたら機嫌だって悪くなるものだ。
「まあ落ち着きなさいな。どうにもねあなた、憑かれてるみたいなのよ」
その言い草に魔理沙は何のことか思い当たり頷く。
「おお、つまりあれか「お憑かれ様」ってやつだな。悪霊か、それとも怨霊か。どっちなんだ?」
お憑かれ様がなんのことか分からなかったが、悪霊や怨霊といった物騒な単語にシンは流石にぎょっとする。
「ちょ、それってどういう」
「慌てないでよ、うっとおしい。それに魔理沙も決めつけないでよ。………そうね、何かいるのは事実。事実なんだけど……」
言葉を切り、霊夢は言いよどむ。彼女自身戸惑っているのか少し歯切れが悪い。
「そう、事実問題いるのよね。ただ……変なのよ。悪意も害意も感じられない。とり憑いてる奴でそんなのにはお目にかかったことないのよね」
だから、と彼女は改めてシンに御幣を突き付け、
「とっとと正体表さないとこいつをボコる」
「何か今俺に理不尽な選択が選ばれた気が」
明らかに悪霊や怨霊より性質の悪いことを言ってのける霊夢にシンは片手で突っ込む。冗談だと思うし。
「…………冗談なんだよな?」
「……………」
「なぜ目をそらす」
ふと、先ほどまで聞こえていた鳥の虫の獣の鳴き声がしないことにシンは気づいた。魔理沙もその異常に気付いたのだろう、周囲を見渡している。
その中において霊夢だけは落ち着き払っていた。まるでそれの異常が当たり前のことのようにシンに御幣を突き付け続けている。
やがて。くつくつと少女の笑い声が聞こえてきた。最初はシンにだけに。次第に霊夢に、魔理沙に。球を転がすような声が頭の中に響いてくる。
その笑い声が止み、改めて沈黙が広がった時―――それは現れた。
少女たちよりも少しだけ高い、シンと同じ背丈。着衣はシンと同じ黒いシャツに黒いズボン。シンと同じ髪型、しかしシンのものより僅かに長い真黒な髪に病的なまでに白い肌。すらりと伸びたシンと同じ無駄のないしなやかな手足。
およそシンの鏡写しとすら言えるそれは、だが違うものが二つ。
ほっそりとした腰付き、シンのものより柔らかそうな肌、さらさらと梳く必要を感じさせない髪質。
そして黒いシャツを僅かに、本当に僅かに、言われなければ分からないほど僅かに、押し上げていないと言われれば押し上げていないようにも見えるほど僅かに押し上げている胸のふくらみ、と言うのもおこがましいほどのふくらみ。
つまり、一つは性別。わずかな違いがそれを女性的にしていた。
そして、もう一つ。眼だ。シンのブラッドレッドとは違う、透き通るようなエメラルドグリーン。その眼の色の違いがシンと彼女を決定的に違う存在にしていた。
そんな少女が、風景からまるで溶けだすようにシンの首に両手を回して現れた。
「―――ふむ。これが僕の身体か。なかなかのものじゃあないか」
シンの首からほどいた手足を一瞥し、そんな事を呟き少女は艶然と笑う。まっとうな精神を持った、つまり某凸のような特殊な趣味を持っていない男ならば間違いなく見惚れるであろう笑顔に、だがシンは。
「誰?」
そんなボンクラな事を言い放った。それがシンと縁のあるものだとばかり思っていた霊夢は思わずポカンと口をあけた。
「は……いや、ちょっと待って。あなたの知り合いじゃないの?」
「いや知らん知らん。間違いなく初対面」
手を振りながら言う。似たような顔なら毎日鏡で見ていたが流石に自分とほとんど同じ顔の少女(それも間違いなく美のつく)なんて会ったら忘れるわけがない。
そんなシンに少女は唇を片方だけ上げた笑みを浮かべる。
「おやおや、随分とひどいことを言うんだな君は。僕は悲しいよ、あの」
言葉を切り、
「僕の中で熱いモノを何度も何度も滴らせた事を忘れるとは。あれには僕も痺れてしまいそうだったと言うのに」
「待てや」
悪魔の戯言をぶちまける少女の肩に手を置く。これで止まるとは思えなかったが生来のツッコミ気質故だ。
「む、その様子では僕の中で退廃的かつ官能的な息をついたことも忘れてしまったのかね僕の中で荒々しく猛っていたことも忘れてしまったのかね清らかなるままだった僕の中を君好みになるよう蹂躙してしまったことも忘れてしまったのかね僕の全てを君好みに弄り倒したことも忘れてしまったのかね。全く嘆かわしいことだよ」
「ホントもう黙れ?………はっ!?」
自分とこれ二人だったならまだよかった。だが、今この場にはあと二人の少女がいる。その少女たちにどう思われたか。目の前の悪魔の口を塞いでからその事実に気付く。
恐る恐る二人に目を向けると。
「あら、そう。やっぱりボコる必要があったみたいねこのゴミ虫は」
「とんだ女の敵だな、魔理沙さんの火力がパワーな魔法が火を吹くぜ」
おめでとう! しょうじょたちは いのちのききに しんかした!!
