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白狐と青年 「エピローグ」 - (2012/04/14 (土) 11:36:53) のソース

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*「エピローグ」




 太陽の光が厳しくなってきた夏の道、和泉へと続く道を歩む人影が三つある。
 一つは肩に担った葛の葉に荷物を吊るした匠、一つは長い銀髪と銀毛の尻尾を陽光に光らせるクズハだ。
 彼らは、同道している最後の一人、旅の僧侶と言葉を交わしていた。
「ではお二人は昨年大阪圏で発生した異形と人が起こした乱に関わっていたのですか?」
「そうなるかな、あまり深いところは知らないんだけどな」
 そう答えた匠に僧侶は穏やかな声で言う。
「匠殿は大分お強い様子、さぞ活躍されたのでしょうね」
「んなことないさ。それに強いつったらあんただって相当なものだろ? クズハが魔装を見て驚いてたよ」
 クズハが頷いて僧侶に言う。
「あれほどの魔装、それを扱う事が出来る腕も含めて、相当な方だと思います」
「僕なんてまだまだですよ」
「俺たちが探りを入れようとしていた研究施設を先に訪れて、とっとと閉鎖に追い込んでたのにか?」
「あれは彼らが危うい実験に手を出していたのです。僕はそこをつついただけですよ」
 そう言って緩やかに笑んだ僧侶は手にした錫杖をシャン、と音立てて足を止めた。
 道がすぐそこで二手に分かれていた。
 分かれる道の間には看板が立てられ、どの道がどこへと繋がっているのかを示している。
「このまま右へ行けば大阪圏内――和泉ですね」
「そうですよ。そろそろ納涼の祭りが行われる季節です。しばらく滞在してはいかがでしょう?」
「それはいいですね。クズハくんと匠殿は和泉に長く住んでいたのですよね?」
「はい、私にとっては和泉や信太の森は生まれ故郷のようなものでもあります」
「縁が深い場所なのですね」
「はい、とっても」
 噛み締めるように呟くクズハに微笑みを浮かべて頷き、僧侶は見当違いの方に目をやっている匠を見やる。
「言葉は素直に受け取った方がいいですよ?」
「正面から言われると恥ずかしい事もある」
「それでもこんな世の中ですからね、想いはしっかりと受け取っておくべきです。無碍にする気はないのでしょう?」
「……まあな」
 決まり悪そうに言って頭を掻く匠。その様子に莞爾と笑んで僧侶は話題を変える。
「大阪圏はここ最近で随分と異形に対する風当たりが緩くなったとか」
「ああ、自治政府が方針を転換したんだ。この前の異形と人が組んで争いを起こした時、一方的に異形の側を迫害しそうな流れになってな。その反省か、罪悪感か……何にせよ俺たちにとってはありがたい話だ」
「それは――佳い事ですね」
「ああ、本当に」
 匠はクズハに目を向けた。気付いたクズハが彼に微笑み返す。
「本当に佳い事のようだ」
 嫌味無く笑う僧侶を雑にあしらって、匠は和泉へと続く道の先を示した。
「ここを真っ直ぐ道なりに行けば和泉だ。近くの異形との交流も最近は多くてな、そういう環境に居なかった者にとっては多少面食らうところもあるだろうが、まああんたなら大丈夫だろ。
 向こうに着いたら誰かから適当に道場の場所を訊いてくれ。道場に行ったら坂上匠の名前を出してくれれば待たせてくれるだろうから、そこでまた会おう。ただで宿を紹介するよ」
「いいのですか?」
「構わないさ。――ただ、この時期だと祭りの準備の手伝いをさせられるかもしれんが、そこは耐えてくれ。代わりに飯はグレードアップさせるよう交渉する」
「期待していますよ。ところで、あなた方はここから直接和泉には行かないんですか?」
 僧侶の言葉に匠は苦笑を浮かべた。
「俺たちは信太の森で少し野暮用があるんだ」
「信太……あそこは確か封印指定を受けていた地域のような気がしますが」
「その封印守をしてる異形と知り合いなんだ」
「私にとってはお姉さんのような人なんです」
 クズハの言葉に僧侶は僅かに息を呑む。
「どちらかといえばあれはおばあさんとか、そんな所だろうに」
「そんな事言うとキッコさんにまた怒られてしまいますよ?」
「くそ、あいつは普段はおおざっぱなくせにこういう事には細かくて困る」
 ため息交じりに言う匠に僧侶は愉快げに笑った。
「はは、それは大変だ。ですが姑の相手は古今東西大変なものですよ。お二人で仲良く乗り切ってください」
「姑……」
 言葉の意味を読み取っていささか弾んだ調子で呟いて尻尾を振るクズハの頭に掌を置いて、匠は頷いた。
「クズハは溺愛されてるからな、きっと大丈夫だろ」
「匠殿は気に入られるようにしませんとな」
 僧侶はそう言って和泉へと続く道へと足を向けた。
「まあ、よくある話です。頑張ってください」


