上条 当麻 / 20:46:15 / 第二学区
暗闇と霧雨に包まれた学園都市の中で、上条当麻は、戦っていた。
上条「クソっ! どけよ、どいてくれ!」
上条の周りには、十人前後の人だかり。
学生、教師、警備員(アンチスキル)。顔触れは様々だが、皆一様に、『屍人』と化している。
上条に襲いかかる異能。念動力(サイコキネシス)、発火能力(パイロキネシス)、風力使い(エアロマスター)。
それらを全て、『幻想殺し(イマジンブレイカー)』で撥ね退ける。
警備員の手に握られた拳銃。
それから銃弾が放たれる前に、射線から体をずらし、他の屍人を壁にして銃撃を防ぐ。
それでも攻撃は止まらない。上条の身体は、少しずつ痛めつけられていく。
赤い水に濡れた手が、上条を殴り、引っ掻き、掴み、締めつける。
上条「チクショォ……ッ!!」
あらゆる異能を打ち砕く右手も、今この時は、攻撃を防ぐ以外の役には立たない。
勿論、それが無ければ上条はあっという間に紙屑のように吹き飛ばされてしまうだろうが、
しかし、攻撃を防ぐだけでは、状況は打開しないのだ。
上条の身体能力そのものは、あくまでも一般人の域を出ない。
何らかの神憑り染みた力が働きでもしない限りは、拳一つで十人以上もの人間を打倒するなど、不可能だ。
何より、変わってしまったとは言え、『無関係の』『善良な一般人だった』モノ達を、躊躇無く殴れはしない。
少なくとも、上条当麻には、そんなことが出来る筈がない。
しかし、屍人達は、何の容赦も無く上条に襲いかかる。
それは上条に対してだけでなく、屍人達自身に対しても、容赦無く。
指が砕ける事などまるで気にせず、拳を叩きつける。歯が折れる事などまるで気にせず、獣のように食らいつく。
攻撃を受ければ一度は怯むが、いずれ立ち上がり、再び襲いかかる。
屍人達には、恐怖という概念が欠落しているかのように、上条には思えた。
或いは、上条程度のちっぽけな存在がいくら抗ったところで、屍人達の恐怖には成り得ない、ということなのかもしれない。
上条「が……ァッ!」
屍人の一人、教師風の男の拳が、上条の鳩尾を突いた。
息が詰まり、動きが止まる。
機を逃さず、屍人達が一斉に上条へ群がる。
だが、一瞬、屍人の群れが大きく揺らいだかと思うと、
ステイル「――――Ash to Ash(灰は灰に)」
その内およそ半数の屍人の身体が、突如として燃え上がった。
ステイル「――――Dust to Dust(塵は塵に)」
更にもう半分。
上条を取り囲んでいた屍人達が、絶叫を上げながら燃え落ちる。
魔術によって生み出された、赤灼の業火によって。
ステイル「土は土へ。灰は灰へ。塵は塵へ。
死せる塵の人形(ひとがた)は、憐憫無く祝福無く、只々塵へ還るがいい――――」
ステイル・マグヌスが生み出した、劫火によって。
上条「――――!!」
上条は、一瞬の忘我の後、いつの間にか目の前にいたステイルの胸倉に掴みかかる。
ステイル「……何だい? その目は。折角なけなしの力を振り絞って助けてやったと言うのに」
上条「ふざけんな!! あの『屍人』達だって、元々は普通に生きてた一般人なんだぞ!?
それを……あんな……!」
怒りに身を任せて詰め寄る上条を睨んで、ステイルは大仰に溜息を吐いた。
ステイル「神裂に会って、聞いているんだろう?」
上条「……っ!」
ステイル「ああなったらもう、元には――――」
上条「この……ッ!!」
上条はステイルの頬に拳をぶつけようとして――――気が付いた。
ステイルの、青く染まり、やつれ切った顔に。
瞳は、生気の光が抜け出てしまったように暗く淀み、
常時固く結ばれていた口元はだらしなく緩み、
皮肉的な口調とは裏腹に、まるで人間らしい表情が見られない。
上条「……何か、あったのか?」
ステイル「……!」
上条の言葉にハッとしたのか、ステイルは慌てて表情を取り繕った。
取り繕った、ということが上条にさえ分かるほど、急場しのぎ染みた仕草だ。
ステイル「フン、いつから君は僕の心配が出来るような立場になったんだ?
