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*「内心の自覚と燃える火種」




            ●


 彰彦に引きとめられた匠は、彼に向き直って訊き直した。
「問い質すこと?」
「ああ」
 彰彦は頷いた。その上で、
「クズハちゃんのさっきの告白だけどな」
 未だ混乱している事についての言及がいきなり来た。
 匠が思わず身を固くしているのに気付いたのか、彰彦はもう一度頷きを作り、
「あの子がお前を好きだった事、お前は本当に気付いてなかったのか?」
 まるで彰彦は以前からその事を知っていたかのような口ぶりだ。そう思いながら匠は自身の思う所を素直に言葉にした。
「好き、かどうかは分からないけど、それなりに慕われている、とは思ってた」
 ある程度の信頼があったからこそ、クズハが感じていた寂しさに気付けなかったような自分を見捨てず、未だに行動を共にしてくれていたのだろうと匠は思っていた。
 しかしそれは、
「ただ、その慕うってのは、第二次掃討作戦の時にクズハを保護した、そして、その後諸々の手続きを整えて人の社会でとりあえず生きていけるように状況を整えた俺に対する里親とか、兄とか、そんな感じの意味合いのものじゃなかったのか?」
 先程いきなり聞く事になったクズハの告白は、そのような意味での告白だっただろうかと今更思うが、
「匠、お前そこまであの子の言葉をひねて考えるか?」
「……いや、違う。分かってはいる、つもり、なんだ、が……」
 つまり先程の好きは異性としての、恋愛感情に基づく好き、という事なのだろう。そうでなければ言葉の訂正も言い訳もなく部屋から飛び出して行ったクズハの行動の意味を図る事ができない。そして訂正も言い訳もないという事は、それがクズハの本心であるという事なのだろうとも思う。
 匠とて、その程度にはクズハの気持ちを推し量る事は出来る。
 だが、
「クズハは。俺が拾って助けたから、クズハに対して俺は影響力があるんだ……。あまり下手な事を言ってしまうと、クズハは良い子だから俺の言葉の通りに心を変えて、無理にでも俺に付き合う事になってしまうかもしれない」
 大事だからこそクズハの自由意思を阻害したくは無かった。そう思う匠に、
「なるほどな……まあ色々と理解したけど、お前クズハちゃんに甘いよな。いいじゃねえか、お前がクズハちゃんに対して持つ恩であの子を捕まえる事だって出来るだろうによ」
「そういうのは好かない」
 彰彦は快さそうに笑った。
「いいねぇ、そうでなくちゃ」
「ほっとけ」
 緩い笑みを浮かべている彰彦にぞんざいに言う。彼はいやいやと言って笑いを収め、表情をしんみりとしたものに変えた。
「でもよ、それでクズハちゃんをあんな風にさせてちゃだめだろ。あの子はあの子で恩を強く感じ過ぎてお前を信仰してるような状態なんだぜ?」
「信仰……」
 口の中で言葉を転がす。クズハが自分を信仰している、というのは不思議と違和感なく呑みこめてしまった。彼女のそれを、自分は慕われていると受け取っていたのだろう。
 ……どうも認識がずれてるな。
 あれほど長く一緒に居てすらなかなか理解し合えないものか。思わずため息を吐くと、彰彦が付言してきた。
「クズハちゃんな、自分には何も出来ないと思いこんで、皆の前から消えるなんて言い出しやがった」
「それで、俺たちの前から逃げたってのか?」
「だろうな」
 また随分と思い詰めさせてしまった。眉を顰める匠に彰彦は別の問いを投げてきた。
「匠、お前はぶっちゃけクズハちゃんをどう思ってんだ?」
「家ぞ――」
「家族なんていう微妙に曖昧な関係性の説明は無しな。お前の心をお前の言葉で答えろよ?」
 その指摘に、匠は言葉を詰まらせた。
 反射的に用意されていた言葉を止められて、匠は自分はクズハをどう思っているのだろうかと今一度真剣に考えてみる。
 ……クズハは、最初研究区の皆のような、新しくできた家族のような存在で――