「待て!!」
「待たない」「待たんぜ」
「お願いだから聞いてくれ! 嘘だ、こいつの言ってることは全部嘘八百だ!! 俺がこいつに、えーと。そんなエロスなことをしたわけ無いんだ」
「男は皆そう言うんだよこれがヨヨヨ」
「あんたは黙っててくれ話がこじれる!後ヨヨヨとか口で言うなっ」
必死の形相に何かを感じたらしく、二人は疑わしげな視線を向けたままだがとりあえず武器は下ろしてくれた。
「証拠は? あなたがゴミ虫じゃないっていう証拠を出して欲しいんだけど」
「ゴミ虫……いや、まあいい。証拠か、証拠。えーと、証拠、証拠は、その、だなー。あのだな、えーtだから武器を構えないでくれ!!」
手を突き出して後ずさるシンは実にボンクラっぽかった。だが、シンにだって言いたくないことぐらいある。
二人の構える武器の危険度と「それ」を言うことで粉砕される男のプライドを天秤にかけ、何度も葛藤して、何度も頭を抱えて、そうして出した結論は。
「言うよ……言えばいいんだろ。いいさ、そうだよ、言ってやるさ………俺は。俺はっ!」
すぅー、と大きく息を吸い込んで、そして。
「俺は!!! あのまあなんだほらあれだよあれそのまあほれえーとあのそのーまあなんというかそのだな童貞だったりするんだよってあれなんだろ心がずきずきと痛いな?」
言った後で後悔が襲ってくる。頭を抱えて身もだえしてしまう。
実によいヘタレ。だがそんなシンを責められる男などいるものか。いるんならそんな男は滅んでしまえばいい。滅んでしまえばいい。
そんなシンを霊夢は申し訳なさそうに、魔理沙は首を傾げながら見つめ、
「………漢らしい宣言で悪いんだけど」
「それ、証拠にならない」
頭を抱えて身もだえしてしまう。さっき以上に。境内の隅っこに行って小さくなってプルプルと震えてしまう。
「なあ童貞って何だ?」
「すいませんもうホント勘弁してください死にたい」
とうとう耐えきれずに頭を地面にごんがごんがと打ち付け始めた。
「……で? 結局あなた誰なわけよ。シンのあの様子を見てる限りじゃ本当にあなたのこと知らないみたいだけど」
流石にシンが不憫になってきたらしく霊夢はシンに瓜二つな少女に御幣を突き付ける。少女もここまで盛大に自爆するとは思ってなかったのか苦笑いを浮かべながら頷いた。
「僕としてはもう少し彼を弄り倒したいところなんだがね。これ以上ぐだぐだとやっていては君の機嫌を損ねてしまうようだ、いいだろう」
そう言うと少女はもはや完全に死んだ魚の目になったシンの前に立つ。
「さて、シン・アスカ。付喪神、と言うものを知っているかな。長い時間がたったり強い思いを込められて使われ続けることで化け、意思を持つようになった道具。詰まる所、僕はその付喪神なわけだよ」
シンはその言葉に訝しげな目になる。少女はシンのそんな視線に肩をすくめる。
「信じられないかい?」
「ん、そう言うわけでもないさ。そもそも異世界なんてモンがあるんだ、その程度で信じられないなんてこたぁない。信じられないなんてことはないが……分からない?