なんてことはない、ただ『屍人』の群れに襲われて疲れてるだけさ。どちらにせよ君には―――――」
フラッシュバック。
焼ける肉の音。燃える骨の匂い。
『彼女達』の断末魔。『彼女達』の呪いの声。
ステイル「――――関係ない、話だ」
ステイルは、内からこみ上げてきた吐き気を、無理矢理に押し戻す。
出来る限りの平静を装って。
上条「……」
上条は、ゆっくりと、ステイルの首襟を掴んでいた手を離す。
何も訊かない。何も訊けなかった。
ステイル「まあ有り得ないとは思うが……一応聞いておこう。
何か、この状況を打開するような考えがあるかい?」
数秒の沈黙の後。
何事も無かったように、ステイルは話し始めた。
どうやら、これからの行動について話をしたいらしい。
上条「この状況を打開できることかどうかは分かんねーけど……
インデックスを探し出すのが、何より先決だと思う」
ステイル「やはり、君も彼女の居場所を知らないんだね?」
ステイルは、上条に悟られぬよう、コートの下の拳をキツく握りしめた。
何を差し置いても守ると誓った少女。禁書目録。
今、彼女は、どこで、何をしているのか。
上条「ああ、俺が朝起きて、『こうなって』たと思ったら、もうインデックスは居なくなってた。
一体いつの間に、どこへ行ったのかも分からねえ。
クソ……ッ!」
上条は、怒りを隠すことなく、拳を握りしめる。
自分自身に向けての怒り。
そして、誰にも頼らず、何にも頼らず、たった一人で行ってしまった禁書目録に向けての怒り。
ステイル「……君には言っておいた方が良いだろう。
いいか、何としてでも、必ずインデックスを見つけ出すんだ。
彼女は、隠れているか、逃げ回っているか、或いは――――」
――――或いは。
ステイルは、その先に続く言葉を、呑み込んだ。
ステイル「――――とにかく、インデックスを探せ。僕も探す。
彼女を見つければ、もしかしたらこの『異界』から脱出する術も見つかるかもしれない」
上条「! 本当か、ステイル!?」
ステイル「ああ……」
希望を見出した様子の上条とは対照的に、ステイルの表情は再び沈んでいた。
だが、上条はそれに気付かない。
上条「そうか……確かに、インデックスなら、この妙な世界を作り出してる魔術について、何か知ってるかもしんねーしな!」
ステイル「……」
魔道図書館。10万3000冊の禁書目録。
彼女の脳(アタマ)には、きっとこの世の全てがあり、そして恐らくは何も無い。
ステイルは、何も言わなかった。
そして、二人の会話は、そこで中断される。
突如、空より飛来した、一条の雷撃によって。
ステイル「っ!!」
まず反応したのは、ステイル。
稲妻が二人に到達するコンマ数秒前に、稲妻を察知して、身体を向けた。
しかし、遅過ぎる。面と向かい合った状態からの攻撃ではなく、完全な奇襲だ。防御結界の展開も、僅かに間に合わない。
上条「ッ!?」
遅れて、上条が反応する。
ステイルの突然の動きに対応するように、その方向へと視線を向ける。
上条の眼が、その稲妻を捉えた瞬間、『右手』は、条件反射のように、稲妻へと突き出されていた。
音を立てて、稲妻が砕け散る。
上条の右手。『幻想殺し(イマジンブレイカー)』によって。
ステイル「チッ、どうやら、あまり長々とお喋りしている余裕は無かったみたいだね!
盾の代わりくらいには役立てよ、『幻想殺し』!」
稲妻が打ち消された事にホッとする間もなく、ステイルは臨戦態勢をとる。
ルーンのカードを何十枚と懐から取り出し、同時に中規模の炎剣を顕在化、稲妻の飛んできた方向を見据える。
しかし、上条は、右手を突き出した体勢のままで、動かない。
上条「…………っ」
何も言わず、嗚咽を呑み込むように、動かない。
ステイル「……? どうした、上条当麻! 『敵』だ!」
上条「…………」
ステイルの叱咤も聞き流し、上条は空を見る。
稲妻が飛んできた方向。そこには。
ブーン
ブーン
ブーン ブーン
ブーン ブーン
ブーン ブーン
飛んでいた。
頭から生えている、虫の様な六枚羽を羽ばたかせて、少女が飛んでいた。
バケモノになった御坂美琴が、飛んでいた。
上条の友人で、
上条が殴り倒して、
上条が別れを告げた、
御坂美琴が、バケモノになって、空を飛んでいた。
御坂は、何も言わない。
昆虫のような複眼で、変わりきった異形の顔で、上条とステイルを見ていた。
上条は。
上条「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッッッ!!!!!!!」
喉から、振り絞れるだけの音を吐き出して。
狂ったように、叫んだ。叫ぶように、狂った。
上条「何だよ何だよ何なんだよ何なんだよオオオオオォォォォッ!!
