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*無限桃花~天神の宿命・前編~
127 :代理:無限桃花~天神の宿命・前編~:2010/02/07(日) 16:02:13 ID:fqQIQDOI
「はい。チャーシュー麺のフダの人~」
八戸駅の構内にある小さな立ち食い。狭い室内にはラーメンの香りが漂う。
K市から新幹線の通る八戸駅までは結構な距離がある。バスで青森駅まで行き、さらに特急に乗らなければならない。
今年の10月には青森駅まで新幹線が開通するらしいが、現状では新幹線に乗るには八戸駅まで足を運ばなければならない。
桃花は東京へ戻ろうとしていた。無限一族の秘密が記された古文書は寄生に奪われ、影糾への手掛かり、悪世巣は、自らが知らぬ間に桃花自身の刃に倒れた。青森に留まる理由は無い。
「チャーシュー堅いな‥‥‥」
八戸駅の構内は寒い。出来合いの味の無いチャーシューが乗ったラーメンも、身体を温めるにはちょうどいい。
「ごちそうさま」
桃花はセルフサービスのカウンターに器を返す。店のおばちゃんの「ありがとう」という一言を背に、桃花はホームへ歩きだす。
そろそろ新幹線が出る時間だ。
ーーーあの時。あの崖の上の決戦。
金色に輝く妖狐。悪世巣。あの人間を遥かに超越した力を前に、私はどうやってそれに打ち勝ったのだろう?
圧倒的だった。今までの何よりも‥‥‥
桃花にその記憶は無かった。気が付いた時は、英子の民宿で横になっていた。
その空白の時を知っているはずの英子は、口をつぐんでその時の事を語ろうとはしなかった。
「これが‥宿命って奴なのかな‥‥‥‥」
英子はただ、そう言っていた。
128 :代理:無限桃花~天神の宿命・前編~:2010/02/07(日) 16:03:11 ID:fqQIQDOI
英子はもう少し青森に留まるように言ったが、桃花は聞かなかった。見送りすら拒否した。
まだ傷も癒えぬ身体だったが、悠長にしてはいられない。
新幹線が出る。窓の外は今だ雪だ。
いずれこの雪景色も消える。数時間もすれば、桃花は再び東京に立つ。
社内では幼い姉妹がはしゃいでいる。新幹線は始めてだろうか。もの珍しい光景に、目を輝かせている。
たしなめる父親の言う事も聞こえない様子だ。
「彼方‥‥‥」
思わず口からこぼれる。幼い姉妹は、かつての自らと重なりあった。
懐かしい記憶を蘇らせる。向こうに着けば、また戦いの日々だ。せめて今だけは、懐かしさに溺れたい。
桃花は目を閉じ、そして、眠りの中へ落ちて行った。
ーーー冷たい床。壁にかけられた木刀。正面には神棚が備えられていたが、その扉は閉ざされている。
それは、古武術の裏稽古をする際の習わしだ。
「痛いよお父さん‥‥」
「どうした桃花?そんなんじゃ無限の免許はやれんなぁ」
「外雪降ってるよ。もう止めようよ。お腹空いたよ~」
「うーん~そうだな。今日はもう終るか。英子おばさんも待ってるだろうし」
無限鷹寅。
青森にて無限流の道場を構る、桃花と、そして彼方の父親。
