240. 電波でキチガイな名無しさん 2022年11月08日 02:50 ID:GMvi4h3M0 [2/2回] ■ここに返信する ▼フォームへジャンプ
そもそも面接がクソなんだよな
仕事はするけど面接は二度とゴメンだって人は大量にいるはず
261. 電波でキチガイな名無しさん 2022年11月11日 22:02 ID:6iENJUYh0 [5/5回] ■ここに返信する ▼フォームへジャンプ
>>240
あれほど恣意的に運用されるものはないからな
というか、ガラガラポンみたいな無意味な面接が多すぎるんだよ
幼児教室が増え、小学校受験のプロが面接指導を細やかに行うようになった昨今、面接でそつなく振る舞える親は増えた。だが、親の本音が見えにくくなったのも事実だ。そこで最近では予想外な質問をする学校も増えてきた。かつては「本校を志望された理由は」「ご家庭での教育方針を」といった素直な質問が多かったが、最近は「なぜ、キリスト教系の女子校を希望したのか」「(父親に向かい)奥様のどのような面を子どもに受け継いでほしいか」といった、瞬時には返せない質問が飛び出してくるようになったのだ。
あるいは一見、単純だが、字義通りの答えではNGな質問もある。
例えば、「お父様のご趣味は」と聞かれ、「ワインとゴルフです」と答える。
あるいは「最近どんなときにお子さんを褒めましたか」と聞かれ、「鉄棒ができたときです」と答えたり、反対に「どういうときにお子さんを叱りますか」と聞かれ、「命に関わるようなときには真剣に怒ります」と答えたりする。このような返答は、無意味だと大岡氏は言う。
「命に関わることで叱らない親はいません。鉄棒ができて褒めたという答えからは何もくみ取れません。
趣味でワインを飲み歩き、週末はゴルフ三昧となれば、家庭で過ごす時間があるのか不安になります。
面接官は親の趣味や過去の体験を知りたいわけではなく、その裏にある父子の関係を知りたいのです」
面接はいわば相手から与えられたプレゼン時間。問いはきっかけにすぎず、そこから相手に自分たちの熱意や学校への理解をどう示すかが勝敗を決する。そのために必要なのは、相手の意図を探る能力と、体験から将来までのストーリーを紡ぎだす作文的能力だ。
例えば、立教小学校などの私立一貫校は小学校入学後の受験がない分、豊富な体験を積めるカリキュラムが充実している。受験という荒波にもまれる体験は少なくなるが、その中で何を得てほしいのか、将来像まで繋がる話で面接官を納得させたい。
「仮にワインが趣味でも、
『学生時代にブドウの品種を勉強し、ヨーロッパのワイナリーを巡りソムリエの資格も取った。
息子にも生涯の趣味を見つけ、仕事にまで活かせる豊富な体験や知識の吸収に目覚めてもらいたい、
だからこそ貴重な体験を積める場として一貫校である御校を希望した』
という話ならば、面接でしっかりと伝えるべきです」(大岡氏)
「将来、学校と家庭との方針が食い違ったらどうするか」といった、より答えにくい質問をする学校もある。
また「子どもがいじめられていると相談してきたらどうするか」「お子さんが自分のものでない筆箱を持っていたらどうするか」といった類いの問いには、何と答えれば正解なのだろうか。とっさに浮かびそうなのは「加害者のお子さんと話し合わせます」「相手の親御さんとよく話します」「担任の先生に相談します」あたりだが、ジャック幼児教育研究所の渋谷教室・教室長の玉谷美鈴氏によると、「いずれもNG」とのこと。
「1番目の答えは、すでに相手の子を『加害者』扱いしており、最初から話を大きくしています。
また、2番目のように、相手の親と話をすれば事態はこじれるだけ。
3番目は問題があれば学校が何とかすべきと丸投げ宣言しているようなもの。
実はどれもがモンスターペアレント予備軍の答えなんです」
では正解は何か。まずは子どもの言葉を鵜呑みにせず、よく状況を聞き出し、「明日はお友達にこう言ってみようよ」など家庭内で解決する姿勢を見せること。「それでだめなら、担任の先生にご相談申し上げます」という順序が妥当だという。
このような質問をする背景には、私立だからこそ慎重にその家庭の本質を見極めたい事情がある。
「私立は公立とは異なり、学校と家庭との付き合いが非常に長い。
小学校から高校までなら12年間、幼稚園から大学までエスカレーター式なら19年間、その家庭と付き合うことになります。
学校を真に理解し、近しい価値観を共有できない家庭の子どもを合格させてしまえば、
後々大きな齟齬を生みかねません」(大岡氏)
「すでに相手の子を『加害者』扱いしており、最初から話を大きくしています」のような倫理的に正しいところもあるが
基本的に受験側が悪いというスタンスで書かれており傲慢はなはだしい
なにをどう答えてほしいかを伝えるのがコミュニケーションの基本中の基本であり
相手が知ってることが前提のやり取りは旧知の仲や狭いコミュニティでやるべき
それを面接とはそういうものだとして見過ごされているのが現状である
せめて幼稚園・保育園や義務教育の頃から「普通の意思疎通と面接は別物だぞ」と叩き込むべきだった
なにより、どこまで必要でどこから不要な情報なのかの裁量を
片方が一方的に握っているというのも理不尽
現代の日常でもそういった傾向は未だに強いが面接は輪をかけてヒドイ
あるときはここまで言え、あるときは
空知英秋の具志堅の如く「余計」
志望側がみんな軽い気持ちで挑んでいるとでも思っているのだろうか?
本来は第三者機関による監視のもと行うべきことがこのザマである
人間のやることではない!!!
最終更新:2025年01月21日 08:00