            ●


 僧侶が和泉へと進んで行くのを見送って、二人はもう片方の道へ進んで行った。
 看板に書かれているのは信太の森だ。
「キッコさんも森の皆さんも、普段匠さんがあまり顔を見せないからきっと首を長くして待ってますよ」
「あそこは俺にはものすごくアウェーだから行きづらいんだよ」
 うんざりしたように言いつつ、匠は信太の森の封印守をしてる異形が第二次掃討作戦の時には討伐対象とされていたなどと知ったらあの僧侶は驚くだろうかと考える。
 ……あれからいろんなことが動いたもんだ。
 通光を討伐する事によって終わりを迎えた昨年の異形の大侵攻。あの事件の後、クズハは明日名から失ってしまった自身の記憶を聞いていた。その上で彼女は未だに匠が名付けたクズハの名を名乗っている。戦いの後、気を失う前に言っていたように、元の名を名乗る気はないようだ。
 過去を話として聞く事はできても、失ってしまった記憶を実感として取り戻す事はできないようだから、それも良いだろうと匠は思うし、それ以上にクズハがクズハとして生きてくれるという事に思っていたよりも遥かに嬉しさを感じている自分がいた。
 自分の中の知らない部分を発見した気がして思わず顔が緩む。その顔を見たクズハが首を傾げる。
「どうされたんですか?」
「いや……あの事件からいろんなことがあったなと思ってな」
 数か月の期間を用いて大阪圏全体に広がって、あの日に爆発、収束した事件は、大阪圏を乗っ取ろうとする人間と、それに協力した異形が組んで起こしたものとして処理された。
 少なくとも世間的には人と異形、両者の手によって起こされた事件となっている。
 実際の所は人の側が起こした事件であり、そこに異形も一枚噛んでいたとするのはあまりにも人にとって都合のいい結論の出し方だが、今回の事件の真実を知った場合、謂われなく排斥活動に晒された異形の側が報復を起こし、ただでさえ疲弊しいている現在の大阪圏をこれ以上荒らすのは得策ではないと平賀達は判断した。
 その代わりというように、事件以後、大阪圏での異形の待遇は、平賀の研究区意外の大阪圏中央付近でも大幅に改善されているらしい。
 異形も事件には関わっていたが、それ以上に人間の手引きが大きく作用していたために今回のような事件が起こったにもかかわらず、人間側が異形に対して一方的に迫害を行った事への反省と警告を込めて大阪圏の議員に異形を何名か迎えて今後このような事が無いように相互理解を図って行くとのことだ。
 ……通光の死体が人間の姿に戻らなかったから鬼の異形と通光が手を組んでいたと言ってしまっても通じるからなぁ。
 必要な証拠もきっともう平賀が捏造してしまっているだろうからこの真実は事実になって今後語り継がれていくだろう。
 ……じいさん、上手く立ち回ったなぁ。結局、異形擁護派が議会でも最大勢力になったんだっけか。
 あの事件の後各地に散らばって通光の研究を支援していた研究所を匠や彰彦、明日名は潰して回っている。今も、その活動を行った帰りだ。
 気を付けないと平賀のいいように利用されてしまうかもしれない。養父とはいえ、匠にも何に代えても守りたい者がいる。必要最低限の警戒はしておこうと思う。
「――さん? 匠さん?」
 名を呼ぶ声で、考えに沈み込んでいた匠は意識を現実に引き戻した。
「ん? どうしたクズハ」
「今夜、何か食べたいものありますか? あの、数日ぶりに器具が整っている調理場を使えるので、できるものならなんでも作りますよ?」
 変わった事といえば身近にもあった。
 クズハは以前にもましてこちらの世話をしようとする傾向がでてきたようだ。
 接し方に迷って遠ざけてきた部分があったこれまでの反動だろうと思うが、匠としてもクズハを好いている自分を意識してからは常に傍に彼女の気配がある事が好ましい。
 彰彦や翔などはその様を指してバカップルなどとのたまっていたが、そこまでひどくはないと匠本人は思っている。
「そうだな……」
 クズハが作るものならなんでもいいんだが、と内心で口にしながらある程度具体的な内容を挙げて行く。
「放っておいても祭りの前祝いとか言って肉が狐たちの間で焼かれるだろうから、それに付け合わせる感じに夏野菜で何かさっぱりしたものを食べたいな。あとは味噌汁とか主食を――」
 匠は一度言葉を区切ってクズハに顔を向けた。
「主食には稲荷を食べたい」
「―――はい!」
 輝くような笑みを浮かべたクズハに匠も笑みを返す。
 近くに見える森の中では人間達の祭りに合わせるように異形達の祭りの準備の気配がある。今年は信太の森と和泉の共同開催だったはずだ。
 また賑やかな祭りとなる事だろう。
 匠は親しみ深くなってきた森の中へと足を踏み入れた。



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