道場を構え数百年経つが、門下生は居ない。そこは鷹寅と桃花の為の場所だった。
「帰る支度しなさい桃花。ちゃんと彼方も起こしてくるんだぞ」
道場の隅では分厚いジャンパーに包まれ彼方が眠っていた。桃花同様に父と道場へよく来るが、父は決して彼方に稽古をつけようとはしない。
それは、ただ単にまだ彼方が幼いからだと、桃花はその時そう思っていた。
「彼方起きて!帰るよ」
「‥‥ん‥彼方まだ眠い‥‥」
「こんな所で寝たら風邪引いちゃうよ。起きて彼方」
「ほら、二人とも早くしなさい」
129 :代理:無限桃花~天神の宿命・前編~:2010/02/07(日) 16:04:00 ID:fqQIQDOI
「あら、お帰りなさい。さんびがったべぇ?なにもこった日まで稽古いがねしても‥‥」
「すみません英子さん」
「ん?なしたば?」
「津軽弁わかりません」
「嘘つけ!」
温かい家庭だった。英子の作る夕食を、家族と一緒に食べる。母は居ないが、いたって普通の、有り触れた家庭だ。
「ねーお父さん?」
「なんだい桃花?」
「なんで桃花って桃花って言うの?」
「ん?名前の由来知りたいのか?そうだなぁ。桃花が男だったら「刀火」だったんだけどなぁ。女の子には武骨過ぎるから当て字で「桃花」にしたんだけど‥‥‥」
「当て字って何?」
「え?ああ、当て字ってのはな、読み仮名に合うように適当な漢字を‥‥」
「桃花よくわかんない」
「え?ははは。いずれ解るよ」
「じゃあ彼方はなんで彼方って言うの?」
「彼方か?彼方の名前の由来はな‥‥‥‥‥‥なんだ」
「よくわかんない」
「いずれ解るよ」
外はうっすら雪が降り始めていた。今年もまた、苛酷な冬が訪れる。その冬は、桃花の苛酷な宿命が回りはじめた冬だった。
「お父さん何見てるの?」
「え?あ、あーダメダメ!見ちゃダメ!」
父は古文書の写しをよく読んでいた。桃花と彼方は中身が気になり、盗み見た事があったが、何を書いているかは殆ど解らなかった。
その時は父にこっぴどく叱られ、道場でギッタギタにされるハメになった。
それ以来、彼方は古文書に近づこうともしなかったが、桃花はまだ興味がある。
「彼方はもう寝たんだろ?桃花も早く寝なさい」
「眠くないもん」
「寝なさい」
父は桃花を寝室へ連れて行き、寝かし付ける。横では彼方が寝息を立てていた。
彼方を見る父はどこか悲しそうだ。桃花にはそう見えた。
130 :代理:無限桃花~天神の宿命・前編~:2010/02/07(日) 16:04:44 ID:fqQIQDOI
鷹寅はゆっくりと姉妹の寝室を出る。鷹寅は知っていた。無限の宿命は娘達の世代で動きだす。止められない。
外はうっすら雪が積もっていた。感じていた。その時は近いと。
「寝たの?」
「ええ。やんちゃな娘で大変ですよ」
「そうかな?大人しい子に見えるけどね」
父は冷蔵庫から缶ビールを取り出してプルを起こす。寝酒のつもりだったが、さして意味はなさなかった。
ここ数日は眠れない日々が続いていた。胸騒ぎがするのだ。『奴』の夢を見た。闇を纏った怨霊の夢。
『奴は』高らかに、現代へ復活を宣言していた。
もうすぐ、『奴』は現れる。
ガタン!
