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*第一回創発大会-「カッコいいダンディなおじ様選手権」参加作品

※ページ容量オーバーのため分けました

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 誰かが言った。男はダンディでなければならぬ、と。 
 誰かが問うた。では、ダンディとは何ぞや、と。
 誰かが答えた。その問いの答えは、男の中の男を決めれば自ずとわかる、と。
 そうして"闘い"は、馬鹿馬鹿しくも真剣で、愚かしくも輝かしい"闘い"は始まった――
 カッコいい、ダンディーなおじさま選手権試合。通称、KDO選手権。
 ダンディとは、即ち強さである。故に、最強である事こそがダンディである事の証左となる。
 なれば、最強の者が体現する生き様こそ、ダンディと定義するに足る物である。
 これは、その第三十一回大会における、一人の参加者の物語――

        ★      ★

「せぁっ!」

 気合の声と共に放たれる攻撃を、男はもろに食らった。
 それまでしっかりと前を、つまりは声の主を見据えていたはずの瞳が、くるりと
白く剥かれ、ヒゲをたくわえたダンディと言えなくも無い顔は驚きと衝撃に歪み、
その大きな身体はドスン、と音を立てて倒れ伏した。
 そして、倒れ伏した男の向こうに、その一撃を放った小さな影がみえた。
 その影は、端的に言って小さかった。
 倒れ伏した男の向こうに見えたその童顔も含め、誰もが、まるで少女のようだと、
そう思っただろう。
 そして実際その通りだった。
 短く整えた髪を二つに結び、勝気な瞳をした、背丈の小さい男の子。そう言えば、
確かにそうとも見えたかもしれないが、さにあらず、彼女は歴とした女の子であり、
道着の胸元のわずかな膨らみが、その事実を観客にも理解させていた。
 彼女の名は、天玄院小花(てんげんいん しょうか)。
 このKDO選手権始まって以来初の、女性参加者であった。

「……ったく、こんなムサイ大会、ちゃんと女は出られねえって決めとけよなぁ……」

 言葉遣いは男のようだったが、その声音の高さも含めて、やはり彼女は女であると、
そう観客が理解した頃には、既に彼女は踵を返していた。
 汗一つかかずに、彼女は控え室へともどっていく。
 対戦相手を一撃で蹴倒したのだから、それも当然だった。

「だいたい、これオレが出る必要あんのか? 師匠でもいいんじゃねえの……?」

 KDO選手権は、その名に反して大会規定に性別の条件は無い。ダンディとは
何ぞやを問うにあたって、もしかしたら女性こそがその真髄を知るやも知れぬ、との
事で門戸は開かれていたのだという。
 だが、その名もあってか、あるいは女性たちがムサ苦しい男たちと戦う事に嫌悪感を
覚えてか、理由は定かではないが、第三十一回大会に至る今回まで、女性参加者は
存在しなかった。
 では、そんな大会になぜ彼女が、小花が出場しているのかと言えば――

「まあ、でも……師匠弱ええからなぁ……オレがやんなきゃ、優勝賞金もゲットできねえか」

 ――それは、大会の優勝賞金、一千万円を獲得する為だった。
 第三十回を記念して、昨年の大会から副賞としてつけられるようになった賞金。
 よくある話ではあるが、小花の所属する道場――先祖代々の道場で、その名も彼女の
苗字と同じ、天玄院流徒手空拳術道場という――は、かねてからの少子化の煽りを
受け――と彼女の師匠は言っていたが、実際には彼女の師匠がよわっちいからだと、
小花は思っている――経営難に直面していた。今や道場には、直系の直弟子である
小花しか生徒はおらず、道場を差し押さえられてしまうまであと僅か、といった具合であった。
 それ故に、彼女はこの大会に出場しているのだった。
 ……正確に言えば、出場させられているのだが。

「つええ奴と戦えんなら、出る意味もあるってもんだけど……なぁ」

 一回戦の相手は、図体がでかいだけだった。そう小花は思っていた。

 彼女が様子見に、得意技である後ろ飛び上段回し蹴りを放ったら、それを呆気無く
喰らって、一撃で失神するような素人だったと。
 だが、実際には小花の一回戦の相手は、プロのキックボクサーであり、地上波放送
をやっている某団体にも出場した事のある、有名な選手だった。尚、小花はテレビなどを
ほとんど見ないタイプなので、その選手の事は全く知らなかったのだが。
 そんな一流選手相手に、どうして小花の一撃は決まり、尚且つその一撃で相手が
失神するような事になったのか。まずはそれを説明せねばなるまいが、紙面の都合上
『天玄院流とは、そういうものである』という事でここは一つ納得いただきたい。
あとはまあ……『男は皆ロリコンだから、油断してた』的な感じで。え? 異論が
ある? 知るかそんなもん!
 そうして控え室への帰り道を、のんびりと歩いていく小花だったが、そんな彼女の
身に、一つの異変が起こりつつあった。

