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Main story イリーナ

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Main story イリーナ


   「あら……子守歌?」
    静寂と暗闇に心身を浸していたイーリアは、目を開くと、電子画面に敵影を探した。
   高度三千の視界は純白――気にも止めない内に雲に入っていたのは、彼女ならではだ。

   「確かに子守歌だったけど……見えるわけないわ」
    姿を隠した敵を見るより、潜められた息づかいを聴く方が遙かにたやすい。
    落胆に独りごちると、余計な情報しかもたらさない外部センサーを閉ざし、
   巡航モードにある"パテティック "の疾駆する不可聴域に潜る。

    ――不可聴域。
    電磁波であるとも、一種の波動であるとも説明される何かを聴き取る力だ。

    第六感覚に捉えられた何かが五感と交錯する事で聴覚として感じられるのだと、
   イーリアは説明を受けたが、理屈付けなどどうでも良い。

    問題は、不可聴域を聴き取る力が近代戦において大いに役立つということ。
    そして、イーリアもまたその力を持っていた、ということだ。

   「静かね――隠れている?」
    目を閉ざした彼女の意識には、孤独な静けさが広がっていた。
    耳を澄ませば、七十キロ離れた空を越冬のために飛ぶ、雁の群れの羽ばたきが見える。

   「あれは……"トラッド"。自衛軍の破棄した機体が、まだ残っていたんだわ」
    そして彼女は、眼下、焼け野原と化した島国で懸命に生きる人々の息吹も
   手に取るように分かる。
    彼らが隠し持つ"ヴィルトゥオーソ"の存在もまた、しかりであった。
    生きた"トラッド"ならば当然持つステルス能力も、不可聴域の前には
   騒音をあげる街宣車も同然に感じることが出来たのだ。

    兵器技術の粋たる「環境掌握」テクノロジーの申し子。
    外部流体制御によって、大気をかき分ける羽音のする超音速の破壊者。
    マエストロと呼ばれる操縦者の指揮により、無人戦闘機群UAVを操る死神。

    すなわち、第九世代戦術戦闘兵器"ヴィルトゥオーソ"。

    音も光も、一切の情報を洩らす事なくステルスモードで侵攻する空の支配者を唯一、
   確実に補足できるのが、イーリア・ソーンツェワの持つ不可聴域なる能力であった。

   「悔しいのなら、その"トラッド"に火を入れなさい。
   私の所まで上がってくるといいわ」
    "バテティック"の保有するあらゆるセンサーよりも正確に、且つ広大な
   範囲の情報を不可聴域は与えてくれる。
    その恩恵は彼女の愛機に輝くキルマークとして敵味方に鳴り響いていた。

   「祖国のために、私の曲にしてあげる」
    "バテティック"のキルマークは、五線譜に刻まれた音符の流れ――"スコア"。
   一曲を完成させれば母国の栄光は約束されると、教わった教義を疑わない。

   「……風、木の葉が擦れて、私に近づいてくる」
    不可聴域に感知――敵機の気配。
    戦意の発するイメージはX-135、"バテティック"より速度に優れるが、
   UAVの性能においては比べるべくもない量産機体だ。

   「一度つむじを巻いて、木を揺らせる」
    "バテティック"を先んじて発見した気になっているX-135は、UAVによる
   空域支配戦術を捨て、近距離格闘戦によって奇襲するつもりのようだ。

   「草をなでる音――もうすぐ火に変わる」
    UAVを放出する適正距離を大きく割り込んで近づいてくる機体に、イーリアは
   哀れみすら覚えた。"バテティック"に搭載された八基のレーザーユニットは、
   既に展開の準備を終えているし、超流体コンデンサーに蓄えられた運動量は
   敵の初撃を回避するのに十分すぎる。

    五キロ、"ヴィルトゥオーソ"にとってすれば目と鼻の先で、X-135は
   巡航モードの機体コンテナからUAVを展開、格闘モードに移行して力場に
   包まれた鉤爪を振り上げる。

    イーリア――敵の挙動を理解していた――は"バテティック"を急降下、
   レーザーユニットを展開させて人型に変形を遂げる。
    花開く超音速のUAVから高く、あるいは低く羽音が響いた。
    外部流体制御で飛翔するUAVは衝撃波の代わりに、速度に応じた共鳴を起こす。
    "ヴィルトゥオーソ"に繰られ、蒼穹を馳せる羽音の合奏。
    これが"ヴィルトゥオーソ"の操縦者にマエストロの異名を与えるのだ。

   「……はじめまして」
    八条のレーザーにX-135を優しく包んだイーリアは、芸術的な捻り込みで
   その背後を取ると、切断力場に包まれた"バテティック"の剣腕を一閃。
   「そして、さようなら」
    青い空に、敵機をパイロットごと鮮やかに散華させた。

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