突然の音。音の出所は台所だった。台所の包丁が、床に突き刺さっていた。
「一体誰が‥‥?」
迷う暇なく、突風が家を揺らす。同時に床に落ちたはずの包丁は、意思があるかのように舞い上がり、鷹寅へ飛び掛かる。
すんでのところへ回避し、柱へ包丁が突き刺さる。鷹寅の頬には一筋の傷が出来た。
「さすが無限鷹寅。このようなやり方では失礼だったかな」
声が聞こえた。同時に柱の包丁がうごめく。
寄生だ。しかもこいつは‥‥‥
「私の名前は練刀。我が主、迎えに参った」
九十九神。物に着いた霊。刃物に着いた九十九神は練刀と名乗った。
突風はさらに続く。家が倒壊しそうなほどの激しい風の中に混じって、声が聞こえる。
「鷹寅に構うな練刀よ。それよりも先に成すべき事がある。この家と鷹寅は後で悪世巣がまとめて焼き払うだろう」
「了解した。婆盆よ」
とうとう来た。『奴』に寄生された、悲しき妖達。
もはや彼等も、『奴』と同じ寄生となっていた。
「桃花!彼方!」
鷹寅は叫んだ。
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*無限桃花~天神の宿命・前編~
「はい。チャーシュー麺のフダの人~」
八戸駅の構内にある小さな立ち食い。狭い室内にはラーメンの香りが漂う。
K市から新幹線の通る八戸駅までは結構な距離がある。バスで青森駅まで行き、さらに特急に乗らなければならない。
今年の10月には青森駅まで新幹線が開通するらしいが、現状では新幹線に乗るには八戸駅まで足を運ばなければならない。
桃花は東京へ戻ろうとしていた。無限一族の秘密が記された古文書は寄生に奪われ、影糾への手掛かり、悪世巣は、自らが知らぬ間に桃花自身の刃に倒れた。青森に留まる理由は無い。
「チャーシュー堅いな‥‥‥」
八戸駅の構内は寒い。出来合いの味の無いチャーシューが乗ったラーメンも、身体を温めるにはちょうどいい。
「ごちそうさま」
桃花はセルフサービスのカウンターに器を返す。店のおばちゃんの「ありがとう」という一言を背に、桃花はホームへ歩きだす。
そろそろ新幹線が出る時間だ。
ーーーあの時。あの崖の上の決戦。
金色に輝く妖狐。悪世巣。あの人間を遥かに超越した力を前に、私はどうやってそれに打ち勝ったのだろう?
圧倒的だった。今までの何よりも‥‥‥
桃花にその記憶は無かった。気が付いた時は、英子の民宿で横になっていた。
その空白の時を知っているはずの英子は、口をつぐんでその時の事を語ろうとはしなかった。
「これが‥宿命って奴なのかな‥‥‥‥」
英子はただ、そう言っていた。
英子はもう少し青森に留まるように言ったが、桃花は聞かなかった。見送りすら拒否した。
まだ傷も癒えぬ身体だったが、悠長にしてはいられない。
新幹線が出る。窓の外は今だ雪だ。
いずれこの雪景色も消える。数時間もすれば、桃花は再び東京に立つ。
社内では幼い姉妹がはしゃいでいる。新幹線は始めてだろうか。もの珍しい光景に、目を輝かせている。
たしなめる父親の言う事も聞こえない様子だ。
「彼方‥‥‥」
思わず口からこぼれる。幼い姉妹は、かつての自らと重なりあった。
懐かしい記憶を蘇らせる。向こうに着けば、また戦いの日々だ。せめて今だけは、懐かしさに溺れたい。
桃花は目を閉じ、そして、眠りの中へ落ちて行った。
ーーー冷たい床。壁にかけられた木刀。正面には神棚が備えられていたが、その扉は閉ざされている。
それは、古武術の裏稽古をする際の習わしだ。
「痛いよお父さん‥‥」
「どうした桃花?そんなんじゃ無限の免許はやれんなぁ」
「外雪降ってるよ。もう止めようよ。お腹空いたよ~」
「うーん~そうだな。今日はもう終るか。英子おばさんも待ってるだろうし」
無限鷹寅。
青森にて無限流の道場を構る、桃花と、そして彼方の父親。
道場を構え数百年経つが、門下生は居ない。そこは鷹寅と桃花の為の場所だった。