「しっかし……なんかさっきから、体中がピリピリしやがるな……」

 まるで、小さな小さな、爪楊枝よりも小さな針で、全身をちまちまと突っつかれて
いるような感触を、彼女は全身に感じていた。
 彼女は知らない。それが、会場から、あるいはカメラを通して自らに注がれる、
日本中からの視線である事を。突如現れた小さなスターに、日本中が注目し始めた事を。

        ★      ★

 KDO選手権は、一週間かけて、決勝までの全五回戦を消化していく。
 七日間の間に、決勝まで、シード以外の選手は最大で五試合を戦わなくてはならない
という事になる。当然、小花も決勝に残る為には四試合に勝たなくてはいけないわけ
だが――端的に言って、小花は楽々とその三試合目までを勝ち上がった。
 そして迎えた四試合目――準決勝で、路上の闘いでは無敵と称された喧嘩屋と向き合った
時には、彼女は既に日本中でその名を知られる存在となっていた。
 決して大きくは無い――というか、ぶっちゃけ小さい――体躯。吊目がちだが、どこかの
子役かと思う程に整った容貌。そんな姿であるにも関わらず、頭二つ三つは大きな男を、
時には拳で、時には足で薙ぎ倒していく、その強さ。
 試合時間が二分を経過した時だった。
 男の繰り出す、ラフな攻撃をかいくぐり、小花は足払いを繰り出す。
 攻撃を放ったばかりの男は、その足払いを避けきれず、態勢を崩した。
 だが、身を沈めて足払いを放ったが故に、同じく態勢を崩していたはずの小花は、
既にその身を起こしていた。小さな体躯と、その身体の中に詰まったバネを利し、
まるで身を沈める時の動きを逆再生でもしたかのように、片手だけで身体を直立の
態勢にまで立て直したのだ。
 それを視界の端で確認した喧嘩屋の男は、その表情を驚愕に歪めた。
 本来、闘いとは……特に喧嘩とは、有利な態勢の取り合いであると言っていい。
リーチに差があるならば、相手の届かない距離からパンチを、蹴りを打ち込む事が
できる。逆にこちらのリーチが短いならば、相手の懐に潜り込めば、相手の距離を
つぶし、近距離で打ち合う事ができる。そうなれば、支点と力点の関係上、リーチ
の短さを逆に活かす事ができる。
 あるいは、どちらであっても、相手の背を地につけ固定し、馬乗りになって殴る
事ができるなら、一方的な攻撃ができる。
 有利な態勢。間合いと言ってもいいだろう。その奪い合いこそが、闘いの肝だ。
 だが、その奪い合いには、当然ながら相応のリスクが伴う。相手の態勢を崩す
為の行動は、同じく自分の態勢を崩す事にも繋がりかねない。例えば、先ほど
小花が放った足払いがそうだ。身を沈め、相手の足を払う攻撃は、不意をつかれれば
かわす事は難しい。だが、その為には自らの身を沈める――自ら態勢を崩す必要が
あるのだ。もしもかわされれば、一方的に不利になるし、仮にかわされずとも、
自らの態勢も崩れているが故に、そこまでの利を得る事は叶わない。
 本来ならば。

「なん……だと……」

 呟いた男の声は、果たして声になっただろうか。
 男が路上最強と謳われたその理由は、間合いを制する事が得意だったからだ。
時には背を向けての戦略的撤退をする事すら厭わずに、相手の間合いを把握し、

それを制する嗅覚に長けていたからだ。そして、一時的に相手に奪われた間合いを
回復する事にも。
 だから、態勢を崩された所で、すぐに踏みとどまり、相手と同時に、あるいは
相手よりも早く態勢を立て直す自信はあった。これまでの喧嘩では、そうやって
勝ってきたのだから。
 だが、踏みとどまるよりも先に放たれる攻撃を、どうやって避ければいいと
言うのか。男の経験に、そんな状況はありえなかった。
 三十年という年月を、そうやって喧嘩に明け暮れてきた男の、最早それしか
存在していないとも言える自尊心は、少女の小さな足で木っ端微塵に砕かれる事になる。