 新しい家族、という存在は、平賀の研究所で知らない大人達と共に幼い頃を過ごした匠にとっては馴染みの深い感覚だった。記憶を失っていたクズハは、ほとんど一からこの国の事を教えていかなければいけない存在で、徐々に自分に懐いてくれる様は妹がいたのならばこのような感じなのだろうと思えるような近しさがあった。
 和泉に移る頃には、食事の面倒をみてくれたりしておおざっぱな料理しか作れない匠としてはありがたい存在になっており、キッコが絡んだ事件で随分と自分の付き合い方が良く無かった事を思い知った。
 その失敗を雪ごうと匠としてはいろいろと考えてきたつもりだったが、それらの結果として今の状態というのはなんとも話にならない状態だ。
 クズハに拒絶され、愛想を尽かされたと思った時の自分の調子の崩れた状態を思い返す。今ではクズハは、
「居なくなると自分の調子が狂う……というか、落ち着かない位に俺の中で大きな割合を占めてて……」
 先程聞いてしまったクズハの言葉を思いだす。
 好きだ、という言葉は確かに心に響き、匠はその言葉に湧きあがるような嬉しさを感じた。
 つまり、
「ああ、俺、クズハにずっと傍に居てほしくて――クズハが好きなのか」
「今更かよ」
 目から鱗が落ちた気分で思ったままを口にする匠に彰彦は盛大なため息を見せつけると、よし、と頷いた。
「そこまで分かってりゃ大丈夫だろ。クズハちゃんを捜しに行こうぜ。そう遠くにゃまだ行ってねえだろうし、匠はさっきのクズハちゃんの告白に答えなきゃいけねえしな」
「そうだな」
「しっかり答えろよ。クズハちゃんのあの拒絶はお前のはっきりしねえ態度におびえての事なんだからな」
「……そうか、ああ、分かった」
 答えながら、匠はクズハが誰にも見つかっていなければいいと思う。
 ……クズハが見つかっていた時は……。
 その時はその時だ。そう考えながら、墓標を携えて、彰彦と共に匠は研究区へとクズハを捜しに出る。
 走りながら思う事は先程の彰彦の言葉だ。
「はっきりしない態度におびえていた、か」
 自身の想いにすら無自覚だった自分に呆れながら自責する匠に、彰彦が軽い口調で言ってくる。
「ずっと異形相手に野郎どもに囲まれた環境で戦ってばかりいたからそっち方面の感覚が鈍るんだよ童貞野郎」
「……俺たちの部隊、第二次掃討作戦出陣前に対淫魔対策と銘打って隊長に色町に連れて行かれたぞ」
「マジかよ、羨ましいなおい。その隊長紹介しろよ」
「もう死んだよ」
「……嫌な時代だ」
 研究区居に騒ぎが起きている様子は今の所無い。このまま間に合え。そう思いつつ二人は勝手知ったる街を駆ける。


            ●


 研究区から勢いのままに飛びだしたクズハは、研究区の裏路地を選んで走り続けていた。
 行くあてなど無い。ただ研究区の外に出なければならないという思いだけが彼女を走らせている。
 必死に走る彼女の顔は赤く染まっていて、見る者がいれば尋常な状態では無い事が分かった事だろう。
 幾つかの路地を渡ると、クズハは家々の壁の間の空間で足を止め、壁に背を預けた。
 荒れた呼吸を繰り返しながら思うのは先程の自分の部屋での事だ。
 ……聞かれてしまった……。
 あれだけの迷惑をかけておいて、なんて浅ましい事だろうとクズハは思う。
 ……もうあそこには戻れない。
 元々近いうちに出て行くつもりだったし、そもそも研究区に長く居れば、それだけ武装隊に見咎められる可能性は上がる上、研究区の皆が感じる重圧もストレスも増える。それらを慮っての、この逃走だ。この逃走の後の見通しは彰彦に語った通り、ありはしない。それでも、研究所を出て来てしまった以上は、知り合いが多く、見咎められる可能性の高いこの研究区を出て行くしか選択肢は無かった。
 ……ともかく、正門を通らずに、それでいて武装隊の皆さんの検問を抜ける道を探さないと。
 そう思って壁から背を離した直後、路地の奥から人の気配がした。
「そこに居るのは誰だ?」
 誰何してくるの声は男のものだ。薄暗い空間でのことで、相手からはこちらの姿は見えていないだろうが、夜行性の獣の目を持っているこちらにはその姿がよく見える。衣服からしても、歩いてくる動きと共に聞こえて来る金属が鳴る音からしても、相手は間違いなく武装隊だ。
 ……いけないっ!