「帰る支度しなさい桃花。ちゃんと彼方も起こしてくるんだぞ」
道場の隅では分厚いジャンパーに包まれ彼方が眠っていた。桃花同様に父と道場へよく来るが、父は決して彼方に稽古をつけようとはしない。
それは、ただ単にまだ彼方が幼いからだと、桃花はその時そう思っていた。
「彼方起きて!帰るよ」
「‥‥ん‥彼方まだ眠い‥‥」
「こんな所で寝たら風邪引いちゃうよ。起きて彼方」
「ほら、二人とも早くしなさい」
「あら、お帰りなさい。さんびがったべぇ?なにもこった日まで稽古いがねしても‥‥」
「すみません英子さん」
「ん?なしたば?」
「津軽弁わかりません」
「嘘つけ!」
温かい家庭だった。英子の作る夕食を、家族と一緒に食べる。母は居ないが、いたって普通の、有り触れた家庭だ。
「ねーお父さん?」
「なんだい桃花?」
「なんで桃花って桃花って言うの?」
「ん?名前の由来知りたいのか?そうだなぁ。桃花が男だったら「刀火」だったんだけどなぁ。女の子には武骨過ぎるから当て字で「桃花」にしたんだけど‥‥‥」
「当て字って何?」
「え?ああ、当て字ってのはな、読み仮名に合うように適当な漢字を‥‥」
「桃花よくわかんない」
「え?ははは。いずれ解るよ」
「じゃあ彼方はなんで彼方って言うの?」
「彼方か?彼方の名前の由来はな‥‥‥‥‥‥なんだ」
「よくわかんない」
「いずれ解るよ」
外はうっすら雪が降り始めていた。今年もまた、苛酷な冬が訪れる。その冬は、桃花の苛酷な宿命が回りはじめた冬だった。
「お父さん何見てるの?」
「え?あ、あーダメダメ!見ちゃダメ!」
父は古文書の写しをよく読んでいた。桃花と彼方は中身が気になり、盗み見た事があったが、何を書いているかは殆ど解らなかった。
その時は父にこっぴどく叱られ、道場でギッタギタにされるハメになった。
それ以来、彼方は古文書に近づこうともしなかったが、桃花はまだ興味がある。
「彼方はもう寝たんだろ?桃花も早く寝なさい」
「眠くないもん」
「寝なさい」
父は桃花を寝室へ連れて行き、寝かし付ける。横では彼方が寝息を立てていた。
彼方を見る父はどこか悲しそうだ。桃花にはそう見えた。
鷹寅はゆっくりと姉妹の寝室を出る。鷹寅は知っていた。無限の宿命は娘達の世代で動きだす。止められない。
外はうっすら雪が積もっていた。感じていた。その時は近いと。
「寝たの?」
「ええ。やんちゃな娘で大変ですよ」
「そうかな?大人しい子に見えるけどね」
父は冷蔵庫から缶ビールを取り出してプルを起こす。寝酒のつもりだったが、さして意味はなさなかった。
ここ数日は眠れない日々が続いていた。胸騒ぎがするのだ。『奴』の夢を見た。闇を纏った怨霊の夢。
『奴は』高らかに、現代へ復活を宣言していた。
もうすぐ、『奴』は現れる。
ガタン!
突然の音。音の出所は台所だった。台所の包丁が、床に突き刺さっていた。
「一体誰が‥‥?」
迷う暇なく、突風が家を揺らす。同時に床に落ちたはずの包丁は、意思があるかのように舞い上がり、鷹寅へ飛び掛かる。
すんでのところへ回避し、柱へ包丁が突き刺さる。鷹寅の頬には一筋の傷が出来た。
「さすが無限鷹寅。このようなやり方では失礼だったかな」
声が聞こえた。同時に柱の包丁がうごめく。
寄生だ。しかもこいつは‥‥‥
「私の名前は練刀。我が主、迎えに参った」
九十九神。物に着いた霊。刃物に着いた九十九神は練刀と名乗った。
突風はさらに続く。家が倒壊しそうなほどの激しい風の中に混じって、声が聞こえる。
「鷹寅に構うな練刀よ。それよりも先に成すべき事がある。この家と鷹寅は後で悪世巣がまとめて焼き払うだろう」
「了解した。婆盆よ」
とうとう来た。『奴』に寄生された、悲しき妖達。
もはや彼等も、『奴』と同じ寄生となっていた。
「桃花!彼方!」
鷹寅は叫んだ。
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