「…………!?」

 苦悶の声は出せなかった。
 直立した態勢から、腰を回して放つ直蹴りと回し蹴りの中間蹴撃。いわゆる三日月蹴り
が、男の無防備な脇腹に突き刺さる。
 まるで自分よりも大きな男にレバーブローを食らったときのような衝撃。

「……っ」

 そこに加えられる、さらなる攻撃。無呼吸のまま連続で放たれた後ろ回し蹴りが、
男の首筋を刈る。それは、同時に男の意識をも刈り取っていた。
 その動きもまた、本来の格闘技にはありえない、小花の小さな身体とその柔軟性を
活かした、彼女にしかできない動きだった。
 どう、と音を立てて男の身体がリングに崩れ落ちる。
 同時に鳴り響く、準決勝戦の終了を告げるゴング。

「……よし」

 小さな身体に見合った小さなガッツポーズを見せるその姿に、会場が割れんばかり
の声援が注がれる。
 こうして、天玄院小花はKDO選手権の決勝へと進出したのだった。

        ★      ★

 彼女の強さの秘密とは、一体何なのだろうか。
 どのような不意をつく攻撃、相手が無防備な所に放てる攻撃、本来有り得ない連撃を
放つ事が出来たとしても、彼女のような軽量で放った所でたかが知れているのが、本来の
格闘技――物理の法則というものだ。
 しかし、そんな彼女特有の動きに、天玄院流の"技術"が合わさった時、彼女はその
小さな身体に見合わない、大男すら打ち倒せるだけの力を発揮する。
 故に、彼女は強いのだ。
 では、その天玄院流の"技術"とは、一体なんなのだろうか。

「……まるで魔法だな」

 一人の男が、小さなガッツポーズをしただけで、笑顔も見せずにリングを後にする
少女の姿を見ながら呟いた。
 彼は知らない。自らのその呟きが、実は正鵠を射ているという事を。
 知る由も無い。そんな力が、現実にこの世に存在しているという事など。
 だが、男は知っていた。この少女が、自らの前に立ちはだかる事を。

「ふふ……面白い」

 口元を見ればわかる。男が不敵な、まさしくダンディと言うに相応しい
笑みを浮かべている事が。
 だが、口元以外の表情は、その顔を覆う布に包まれて判別できなかった。
 顔を覆う布――マスク。
 そう、男はマスクマンだった。
 そして、その表情を覆い隠すマスクの形は――パンツ。

『SSP! SSP!』

 モニターから、次の少女の対戦相手へのコールが聞こえてくる。
 それはつまり、彼の名を呼ぶ声だ。
 スーパーストロングパンツマシーン。略してSSP。
 それが、彼の名――

「……二代目として、初代を超える踏み台にさせてもらうぞ、天玄院小花」

 これまでの相手は、小花の体躯故に、心の奥底のどこかに遠慮にも似た
気持ちがあったのかもしれない。だが、この男にはそれは一切無かった。
 天玄院小花と、二代目SSPことSSPⅡ。
 会場内で交錯する声援が、そのまま二人の闘いへの期待を示していた――

        ★      ★

 決勝は、これまでと会場を変え、某スーパーアリーナのスタジアムモードで行われる事になった。
 当初はこれまでと同じ会場でという事だったが、"無敵の妖精"(インビンシブル・フェアリー)
天玄院小花と、"二枚目のパンツ"(ザ・セカンドパンツ)SSPⅡの人気が異常なまでに膨れ上がり、
収容人員を増やさなければ入りきらないという事で、急遽会場が変わったのだった。
 そんなこんなで、決勝は予定よりずいぶん遅れて開催される事になった。

「……師匠」
「なんやー」
「師匠はどうして似非関西弁でお喋りになるのですか?」
「そのほーがキャラが立つやん」
「立ててどうするんですか」

 その間に、小花は一旦道場の方に戻っていた。試合の間は、選手用の宿泊施設に泊まっていたのだが、
しばらく決勝まで時間があるとの事で、一旦気の休まる場所に戻ってきたというわけだ。
 そして、何日かぶりに師と再会していたのだが――

「って、そんな事を聞きたいんじゃないですよ」
「んじゃ聞くなや! ビシッ!」
「決勝戦の相手、ご覧になりましたか?」

 普段の男勝りな口調が嘘のような丁寧な口調で小花は師に問いかける。
 当然、師の後ろ手ツッコミ擬音付きはスルーだ。
 師は、その事に軽くムッとしながらも、その大柄な身体を道場の壁に預け、口を開いた。