分からないな、俺は、そんなふうに物を長く使ったり、強い思いを込めたりした物なんて。思い当たる節は」
ごそり、と。なにも有るわけないポケットの中を探る。………当然何もなかったけれど。
「………一つしかない」
「んじゃそいつだ、そいつが付喪神になったんだろう」
魔理沙の言葉に、だが少女は違うと首を横に振る。
「シン、もっとよく考えてみるんだ。あるじゃあないか、君が命を預け、君の剣として共に有った、君の全てが注ぎ込まれた物が」
「そんなものは…………う?」
改めて、自分を覗き込んでくるエメラルドグリーンの瞳をまじまじと見る。
―――その瞳の色が、少女のすべての言動を自らの剣である鉄巨人との繋がりを思い起こさせる。
翼持つ悪魔。自由殺しの魔剣。そんな禍々しい異名が相応しいと思える凶悪な姿を持つ自らの相棒。かつてのメサイア攻防戦で砕けてからも改修を受けC.Eを共に駆け抜けたMS。
「―――デスティニー?」
「熱いモノとは君の涙。終わらない戦いにコクピットの中で退廃的な息をついたこともあったね。つい最近まで君は僕を少しでも強くなるよう改修し続けてくれた。OSは君に最良化されもはや他人には歩かせることすらできない。
―――もっと早く気付いて欲しかったな?」
そう言い少女―――デスティニーは唇の端だけを持ち上げて笑う。それこそ、人を誑かし堕落させる悪魔のように。
「それとも納得いかないかな、御主人?」
「………納得は、する。納得はするんだけどな、なんだってさっさと言わなかったんだよ? さっさと言ってくれりゃあいいだろうに」
「ああ、それは深い意味はないよ、嫌がらせだし」
「待てや欠陥機」
デスティニーはくつくつと笑いながらシンのつっこみを受け流し、面倒くさそうな表情を浮かべる霊夢とぽかんと口を開けている魔理沙に優雅にお辞儀を一つする。
「さてと。紹介が遅れてしまったねお嬢さん方。僕の名はZGMF-X42S、と言っても面倒だからねぇ。デスティニーと呼んでもらいたい。まあ今はこんな姿だが元はモビルスーツ、あー、分かりやすく言えばロボットだよロボット。人が乗るロボット」
す、と魔理沙に向けて手を伸ばす。握手を求められていると気付くと魔理沙はおっかなびっくりにその手を握り返す。
「えーと。霧雨魔理沙だ、よろしく……で、いいのか?」
「うん、よろしく。君とは仲良くやっていけそうだよ。理由はさっぱりわからないのだけれどね?」
「うーん、なんとなくだが私もそんな気がしてきたぜ。理由はさっぱりわからないんだけどなー?」
そのまま二人は手を強く握り合う。仲良くやっていけそうな理由に思い当たったシンはとりあえず眼を逸らしておいた。
そんなやり取りを霊夢は魔理沙とデスティニーの主に胸部を見比べて頷くと手をぱちん、と打ち鳴らす。
「ま、なんにしてもあんたが悪霊の類じゃあないってことも分かったことだし、いい加減話を進めましょう。シン、ついでにあんたも。
とりあえずお上がんなさい、幻想郷についてきっちりしっかり教えてあげるから」
そう、デスティニーの存在で脇に逸れたがそもそも博麗神社に来た目的はここ、幻想郷の事を知るためだ。
「色々あって忘れてただろ、お前? ま、なんにしてもこれで私もお役目御免だな。そろそろお暇するぜ」
「ん、ああ。色々とありがとうな、魔理沙。ホントに助かった。アリスにもそう伝えておいてくれよ」
おーう、と元気よく返事をして魔理沙は箒にまたがりあっという間に空に消えていった。
「今日は無理だけど、その内あなたにも空の飛び方は教えなくちゃね。とりあえず今日は重要なところからいこうかな」
「よろしく頼む。デスティニー、さっきみたいに引っかき回すなよ?」