 クズハは咄嗟に身を翻し、男がやってくる方向とは逆に走りだした。
「――待て!」
 その行動に不審を濃くした武装隊の男が制止の声をかけながら追いかける。
 クズハは複数の路地を縫って街を走る。しかし、どうも追いかけて来る相手の様子が変だ。
 武装隊の男は捕縛用のネットを射出してくるが、その狙いがクズハが進もうとする路地の入口に向いている。クズハとしては別の道に紛れこんで行くしかなく、
 ……誘導されている?
 路地裏の道を抜けてしまえば、はっきりと姿を相手に見られてしまう。そう思うが、相手を撒こうにも、なかなか相手はしつこく、下手に攻撃を行って怪我をさせるわけにもいかない。
 ……どうにかしないと。
 思う間に進路の先に光が見えた。
 裏路地を抜けようとしているのだ。
 こうなってしまっては姿を見られてしまうのは仕方が無い。クズハは熱くなる肺に更に空気を入れて走る速度を上げようとして、路地の先に人が待ち構えているのを見た。
 路地の出口に近付くにつれてクズハにも光が刺してきた。さほどの光量が無くとも、クズハの銀髪と銀毛は人目に鮮やかに映る。
 路地の先に構えた士官服を着た男、渡辺は光に照らされるクズハの正体を看破した。
「クズハか――止まれ!」
「……っ」
 相手の構えは万全だ。路地の影になって見えない部分にも既に他の武装隊が控えているのだろうと人々のざわめきから判断して、クズハは正面から相手とぶつかる事を避ける事にした。
 走りながら≪魔素≫を集中する。手元に陣を描いて集積した≪魔素≫を冷気へと変換する。
 魔法の作成は即座に完了した。
 ――行って!
 手の一振りによって放たれた冷気の塊を纏った魔法陣は、路地を形作る壁の右側、家屋の壁へと激突して、壁に対して直角に氷柱を生やす。
「足場か!」
 後方の追っ手が言う間にもクズハは二段、三段と氷の足場を作成して階段を上るように地上から離れて行く。
 そのまま男たちの頭上を飛び越えようとして、クズハは渡辺が≪魔素≫をその身に纏うのを見た。
 彼が纏う≪魔素≫の練り込みと密度は、
 ――匠さん並み!
 危険だ、と思い≪魔素≫を反射的に全力展開して陣を組む。
 足元に氷の床を築いて下方からの追っ手を防ぎ、更に現在位置から研究区の外にまで橋をかけるのが狙いだ。街の一部に氷の屋根がかかることにはなるが、
 ……氷製ならすぐに溶けて皆さんの迷惑にはならないはず――
 そう考えるクズハの眼前に、渡辺は既に辿りついていた。
「――!」
 クズハが数段の階段を踏んで至った高さに一跳びで達した渡辺は、腰から警棒に似た魔具を抜いた。
 そして、
「魔法を組ませはせん」
 言葉と共に衝撃がクズハを襲う。
 地面に向かって落下していると気付き、クズハは陣を組み損ねて霧散しかかった≪魔素≫を風の形で再構成し、落下の衝撃を抑えるクッションにした。
 落下速度を緩めると同時に新たな魔法陣を築き上げようとしたクズハを更に追加の衝撃が襲い、息が吐き出される。
「――っ!」
 地面に倒されたクズハは即座に起きあがろうとして、周囲を武装隊に囲まれている事に気付いた。
 下手に動く事の出来ない状態だ。仕方なく地面に伏せたまま動きを止めたクズハの前に、渡辺が着地する。彼は路地を少し出た所で引き倒され、日の光を浴びて明らかになったクズハの顔を確認した。
「補助無しの一個人であの≪魔素≫の量……和泉で群れごと異形を吹き飛ばしたのは本当らしいな。やはり異――」
 続く言葉を途中で切り、渡辺は別の事を口にする。
「坂上のもとに来ていたか」
「渡辺隊長、どうしますか?」
 追いついてきた武装隊員の問いに彼は思考し、
「研究区が組織ぐるみで匿っていたにせよ、坂上が個人的に匿っていたにせよ、クズハ個人でここに逃げ込んできていただけにせよ、クズハを捕らえたのならばこれで追加の派遣部隊は撤収する事になる。研究所には報告が必要だろう。クズハは……そうだな。研究所の判断を図る意味でも、平賀博士に引き合せるのがいいかもしれん」
 武装隊たちの間で交わされる会話を聞いて、クズハはまずいと思った。
 ……このままでは平賀さんや匠さんに会ってしまう……。