「ああ、あのけったいなマスク被ったやっちゃろ?」
「あの男……強いですね」
「ああ、わかったか。あいつみたいなんがまだおったとはなー」

 決勝戦での小花の対戦相手、SSPⅡ。彼の決勝までの試合は、率直に言って無茶苦茶だった。
 プロレスラーであっても、格闘技の試合でプロレス技を出す事は難しい。何故ならば、プロレスの
技という物は、相手の受け、つまりは技をあえて受けるという意識が無ければ、基本的にはかからない
物だからだ。これは、見栄えのいい技をかけて見せる事で、試合を派手に演出するエンターテインメント
である所のプロレスが持つ、構造的な欠陥であり、長所でもある。相手の協力が必要であるという
短所故に、危険な技であっても覚悟を持って食らう事ができる為、怪我などをしにくいのだ。
 だから、プロレスラー同士以外が戦った場合、プロレスの技、例えば背後に回って投げ捨てる
スープレックスなどの投げ技、足四の字固めやサソリ固めなどの複雑な固め技、ラリアットなどのプロレス
特有の打撃技などなどは、ほとんど実効を発揮しない。
 だが、SSPⅡは、これらのプロレス技で勝負をも決め続けてきている。
 一回戦は足四の字固めでギブアップを奪い、二回戦は投げっぱなしドラゴンスープレックス
でKO、三回戦はロメロスペシャルでギブアップを奪い、準決勝は垂直落下式ブレーンバスター
二連発でKO勝利と、ありえない度合いでは小花とどっこいの戦績だ。尚、技がどんなものか
わからない人は画像検索でぐぐろう。

「怪力、言うたら手っ取り早いけど、あんなん普通ならありえへんわな……普通なら」

「……つまり、あの男は」
「せやな。もしかすると……うちらと同じような"技術"、持っとるんかもしらん」
「天玄院流・気当(きあたり)……」
「あいつの場合、打撃の威力を増す、いわゆる通しみたいな効果やのーて、身体能力を増加させる
 ような感じの奴みたいやけどな。うちの流派にゃ、あんな腕力出せるようになる"技術"はあらへん」
「ですね」
「まあ、せやから……うちから言えるんは一言だけやな。――頑張りぃ」
「ええ、まあ、師匠からのアドバイスはあんまり期待してませんので、それで十分です」
「なんでやねん!?」
「だって、師匠弱いじゃないですか」
「あのなぁ……そりゃあんたが強いだけなんやで? 天玄院流気当つこうて攻撃の
 威力がおないになるんなら、あとはそれをどうやって当てるか、そしてどうやって当てられんかの
 差やろ?」
「……なるほど」
「やから、おっきいうちは、あんたにゃ勝てんわけよ。決してうちが弱いわけやない!」
「本当かよ……」
「そのかし、背の大きさやおっぱいの大きさやったら勝っとるもんね! 二勝一敗でうちの勝ちー!」
「ガキかよ……」
「ま、あんたも自分じゃよーわかっとらんのかもしらんけど、もっと自分信じてええんやない?」
「……自分を、信じる」
「そそ。まがりなりにも、男どもしばき倒して決勝まで来とるんやから。おないようにしばき倒して
 やりゃええんやないの」
「はい……わかりました!」

 迷いがあった。大丈夫だろうか、という迷いが。
 男の無茶苦茶な勝ち方をVTRで見た時に覚えたその迷いは、あるいは不安と言い換える事も
出来たかも知れない。自分たちの"技術"と同じような"技術"を持っているかもしれない男が、
次の対戦相手であるという、そんな不安。その迷いが、不安が、今は綺麗に晴れていた。

「……ダメ師匠でもたまにゃ役にたつな」
「ん? なんか言うたー?」
「いえ、何も申し上げておりませんよ、師匠。――ありがとうございます」

 にっこりと笑みを浮かべて、小花は師に頭を下げた。

        ★      ★


「これより、20XX年度KDO選手権、決勝戦を開始します!」

 その宣言に、客席から怒涛のような歓声が巻き上がる。

「選手、入場っ!」

 歓声はさらにそのボルテージを増して行く。会場を包む期待感。これから行われる
死闘へ向けて、客席は高揚しきっていた。
 そして、その期待を担う、一人の少女と一人の男が会場に姿を現す。

「赤コーナー……僕らのパンツメンが帰ってきた! さらなる進化を遂げたその
 プロレスリングが冴え渡る! 本気のパンツはまさに鬼のパンツ! さあ、今宵も
 あのコールが会場に響き渡るっっっ! "二枚目のパンツ"スーパー、ストロング、
 パァァァァァアアアアアアーンツ、マッシィィィィィィイイイイイイーン!」