「オウケイオウケイ、分かっているともさ。僕は君の隣で蜂蜜っぷりを存分に味わわせてもらうとするよ」
「そういう物言いを止めろっつってんだよ!?」
そうして時は過ぎて。とりあえずの幻想郷について覚えてないと危険な部分を聞き終わった頃にはもう大分日が傾き夕暮れとなっていた。
「うお、もうこんな時間かよ。どうするかなぁ、これから」
「あら、そう言えば聞きそびれてたけどあなたどこか行くあてあるの? ………言っておくけど私は無理よ。今でさえ私一人でギリギリなのに二人も増えたりしたら飢え死にしかねない、いやむしろする」
「だろうなぁ。ま、そこまで甘えられないよ。と言うか、デスティニーお前食事とかはどうなってるんだ?」
「おいおい、君はモビルスーツが食事なんてすると思っているのかい? 心配せずともちゃんと自家発電可能だよ」
その言葉に霊夢は思い出したかのように手を叩く。
「ああそうだ、デスティニー、あんたはここに残りなさい」
「ただ働きさせる気満々じゃないか!? 流石に乗り手としては見過ごすわけにはいかないんだけど」
「そう言うわけじゃないわよ。色々その娘は分からないことも多いしね、今は私が管理しておくべきと思っただけよ。まあただ働きはさせるけど」
結局させるのかよ。そうぼやきながらシンはデスティニーに視線を向ける。
「デスティニー、その。ええと」
「君が気に病むことでもないだろう。危険を及ぼす可能性があるものは管理されてしかるべきだからね」
「………そっか。ごめんな、デスティニー」
「気に病むなと言ったろう? まあ君らしいがね」
仕方がない御主人だとでも言いたげにデスティニーは苦笑を浮かべる。
「性分なんだよ、悪かったな。……まあなんにしても、デスティニーを頼むよ霊夢」
「言われずとも。で、結局あなたはどうするの?」
「………………里の宿場、かなぁ。お金ないけど」
「私だって無いわよ………って、あら?」
霊夢は意外そうに空を見上げる。つられてシンも見上げるとそこには、
「…………うげ。アリス・マーガトロイド」
「人を見て呻き声をあげるんじゃないわよ失礼な。おまけにフルネームだなんて、ケンカ売られてる気がするわね」
これだから男は、と愚痴りながら音も立てずにアリスは境内に着地する。
「珍しいわね、こんな時間に。と言うかなんでそんな険悪なのよ」
「険悪にもなるわよ。私はこの男の裸を見たんだから」
「……見られた、じゃなくて?」
「見たのよ」
「見せられた、でもなく?」
「見たのよ。とりあえずシャイニングウィザードをかましておいたわ」
ぽん、と肩に手を置かれた。隣にいたデスティニーの手だ。霊夢もシンを見ている。
どちらも、同情に満ちていた。
「アリス、そんなんだからあなた友達できないのよ。と言うかシン、怒っていいわよ」
「や、つっこみどころが多すぎてにんともかんとも。それに一応服作ってくれたり賽銭代くれたりしたから怒りにくくて……」
一応って何よ一応って。そう言いたげな表情を浮かべたアリスはとっても理不尽だった。
「………まあいいわ。ほら、帰るわよ」
そう言いアリスはシンの腕を掴む。その行動の真意が分からずシンは目を数回瞬かせる。
「えーと? すまんよく分からないんだけど、帰るってどこに」
「はぁ? そんなの家に決まってるじゃない、ホント男って馬鹿ね」
どうしようもない、とでも言いたげにアリスは肩をすくめる。そんなアリスの行動はシンをますます混乱させる。
首を傾げたまま固まる主人に肩をすくめてデスティニーが代わりに質問する。
「ふむ? 悪いがまったく要領を得んよ。分かるように説明してもらえれば助かるのだけれど」
