シリウス・フィーナ
旅立つ前の、私の家はいつもと変わらず私たちを迎えてくれた。
私の、帰る冪(べき)だった家。
その事実はこれからも決して変わることはない。
両親の記憶は私の心の中にしまってある。
だから、少しだけ――お別れ。
私は旅立つ前に一番お気に入りだった魔術書を荷物の中に入れた。
最初に、兄さんが教えてくれた魔法たちが記載されている。
兄さんとの記憶とも言える、大事な本だった。
これから使う私の魔法は、人を守るためのもの。
それは、兄さんとの約束。私が魔法を覚えたきっかけ。
それは、血となり肉となり。私のこれからを役立てるためのもの。
「シリウスちゃーん」
遠くの部屋で準備をしているたった一人の親友が私の名前を呼んでいた。
そして、私の側まで寄ってきた。
「ねえ、これって下着?」
どうやら、
ルーラは別の部屋で替えの服を用意しているようだった。
「……下着じゃないわよ。服だけど」
「ええっ!」
ルーラは相当驚いてそう言った。
「ま、それ単体では着ないわよ」
「あはは……びっくりしたぁ。そ、そうだよねぇ」
ルーラはそう言ってからまじまじとその服を見つめる。
いくら同性でもそんなに私物を見られると、恥ずかしいんだけど。
私は、そんなルーラを横目に荷物を詰めていく。
地図、コンパス、サバイバルナイフ、救急箱――
生前各地を回っていた両親の部屋には、本格的な旅人セットのようなものがたくさんあった。
そして、その旅人セットになんだか大切そうな小さな木箱を見つけた。
中には、劣化して色の抜けた布の切れ端のようなものが入れてあった。
何か、両親のことについての手がかりになるかもしれない――。
私はその木箱ごと荷物の中に入れた。
だいぶ荷物も整ったころ、私の家の電話が鳴り響いた。
ジリジリとうるさく電話の音が鳴る。
――まずいわ。ルーラの両親かも。
私は念のため、ルーラに声をかけて家の明かりを消して二人で息を潜めた。
やがて、電話は止まったがもしかすると――家まで探しに来るかもしれない。
そう考えた私はルーラに準備を早くするよう促して私も再び手を動かした。
「……はぁ。やっと終わったー!」
ルーラは疲れ切った様子でそう言った。
ふと目をやると、旅をするにあるまじき大量の荷物が目に入った。
「……ねぇ、その中何が入ってるか見てもいいかしら」
「えっ、でももう時間が……」
「いいから見せなさい」
私は、強引にその荷物の中を覗いた。
その中には、明らかに不要なものの数々。
それを一杯に詰めている。
「アンタ……旅をなめきってるわね……」
私はルーラにそう言った。
「だ、ダメ……かな?あはは」
「いい?旅先でも買えるようなものはいちいち持っていかないでよ」
もう一度ルーラに忠告し、ルーラはちぇーといいながらしぶしぶ荷物の整理をしだした。
そして、今度こそ。
この村にはしばらく戻らないと
二人の少女はそう決意した。
「さっき、電話が鳴ったでしょう……家まで来られると面倒だわ。裏から出ましょう」
私は勝手口にルーラを押し出すようにして、外へ出した。
「そのまま、森を突っ切るように走って私の両親の墓石のところまで行きなさい。私は後でついてくから」
「で、でも……!」
「何よ!こんな時に」
「よ、夜に墓場なんて行ったらお化けでちゃうよぉ!」
ルーラはおびえながら本気でそう言っていた。
私は呆れて
「……ルーラってほんっとバカ!出るわけないでしょう!ずべこべ言わずさっさと行きなさい」
と言ったら、ルーラは何度も私のほうを振り向きながら涙目で走っていった。
そして私もルーラの後を追うように、歩んでいった。
長年住んでいた家と村に少しばかりのさよならを告げて。
森を抜けた先には、無事に到着したルーラが居た。
そして両親の墓石には私が昼間飾った白い花がまだあったのだが少しだけ生気を失ったようにうなだれていた。
そのとなりには、春にそこらじゅうに沢山見られる東の国からやってきた外来種のキク科である白いハルジオンが飾られていた。
花を飾った主は、少し笑って
「えへへ……東の国ではね、こうやって人を弔うときにこういう白い、キク?って花を飾るんだって」
「……それは、キク科だけどただの雑草よ」
「えっ!そうなの?!し、知らなかったよぉ!」
「知らないって……アンタその辺に咲いてたの取ってきたんでしょう……?
……でも、ありがと。きっと喜んでるわよ。私のたった一人の親友が飾ってくれた花ですもの」
私は、その白い花を見つめてふっと笑った。
「さ、行くわよ。村を抜けるにはもう少し森に入る必要があるわ」
「ええーっ!もう行くのぉ……」
「何よ。もう弱音吐く気?」
「その前に、もう少しだけ祈らせてよ。旅立ちの祈りをさ」
「……それは、必要ないわ」
「え?」
「だって、アンタの武術は”さいきょー”なんでしょ?
それに私の――兄さんが、教えてくれた最高の魔術がついてるんですもの」
私がそう言うと、不安そうなルーラの表情に安堵が戻ってきた。
「うん……そうだね!少しだけ、さよなら――そして、行ってきます!お父さん、お母さん。そして、トラスタ村のみんな」
ルーラは、呟いて歩み出した。私もその後ろから、ついて行く。
私たちはこれから振り返ったりなどしない。常に、先の未来だけを見つめて。
「ところで、出なかったでしょう?お・化・け」
「う、うん……こ、怖かったけどぉ……実はお花飾ったのそういう意味も兼ねてなのぉ……」
「――本当に筋金入りのバカね」
「ひ、ひどいよぉ!シリウスちゃあん!」
最終更新:2011年07月19日 03:26