 せり上がるひな壇。
 そこから姿を表した男は、その顔をパンツで覆い隠していた。
 だが、唯一覗き見える口元に浮かぶのは、笑み。
 獰猛な、これから獲物を狩ろうとする獣が浮かべるのではないかと思わせる
ような笑顔を、きっと男は浮かべているのだろう。
 彼の名は、スーパーストロングパンツマシーンⅡ(ツー)。
 かつてプロレス界の数多のタイトルを総なめし、伝説とまで言われる程に

なったマスクマンの、唯一にして最初にして最後と言われる弟子。
 戦場に向かう彼の身体は、パンプアップされた筋肉に包まれて、腕は丸太の
ように太く、その腕でラリアットでも喰らえば一撃で昏倒してしまいそうだと、
誰もがそう思った。そして、誰もが叫ぶ。畏怖と憧憬を込めて。

『SSP! SSP!』

 会場中をうねりのように包みこむ、SSPコール。
 だが、彼はそんなコールの中に身を置いて思う。これは自らの師の功績だと。
決して自分が成し得た物ではないと。今自分がこのコールをしてもらえるのは、
師があってこそだと。
 だが、それも今日で終わりだ。そう、彼は思う。
 これ程までに注目される大会で勝利を成し遂げれば、ましてや、本来はセメント
志向だった師ですら成し遂げられなかった、プロレス技での格闘技大会制覇という
偉業を成し遂げたならば、自分は師を超えられる、と。
 そんな最中、そのSSPⅡに対峙する選手の名がコールされる。

            ☆

「続きまして、青コーナー……可憐な容姿に惑わされた男たちよ、とくと知るが
 いい! 決して彼女が見た目通りの存在ではないという事を! 女性として初、
 ましてやその小さな身体で成し遂げた、KDO決勝進出という大偉業! 今宵、彼女
 は自らのその偉業を、さらに次のステージへと押し上げる! 誰が呼んだか
 "無敵の妖精"天玄いぃぃぃぃん、しょぉぉぉぉぉぅかぁぁああああぁあああああ!」

 SSPⅡとは逆側のひな壇に、その小さな姿が現れる。
 途端に巻き上がる大声援。変わらず続くSSPコールにひけをとらない声援が、
小花の全身を包んでいた。
 小花は思う。これ程の人々が自分に期待し、応援してくれてるのだと、そう
改めて感じる。金の為に出場した大会だったが、ここまでの試合で自分が応援
されてきた事に、彼女自身色々と思うところはあった。それに応えないと、
という新たなプレッシャーを抱え込む程度には。
 そして、両雄――一雄一雌――が並び立つ。
 数分の後には、二度と並び立つことの無い二人が。

「いい? 危険だと判断したら止めるからね? OK?」
「ああ」
「……うん」

 レフェリーによるチェック、注意が終わった頃には、小花は自覚していた。
 身体が固い。やや呼気も荒くなっている。
 緊張――している。
 
「じゃあ、コーナー下がって……ジャッジ、ジャッジ、ジャッジ? ……ファイッ!」

 だが、その緊張を解す暇は――無い!
 ゴングが鳴り響いたその瞬間、まさに弾丸の如き速度で、パンツが……SSPⅡが
突っ込んできたからだ。コーナーに追い詰めるのは、格闘技において有利を取る
為のセオリーの一つ。小花の緊張を知ってか知らずか、その隙を衝かんと、SSPⅡは
一気に間合いを詰めてきた。
 低空のタックル。あえてリーチの差を活かそうとせず、間合いを詰めてのテイクダウンを
選択してきたSSPⅡの行動は、小花の意表もついていた。
 隙と意表と、二重につかれた所で、普段ならば対応はできただろう。
 だが、SSPⅡのその速度は、普通ではなかった。普段の対応では間に合わない程度には、
速く、そして異常だった。
 あえなくテイクダウンを許す。激しくマットに背中から打ち付けられる。恐らく、SSPⅡは、
ここから寝技の展開に持ち込み、複合関節技へと持ち込むつもりなのだろう。
 息がつまる感覚を覚えながら、小花はそれでも次どうすればいいかを考えていた。

『せやからなー、うちらは結局殴る蹴るメインやろ? やったら立ってないと話に

 ならんわけや』
『はぁ』
『やから、寝かされたら、まずその状態どうするかっちゅーんを考え。ああ、寝かされて
 もうたがなもうあかんわどないしよって、悔やみながら考えてたら、抜けられるもんも
 抜けられんよーなるんやからな』

