圭一と別れ、俺はいったんテントのところまで戻る――と見せかけ、違う方向へと進んでいった。
園崎家。
入江が言うには、地下組織の場所を知る可能性があるはずだ。
明日の祭りが始まると重要人物には接触しないほうがいいだろう。
人々の目は祭りに注がれている分、地下組織が暗躍する可能性がある。祭りでは部活メンバーも浮かれるだろうから、
俺が気を引き締めておかねば。
その分、今日入手できる情報が今日入手しておかなければならない。
園崎お魎との接触は早いうちがいいだろう。
そんなことを考えていると、無線のコール音が鳴った。
すばやく木の茂みに身を隠し、誰も見ていないことを確認してから応答した。
「こちらスネーク」
『スネーク、私だ』
無線の声の主は大佐だった。
『入江からの情報の入手は失敗したようだな』
「あぁ。今日富竹とも接触する予定だったが、彼とは会えなかった」
『だがわかったこともあるだろう? そのこと何だが――』
入手した情報は少しだけ。
雛見沢の風土病があることが確定したこと。沙都子はそれに感染していること。
いずれも梨花からすでに聞いている。
そして、お魎が知りうる可能性がある地下組織の情報。
「あぁ、今からちょうど園崎お魎に会いにいくところだ」
『待て、スネーク」
「どうした? 大佐」
『……少し、焦りすぎではないか?』
もっともな警告だ。
だが、第六感的なものが、早めの方がいい、と告げている。そんな感をいちいち当てにしていてはいけないと思うが、ここ雛見沢では頼りにしたほうがいい、と考えるようになってきた。
――今まで起きた出来事の既視感と、梨花の予言からも言えるだろう。
いや、この考えはおかしいのではないだろうか。――どうも調子が狂う。
「……銃が使えない分、時間は必要だ。だが祭りに便乗して何かが起きる可能性もあるだろう。今日が駄目だったら日を改めて行く」
『……決め付けるにはまだ早いだろう。焦りすぎて失敗のないようにな』
「了解した」
無線を切ろうとしたとき、大佐はまたも言葉を続けた。
『……尾行されているぞ。スネーク』
「……わかっている。素人で殺意も無いから放って置く」
園崎家に進路を変えたあたりから、誰かがつけてくるのを感じていた。
かなり遠くにいるようだ。……気配も足音も消せていないから、素人だろう。
相手がいる距離からでも狙撃可能だが、それもしない。放って置いても問題ない、と判断した。
いったい何者が――?
「怪しまれない内に切るぞ」
『了解、任務に戻れ』
木の茂みからそっと出る。――幸いというべきか、人はほとんどいないようだ。
尾行者は見当たらない。おそらく俺を見失ってどこかへ行ったのだろう。
俺自身、焦りすぎているという自覚はあった。
ここ雛見沢に来てから、――兵士としての冷静さを、俺は欠いているような気がする。
任務で雛見沢に来ているのだ。生物兵器とメタルギアの発見、そして破壊。普段なら銃で脅して情報を頂くつもりだったが、使用許可が貰えていない。
銃刀法違反、という法律がある以上、仕方がないことか。日本の治安が良いのはこれのおかげだろう。
「……落ち着け」
精神を乱すな。
すぅ、と深呼吸をする。
園崎家が、見えてきた。やはり敷地が広い。……周りにある鉄条網は何のためにあるのだろうか?
きらり、と『何か』が光を反射する。銃口かと警戒したが、監視カメラのレンズのようだ。
入江診療所といい、園崎家といい、警備が十分すぎる。そこまでして守りたい――あるいは隠したい――『何か』が、あるのだろうか。
入江の言葉は間違いなさそうだ。園崎家は何かに関係している。
俺は立派な門の前で立ち止まった。
インターフォンを押そうと、手を伸ばす。
ざっ。足音がした。
――真後ろに人の気配を感じて振り向く。
ついに来たか、俺に何の用だ―――?
「どうしたんです? 何の御用でしょうか?」
そこには、またもや詩音が立っていた。
という事は――――詩音が、俺を、尾行していた? 何の為だ?
「……何故ここにいる? 診療所に残るんじゃなかったのか」
「それはこっちの台詞ですよ。……今日は帰ることにしたんです。変態眼鏡には沙都子を任せておけません」
くすくす、と詩音が笑う。
初めて、――いや久しぶりに――詩音が俺と目を合わせている。
詩音はいつも通り、笑っている。そこに悪意や敵意など、微塵も感じさせない。
しかし、――タイミング的に、俺を尾行していたのは詩音だろう。何故だ――?
