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無限桃花~天神の宿命・前編~

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eroticman

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無限桃花~天神の宿命・前編~


「はい。チャーシュー麺のフダの人~」

 八戸駅の構内にある小さな立ち食い。狭い室内にはラーメンの香りが漂う。
 K市から新幹線の通る八戸駅までは結構な距離がある。バスで青森駅まで行き、さらに特急に乗らなければならない。
 今年の10月には青森駅まで新幹線が開通するらしいが、現状では新幹線に乗るには八戸駅まで足を運ばなければならない。

 桃花は東京へ戻ろうとしていた。無限一族の秘密が記された古文書は寄生に奪われ、影糾への手掛かり、悪世巣は、自らが知らぬ間に桃花自身の刃に倒れた。青森に留まる理由は無い。
「チャーシュー堅いな‥‥‥」

 八戸駅の構内は寒い。出来合いの味の無いチャーシューが乗ったラーメンも、身体を温めるにはちょうどいい。


「ごちそうさま」

 桃花はセルフサービスのカウンターに器を返す。店のおばちゃんの「ありがとう」という一言を背に、桃花はホームへ歩きだす。
 そろそろ新幹線が出る時間だ。




ーーーあの時。あの崖の上の決戦。
 金色に輝く妖狐。悪世巣。あの人間を遥かに超越した力を前に、私はどうやってそれに打ち勝ったのだろう?
 圧倒的だった。今までの何よりも‥‥‥

 桃花にその記憶は無かった。気が付いた時は、英子の民宿で横になっていた。
 その空白の時を知っているはずの英子は、口をつぐんでその時の事を語ろうとはしなかった。

「これが‥宿命って奴なのかな‥‥‥‥」

 英子はただ、そう言っていた。


 英子はもう少し青森に留まるように言ったが、桃花は聞かなかった。見送りすら拒否した。
 まだ傷も癒えぬ身体だったが、悠長にしてはいられない。

 新幹線が出る。窓の外は今だ雪だ。
 いずれこの雪景色も消える。数時間もすれば、桃花は再び東京に立つ。
 社内では幼い姉妹がはしゃいでいる。新幹線は始めてだろうか。もの珍しい光景に、目を輝かせている。
 たしなめる父親の言う事も聞こえない様子だ。

「彼方‥‥‥」

 思わず口からこぼれる。幼い姉妹は、かつての自らと重なりあった。
 懐かしい記憶を蘇らせる。向こうに着けば、また戦いの日々だ。せめて今だけは、懐かしさに溺れたい。
 桃花は目を閉じ、そして、眠りの中へ落ちて行った。




ーーー冷たい床。壁にかけられた木刀。正面には神棚が備えられていたが、その扉は閉ざされている。
 それは、古武術の裏稽古をする際の習わしだ。

「痛いよお父さん‥‥」

「どうした桃花?そんなんじゃ無限の免許はやれんなぁ」

「外雪降ってるよ。もう止めようよ。お腹空いたよ~」

「うーん~そうだな。今日はもう終るか。英子おばさんも待ってるだろうし」

 無限鷹寅。
 青森にて無限流の道場を構る、桃花と、そして彼方の父親。
 道場を構え数百年経つが、門下生は居ない。そこは鷹寅と桃花の為の場所だった。

「帰る支度しなさい桃花。ちゃんと彼方も起こしてくるんだぞ」

 道場の隅では分厚いジャンパーに包まれ彼方が眠っていた。桃花同様に父と道場へよく来るが、父は決して彼方に稽古をつけようとはしない。
 それは、ただ単にまだ彼方が幼いからだと、桃花はその時そう思っていた。