 脳裏によぎる、師との会話。
 テイクダウンを取られてしまった事を悔やむ暇があるのならば、そこから挽回することを
考えろ。これは小花の、師によって授けられた教え、技術だった。"技術"ではない技術――
身体に染み付いていたそれは、小花に即座に両の膝を突き上げさせた。
 "技術"を用いて、凶器と化した膝を。

「ぐふぉっ!?」

 ありえない攻撃には、十全に備えていたつもりではあったのだろう。だが、それこそ、
テイクダウンして密着している状態から、全くテイクバックが取れない状況で放たれる
膝による攻撃が、悶絶する程に効いてしまうなどというのは、流石のSSPⅡでも想像
しなかったようだ。
 小花の身体を捉えていたSSPⅡの両腕が、その力を緩める。
 小花はそのタイミングで一気に立ち上がった。
 だが、SSPⅡもさるもの。本来なら、そのような想定外の攻撃には狼狽し、動きが
止まってしまうものなのだが、既に打撃やタックルの届かない距離に退避し、反撃に備えている。

「……ったく、いきなり抱きついてくるとか、破廉恥にも程があんだろうが」

 立ち上がった小花は、あえて言葉を口にしながら、徐々にその開いた距離をつめていく。

「あいにくと、私の好みは巨乳でね? 君のような身体に欲情する程、ロリコン
 ではないのだよ」

 対するSSPⅡも、あえて言葉を口にしながら、その詰められた距離を拡げていく。
 緊張感が場を支配した。
 それまで割れんばかりに響いていた歓声もピタリと止み、観客は二人の攻防を
固唾を飲んで見守っている。

「だったら、もしオレに負けたら、うちの師匠紹介してやんよ。性格はアレだけど、
 巨乳でスタイルもいいし、美人だぞ」

 強い奴と戦いたい。
 いつの頃から、そんな風に思っていた。
 道場にいるのは師匠だけで、師匠は自分以外とは戦うなと、私闘を禁じてきた。
 だから、試す場が無かった。
 だから、試す相手がいなかった。
 だから、強い奴と戦いたいと、そう思うようになった。
 いつの頃からか。いつの頃からだろう。

「おっと、それはありがたい。……だが、負けたら? 勝ったら、の間違いだろう」
「いんや、違うね。間違っちゃいねえ」

 いつの頃から――この瞬間を待ち望んでいたのだろう!
 身体の中を、熱く燃える血が駆け巡る。
 緊張は、血潮が洗い流し、代わりに全身に活力が満ちていく。

「じゃねえと、あのダメ師匠押し付ける相手逃しちまうじゃねえか」

 自分を信じてみろ。
 その師の言葉で不安は消えた。
 自分を信じる。それは、決して障害に立ち向かう手段としてばかりあるものではない。
自分を信じる必要が無い物しか、相手しか目の前にいなければ、信じる事は必要無い。
ただ流れるがまま、つれづれなるままで何とかなってしまう。

 自分を信じる為には、「自分を信じる必要」が、必要なのだ。
 そして今、小花の目の前には、その「必要」がいた。自分を信じて、
それでようやく倒せるかどうかという、そんな相手が、目の前に。
 それが、それが――それが、こんなにも楽しい事だったなんて!

「だって、この勝負に勝つのは――絶対にオレなんだからなあっ!」

 勝利を疑わない。それこそが、自らを信じる――自信!
 踏み込んだのは小花だった。リーチの差は甚大だ。これまでもそうしていたように、
踏み込んでからの打撃しか手は無い。対するSSPⅡは、タックルからのテイクダウン
では、先ほどと同じような反撃を貰うと見たのだろう。その豪腕を振りかざした。
 
「っ……ぅ!」

 集中。集中。集中。
 いかなる攻撃であろうとも、的が小さければ当たらない。
 そして、一撃必倒の威力を持つ攻撃を互いに持っているのならば、
勝敗を分けるのは、どうやって当てられないか。そして、

「どうやって……当てるか、だよなぁああっ!!」

 振りかざされた豪腕――かつての名レスラー、小橋建太、佐々木健介、
スタン・ハンセンもかくやというその太い腕から、それらを遥かに
凌駕する超速にのって繰り出されたラリアットを、小花はスウェービング
のようにのけぞってかわす。
 瞬間、SSPⅡの瞳が怪しく光った。