「あらごめんなさい美少女今度時間があるときにお名前を聞かせて頂戴な。確かにこれじゃ話が繋がらないわね」
「その反応の違いはなんだキサマ」
自分とデスティニーとであまりにも違いすぎるアリスの反応に流石にシンも女性に対する気遣いをかなぐり捨ててツッコまざるを得ない。
「ふん、野郎と女の子。どちらをぞんざいに扱うかなんて考えるまでもないじゃない。」
その言葉を聞いた瞬間、シンは顔を思いきり歪める。
「なによその嫌そうな顔。百合がそんなに悪いとでも言いたそうね?」
「ン………いや、別に同性愛に偏見があるわけじゃないさ。そこまで珍しいものでもないしな」
ただ、とため息交じりにシンはぼやく。よく見るとその表情はアリスに対する嫌悪ではなく何かを思い出して疲れているように見える。
「知り合いの男が色々と強烈でなぁ。どうにもそういう話を聞くとそっちを思い出して」
「ふーん? まあ男ならどうでもいいわ。ええと、それでなんだったかしら」
アリスは人差し指を顎に当てて、んー、と声を出して。
「ああそうそう、あんたのことよシン。部屋用意したからあんた私の家に住みなさい」
ぱちぱち、とシンは目を数回瞬かせる。正直予想していなかった言葉だ。霊夢もそうだったのだろう、驚いた顔を浮かべている。
「……何よその顔は。まさか嫌だとかぬかすんじゃないでしょうね。そんなこといったらシバくわよ、この膝で」
「シャイニングウィザード!? じゃなくて、今の流れだとお前男嫌いなんだろ?」
「別に嫌いじゃないわよ、ただ私の視界から滅んでほしいだけで」
「それは十二分に嫌ってるだろう!? いや、そうじゃない。男嫌いならなんで俺を住ませてくれる?」
横からの「シンが女の子っぽい顔してるからじゃないの」だの「うむ、服と化粧をしっかりすればどこに出しても恥ずかしくないだろうね」などと言う言葉は聞こえないったら聞こえない。
「男なんて嫌いよ。嫌いだけど。あんたは私の人形だからよ。ちゃんと責任はとらなくちゃ」
ぱちぱち、とシンは再び目を数回瞬かせる。
「………律儀ねー、アリスは。ほっぽいてもいいでしょうに」
「余計な御世話。自分が決めたルールは守るのは当たり前のことよ」
ふーん、と心底どうでもよさそうに霊夢はアリスを見る。
「しかし、そうか。だから俺を家から蹴りだしたのか………部屋を作るために。本当に助かる。アリス、ありが「礼なら毎朝三度の叩頭でしなさいな」十匹ほどいないかな、お前に投げつけてやるのに」
じりじりと二人は距離を測りあう。シンは蟻を投げつけるために。アリスはシャイニングウィザードを叩き込むために。
「喧嘩なら帰ってからやってよ、邪魔くさい」
霊夢の言葉で二人は帰路に着くため階段に向かう。当然ガンをつけ合いながら。
―――と、シンが何か思い出したように霊夢に顔を向ける。
「あのさ、ありがとうな霊夢。色々助かったよ、幻想郷のこととかデスティニーのこととか」
「ええ、それはなにより。まだ教えてないこともあるからその内また来なさい、とりあえず賽銭分は教えてあげるから」
その返答にシンは苦笑しながら階段を降り始めた。隣でアリスも霊夢らしいと肩をすくめていた。
そうして二十段ほど石段を降りたところで、
「―――シン」
霊夢から呼ばれた。ん?と振り返る。霊夢が鳥居の下に立っている。夕日で顔はよく見えない。見えないが、笑っているような気がする。
そして、楽園の巫女ははっきりとした声で告げた。
「ようこそ、幻想郷に」
日々が始まる。この幻想の地にて、どこにでもいる平凡「だった」少年の日々が、もう一度。
最終更新:2009年10月04日 20:39