疑問を感じているうちに、詩音がまた口を開く。
「……で、何の御用事ですか? 私、これから祭りの準備の手伝いをしたいんです」
「あぁ、……ちょっと、お魎さんに用があってな」
本来の目的を忘れるところだった。詩音は少しだけ首を傾げる。
「鬼婆に用が? でも、綿流しの祭りの前は気が立ってますからね。機嫌悪いと大変ですよー」
仕方ないか。ただでさえ恐れられる園崎家の党首なんだからな。
でも、……詩音に対する疑念が晴れない。
こちらから話をぶつけることにする。それで詩音の出方を見よう。
「じゃあ、今度でもいいから話をしたい。詩音から取り次いでもらえないか?」
「…………わかりました。けれどそこまで鬼婆と話をしたいなんて物好きですね。ちなみに、どんなお話をされるんですか?」
あっさりと承諾された。ひょっとしたら、――尾行者が詩音である、というのは、俺の思い込みかもしれない。
本来俺をつけるはずの人物は、俺が無線に応答している間に見失って、帰ったのかもしれない。
可能性はいくつもあるんだ。真実はわからない――。
「あぁ、……ちょっと、昔の話を聞きたいんだ。日本の歴史に興味があってな」
真っ赤な嘘だが、入江に話したことと同じ内容だ。偽りは、無いと言い切ったら無いことになる。
「鬼婆に何を言っても無駄ですよ。昔の話とかしてくれた覚えがありません。それに、あまり話したがらないんですよねー。
……そこでスネーク先生。提案があるんです」
なんだ、と返事を返す。詩音は言葉を紡いだ。
「明日、綿流しのお祭りじゃないですか。きっとみんな祭りを楽しんで、梨花ちゃまの演舞に夢中だと思うんですよ。
実は私も、昔の雛見沢に興味があるんです。連続怪死事件とか、村人が知りえない何か、とか――」
要するに、――雛見沢の暗部が気になる、ということか。
この言葉の真意も確かめ用がない。俺は、まだ詩音を……信用しきれていないのだから。
「それで、……何がしたい」
「園崎家の地下が怪しいと思うんです。親族会議とか、何か大きな事件でも起きないかぎり、あそこは使われないんです。
……それに、残虐なことに使われる道具があるんです。あ、これ私が話したってのは内緒ですよ」
詩音はあくまで軽い口調で言う。
つまり。詩音が言いたいのは――
「明日の祭りを利用して、忍び込むということか――?」
「ま、簡単に悪く言っちゃえばそういうことですね。どうです? 鍵は知り合いに頼めば何とかできるんで」
悪くない提案だ。
――――だが、妙だ。
詩音と沙都子が怪我をした時にはっきりと向けた敵意。
俺の手を払いのけて、一瞬睨んできたときの視線。
今日の診療所での会話。
詩音が、昨日に俺に敵意を向けるだけの『何か』があったことは確実なのだ。
ひょっとしたら詩音は俺を尾行した犯人かもしれない。それなのに仲良く地下に潜入しよう、だと?
――虫が良すぎる。そこには園崎家全員が待ち構えていて、俺が五年目のタタリに名を刻む、ということになるかもしれない。
しかし、これを利用しないと園崎お魎に接触する機会は失われることになる。
梨花の話が本当ならば、祭りの後では、間に合わない――。
「……安全なんだな?」
「信用できないんですか? 大丈夫ですよ。うちはほとんど役員か何かで出払っているんで。そもそも祭りなのに残っている人の方が
少ないですよ。カタイですって。ひょっとして怖いんですか?」
詩音が早口に言う。
俺の反応など最初から気にしていないかのような口ぶりだ。……やはり、どこかおかしい。
――いや、大丈夫だろう。行くべきだ。
考えが変わってきた。
運がよければ、詩音にあった『何か』の正体をつかめる。
『祭りで役員が出払っている』のは本当だろう。そこに嘘をつく理由は無い。
余所者で雛見沢に来たばかりの俺がタタリとやらの犠牲にはならないはずだ。
未来のことをいくら心配してもキリがない。それは杞憂というもの、とメイリンが言っていたような気がする。
臆することはない。――相手はただの子供だ、何を構えている。雛見沢では、どうも、調子が狂う――
「わかった……。それで俺とお前が殺される、ということは無いな?」
念のためだった。
それと、――詩音が何を考えているか探るためでもあった。
詩音は一瞬顔を顰めた。……そういえば、昨日の午後も魅音の言葉に対して同じ反応をしていたな。
だが、すぐに取り繕うような笑顔に戻る。
「あ……あはは、何言ってるんですか。冗談止めてくださいよ」
手と首をぶんぶんと振る。
何かを隠しているのがバレバレだ。だが触れないことにしよう。
「そうだな。……すまない。じゃあ明日の祭りで会おう」
詩音、何が会ったんだ――?
俺に、関わることを知ったのか――?
それでは明日、と手を振る詩音の表情からは何も掴めなかった。ただ――夕日に映える彼女の姿は、寂しそうだ、と思った。
ひぐらしのなき声だけが、煩いほどに響き渡る――――。
最終更新:2008年10月18日 19:43