            ☆

 狙いはそこにあった。
 後の先。カウンター。
 恐らく、相手も同じだろう。こちらの攻撃を避けての一撃。カウンター
での一撃を狙っての回避。だが、その後繰り出されるはずの彼女の攻撃こそが、
こちらのカウンター狙いの本命であるとは、この少女は気づいていないはずだ。
 スウェービング、つまりはのけぞるような形での回避という物は、その後の
動きが酷く限定される。先日の試合を見る限り、態勢を崩した状態から直立
姿勢への復帰速度は異常と呼べるレベルであっても、それ以外の復帰が可能な
程に異常を極めているとは考えにくい。スウェービングからの回復も、同じく
直立への復帰と考えるのが妥当だ。
 故に、その後の直立姿勢から放たれれるであろう攻撃に備えればそれでいい。
 蹴りにせよ、拳にせよ、直立している状態であるからこそ、その方向性は
限定される。想定すべき対処法の数も少なくなる。対処法の選択肢が少なくて
済めば、それだけ躊躇の無い、強烈な攻撃が叩き込める。
 それこそが、彼の狙い。
 そしてその狙いは、脆くも破綻する事になる。
 そもそも、彼女は回避したわけではなかったのだ。

            ☆

 のけぞっての回避。
 そう、回避したのだと、それを見た人間は誰もがそう思った。
 SSPⅡも例外ではなく、むしろ回避させる為に攻撃をしたようだった。
 だが、彼女はそんな人々の目に止まらない、一つの動きを取っていた。
 迫り来る豪腕を避けきったと思ったその瞬間、彼女は両腕を差し出したのだ。
 ちょうどバンザイをするような形で、両の腕がSSPⅡの豪腕を受ける。
 ――全身全霊の力を込めた、両の腕を。

「……ぁ」

 言葉は出なかった。

 ただ、吐息だけが漏れ、だが、漏れた吐息の分だけ身体に力がこもる。
 固く構えられた両の腕が刈られる瞬間、全く同時に、彼女の足は地を
蹴っていた。
 支点、力点、作用点。
 この場合、支点として存在するのは、地を蹴った足。
 力点として存在するのは、刈られた両腕。
 そして作用点は――

『何が起こったかわからなかった……』

 試合後、彼はそう述懐する。
 それ程までに、その攻撃は見事で、そして、ありえなかった。
 相手の豪腕が振るわれる力を、全くロスする事なくそのままカウンター
に転化し、さらに"技術"によって大男が放つ蹴りの力をも加味されて
放たれた、逆上がりのような形での蹴り。
 サマーソルトキック。その名前で認識される技が、

「……!?」

 一瞬にして、SSPⅡの顎を砕いていた。
 そもそも、カウンターのカウンターなど、成立しえなかったのだ。
 彼女は回避ではなく、攻撃をしていたのだから。
 顎を砕いただけでは作用を消化しきれずに、ひらひらと、木の葉のよう
に宙を舞って、小花の身体はリングへと叩きつけられる。

「い……ってぇえぇええ!?」

 同時に、SSPⅡの身体も、リングに倒れ伏す。
 既に、その瞳に光はなく、完全に意識を失っている事が知れた。
 一方、リングに叩きつけられた小花は――

「っつぅ……てて、最後にヘマしちまった……」

 ――腰をさすりながら立ち上がった。
 瞬間。
 静寂に包まれていた会場が。
 爆発した。




        ★      ★

  後日談というか今回のオチ。
 ったく、なんでこんな事になってんだかなぁ……。
 オレはため息の絶えない毎日を送っていた。
 試合は、実質的には秒殺試合だったが、それでもオレとSSPⅡとの
間にあった緊張感とかが良かったらしく、何かえらいあちこちで
評価されてるらしい。オレにも、色々な団体や、アイドル事務所とかから
も声がかかったんだけど、メンドイから全部断ったのは言うまでもねぇよな?
SSPⅡみたいなおっさんがあちこちにいるなら、どっかの団体で
戦うってのも考えねえじゃねえけど、そんなのなかなかいねえだろうし。
 アイドル? んな柄じゃねえのは自分が一番よく知ってるよ。
 結局、オレが貰ったのは、KDO選手権の優勝賞金だけ。その金で、
道場の差し押さえだけは免れ、師匠も大喜び、オレ的にも問題なしで
大団円……となりゃ良かったはずなんだけど、そうはならなかったんだわ、これが。

