フォルテ・カンパネラ
オレの生まれた故郷は、魔界の中でも情熱の地と呼ばれた砂漠に囲まれた土地だった。
悪魔といえども、個々で自立したものが多く人のように争うことなどなかった。
もっといえば、人間なんかにはとても興味が無かった。
少なくとも、オレの故郷の奴らは。
そんな環境に生まれたせいか、毎日何か物足りないようにも思えた。
自分の血が、何かに飢えている――と。
そのことに気づいたのは自分よりも、親父のほうがその異変に気づくのは早かった。
「お前はここに居るべきじゃない、お前はもっとその力を有意義に使うべきだ」と3歳の時に追い出されたのだった。
勿論、母さんは親父に泣いてすがった。
「齢3歳の子供を外に出すなんて、危険すぎます!」
「……悪魔と、人間は違う生き物だ。大丈夫だ、自分の身くらい守れるだろう、俺の息子だからな! ハッハッハ!
なーんだっけか、幼い子供には旅をさせろ? だっけか!」
「……かわいい子には旅をさせろ、ですよ。全くあなたって人は……!」
親父はやっぱりオレの親父だった。
所謂――バカで無茶だった。
幼いながらにオレはそう思っていたのだが、意外とその父親の目はもっと先のことを見据えていたのだった。
それに気づいたのは旅立った後。戻ろうにも戻れない、そんな時だった。
親父はきっと、上手くやっているだろう。
母さんのことを守ってくれているだろう。
じゃないと、ブッ殺す――あのバカ親父……。
オレが人間界に降り立って、二つ目の故郷がある。
とは言っても、戦乱でほとんど帰っていなかったのだが。
名前は王国ガンディーノ。
遠く離れた王国レーガとの友好国である。
まだまだ陸送が普及していないために発展途上の城下町だが、
商人が行き交い活気のある街である。
オレは数々の仲間を失った戦争を嫌い、傭兵となってからはこの町で生活する時間が多くなった。
戦を嫌って人を憎まず――そんな人間になれれば良いが、菩薩でもあるまいしなれる訳がない。
大体オレは悪魔なんだ。……クウォーターだけど。
大人は、嫌いだ。
なんて、どっかの少年みたいなこといってるけど。
どっかの少年とは、戦乱の時にケガを負ったオレがある村へと迷い込んだ時の少年だ。
プラチナ・ガーネット――といったか。
銀色に輝く髪、宝石のように大きな蒼い目をした美少女のような少年だった。
「お兄さん、その格好軍人なんだろ」その少年は口を開いた。
「あ、ああ。どうした」オレはいきなり話しかけられたことに少々驚いて答えた。
「ねぇ。みんな殺っちゃってよ。僕の大嫌いな大人たちをさ。軍人なんだろ?」
今までは整っていた綺麗な顔が、酷く恐ろしい顔に歪んでその少年はそう言った。
「……お、まえ……」
今まで話し掛けられていたのに気づかなかった。その少年の異変を。
唯一肌の出ている部分は、赤いみみず腫れであふれていた。
まるで、虐待されたような痛々しい傷たち。
「それ……どうしたんだよ」
他人に与えられた傷なのは一目瞭然だ。だが、なにを固執してその少年を傷付けたのか気になった。
「ああ、これかい?僕の大嫌いな大人たちが付けてくれたんだぁ……?」
そう語るプラチナはその傷を見ながら多少うっとりしつつ、しかし目は光を失ったようにうつろだった。
「辛かったんだな……お前のほうが」
オレは、そのくらいしか言葉が出なかった。
そんな少年に初めて出会ったから、痛々しく思ったから。
オレなんかよりずっと辛い思いをしてきたと思ったから。
「ふざけるなあっ!」
プラチナは、いきなり大きな声を出してオレを威嚇するように怒鳴った。
……オレのようなケガ人の前で。
「同調したって、僕の痛みなんか分かるはずがない!
だいいち、お兄さんは人を殺してるんでしょう?! 発散してるじゃないか!
大人なんて嫌いだ!大嫌いだ!」
その発言を聞いてオレの押さえている何かがぷつり、と切れた。
「ああっ? 人殺しが発散だと? てめーこそふざけてんじゃねーよクソガキ!」
ビクッ、とプラチナは肩を震わせた。
「辛いって思ってっから、人に話すんだろうが! その傷見せてんだろうが! それは立派な悲鳴じゃねーのか!
悲鳴出すだけ出しといて、あとで『同情するな』は甘えてるだけだろ。
いいぜ、人殺しが発散だって言うならオレは今さっきムカついたからよ、てめー一人殺して発散してやろうじゃねぇか」
オレは無意識に腰のポーチから拳銃を出して、プラチナに威嚇発射した。
その発した大きな爆発音でオレははっと我に返り、目を覚ました。
「……あ、ああああ!」
プラチナは声を震わせて、肩を竦(すく)ませて腰が抜けたように地面に座り込んだ。
「……おい……、ダメだ。放心してるな……ちっとやりすぎたか」
西部劇のようにクルクルと銃を回してポーチへと閉まった。
「……オレだって、生きぬくためにはコイツを持って戦場に出るしか無かったんだよ……」
ぽつり、とつぶやいて放心しているプラチナを抱えた。その目からは大きな粒が零れていた。
「……ごめんなさい。ごめんなさい……」
プラチナに会って、初めて感じたことが一つだけある。
……こいつは、多分傷つけられることはあっても叱られたことって無かったんだろうなあ……。
それが、プラチナ・ガーネットとの出会いだった。
あれっ……オレ、ケガしてたんだよな……?
「うわぁああ!力入れたら血がブシューって出たあああああ!」
「お兄さん、無茶しすぎですよ……」
最終更新:2011年07月25日 01:09