 今の自分が上手くあの二人――特に匠の前で平静でいられるとは到底思えない。二人に会えば、研究所がクズハを匿っていた事がばれてしまうかもしれない。その事を恐れたクズハは地面に引き倒された状態で叫びを上げる。
「待ってください! 私は留置所の破壊なんてしていません! もちろん人だって襲ってなんていません!」
「やっているのかやっていないのかの判断は別の者がする事だ。――連れて行くぞ」
 冷たく言い放って渡辺が部下の武装隊を促す。クズハを囲んでいた武装隊員が、手と魔法を封じる為の手錠型の拘束具を取り出して背に回させた彼女の手を取り――
「――痛ッ!?」
 苦痛を訴える声と共に隊員の手が離れた。
「……?」
 隊員の苦悶の声に釣られて注意が一瞬逸れた瞬間に咄嗟に起きあがったクズハは、何が起こったのかと周囲を見回した。
 クズハと同じように、武装隊たちも皆が周囲を見回していて、その中の一人が、渡辺が一点に視線を向けているのに気付いた。
 彼の視線を追ってみると、その先には研究区の住人がいた。それも、10や20を越える数だ。
 クズハを囲んだ武装隊を更に囲むようにして集まって来ている人々の手には、棒や石が握られている。
「お前達、一体何のつもりだ!」
 渡辺が人々を怒鳴りつける。住人達はその怒声に怯む事無く返した。
「そっちこそ、クズハちゃんに何しとるんじゃい!」
 渡辺に負けない怒声で返す男を先頭に、幾人もの住人がそうだそうだと続いた。その数の多さに武装隊側が怯む。
 集まってくる住人の数は未だ増え続けている。彼等はその手に洗濯竿や石のようなものを持ちだしてきていた。
「お前達!」
 武装隊の一人が、魔法の初動として≪魔素≫を集め始めた。
 ……いけない!
 クズハが思う間に、渡辺が隊員を手で制した。
「待て!」
 彼は続いて武器を手にしている住人達へと向き直った。
「お前達、クズハは重罪を犯した可能性がある。我々は彼女を捕らえにきたのだ! 邪魔をしないでもらいたい!」
「重罪ってなんだ、納得できるか!」
 感情的に返す声を聞き、クズハは割り込むように声を上げた。
「皆さん、やめてください!」
 声に、視線が向けられてくる。知ってるものも多い視線を受けながら、クズハは自らの罪を告白するように言った。
「私は、そんな風に皆さんに庇ってもらえるような立場じゃありません! 私が居なくなれば武装隊も多くがここから引き上げます。皆さんも楽になるんです!」
 この研究区に避難してきた異形達も、研究区と行政区が対立しているのも、たしかにクズハに原因の一端がある。
 それに、
 ……私は……もう匠さん達の前から居なくなるって決めたんです。
 だからこそ、このままここで揉め事を起こして平賀達に余計な迷惑をかける事はできない。だから、とクズハは渡辺の方へと歩み出ようとして、住人の一人から待ったをかけられた。
「平賀博士とそこの武装隊の兄ちゃんの会話は聞いたからな、クズハちゃんが追われてる理由も知ってたよ」
 だが、と言葉が続く。
「なんでクズハちゃん一人でここまで大事になるんだ?」
 武装隊に向けられた問いに、渡辺が答える。
「留置施設を破壊、その上職員二人を殺害しての逃走、この二件の罪は重い。特に今の行政区の方針ではな」
「職員殺しはまだ疑いがあるってだけなんだろ? 脱走だけでこの大人数での押しかけはおかしいだろ」
 その言葉に周りがそうだそうだ、と同意して敵意の目を武装隊に向けた。
「どうせ前から研究区を気に入ってない人間が一枚噛んでるんだろうよ」
「元々火種なんてのは腐る程あったわけさ、で、一番火を点けやすそうなクズハちゃんの件に大げさに火を点けて、それを口実にしてこの研究区に圧力をかけようとしたんだろ」
 じゃあ、と別の声が続く。
「クズハちゃんが連れて行かれるのは研究区の負けでもあるわけね」
 人々は、既に相当数が集まって武装隊を囲んでいた。
「み、皆さん駄目です!」
 見る見る険呑な気配を満たして行く周囲の様子にクズハが制止の声を上げるが、状態は落ち着く様子を見せない。
 武装隊も住人達に対抗する為に身構えた。今度は渡辺も止める様子が無い。
 研究区の一角で、徐々に争いの気配が満ち始めていた。


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