「なぁ、おい……」
「はい、ダーリン、あーん♪」
「おお、マイスイート、あーん♪」

「何度も言うけど、なんでお前がここにいんだよ!?」
「あらダメよ小花ちゃん。この人は私のダーリンなんだから、お前
 呼ばわりなんかしちゃメッ!」
「あんたもキャラ付けとかどこ行ったんだよ!? あの似非関西弁は!?」
「いやあねぇ。もうそんなキャラ付けがどうこう言う歳じゃないわよぉ」
「そうだな。お前は素のままが一番綺麗だよ、マイスイート♪」
「いやあん、恥ずかしい事言わないでよぉ、ダーリンっ♪」

 まあ、オレの方も最早敬語とかかなぐり捨ててるからアレなんだが。
 結局、約束通りSSPⅡ――中身は田中昭二という、元真日本プロレスの
中堅選手で、あごひげを蓄えた渋いおっさんだった――をうちの師匠に
紹介してやったら、何か知らんが意気投合しやがって、今度籍を入れるとか
言い出してやがる……というのが、オレの頭痛の種の一つ。
 まあ、これはいい。道場にまで来てイチャイチャすんのさえやめてくれりゃ、
特に何も言う事は無い。ダメ師匠の世話してくれる人が現れて、万々歳とすら
言えるかもしれねえ。SSPⅡが指導するからってんで――後は、オレが優勝者
になったから、ってのもあるだろうけど――道場にも人は集まり始めてるしな。
 問題は、もう一つの方だ。

「……頭いてえ……」
「あ、小花ちゃん。ほら、今日もやってるわよ『今週のダンディ』」
「ああっ!? まだやってやがんのかアレ!? 番組中止しろってこの前言ったのに!」
「そりゃそうよ。優勝したからには、小花ちゃんが一番ダンディ、って事に
 なるわけで、そうなったら、ねぇ……」
「ま、自分で言うのもなんだが、世のおじさんが皆パンツ被り出すよりは
 良かったんじゃないかね?」
「マジで自分で言うなよ!? お前のアイデンティティなんだからよぉ!?」

 そう。
 問題はこれだ。
 オレは嫌々ながら、画面に目を向ける。
 そこに映っているのは――髪をツインテールにした、むくつけきおっさん
共が、オレが普段来ているようなボーイッシュ系の女物を来て、街を闊歩
しているという、悪夢のような情景だった……っていうか悪夢のような、
じゃねえな。こりゃ悪夢だ。早く覚めてくれ。頼むから。

「これまでは、普通にダンディなおじさまが優勝してたから良かったのねぇ」
「ああ、そうだな。まさか俺も、こんな風に影響力があるとは思ってもいなかった」

 KDO選手権は、そもそもカッコイイダンディなおじさま選手権の略だ。
 そのかっこ良くてダンディなおじさまとは何ぞや、というのを問う為の
大会であり、そこで優勝するという事はつまり――その優勝者がかっこ良くて
ダンディなおじさまであるという、その証明になるというわけで――それで、
今回優勝したのはオレなんで、ダンディになりたい世のおっさん共が、
こぞってオレの真似をし始めた、ってわけだ。
 ほうら、想像してごらん? 頭がおかしくなりそうだろ?
 信じられないだろ? 現実なんだぜ、これ……。

「でも、貴方は結構似合ってると思うわよ、そのツインテール」
「おお、そうか? まあ、お前が言ってくれると、うれしさもひとしおだよ」

 ちちくりあってる馬鹿二人を他所に、オレは天を仰いだ。

「どうしてこうなった……」

 誰かこの事態に収集つけやがれぇぇええええええええええええ!!!!!


                       だが現実は非情であるが故に終わり
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**&anchor(「ニュー・ライフ」 三橋にくまん◆TJ9qoWuqvA){「ニュー・ライフ」 三橋にくまん◆TJ9qoWuqvA}
三橋ショートショート 「ニュー・ライフ」

「え?」
「私のこと応援なんかしなくていい」
「何言ってんだよ、お前。テレビに出たくても出れないアイドルがどんだけいるとおもってんだよ。アイドルで成功する奴なんか一部の人…」
「うるさい!」
「………」
「うるさいうるさいうるさい!!!!」
「…おちつけよ」
「私のこと分かったように語らないでよ!」
「なんだよ、意味わかんねーよ」
「大嫌い!ほんと最低!もうどっかいってよ!」
「は?お前なんなの?」
「うるさい!うるさい!うるさい!」
「なんだよ。言いたいことがあるなら言えよ。マジ意味わかんねーんだけど」
「うるさい!」
「お前さぁ…いい加減にしろよ」
「…私は!トモは!にくまんのことが好きなの!」

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**&anchor(「AA部門」 ◆5EO17Ipqog){「AA部門」 ◆5EO17Ipqog}
#AA(){
ν(`・ω・´)乙
}
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