御坂が何したっていうんだよ何もしてねえだろ何も出来るわけねえだろおおお!!!
何でこんなコトになるんだよ何でこんなコトにならなくちゃいけねえんだよ何で何で何で何で何で何でだよオオオオオオォォォォォォォ!!!!!」
吠えるように、呪うように、叫んだ。
周囲に憚ることなく、御坂以外の何物も目に留めず、ただ叫んだ。
己の無力を悔み、世界の不条理を恨み、叫び続けた。
奇しくもそれは、いつかどこかで、白い少年が世界の不条理を嘆いたように。
今、上条当麻の心は、その重みに、潰されかけていた。
ステイル「――――」
ステイルは、その姿を見て、何を思ったのか。
かつて、記憶を消さなければ死んでしまう少女がいたこと。
かつて、その少女を守る為に、その少女を傷付け続けた己のこと。
或いは、もっと近い記憶。
つい先刻、己の炎で焼き払ってきた『彼女達』のこと。
世界は優しくなんてない。世界は美しくなんてない。
無為に、無意味に、無作為に、誰かが傷付き、誰かが死んでいく。
世界は、絶望で満ちている。どう足掻いても、絶望に、満ちている。
ステイル「――――上条当麻ッッ!!」
それでも。
だからこそ。
ステイルは、目の前の少年に叫ぶ。
かつて、絶望に満ちていると『思っていた』世界を、右手一つで、粉々にぶち殺してしまった少年に。
上条「――――」
先ほど上条がそうしたように、今度はステイルが上条の胸倉を掴み、その目を睨みつける。
炎剣は片手に保ったまま、空に浮かんだ御坂からも目を反らして。
ステイル「『アレ』が、お前にとってどんな意味を持つ人間『だった』のかは知らない!
だがな、これだけは忘れるなよ……!
『アレ』を倒さなければ、『アレ』は、他の人間を襲うんだ」
上条「――――」
そんなことは、知っている。
ステイル「『アレ』を倒さなければ、お前も、他の人間まで殺される」
そんなことは、解っている。
ステイル「『アレ』を倒さなければ――――『彼女(アレ)』は、いつまでも、人を殺し続ける」
そんな、ことは。
ステイル「『アレ』を倒さなければ――――今も尚抗い続ける『誰か』が、殺される」
分かって、いる。
御坂美琴は、決して、人を殺したりしないだろう。
けれど、『アレ』は、かつて御坂美琴だったあのバケモノは、きっと、人を殺す。
何の為に殺すのかは分からないけれど、『屍人』は、人を殺す。人がいる限り、殺し続ける。
御坂美琴は、そんな人間ではないけれど。
今の『アレ』は、もう、御坂では、ないのだから。
上条「――――分かってる。
分かってるんだよ、そんなこと」
上条の瞳には、光が戻っていた。
上条の拳には、力が戻っていた。
ステイル「なら、戦え。最後の、最後まで。
このフザけた世界を、お前の右手で壊し尽くすまで」
上条「分かってるって――――」
刹那の閃光。
ステイルの背後から、再び飛来する雷撃の槍を。
上条の伸ばした『幻想殺し』が、完膚なきまでにぶち殺す。
上条「――――言ってんだろ……!!」
上条は、ステイルの掴む手を力任せに振り払い、空を飛ぶ御坂を、強く睨みつける。
ステイル「そうだ、それでいい……!」
黒い少年と、赤い魔術師が並び立つ。
少年は右手を握り締め、魔術師は炎剣を構える。
上条「悪い、御坂。もう少しだけ、我慢してくれ。
お前を倒して、インデックスを探し出して、このふざけた幻想(セカイ)をぶち壊すまで――――!」
そして、戦闘が始まった。
終了条件1:『頭脳屍人(ブレイン)』を倒す
最終更新:2010年11月07日 04:29