368 :下品な飼料屋 ◆JrD82Ggy.2 :2009/01/22(木) 09:29:17 ID:???
創価学会と後藤組
創価学会と後藤組の繋がりは70年代「富士桜自然墓地公園」の地上げに始まり、80年代に
報酬をめぐりこじれる。83年3月、後藤組長は池田氏と竹入氏に学会を非難する内容証明
付き郵便を送る。85年11月、新宿の創価文化会館にカチコミがある。学会本部に右翼の街
宣車が来たりで、藤井氏は元警視総監らの仲介(注※)で後藤組長と接触。95年12月頃(住
専国会)、「公明」代表の藤井氏と後藤組長の密会ビデオが自民党に届いたと取りざたされ
反学会の急先鋒、亀井氏の命が狙われているとSPが増員される。
94年12月~98年11月「公明」と新進党に分党。池田氏は宗教団体が政党を持ち叩かれ続
け、嫌気がさしていて新進党で良しとしていた。野中氏が「静穏保持法」で揺さぶりをか
け、新進党の崩壊がはじまった。「静穏保持法」とは、国会周辺と外国公館および政党事務
所周辺での拡声器を規制、この法律で学会本部や池田私邸周辺の右翼の街宣活動はピタリ
と止んだが、新進党に全面合流すると政党事務所では、なくなってしまい再び池田氏は右
翼の街宣に悩むことになる。
注※ 仲介したのは、兵庫県知事や山口組や警察庁幹部や政党幹部に人脈を持つ神戸のフ
ィクサーM・Tで、藤井と後藤を引き会わせたのは学会本部に拳銃が撃ち込まれた直後の
昭和60年暮れ。
369 :下品な飼料屋 ◆JrD82Ggy.2 :2009/01/22(木) 09:30:52 ID:???
後藤組組長が、83年3月に池田名誉会長と公明党の竹入委員長に送った内容証明付郵便の内容です。
「昭和55年12月、富士宮市議会における百条問題は学会にとって大変な出来事でした。斉藤滋与史氏
(静岡県選出の自民党代議士)にしろ、杉山憲夫氏(自民党静岡県議)にしろ、百条問題調査打ち切りに
関しては多少なりの力添えはあったにしろ、現実はそのような甘いものではなかった。四方八方に手を尽
くしてもどうにもならなかった学会側は、以前の富 士桜墓地霊園(公園)造成の時と同じ様に、今度は百
条委員会調査打切り、池田大作先生の名誉市民剥奪を叫ぶ市民会議解散、山崎正友元弁護士の証人喚問阻
止を、土橋(昌訓)公明党富士宮支部長、公明党元代議士・高橋繁、公明党稲田(圭佑)市議の三氏が、
学会側の代理人として私の元に依頼してきたのです。私はこの問題解決のため全力を尽くし解決いたしま
した。百条委員会に関しては中心人物、河原崎(澄雄)市議を自宅に呼び、説得に説得を重ねました。 私
は常に物事に対処する時は、自分の生命を賭け、明日を考えずにその一事、一事、に全力をぶつけて力一
杯生きています。ですからこの件にしても、若しこれが刑法223条に於ける処の強要罪になったとして
も、信念を持ち行動して来ました。 また、市民会議の代表者である川村、黒田の両氏を喫茶店『ミミ』に
呼び、市民会議を解散するよう得々と説得いたしましたし、山崎弁護士に対しては、私自身かなり強い態
度で接して私の真意を伝えました。この件に関して私と学会は一心同体のはずです。先にも書いた様に、
富士桜自然墓地霊園造成問題に関係して、私の若い者が学会のために6年もの刑を受け今だに受刑中です。
それを知り、あえて私に百条委調査打切り、市民会議解散、山崎正友の証人喚問阻止を依頼して来た事実
は拭う事の出来ない事実であり、私の信念五分、学会側の依頼五分を言うのも判って頂けると思います」
「しかるに学会側は、そんな私の心を踏みにじる問題を投げつけてきたのです。私は地位も名誉もないが
仁義は守り、その上での意地があります」「学会の指導者はおのれだけの権力志向を欲望に生き、口先きだ
けの勤行を唱えているにすぎない。私は池田大作氏の真の声が聞きたい」