「彼方起きて!帰るよ」

「‥‥ん‥彼方まだ眠い‥‥」

「こんな所で寝たら風邪引いちゃうよ。起きて彼方」

「ほら、二人とも早くしなさい」


「あら、お帰りなさい。さんびがったべぇ?なにもこった日まで稽古いがねしても‥‥」

「すみません英子さん」

「ん?なしたば?」

「津軽弁わかりません」

「嘘つけ!」

 温かい家庭だった。英子の作る夕食を、家族と一緒に食べる。母は居ないが、いたって普通の、有り触れた家庭だ。

「ねーお父さん?」

「なんだい桃花?」

「なんで桃花って桃花って言うの?」

「ん?名前の由来知りたいのか?そうだなぁ。桃花が男だったら「刀火」だったんだけどなぁ。女の子には武骨過ぎるから当て字で「桃花」にしたんだけど‥‥‥」

「当て字って何?」

「え?ああ、当て字ってのはな、読み仮名に合うように適当な漢字を‥‥」

「桃花よくわかんない」

「え?ははは。いずれ解るよ」

「じゃあ彼方はなんで彼方って言うの?」

「彼方か?彼方の名前の由来はな‥‥‥‥‥‥なんだ」

「よくわかんない」

「いずれ解るよ」


 外はうっすら雪が降り始めていた。今年もまた、苛酷な冬が訪れる。その冬は、桃花の苛酷な宿命が回りはじめた冬だった。

「お父さん何見てるの?」

「え?あ、あーダメダメ!見ちゃダメ!」

 父は古文書の写しをよく読んでいた。桃花と彼方は中身が気になり、盗み見た事があったが、何を書いているかは殆ど解らなかった。
 その時は父にこっぴどく叱られ、道場でギッタギタにされるハメになった。
 それ以来、彼方は古文書に近づこうともしなかったが、桃花はまだ興味がある。

「彼方はもう寝たんだろ?桃花も早く寝なさい」

「眠くないもん」

「寝なさい」

 父は桃花を寝室へ連れて行き、寝かし付ける。横では彼方が寝息を立てていた。
 彼方を見る父はどこか悲しそうだ。桃花にはそう見えた。


 鷹寅はゆっくりと姉妹の寝室を出る。鷹寅は知っていた。無限の宿命は娘達の世代で動きだす。止められない。
 外はうっすら雪が積もっていた。感じていた。その時は近いと。

「寝たの?」

「ええ。やんちゃな娘で大変ですよ」

「そうかな?大人しい子に見えるけどね」


 父は冷蔵庫から缶ビールを取り出してプルを起こす。寝酒のつもりだったが、さして意味はなさなかった。
 ここ数日は眠れない日々が続いていた。胸騒ぎがするのだ。『奴』の夢を見た。闇を纏った怨霊の夢。
 『奴は』高らかに、現代へ復活を宣言していた。
 もうすぐ、『奴』は現れる。


ガタン!

 突然の音。音の出所は台所だった。台所の包丁が、床に突き刺さっていた。
「一体誰が‥‥?」

 迷う暇なく、突風が家を揺らす。同時に床に落ちたはずの包丁は、意思があるかのように舞い上がり、鷹寅へ飛び掛かる。
 すんでのところへ回避し、柱へ包丁が突き刺さる。鷹寅の頬には一筋の傷が出来た。


「さすが無限鷹寅。このようなやり方では失礼だったかな」

 声が聞こえた。同時に柱の包丁がうごめく。
 寄生だ。しかもこいつは‥‥‥


「私の名前は練刀。我が主、迎えに参った」

 九十九神。物に着いた霊。刃物に着いた九十九神は練刀と名乗った。
 突風はさらに続く。家が倒壊しそうなほどの激しい風の中に混じって、声が聞こえる。

「鷹寅に構うな練刀よ。それよりも先に成すべき事がある。この家と鷹寅は後で悪世巣がまとめて焼き払うだろう」

「了解した。婆盆よ」

 とうとう来た。『奴』に寄生された、悲しき妖達。
 もはや彼等も、『奴』と同じ寄生となっていた。


「桃花!彼方!」

 鷹寅は叫んだ。



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